イツキと親衛隊
武道場から引き摺られて外に出たイツキは、なぜかヤン先輩に「自覚が足らん!」と叱られて『何に?』と首を捻って、ヤン先輩とインカ先輩に「は~っ」と溜め息をつかれた。
「イツキ君?ミノルが次に狙われると言っていたが、あれはどういうことだ?」
イツキがパルのクラスメートにお願いしたことを、どういうことなのかと確認するようにインカ先輩が訊いてきた。
「僕の勘です!次はキシ出身のミノル先輩が狙われます。奴等の狙いはパル先輩とミノル先輩を役員から引き摺り下ろし、補欠選挙をするつもりではないかと思うのです」
「はあ?補欠選挙だって?」
想像もしていなかった補欠選挙というキーワードに、インカ先輩は愕然とする。
「ですから、ミノル先輩を狙う奴等の視線を、僕に向けさせようと思います。幸運にも、僕のクラスのヤマノ出身のルビン坊っちゃんは、感情が直ぐに表に出るタイプで、奴等の色には染まっていません」
イツキは先程ブルーニに会った時に考えた、自分の出方を2人に説明しながら南の丘に向かう。
ミノル先輩をクラスメートが守っていると知れば、奴等は手を出し難くなる。そうすると次に狙われるのは、同じキシ出身のイツキか、カイ出身のナスカになるだろう。
ナスカには同郷のインカ先輩が付いているので、リスクが大きくなると分かっているはず。
そこで、イツキが直接ブルーニを挑発することで、攻撃目標をイツキに向けさせる。
運良く《キシ組》もやって来るので、キシ出身者に対する妬みや怒りが大きくなり、必ず何か仕掛けてくるだろう。そのチャンスを狙って、ブルーニを逆に失脚させるつもりだと説明した。
「しかし、それではイツキ先生が危険じゃないですか!そんな作戦、エンター先輩が許可しないと思います」
ヤンはイツキの無茶振りを知っているので、やると言ったら本当に実行しそうで不安になる。なんとしても阻止しなければと思うのだった。
「作戦としては悪くない。なにせイツキ君は得たいの知れない相手であり、奴等は完全になめているだろう。まさか自分達の方が仕掛けられているとは、思っても見ないだろう・・・それに、イツキ君には心強い親衛隊がいる」
インカはイツキの無謀とも思える作戦に、反対すべきだと思う気持ちもあったが、これ以上の犠牲者が出ることも許せない。いい頃合いにイツキの親衛隊を許可したことを思い出し、イツキの作戦に賭けてみたくなった。
「ああ、昨日申請が通ったんですよね……しかしあのメンバーでは……」
ヤンもイツキの親衛隊の存在を思い出したが、親衛隊長が文化部のあの人で大丈夫だろうか……と思うと、不安を払拭出来ない。
「僕の親衛隊ですか?なんのことでしょう?」
「それは後で説明するよ。先ずは目の前の仕事を片付けよう」
インカ先輩はイツキの問いには答えず、何やら企んでいる顔でニヤリと笑って、早足で丘に向かう。
続いて向かったのは、学校の高い壁の外側にある南丘である。
この丘は、専門スキル修得コースの【軍人コース】と【警備隊コース】が、主に演習で使っているが、他にも部活動で【植物部】が薬草や珍しい植物を植えたりしている。
それともう1つの部活動【体育部】が、体を鍛えるために荷物を背負って走ったり、木に登ったり、犯人と警備隊員の役に分かれて、逃げたり追いかけたりとゲームを楽しんだりしている。
【体育部】の中でも、体力の有り余っている奴等がグラウンドではなく、丘で訓練をしていた。
パル先輩とナスカは、日々この丘で汗を流しているようだ。
丘の高さは100メートル位で、丘の登り口から8合目くらいまでは、腰の高さの木から5メートルクラスの木々が植えられており、丘の頂上付近は草類が植えられていて、広場になっている。
イツキは初めての丘に登りながら、父上やエントン伯父上も、ここで学んで丘に登ったのだろうかと想像してみる。すると、なんだか心が暖かくなり嬉しくなっていく。
20メートル位登った場所で、数人の話し声が聞こえてきた。同時にガサガサと木を揺するような音もする。
「あれイツキ君じゃないか。今日は風紀部かい?」
「ああパルテノン先輩、今日は実験出来なくてすみません。植物部の活動ですか?」
イツキに声を掛けてきた植物部部長のパルテノンは、バケツの中に色々な道具を入れて、部員3人と何かを探している最中のようだった。
「ポート先生が、昨日のポックの木の樹液を、あることで使ったから、新しく採取しておいてくれと頼まれたんだ。確かこの辺に有った筈なんだが・・・」
パルテノン先輩は、両手で枝や葉を確認しながら、林の中に分け入っていく。
「おーいパルテノン、午後6時半から親衛隊承認式をやるぞー。全員を実験室に集合させるようクレタに伝えておいてくれ」
インカ先輩がそう叫ぶと、枯れ葉に足を取られたのか、ズルリとパルテノン先輩が転けていた。
丘の頂上付近まで登ると、ラミルの街がよく見渡せ、軍学校もラミル正教会も、そして美しいレガート城も遠くによく見えた。イツキはその景色がすっかり気に入ってしまった。
頂上にはシンボルのように大きなキニの木が、1本だけ雄々しく立っていた。
その大きく枝を広げた木の下で、体育着姿の10人くらいが、何やらヒソヒソと会議?をしていた。
イツキが視てみると、薄っすら黒いオーラが頭の上にボンヤリ浮かんでいる。
「あれは体育部の奴等だな……グラウンドに居ないと思ったら此処に居たか……」
そう言いながらヤン先輩が、そのなんだか暗い一団に近付いていく。
「ああ!風紀部・・・おいヤン!パルの容態はどうなんだ?」
いかにも軍人コースの人らしいガッシリ体型の先輩が、ヤン先輩に詰め寄って来た。
どうやらこの一団もパル先輩の友人らしい。でも、何故黒いオーラを出しているのだろうか?もしかして報復とか考えていたのかも知れない・・・
「パルの手術は成功したが、まだ状況は分からない。ところでお前たち、良からぬことを考えていたのではあるまいな?」
ヤン先輩の代わりに応えたインカ先輩が、睨みを効かしながら体育部の10人に、逆に詰め寄っていく。
「俺はパルの親衛隊だ。このまま何もしないでいれる訳がない!」
そう叫んだ先輩に続くように、他の体育着姿の先輩方も「そうだそうだ!」と叫ぶ。
やはり報復を考えていたようだが、パル先輩にも親衛隊が居たんだ……とイツキは驚いた。
「パルの仇を討ちたい気持ちは分かるが、それなら是非、協力して欲しいことがある」
インカ先輩はそう言いながら、奴等の次のターゲットは執行部のミノルの可能性が高い。これ以上犠牲者を出さない為、奴等の思い通りにはさせない為にも、お前たちがミノルを守ってやってくれないかと頼んだ。
ヤン先輩も、隣で真剣な顔をして頷き「俺たちには俺たちの戦い方がある」とか何とか言いながら、拳を空に向けて突き上げたので、体育着姿の先輩方は同じように拳を突き上げて、「オーッ!」と叫び協力を了承した。
流石ヤン先輩、このタイプの学生の扱い方を心得ていると、イツキは隣で感心するのだった。
巡回を終え風紀部室に戻った3人は、これからの細かい打ち合わせをして、午後6時30分に実験室に向かうことにした。
「これからイツキ君の親衛隊を紹介する。まあ個性的な奴ばかりだが、好きに使っていいぞ。親衛隊とは応援団みたいなものだから」
「えっ?親衛隊ですか?僕の?」
インカ先輩によると、現在親衛隊は5つあり、エンター先輩、ヨシノリ先輩・インカ先輩・ブルーニ先輩・パル先輩の5人に付いているらしい。全員執行部と風紀部のメンバーである。
親衛隊の人数は3人以上居れば申請できるようで、申請先は風紀部隊長であり、親衛隊を管理するのも風紀部の仕事だった。
1番人数の多い親衛隊が、ブルーニ親衛隊で18人。ヤマノ出身以外の者も居ると言うことだ。
親衛隊……確かヨシノリ先輩を応援している姿は見たことがある。でも・・・何故自分に?と、イツキは不思議に思った。
ヤン先輩の話によると、親衛隊とは、自分が応援したいと思う人に対し、勉強の手伝いをしたり、危害を加えられないよう守ったり、情報を伝えたり、見守ったり見守ったり……とにかく見守ったりする組織らしい。
それから親衛隊は、1番先に親衛隊を作ると言い出した者が隊長となるようだが、見守るべき本人の了承も必要らしい。
実は断髪式の後、イツキの素顔を見た数人が、我こそは親衛隊長になると言い出した。その数およそ30人。
親衛隊は届け出制で、受理した順に権利がある。1番に届け出をした親衛隊は、断髪式の前の16日に既に申請書を提出していた。
そしてその届け出を出した親衛隊を、イツキが認めたら承認される。
ただし、親衛隊長になるには条件があり、成績優秀者や部活の部長、武術に優れた者や学生に尊敬されている者でなければならない。
「はあ・・・それで僕なんかの親衛隊を作りたいと思った、変わった人たちは誰なんですか?」
イツキはフーッと深く息を吐き、チラリと嬉しそうに自分を見ている先輩2人に視線を送る。
「親衛隊副隊長は3年B組で音楽隊部長のモンサンだ。ヤマノ出身なのに、命を懸けてイツキ君を守るとかなんとか言ってた。隊長は3年の首席であるクレタだ。隊員は主に化学部・植物部・音楽隊の部員で総勢30人だな」
「だな?はあ?隊長はクレタ先輩なんですか?」
イツキが驚いて声を上げたところで、実験室の前に到着した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。