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恩師との再会

 教頭先生が、ラミル正教会病院から医師と看護師2名を連れて戻ってきた。

 

 看護師は2人とも30代くらいのベテランで、パル先輩の腕に木が刺さっているのを見ても平静なままである。

 ブロンズの髪を結い上げた優しそうな雰囲気の1人は、校長先生が抱えていたパル先輩の腕を、スッと代わって持ち、もう1人は明るい茶髪のショートカットで、いかにもやり手ですという雰囲気の人だった。

 イツキの顔を見て驚いているが、直ぐに頷いて止血用のガーゼや医療器具を、鞄から取り出し机の上に並べている。


 医師は、短く切った金髪、やや冷たいと思わせる程に知的な緑の瞳にメガネを掛け、色白で全体的に整ってシャープなイメージの30代前半の男性である。


 そこへバタバタと、薬草を抱えたポート先生が戻ってきて、医師と看護師を見て驚いたように立ち止まった。


「パル・ハジャム先輩?イントラ連合の高学院で首席だった・・・私は薬学部で勉強していたポート・マギ・ヤクルです。何故先輩がここに?確かブルーノア本教会病院で、副院長をされていると聞きましたが?」


ポート先生は、意外な場所で再会した尊敬する先輩を見て、思わず声を掛けた。


「今月からラミル正教会病院の院長として赴任したばかりです。誰かこれまでの状況説明をしてください」


ハジャム医師はパル先輩の全身を診察しながら、誰にともなく質問する。


「はい、2階の窓から植え込みの中に落下し、腕に木が刺さりました。保健室に運んだ時点では意識がありましたが、痛みのせいか10分足らずで意識を失いました。治療は・・・止血をしただけです。投薬はしていません」


答えたのはボルダン校長で、学生であるイツキに答えさせることを控えた。

 

「君は何故ここに居るのかね?学生の立ち入りを禁じた筈だが?」


医師を呼びに行っていたオーブ教頭は、保健室の中に学生であるイツキが居ることに気付き、イツキと入室禁止を命じていたフォース先生を睨み付けながら怒鳴った。


「私が許可した。イツキ君は任務中だ。後で事情を説明する」


校長の言葉に、何がなんだか理解できない教頭は、他の教師の顔を見るが、ポート先生もフォース先生も何も答えない。【治安部隊】の話など、第3者である教会病院の人たちの前で、話せることではないと判断したのだ。


「それでは校長とポート先生以外は、保健室から出てください邪魔になります。ああ、そこの君は、事情があるようだから残っていいよ」


ハジャム医師はそう言うと、保健室の戸を開けて出ていくように促す。

 そう言われては仕方無いので、教頭とフォース先生と学校の看護師は保健室を出て行った。





「それで、どんな手を打つつもりだったんだ?」


ハジャム医師は、イツキとイツキが準備した道具や薬草に視線を向けながら、クールな表情のまま質問してきた。


「取り合えず、脳や内臓には大きなダメージはないと判断し、今から枝を抜くための作業に入ろうかと、道具を集めてみました。止血剤はこれで代用し、麻酔の代わりにエピロボスグリナを使うつもりで用意しました……パル先生」


イツキは用意した諸々を指差しながら、にっこりと微笑むと、恩師であるパル医師に自分の考えを伝えた。

 パル・ハジャム医師は、イツキが4歳でミノス正教会に来た時、イツキの教育係として赴任させられていた人物である。

 

 ハジャム医師は、教会の援助でイントラ連合の高学院で、医学と薬学を学び首席で卒業した秀才だった。

 当然卒業したら、ブルーノア本教会の病院で働けると思っていたが、突然ある人物の教育の為にミノス正教会へ行けとリーバ(天聖)様から命じられ、高位神父の教育であればと不本意ながらも同意した。

 いざ教育する人物を目の前にした時、たった4歳の子どもだと知り、怒りと喪失感が込み上げ、イツキに腹を立てたりもしたが、イツキの才能に驚き、自分が秀才ならイツキ君は天才だと、己のおごりを恥じた。

 その後熱心に、医学や薬学、外国語など様々な知識を5年で教え込んだ。


「この現状であれば、まあまあの判断だ。止血剤は用意してきたが、もしかしたら血管縫合が必要になるかもしれない。イツキ君は経験があったかな?」


ハジャム医師はイツキの判断に、まずまずの合格点を付け、イツキの縫合経験を確認してきた。


「残念ながら経験がありません。これから麻酔用にエピロボスグリナを使いますが、他に用意するものがあるので、枝の方をお願いします。10分以内に戻ってきます。ポート先生、エピロボスグリナの茎の部分全部と葉を1枚だけ使うので、潰して汁を作っておいてください」


イツキはそう言うと、走って何処かへ行ってしまった。

 2人の会話を聞いていた校長とポート先生は、イツキが勝手に出て行ったことも、指示を出すような行いをしたことも、信じられないというか、恐れ多いと言うか……土下座して謝りたい気持ちになっていた。


 元ブルーノア本教会病院の副院長という、一般人は治療して貰うことなど絶対に無理な偉い医師に対し、とんでもなく失礼な態度をとった学生に、不愉快になる様子も、激怒する様子も見せず、まるで知り合いかのような態度で接していた。

 そう言えば何故イツキ君の名前を知っていたのだろうか・・・?そして何故イツキ君に医学的質問をしたのだろうか?と2人は同じことを考え首を捻った。


「2年ぶりくらいですがイツキ先生、相変わらずですね。ふふふ」

「看護師長、あれは私の1番弟子です。師匠に対して敬意が足りませんね。しかも、何故か今更学生をやっている」


そんな会話をしながら医師と看護師長は、ははは、ふふふと笑っている・・・

 看護師長は、イツキが軍学校で働いていた時、休みになると時々やって来て、病院で医師を手伝っていたのでよく知っていた。


 ポート先生は、エピロボスグリナをすり鉢で擂りながら、イツキ先生とか1番弟子とか言われている自分の教え子が、いったい何者なのか恐ろしくなってきた。

 同じく校長も、医師資格を持っていると言ってはいたが、まさか目の前の偉い医師が師匠だったとは・・・もう深く考えるのはやめよう・・・そうしようと思うのであった。



 イツキが寮から、ある物をポケットに入れて戻ってきた時、腕に刺さった木の枝は切り取られ、抜き易い状態になっていた。

 ポート先生が作ってくれたエピロボスグリナの絞り汁を確認したイツキは、少しだけ水を加えて、パル先輩の口に無理矢理流し込んだ。エピロボスグリナは無味無臭なので苦くもない。だからこそ知らぬ間に口に入れて、2度と目覚めない等ということになる場合があるのだ。


 麻酔用に飲ませたエピロボスグリナの量は、10分で深い眠りに落ちていくのに充分な量だった。

 それまでは、時々無意識に体を動かしたり、呻き声を上げたりしていたが、全身から力が抜け呼吸が変わってきた。

 イツキは恩師と共に枝を抜くことに成功した。運良く大きな血管の損傷は無かったが、思ったより傷口が大きかった。メスで切り込みを入れたような傷なら、簡単に縫合できるのだが、貫通した穴は直ぐに塞がりそうにはない。


「感染症が怖いな・・・これを無菌にするのは難しい・・・上手く傷口を塞ぐ手立てはないだろうか・・・」


ハジャム医師が、傷口を覗き込みながら独り言のように呟く。傷口はギザギザで化膿を防げそうにない。


「パル先生、これを試したいのですが」


そう言いながらイツキは【ポックの木の樹液】を恩師の前に出した。

 ハジャム医師はその液体を知っていた。元々ポックの木の葉は、抗菌作用があり薬用に使われていた。傷口に葉を載せたりするのだが、薬学的知識では葉自体が抗菌作用を持つとされている。


 イツキは持ってきた緑色の小瓶の中の液体が、何であるかは言わずに、ポタリポタリと1滴ずつ入れながら、ゆっくりとガラスの棒で混ぜていく。10滴くらい入れたところで、さらさらの液体がドロドロに変化し始め、15滴目でつきたての餅のように弾力のある物体に変化していた。

 ポート先生は、その変化の様子を見て目が点になっているが、放っておこう……



「パル先生、この瓶の中にはリース(聖人)エルドラ様が創られた、傷を治す聖水が入っています」


イツキは他の者には聞こえないように耳元で話しながら、出来上がった物体を恩師の手の甲に載せてみる。


「イツキ君は、これで感染を防げると考えているのですね?」

「はいそうです。ただし、もう2度と同じ物は作れないと思いますが……」


今度は皆に聞こえるように会話する。そしてハジャム医師が、ポックの木の樹液は現在研究途中だが、抗菌作用は樹液にもあり有効な方法かもしれないと説明する。

 ハジャム医師は、イツキが作った物体を、ためらわず傷口に貼り付けるようにガラスの棒で塗っていく。





 気付くと時刻は午後4時になっていて、パル先輩の手術は無事に終了した。

 一先ず治療を終えたハジャム医師は、校長とポート先生と共に、校長室で軽食のサンドイッチとお茶をご馳走になることにした。

 看護師の2人は仕事があるからと、上級学校の馬車でラミル正教会病院に戻って行った。もちろんお礼にサンドイッチと水筒に入れたお茶は渡しておいた。

 イツキは残念ながら昼食抜きで、5時限目の授業に戻って行った。



「イツキ君は、ハジャム医師せんせいの教え子だったのですね。本人から自分は医師資格を持っていると言われた時は、正直信じられませんでした。14歳で医師資格を持っている人間など、この世に居ると思ってなかったので、ははは」


校長は頭をかきながら「いや本当に参ったなあ」と言いながら、驚きを隠さずハジャム医師に語り掛ける。


「イツキ君は、いつ資格を取ったのでしょうか?僕は彼の担任なのですが、イツキ君はキシ領の子爵ですよね。そんな天才がレガート国に居たら、耳に入りそうなのですが」


ポート先生は、イツキが軍学校で活躍していたことを知らないので、素朴な疑問をぶつけてみた。


「今、彼は子爵ですが、元々は教会の養い子です。高学院卒業時に私が持っていた知識の全てを、完全に覚えたのは彼が9歳の時でした。そして、正式にブルーノア本教会から資格取得を認められたのは、昨年のことだと聞いています」


ハジャム医師はサンドイッチを食べ終わり、ゆっくりお茶を飲みながら続ける。


「それから、手術は無事に終わりましたが、これから高熱が出たり、感染症にかかったりと予断は出来ません。明日、麻酔から覚めて動けるようなら、ラミル正教会病院に入院させるか、イツキ君が毎日病状を報告するか、どちらか決めて朝10時までにイツキ君のハヤマ(通信鳥)で連絡ください」


「えっ?イツキ君はハヤマを連れて来ているのですか?」


ハジャム医師は校長の問いには答えず、意味あり気に微笑むと「じゃあ」と言って帰って行った。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

パル先輩とパル医師、名前が同じですみません・・・

イツキとパル医師の出会いは、《予言の紅星2 予言の子》の

イツキとバウとパルに出ています。

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