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引き金

 植物部は、実験室を部室として化学部と共有していた。

 日頃は校内にある温室や薬草園、上級学校の南側にある丘で植物を育てたり、採取したりしている。

 裏門の向こう側にある、職員居住地にも畑があって、野菜や果物も育てているらしい。自然を愛する心優しい部員が多いのだろう。

 担当顧問は、イツキのクラスの担任であり、薬草学と数学を教えているポート先生。


「失礼します。質問したいことがあって……パルテノン先輩はいらっしゃいますか?」


イツキが実験室のドアを開けると「ギャーッ!」と変な悲鳴が耳に入ってきた。今度は何を失敗したのだろうか・・・?


「やあイツキ君、この前はアドバイスありがとう。オレンジ色の糸は教会のバザーに間に合ったよ。パルテノンなら、今日は温室だと思うよ」


そう答えたのは、化学部部長のクレタ先輩である。クレタ先輩とは馬術が一緒で、オレンジ色の染色液の件以来、何かと可愛がってくれている。


「それで、あの叫び声は何事ですか?」


イツキは実験室の中をぐるりと見回すが、これといった実験をしている様子はない。


「気にするな。その内分かる。ところで質問するが、イツキ君は僕が何かと君を応援したり、声を掛けたりするのは嫌じゃないかい?」


「はぁ?どうしてそんな質問を?もちろん嫌じゃありませんよ。むしろありがたいですけど」


イツキはどうしてそんな質問をされるのかと疑問に思ったが、笑顔でありがたいと答えておいた。


「そうか……なら了承を得たということで、インカ隊長に報告してこよう。じゃあまたなイツキ君!」


 訳がわからないうちに、クレタ先輩は手を振りながら実験室を出て行き、風紀部室へと急いで走って行った。周りの化学部の皆さんが、嬉しそうに手を振っている・・・?何だろうかと首を捻りながらイツキは実験室を後にした。





 温室は教室棟エリアの隣である、寮エリアの北寮の西側にあった。

 温室の中に入ると、たくさんの薬草や珍しい植物が、所狭しと植えてある。ブルーノア本教会にある温室の、半分くらいの大きさだろうかとイツキは思った。

 植物部は新入部員の1年生を連れて、温室での活動内容を説明している最中だった。


「植物部の特典は、美味しい果物や木の実や野菜が食べられることだ」


 パルテノン先輩は部活説明が忙しそうだったので、隅っこで株分けをしていた担任のポート先生に、そっと声を掛けることにした。


「ポート先生質問があるのですが」

「おや、イツキ君、薬草学の質問かい?」


ポート先生は、《質問》という言葉が大好きで、学生から質問されることを喜びとしている。


「いいえ、そうではありません。発明部で使用したい樹液があるのですが、この学校内にポックの木は有りますか?」


 すると幸運なことに、温室の中に1本と南の丘に1本栽培してあると、ポート先生が教えてくれた。早速温室の中の1本を見せて貰うことにした。


「おや、イツキ君じゃないか、どうしたんだい?」


1年生に温室の説明を終えたパルテノン先輩が、嬉しそうに声を掛けてきた。

 パルテノン先輩は、専門スキル修得コースで、同じ【医療コース】を取っていて、化学部のクレタ先輩同様とても親切にしてくれている。


「はい、発明部で使用したいポックの木を探しています」

「ええっ!イツキ君って発明部なの!羨ましい奴等だ。部長のユージはさぞかし喜んだだろう?」

「はい、皆さん色んな意味で大歓迎してくれました」


パルテノン先輩は、そうだろうなと笑いながら、ポックの木の場所を教えてくれた。他の部員もポート先生も、イツキが何をするのか興味があるようで、ポックの木の側に全員集まってきた。


「少し小さいので、思った程の樹液が取れないかもしれませんが、この木から樹液を採取させてください」

「もちろん良いぞ。でもポックの木の樹液なんて何に使うんだ?」


パルテノン先輩は、イツキがポックの木に切り込みを入れて、樹液をカップにポタポタと溜めている様子を見ながら質問する。


「それは……見てのお楽しみです。この白い樹液に、ある物を加えると液体が個体に変化します」

「聞いたことがないが、イツキ君は何処でそんな知識を手に入れたんだい?」


今度はポート先生が、真面目な顔で質問してきた。

 ブルーノア本教会で、最近になって発見された知識であり、まだ実用化された物は何もないので、ポート先生が知らないのも無理はない。


「まあそれは近い内に判ると思います。でも、世界中に先駆けて実用化できたら、ポックの木の有用性は高まり、植物の持つ大きな可能性が開けるはずです。だから、もしも僕の実験が成功して発明品が完成したら、学校にもポックの木を大量に植えてください。もしも売れたら植物部はその収益で、珍しい植物とか薬草とかたくさん買えると思います。ただし、これは極秘情報なので漏れるとお金は入りません」


イツキはそんな話をしながら、ポックのさらさらの樹液がカップ半分に溜まったところで、切り込み口に紙をペタリと付けた。すると樹液は流れ出るのを止め固まっていく。


「それは素晴らしく夢のある話だね。万年貧乏なこの部に・・・もしもお金が入ってきたら、果物の品種改良をしたり薬草をたくさん育てられる・・・」


ポート先生は、夢見るように瞳をキラキラさせて、植物たちを愛おしそうに見詰める。周りを見ると先輩方も、買いたい物を想い描いているようで、幸せそうな顔になっている。


「それではこの樹液を使って、明日実験したいと思います。ポート先生、1日温室で保管していてもいいですか?」


イツキはポート先生に許可を貰って、明日植物部の全員の前で実験することになった。


「ところでイツキ君、教室入口前に貼ってあった紙に書かれていた薬草についてだが、誰にも言わないから答えを教えてくれないかい?昼休みもずっと調べたが答えが分からないんだ・・・学生たちがわんさか質問に来たが、答えられなかった。教師として面目無くてね・・・」


ポート先生が、部員たちには聞こえない小さな声で、イツキにお願いしてきた。

 先生が知らないのは当然のことであり、学生たちが質問に訪れると予想出来たのに、事前に答えを教えておかなかったことを反省する。教えた上で、誰にも答えを言わないで欲しいとお願いするべきだったのに、申し訳ないことをしてしまった。


「ポート先生、ご迷惑をお掛けしました。明日の昼休みにお時間を取っていただけますか?」


イツキはなんだか学生らしからぬ言い方で、先生にお詫びとお願いをした。



 


 翌日、イツキの見学者はめっきり減り、1年A組には平和が戻っていた。


「おいイツキ、お前発明部で何やってんの?あそこは役にも立たない武器とか作ってるらしいな。中級学校にも行っていないお前に何が出来るんだ?」


せっかくの平和に水をさすように、ルビン坊っちゃんの憎まれ口が始まった。

 何かとイツキを構いたがるルビン坊っちゃんだが、隣でお付きのホリーが心配そうな顔でルビンを見ている。


「なあルビン坊っちゃん、君はヤマノ出身の伯爵家の子息だろう。なのに何故、同じ伯爵家のブルーニに媚びへつらう必要があるんだ?」


「はあ?こ、媚びへつらうだって!家柄なら俺の家の方が上だ。それに俺は頼まれたから一緒にいるだけで・・・」

「おいナスカ!ルビン様に要らないことを言うな!ルビン様もいちいち相手しないでください!」


ルビンとナスカの会話の途中で、ホリーが怒りを込めて話の腰を折ってきた。

 基本的にルビン坊っちゃんは、苦労知らずのぼんぼんで、威張りたがりだが性格は素直で裏がないタイプだ。

 お付きのホリーは、思慮深く行動しルビンを守ろうとしているのが分かる。本来は気が弱そうだし、子爵家の次男なのに威張ったところが少ない。

 どちらかと言うとルビンもホリーも、ブルーニを尊敬している訳でも無さそうだし、無理矢理従っている様子でもない。


 恐らくルビンは、イツキやナスカの話を聞き出して、ブルーニに伝えているに過ぎず、個人的にイツキやナスカを敵視したり憎んでいる素振りは見えない。できれば敵対したくはないと思うイツキとナスカである。

 


 そんなイツキとナスカの元へ、3時限目が終って食堂へ向かおうとした時、風紀部副隊長のヤン先輩から信じられない知らせが届いた。


「パル(風紀部2年部隊長)がケンカの仲裁をしていて、2階の窓から落ちてケガをした。放課後、執行部と風紀部は集合だ」


ヤン先輩は悔しそうな顔で拳を握り締め、怒りで声が低くなっていたが冷静に指示を出した。


「ケガの具合はどうなんですか?保健室ですか?」


「イツキ……落ちた場所に植木があったので、頭は打たなかったが、左腕に・・・木が刺さっている。判断が難しく動かせないようで、教頭先生がラミル正教会病院に医者を呼びに行った」


ヤン先輩の返答を聞いたイツキは、ヤン先輩とナスカが止めるのも聞かずに、保健室目指して教室を出て行った。


「誰が、何故先輩が……?」


ナスカは震える声でヤン先輩に質問する。


「イツキってバカなの?あいつが駆け付けても、なんの役にも立たないだろうに」


空気が読めないルビン坊っちゃんには、場の緊張感が伝わっていなかったようで、直ぐホリーに口を塞がれていた。


「ケンカをしていたのは、ヤマノグループのSと執行部のザクだ。側に居たのはヤマノグループのドエルとMの2人だったらしい。見ていた者は事故だと証言している」


「ヤマノグループ・・・」


ナスカは思わず目の前のルビンとホリーに視線を向けた。クラス中の学生もルビンとホリーを見る。


「な、なんだその目は!俺は何も知らないぞ。なんで俺たちを見るんだ!」


ルビンは大きく狼狽えるが、どうやら本当に何も知らない様子だった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

主な登場人物以外を、アルファベットの1文字にしています。

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