イツキ、目的を語る
イツキ先生という言葉の意味が分からない、ナスカとミノル先輩に対して、ヤンの熱弁が始まった。
「イツキ先生は、9歳の時から軍学校で研究者として勤務されていたんだ。研究内容は、ハヤマ(通信鳥)の育成と軍用犬の育成とその有用性で、今レガート国内のハヤマの通信網は、イツキ先生が作られたものだ。それから現在、軍と警備隊に配属されるようになった軍用犬も、イツキ先生が教官や訓練士を教育されて、普及させられるようになったんだ」
ヤンは、軍学校で働いていたイツキを3年間見てきたから、自分のことのように誇らし気に話す。
「えっ?それじゃ軍学校から1年に1度やって来る、軍用犬を使った演習って、イツキ先生が発端で、イツキ先生が育てた人なのか?」
ミノル先輩は、昨年から始まった軍用犬を使った演習に参加していた。選択コースの警備隊と軍を選んでいた、エルビス(エンター先輩)・インカ先輩・パル先輩も当然参加していた。
「そうだ!それにイツキ先生は、学生に数学・外国語・医学・薬学等の講義もされていた程の天才だ」
「・・・」(ナスカ・ミノル先輩・インカ先輩・パル先輩)
「そうだったよね。僕もエンター先輩からその話を聞いた時は、信じられなかったくらいだ」
ヨシノリ先輩は、エルビスからその話を聞いていたのだが、そんな小さな子どもが、ゴッツイ軍学校の学生に教えたり出来るのだろうかと、エルビスの話を疑ったそうだ。
まあ普通は疑るのが当然なのだろう・・・
「軍学校と言えば、上級学校を退学になった不良とか、荒くれ者が多い筈だが、子どもだったイツキ先生は何故虐められなかったんだ?」
パル先輩は、イツキの風貌を見て、強そうにも思えないが……と疑問を口にする。
「そうだよ。イツキは武術の選択を槍と馬術にしていたが、初心者だって言ってたじゃないか。剣と体術を選ばなかったくらいなのに……どうして学生に舐められなかったんだ?」
ナスカは、イツキが武術の選択をした時のことを思い出して言った。確か前の席のヤマノ出身のルビンに、子爵なのに剣や体術を選ばないことを、バカにされていたような・・・
他のメンバーも、なんだか冴えないイツキの外観からは、荒くれたちを教える教官のようなことが出来るとは思えなかった。
「はっはっは、それはな、まだ誰にも言ってなかったが、イツキ先生が剣と体術の天才だからさ」
エルビスは愉快そうに笑いながら、さらりと有り得ないようなことを言う。
「それに、イツキ先生の剣の師匠は・・・誰だと思う君たち?想像も出来ない人たちなんだぜ」
ヤンも嬉しそうに思わせ振りに質問する。特にミノル先輩の方を見てニヤニヤ笑う。
「えっ?えええっ!まさか、まさか俺の敬愛する・・・いや、そんな筈はない。でも、なんだヤン、その嬉しそうな顔は!?」
ミノル先輩は、ヤンの笑顔の意味が判った気がするけど、心が認めたくないので答を否定しようとする。
「仕方ない諦めろミノル。いくらお前にとって同郷の憧れの先輩だとしても、ソウタ指揮官もヨム指揮官も、イツキ先生が天才だから師になられたんだ」
ヤンの止めのような言葉に、自分が欲しても与えられることのない立場に、悔し涙を滲ませるミノル先輩である。ミノル先輩の2人の指揮官への崇拝ぶりは、常日頃から鬱陶しいくらいだとヤンが付け加えた。
「・ ・ ・」(ヤンとエルビス以外)
「ああ、でも今年度から2人の師匠は、上級学校に特別指導に来られるようですから、稽古をつけて貰えると思いますよ。まだ極秘情報ですが」
イツキは、まだ誰も知らない特上の情報を、こっそりメンバーに教える。
「イ、イツキ君!君はなんて素晴らしい後輩なんだ!」
ミノル先輩はそう叫ぶと、ガバッとイツキに抱きつき、両手を掴んでブンブンと振る。悔し涙は感激の涙に替わっていた。
「それじゃあ、ハヤマ(通信鳥)の育成と軍用犬の育成の実績が認められて、子爵になったんだな」
うんうんと納得するようにナスカが言った。それならば納得だと思えたナスカである。
「う~ん……たぶん違うんじゃないかな。それらは元々、ブルーノア教会のファリス(高位神父)のエダリオ様から、僕がご指導頂いて伝えたに過ぎないことだから……」
イツキは少し言い淀んで、真実を伝えるべきかどうか迷っている。
此処に居る7人は、信用できる友人だろうと思うのだが、これ以上のことを話すということは、イツキの戦いに皆を巻き込む可能性があるということだ。
イツキは自分に集まっている視線に応える前に、一旦全員に、自分と関わると危険に巻き込む可能性があるが、それでも知りたいのか、訊ねてからにすべきだと覚悟を決めた。
「僕が子爵になった理由を話すと、何故僕が上級学校に入学したのかも話すことになる。それを知るということは、君たちを危険に巻き込む可能性があるということだ。先程エルビスの問いに答えた時、僕が上級学校に入学したのは、半分が仕事の為だと言ったんだが覚えている?」
イツキは、これまでの態度や言葉遣いと違い、イツキ先生として緊張感漂う話し方に変えて話し始めた。
可愛い新入生のイツキ君ではなく、軍学校で先生をしていたという特異な存在の、イツキ先生的な話し方に変化したことに、その場に居た全員が気付いた。
皆は少し考えてから顔を見合わせる。そしてコクリと頷きイツキの言葉を待つ。
「もしもこれ以上の話を聞いてしまうと、国家レベルの極秘情報を知ることになる。知る勇気が有る者、そして危険を承知で協力できる者にだけ話したいと思う。僕は今、大きな敵と戦っている」
イツキは意識して銀色のオーラを身に纏う。
強いレベルではなく弱いレベルの力だが、もしも悪意を発したり、イツキのオーラに耐えられない者は、仲間になることは出来ない。
7人のメンバーは、部屋の空気の重さが変わったことに気付く。
少し息苦しい感じで、身動きしようとすると体が重く動き辛い。イツキが放つ威圧感のようなものが、ビリビリと伝わってくる。
皆ゴクリと唾を呑み込んだ。
「イツキ先生、僕はイツキ先生を尊敬し、イツキ先生に追い付きたくて頑張ってきました。今僕は、共に戦えるチャンスを与えられたのだと知り、興奮が押さえられないくらいです」
最初に口を開いたのはヤンだった。軍学校でイツキが事件を解決する現場に立ち合ったこともあったが、部外者だった為に最後まで解決する様子を見ることが出来なかった。
それが残念で仕方なかったヤンは、いつの日かイツキと共に事件を解決したいと願っていたのだ。
「イツキ先生、僕もヤンと同じ気持ちです。この上級学校の中で出来ることなら、必ずお役に立てると思います」
エルビスは意識してないが、イツキに対して敬語を使い、自分の立ち位置を下にする。
ヤンとエルビスの真摯な態度に、イツキのことを知らない他のメンバーは、とんでもないことになったという思いと、なんだかワクワクすることが待っているような期待感と、イツキが言った《大きな敵》という言葉対する不安感とが、ごちゃごちゃになって答えが出せないでいる。
「イツキ君、いやイツキ先生、質問があります。イツキ先生は《大きな敵》と戦っていると言われましたが、その敵は上級学校の中に居るのでしょうか?」
質問したのはインカ先輩だった。
「いいえ、本当の敵は此処には居ません。しかし、その敵に洗脳された、将来レガート国を戦乱に導く可能性のある学生は居ます。敵の名前はまだ言えませんが、その敵は、カルート国とハキ神国の戦争を操りました。そしてランドル大陸に戦乱を起こそうとしています」
「・ ・ ・」
エルビスやヤンを含めた全員が、あまりにも大き過ぎる話しに言葉が出ない。
学生として平和に暮らしていた7人にとって、隣国の戦乱は記憶に新しいところだが、レガート国内に危険が及ばなかったことで、実感としては、どこか他人事に過ぎないことであった。
「そんな強大な敵が、この学校の学生を洗脳していると?」
エルビスは、震える声でイツキに質問する。
「それを調べることも仕事ですが、その洗脳を解くことも仕事です」
エルビスは、これから執行部部長として、学生たちを纏めていこうとしている立場である。それ故イツキの話は大きな衝撃だった。
この場に居る全員も、執行部と風紀部の役員になる予定の者ばかりである。他人事ではない……と愕然とする。
「すみません。危険の度合いを教えてください。決して臆した訳ではありません。学生の命に関わることもあるのでしょうか?」
ヨシノリ先輩は武闘派ではない。それに公爵家の子息であり、どちらかと言うと気が弱い方だ。しかし、心配しているのは自らの命ではなく、学生の命のようである。
「はい。洗脳された者は、自分の利益の邪魔になる者を排除しようとします。でも、学校内で命を狙われることはないでしょう。有るとすれば校外で行われる大会の時だと思います。しかも、洗脳者の殆どが自らの手を汚さず、同朋や後輩の手を使うような卑怯な奴等なのです」
「それって・・・ヤマノ出身者の奴等に似てるな・・・」
イツキの話を聞いたインカ先輩が、ポロリと呟いた言葉に、皆は目を見開き『そうなのか?』という思いでイツキを見る。
「それは、これから調べることですが、可能性は否定しません。取り合えず全員座りましょう」
イツキの指示に従い、立っていた者は着席する。
冬だというのに妙な汗が滲んできたナスカは、手の汗を上着で拭く。
パル先輩とミノル先輩は、顔を見合わせ「ヤマノか……」と呟き納得する。
ヤンとヨシノリ先輩は、昨年前期の混乱を思い出す。
エルビスとインカ先輩は、思い当たることが多すぎて、既に自分達も巻き込まれていると自覚する。
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