イツキ、先生と呼ばれる
今夜エルビス(エンター先輩)の部屋に集まっている5人は、エルビスにとって、信用に足る友人たちと言うことなのだろう。
メンバーは3年生が2人で(エンター・インカ)、2年生が4人(ヤン・パルとあと2人)の合計6人。
知らない先輩が2年生だと分かるのは、校章の色が違うからで、1年生は茶色・2年生は深緑・3年生は黒の校章と決まっている。初対面の先輩は深緑の校章を付けている。
校章は革で出来ており、大きさは横3センチ縦5センチ、染色され上級学校の紋章が刻印してある。
制服は全員同じで、色は濃紺、上着はブレザーである。
2年生以上になると、その革の校章にピンバッジが付けられる。
専門スキル修得コースの、文官・経済・医療コースを選んだ者はシルバーの丸いバッジを、軍・警備隊・開発コースを選んだ者は、ゴールドの四角いバッジを付けている。
そして各々の選択コースの認定試験に合格した者は、選択科目の頭文字1字のバッジが追加される。その1文字のバッジを付けている者は、一目置かれ尊敬されることになる。
目の前のエルビスの校章には、ゴールドの四角いバッジの横に、警備隊コース合格の証の《K》の1文字が、インカ先輩の校章には、ゴールドの四角いバッジの横に、軍隊コース合格の証の、《G》の1文字のバッジが付いていた。
2年間で認定試験に合格したところも、学生たちから尊敬されるポイントなのだろう。
「いらっしゃい、まだ会っていない2人を紹介しょう」
エルビスがそう言うと2人の2年生が立ち上がった。
1人はヨシノリ・ビ・マサキ15歳、1082年9月生まれで、マサキの領主である公爵家の次男である。現在上級学校に在学している学生の中では、最も上位の貴族らしい。
グレーの髪は長く伸ばされ、さらさらと美しい。優しそうな眼差しの瞳は銀色で、身長は170センチくらい。物腰は柔らかく、何処か気が弱そうな気もするけれど、エルビスいわく、正室の息子である長男が優秀なので、のんびり育ちすぎた・・・らしい。
もう1人は、ミノル・イミグ・ボラス16歳、1081年8月生まれでキシ出身の男爵家の次男。ブロンドの短めの髪に大きな茶色の瞳。身長は180センチと大きく、見るからに武闘派そうである。剣が得意で同郷のソウタ指揮官とヨム指揮官を崇拝している。将来の目標はレガート軍に入隊し活躍することらしい。
「ナスカ14歳です。よろしくお願いしますヨシノリ先輩、ミノル先輩。恐らくインカ先輩から、僕のことはお聞きおよびだと思いますが、僕は武闘派の先輩と違い、頭脳派ですからお間違えなく」
「おいナスカ!俺は勉強も出来る武闘派だぞ。くそー、何時までも首席でいられると思うなよ」
仲の良い同郷の2人の間には、遠慮は無いらしく、いつもこんな感じなのだろ。周りのメンバーも、微笑ましそうに笑っている。ナスカはヨシノリ先輩とミノル先輩と握手をして着席した。
「イツキ14歳です。お2人共よろしくお願いします。僕は裏口入学なので、正直目立ちたくなかったのですが、何故か入学初日で此処に来ることになりました」
イツキは正直に裏口入学だと告げ、恨めしそうに(他の者には表情は見えていないが)ヤン先輩の方に視線を向けた。
「イツキ君はキシ出身の子爵だと聞いたけど、僕の記憶ではイツキ家という名に、聞き覚えが無いのだけど・・・君自身がキシ公爵家直系子爵であるというのは本当なのかい?父親の名前は?」
ミノル先輩は男爵家だが、キシ公爵家直系である《グ》を名に持つ貴族である。当然聞いたことの無いイツキの名に疑問を持った。
イツキは、キシ出身者に不審に思われるだろうと覚悟はしていた。それ故、この場にキシ出身の貴族が居たことは、イツキにとって寧ろ好都合だった。
キシ領の貴族の誰か1人が認めれば、堂々と子爵家当主として振る舞えるのだから。
「僕は最近アルダス様から、直接子爵位を賜りました。僕が初代ですから、ご存じ無いのも無理はありません」
「「ええっ?君が直接子爵位を貰った?」」(エルビス・ヨシノリ)
「「「何故?」」」(ヤン・インカ・ナスカ)
「「14歳の君がどうして?」」(パル・ミノル)
見事なまでにハモりながら、イツキの方を見て全員が質問してきた。
普通、貴族になるのは15歳以上で、目覚ましい活躍や貢献をして、騎士や準男爵位を授かるのだ。
いきなり男爵位を授かることが無い訳ではない。領主の命を助けたり、国に貢献し国王から認められた場合があるからだ。
しかし、いきなり子爵位を授かるなんて・・・王族と親族にでもならなければ考えられないことである。
「それは……僕がレガート国に大きく貢献したからだと、アルダス様は言っておられました」
イツキはとんでもない話をしているという実感が無い。元々教会育ちで、貴族の世界に興味など無かったので、それが異例のことだとは分かっていなかった。
「どんな、どんな貢献をしたんだイツキ?」
ナスカは立ち上がって、イツキの両肩を揺さぶりながら質問する。
「もしかして・・・アルダス様の隠し子とか?」
「やめろ!アルダス様はそのような方ではない!」
パルの言葉に、キシ出身のミノル先輩が怒りを込めて叫んだ。
「ちょっと待て・・・イツキ君・・・そ、その前髪を上げてくれないか?」
エルビスは突然立ち上がり、ナスカをイツキから引き離すと、緊張した面持ちでイツキにお願いする。
「まさかエンター先輩、そんなことは・・・いや、まさか・・・でも」
ヤンまで立ち上がり、イツキの顔を見ようと、よろけながら側に寄る。心では否定していたが、イツキという名前に何処か期待していたヤンとエルビスである。
周りのメンバーは、何事なのかと立ち上がった2人を見ながら、イツキの顔にも興味があり、双方に視線を向ける。
「いろいろとご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした。諸事情有りまして諸外国を巡っていました」
イツキは顔を見せないまま、エルビスとヤンがよく知っている声で謝罪する。
「や、やっぱりイツキ先生なのか?本当に?」
ヤンは既に涙声になりながら、震える右手をイツキの肩に伸ばそうとする。
「どうして?な、なんで上級学校なんかに?」
エルビスの声も震えている。ヤン同様にイツキの肩に手を伸ばしてくる。そして2人はイツキに抱き付き、ヤンは涙をポロポロ溢しながら、エルビスは涙を堪えて、抱き締める腕に力を入れた。
「何?何なの?イツキ先生って・・・えっ?本当に?あのヤンの尊敬するイツキ先生なのか?エルビスが言ってた天才のイツキ先生?」
抱き合う3人の様子を見て、軍学校で働いていた頃のイツキ先生の話を聞いていた、インカ先輩とヨシノリ先輩とパル先輩も立ち上がり驚いている。
事情の分からないミノル先輩とナスカは、呆然と様子を見ながら、どうやらイツキとエンター先輩とヤン先輩は、知り合いだったらしいと理解した。
イツキは「苦しい、苦しいよ2人共」と悲鳴を上げているが、エルビスとヤンはもう1度力を入れて抱き締めた。
「酷いじゃないですかイツキ先生、どうして最初に教えてくれなかったのですか?名前を聞いた時は、もしかしたらと思いましたが、イツキ先生が上級学校に入学する可能性が全く無かったので、もしかしてと思う気持ちを否定していたんですよ」
ヤンはまだ泣きながら、イツキの右手を両手で握ったまま、少し恨みがましく文句を言っている。
「そうですよ!秘書官も僕もどれだけ心配したか……それより、その髪型は何なのですか?顔が判らないじゃないですか?」
エルビスも泣いているような笑っているような表情で、左手を両手で握ったまま文句を言う。
両手をがっしりと握られたまま、イツキも嬉しさと申し訳なさで複雑な表情(皆には見えてないけど)になり、なすがまま状態である。
「ごめんごめん。今回僕は、目立たずひっそりと存在感を消した、冴えない学生に擬態して生活する予定だったから、いきなり風紀部役員とかって、正直予定外だった分、どうしたものかと思案しちゃった」
はははっと元気なく笑い、予定が狂ってしまい逆に困ったんだけどと、遠回しに文句を言う。
「ええっ!す、すみません。何か任務だったのですか?」
エルビスは、イツキの仕事を邪魔してしまったのだろうかと青ざめた。
「うん……仕事半分、休憩半分だったんだけど……アルダス様とギニ副司令官には、目立ってなんぼの上級学校で、ひっそりとか無理だと言われてはいたんだ」
イツキは肩を落とし、力なく呟くように言いながら、周りのメンバーのオーラを確認する。
アルダス様とギニ副司令官の名前を聞いた時の反応に、悪意がないか黒いオーラを放っていないか注視する。
どうやら誰も、キシ公爵にもギニ副司令官にも悪意は無いようだ。
「ちょっとイツキ、俺、話が全然見えないんだけど……どうやって子爵位を貰ったのかという話は何処に行ったんだ?」
「俺も話が見えない・・・」
ナスカとミノル先輩は、キョロキョロと周りを見て、イツキがイツキ先生?と呼ばれることも、エンター先輩とヤン先輩が、泣く程に大切な知り合いなのか……とか、何故敬語なの?と疑問だらけなので、口を挟む感じではあるが質問を投げ掛けた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
風邪ひきました・・・更新が遅れたらごめんなさい。