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夏大会(7)

 イツキは強盗犯ヤプードと痩せ型の男が、自分の方に向かってくるよう、わざと荷物を移動する振りをする。

 エンター、ピドル、エンドは、中型魔獣ドンプラーから視線を逸らさないよう、剣を構えて対峙している。


 ここで動くと魔獣の標的にされやすい。

 特にエンターたちの攻撃で小さいながらも負傷している強盗犯たちからは、血の臭いがしているはずだ。

 魔獣ドンプラーはギロリと全員を見回し、誰を食べようかと迷うように、荒い息を吐きながら右に2歩、左に2歩と方向が定まらない。



 ヤプードは痩せ型の男に目配せをして、2手に別れて逃げることにした。

 ヤプードは薬草を奪う係りで、痩せ型の男は自分たちの荷物を持って逃げる。そう顎で合図してそろりそろりと動き出した。

 しかし魔獣ドンプラーは大きく跳躍し、痩せ型の男の前に立ちはだかった。


 その隙にヤプードは、イツキに「そこをどけ!」と言いながら剣を向けてきた。

 仲間の危機を助ける訳ではなく、薬草を奪って逃げることを優先するようだ。


「イツキ君気を付けて!」


視線は魔獣に向けたままで、ピドルは後方のイツキを心配して声を掛ける。


「心配するな、イツキ君は剣の天才だ!」


エンターは心配する仲間2人が、連係を乱すことがないよう真実を告げる。



〈〈 ガウー 〉〉と低く鳴いて、魔獣ドンプラーは痩せ型の男に飛びかかった。


 痩せ型の男は元軍人である。それなりに腕に自信はあるが、中型魔獣を1人で退治出来るはずもない。

 強盗犯が魔獣に腕を噛みつかれている所へ、エンターは「いけー!」と命令し、3人は勇気を振り絞って3方から斬りかかっていく。


 エンドは魔獣ドンプラーの左足太股に剣を突き刺し、エンターは上段から思い切り背中を斬りつけた。ピドルは首を狙おうとして前足で剣を弾き飛ばされた。


「グワーッ!」と叫んだ痩せ型の男の声と、イツキが立っていた方角からも「ギャーッ!」と同時に声が上がった。


 目の前の男は魔獣に左腕を食いちぎられていた。

 薬草を奪おうとしていた男は、左肩を剣で貫かれ剣は木に突き刺さっていた。



 しかし、ピドルは剣を飛ばされ、エンドの剣は太股に突き刺さったままで、絶体絶命な状態であることは明らかだった。

 


「みんな下がって!」


イツキのよく通る声が響いた。見るとイツキは新型レガート式ボーガンを構えていた。

 魔獣ドンプラーはイツキの大きな声に反応し、腕をくわえたままギラリと瞳を輝かせ振り返った。


『残念だが矢は1本しかない。1本では死なないかもしれない』そう思いながら、出来るだけ急所に当てなければと、イツキは意識を集中する。

 イツキの剣は木に突き刺さっているので、失敗したら後がないのである・・・


《 シュッ 》と音をたてて矢は放たれ、《 ズシャッ 》と矢は魔獣ドンプラーの右目に命中した。

 イツキは急所を外してしまったが、特殊な矢は刺さったままである。


〈〈 ギャウーッ! 〉〉と魔獣ドンプラーは鳴いて、一瞬ふらついたが倒れはしなかった。



 全員が死を覚悟しそうになった時、イツキの後方から新たな矢がヒュン・ヒュンと音をたてて飛んできた。


「「「・・・???」」」


エンター、ピドル、エンドは矢が飛んで来た方向を見る。そこには秘書官補佐のフィリップ様が、3人の部下を従え弓を構えて立っていた。


 放たれた矢は見事に眉間に命中し、他の矢も首に刺さっていた。

 断末魔の叫び声をあげることもなく、魔獣ドンプラーはドサリと倒れた。



「申し訳ありません、少し遅くなってしまったようです」


フィリップはイツキの隣に立ち、すまなそうに頭を下げ詫びた。


「いいえ、助かりました。ありがとうございますフィリップさん」


イツキはフィリップに礼を言いながら、フーッと大きく安堵の息を吐き、少し前屈みになり両手を自分の両膝に当てた。

 これ程大きな魔獣に遭遇すると考えていなかった自分の甘さを後悔し、仲間の命を危険に晒した自分が許せないイツキは、体を起こすと皆の所へ向かった。


「みんな大丈夫?ケガはなかった?すまない……僕の考えが甘かった」


イツキは呆然と立ち尽くしている仲間に、深く頭を下げて謝罪した。


「えっ?ああぁ……確かに死ぬかと思ったけど、死ななかったし、イツキ君のせいじゃないよ……」


エンターは、まだどこか現実世界に戻っていないような上の空で、倒れた魔獣を見詰めながらイツキに応えた。


「そうだよ。確かに驚いたけど、俺、けっこうやれた?ビビらずちゃんと剣を突き刺せたよね?なんか、凄い経験出来て良かったよ」


話しながらどんどん前向きになっていくエンドである。むしろ喜んでいる感じだ。


「それより、イ、イツキ君……あの木に串刺しになっている奴、イツキ君が殺ったの?」


ちょっと回りの状況が冷静に見え始めたピドルは、大男が無惨な姿になっているのを見て、驚いた表情で質問する。

 エンターもエンドも、ピドルが指差す方に視線を向ける。


「う、うん。時間がなかったから手加減出来なくて・・・」


皆には軽いケガで捕らえるようお願いしていたのに、自分は大ケガを負わせてしまったことを、申し訳無さそうに説明した。


「いやいやイツキ君、だって新型レガート式ボーガンも撃ってたよね?い、何時の間にあんな・・・?」


剣に自信のあるエンドは大きく目を見開いて、あの大男を一撃で肩ごと木に串刺しに出来ることが、全く信じられない様子で口は半開きになっている。





「お疲れ様ですイツキ先生!あとは【治安部隊】で始末します」


声を掛けてきたのは軍学校の教え子で、レガート軍のソウタ指揮官の下で働いているハモンドだった。


「お疲れ様ですイツキ先生、ご無事で良かった。犯人たちはこちらで連行します」


同じく笑顔で声を掛けてきたのは、やはり教え子で王宮警備隊に配属され、ヨム指揮官の元で働いていたはずのレクスだった。


「2人ともレガート式ボーガンの腕を上げたんだね。ありがとう」


イツキは教え子に助けられたのだと分かり、やっと笑顔になることが出来た。


「でも、急所に当てたのは秘書官補佐のフィリップだけどな」


イツキの肩をポンポンと叩いて、励ますように声を掛けてきたのは、【奇跡の世代】であり国境警備隊副隊長のヤマギさんだった。


 4人のメンバーを見たイツキは、自分のロームズ(カルート国内の飛び地)行きを考えて、フィリップが揃えてくれたメンバーだと直ぐに分かった。

 イツキは改めてフィリップの方に視線を向け、ニコリと笑う。

 その笑顔を見たフィリップは、嬉しそうな辛そうな顔をして頷いた。


『どうやら直ぐに旅立たねばならないようだ。やはり、ロームズの危機は回避出来なかったんだ』


イツキは遠いロームズの人々を想い、レガートの森の先の隣国へ視線を向けた。



 ふと気付くと、軍志望のピドルと警備隊志望のエンドが挙動不審になっていた。

【王の目】を率いて秘書官補佐までしている、憧れのフィリップ様に助けられたと判って、緊張してアワアワしていたのだ。


『『 カッコいいー 』』


基本、ピドルもエンドも美しい人が好きである。美しく格好いいフィリップ様を近くで見れて、幸せを噛み締めている。





 帰り道は、フィリップさんとヤマギさんが強盗犯を連行し(勿論イツキが応急手当をして)、ピドルとエンドは、ハモンドとレクスと一緒に退治した魔獣ドンプラーを、力を合わせてお持ち帰り中である。

 イツキとエンターは薬草や荷物を持っている。


 反省しきりのイツキだったが、いつものごとく明るいピドルとエンドが、大はしゃぎしながら歩くので、暗くならず帰ることができていた。


 帰り道に残りの2つの仕事を話すと言っていたイツキだったが、既にハモンドとレクスが、軍学校の先生だったことをばらしてしまった。

【治安部隊指揮官補佐】と【技術開発部相談役】については、強盗犯が居たので、屋敷に帰ってから打ち明けることにした。

 イツキの軍学校時代のことは、教え子であるレクスとハモンドが、自分たちの経験談を話しながら帰ったので、説明の手間は省けた。


「俺はイツキ先生の影響で、上級学校に編入し今の仕事に就いている」(ハモンド)

「俺だってそうだ!イツキ先生に出会えたから今がある」(レクス)


ハモンドとレクスは、イツキ先生は軍学校で1番怖い先生だったとか、同じ上級学校の学生である2人が羨ましい等と話す。


「自分はイツキ第2親衛隊の隊長なんですが、先輩方に春大会の《イツキ伝説》の話をしましょう」


調子が出てきたピドルは、上級学校の学生であるイツキの自慢話?を始める。

 エンドも負けじとイツキの上級学校での生活ぶりとか、格好良さとか発明部の活動などを話していく。



「なんだか好かれてるねイツキ君」


ヤマギ国境警備隊副隊長はニヤニヤしながら、イツキをからかってくる。


「まあ、当然だな」


すました顔でフィリップが、自分のことのようにサラリと言う。


「どんな兄バカなんですかフィリップさん!皆も僕の話題はもうヤメロ!」


イツキはプンプン怒りながら、恥ずかしそうに後ろの教え子と先輩2人に文句を言う。



 気付けばレガートの森を抜け、夕陽が美しく山や町並みをオレンジ色に染めていた。

 明日の旅立ちも、どうやら晴れそうだとイツキは空を見上げて思った。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

魔獣が出てきたら、最終話になりませんでした・・・

次話で完結します。

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