夏大会(5)
【イツキ組】に入ると宣言した2人は、覚悟は出来たものの、もう1つの疑問の答えを聴こうと、イツキの口が開くのを待つ。
これだけのメンバーを指揮するだけの能力・・・確かに学力ならば問題なくトップだろう。可愛い?外見だけで従うようなメンバーではないはずだ。
武術の腕前は・・・1年生ながら槍と馬術で選抜選手に選ばれている。
しかし、学力や武術だけでは納得出来ない。
強いて言えば、イツキ君のカリスマ性だろうか。それと、強いリーダーシップ……そして、気付かない内に惹き付けられるアイドル性……
ピドルはそんなこんなを考えてみるが、絶対的な答えが見付からない。
そもそも何故【ギラ新教】と戦うのだろう・・・イツキ君が戦うことを、皆に指示したことになるが……学生の自分たちが何故?と疑問は尽きない。
「ヤマノ侯爵を毒殺したのは、ブルーニとドエルの父親でした。そして、この2人は【ギラ新教徒】でした。貴族至上主義を掲げ邪魔者は排除する。それが【ギラ新教】の教えです」
イツキは分かり易いように身近な敵(ギラ新教徒)の話から進めていく。
「やっぱり、やっぱりそうだったのか!奴等が学校を辞めるなんて、おかしいと思ったんだ。校長は何も説明しなかったし」
同じ剣術部の副部長であるエンドは、困り者たちに手をやいてはいたが、これから学校を意のままにしようとしていた2人が退学するなんて、何かあると思っていたのだ。
「では、爵位を失い親が捕まったから退学に?それとも【ギラ新教徒】だと判明したから退学に?」
ずっと釈然としない思いでブルーニ親衛隊を観てきたピドルは、真相を知る機会を与えられ、質問せずにはいられなかった。
「いいやそうではない!ブルーニとドエルはヤマノからの帰り道、剣の試合で準優勝したヤマノの学生と殺し屋3人を雇って、俺とヤン、そしてイツキ君を暗殺しようとしたんだ」
「な、なんだって!暗殺?・・・伯爵家と子爵家の当主であるエンター部長とイツキ君を?ヤンだって男爵家の子息だぞ?!」
エンター部長の説明に、信じられないという驚愕の表情で目を見開きピドルは叫んだ。
「その時初めて人を斬った。俺は殺し屋3人を、ヤンはヤマノの学生を、イツキ君はブルーニとドエルの腕を使い物にならないようにした。殺してはいないが、直ぐに【治安部隊】が連行していった」
「「【治安部隊】・・・」」
信じられない話しに、信じられない結末……学生とは程遠い存在の【治安部隊】という言葉に、2人は思考が付いていかず固まる。
「じゃあ、ヤンは試合での借りを返し、3人で返り討ちにし、6人は捕まったと……?」
エンドは卑怯な手を使ってヤンをケガさせた、ヤマノの学生を覚えていた。
「そういうことになる。常識が通じない……身の程が判らなくなる。それが【ギラ新教徒】なんだ。俺たち【イツキ組】は、イツキ君から【ギラ新教】と【ギラ新教徒】について学び、学生と学校、そしてレガート国を守る為に立ち上がった」
エンターは話しながら歩き始める。ここでのんびりとはしていられないのだ。
「今日、冒険者風の服装で森に入った理由……それは、【ギラ新教】に雇われた、薬草買取り業者に遭遇した時の用心と対決の為です」
イツキは何時もの如く、想像も予想も及ばない真実を告げる。
「「ええぇぇーっ!!」」
せっかく歩き始めたのに、思わず立ち止まって振り返ると、2人はイツキとエンターの顔を交互に見て、口をパクパクさせ動転する。
「暫く僕たちが先を歩きましょう。先輩たちは後ろで話を聞いていてください」
イツキはそう言うと2人の前に出て歩き始めた。ゆっくりとではなく、少し早いテンポで歩く。無駄なことを考えさせず、前へ前へと思考が進むように。
時々道端から視界を塞ぐように伸びてきている木の枝を、剣を抜いて払っていく。
「神父様が話されたように、今回の薬草不足は【ギラ新教】が起こしたものです。こうやって薬草を採取している冒険者や、薬草を持って行商している者に声を掛け、普通の卸値の倍で買取りをする。そのせいでレガート国だけではなく、ランドル大陸中で薬草不足が起きているのです」
「じゃあイツキ君、【ギラ新教】は、薬草が不足して値が上がったら、買取り額以上の値段で売り、莫大な利益を得ようと企んでいるんだな?」
「そうですエンド先輩。さすがですね。大陸中が薬草を求めるので、薬は高騰し貧しい者は薬草など買うことも出来なくなるのです。当然、選ばれた【ギラ新教徒】は、優先して薬草を買う権利が与えられ、薬草が欲しい貴族は、新たな信者になるしかないのです」
イツキは今回の薬草不足の陰に隠れた真実と悪意を、感情を込めず淡々と語っていく。
それからエンターは、春休みにパルテノンが【洗脳】されそうになった話をした。
その体験を、先日行われた校長会議で話し、8校の校長が力を合わせて学生を守ろうと動き出したのだと説明する。
「それにしても、何故そんな国家レベルの情報を、【イツキ組】は入手出来るんだ?校長や教頭からの情報なのか?」(ピドル)
「それとも、キシ領のイツキ君には、特別な情報源が有るんだろうか?そうでないと、新型レガート式ボーガンを借りられないよね?」(エンド)
2人の突っ込みに、イツキとエンターは顔を見合わせ、予想通りに考える能力を持っていた2人を、仲間に加えたことが間違いではなかったと、口元を緩めて頷き合った。
「僕はラミル上級学校の学生をしていますが、他にも2つの……あぁ、いや3つの仕事を持っています。1つめは冒険者です。実は春休みにエンター部長とヤン先輩と一緒に登録しました」
イツキはニヤニヤと笑いながら、冒険者証を取り出し2人に渡す。
エンターも渋い顔をしながら、鞄から取り出し冒険者証を見せる。
「なんだって!冒険者登録した?」(エンド)
「執行部部長と風紀部役員が!」(ピドル)
2人はまたまた叫びながら、差し出された冒険者証をまじまじと見つめる。
「そうです。だから今日は冒険者として【ギラ新教】の手先と対面するのです。上級学校の学生では……まぁ色々と面倒なので」
「「色々と面倒?」」
ピドルとエンドは首を捻りながら、イツキの言う意味がよく分からない。
「もしも剣による戦いになった時、学生では学校に迷惑が掛かるだろう」
エンターは薄笑いを浮かべて、自分も少し前まではこういう反応をしていたと思いながら答える。随分と昔のことのように感じながら、自分の感覚がすっかり普通でなくなったことを自照する。
「だって、ピドル先輩もエンド先輩も強いでしょう?冒険者として疑われることもないはずです。僕は素材採取専門の冒険者で、先輩方は武術の腕が一流ですから、狩りも出来る冒険者を演じられます」
イツキは剣に手を掛けて、もしも剣を抜くような事態になっても、怯むことがないよう念押ししておく。
「も、勿論だともイツキ君。任せてくれ」
ピドルは自分の胸を拳で軽く叩きながら、力強く?宣言する。
「分かった。完璧な冒険者を演じてやろう!悪者の手先などに負けはしない!」
「そうだエンド!剣術部副部長の名に懸けて、堂々と冒険者に成りきればいい」
エンターは後輩の肩を叩きながら、力強く励ましながら胸を張って見せる。
「ということで、これから我々はラミルのドゴル【不死鳥】所属の冒険者です。そして、無事に帰路につくことが出来たら、残り2つの仕事を教えましょう」
イツキはそう言いながら、早速路肩に生えていた薬草を採取し始めた。
今度はケガの止血に使う薬草だった。群生はしていなかったが、全員で辺りを探してまあまあの量を採取した。
とにかく適度な量を持っていないと、目的の敵と出会ってもスルーされてしまう可能性があるのだ。
午前中はしっかりと薬草を採取し、昼食は水の補給も兼ねて川の近くで食べることにした。
運良く魔獣と遭遇することなく、昼には川岸に少し広いスペースのある、屋根付きの東屋もある休憩所に到着した。
4人は川原を吹き抜けていく涼しい風を期待して、木の下で休むことにした。
昼食後4人は、役の確認をする。エンターは冒険者【キエピ団】のリーダーで、イツキは薬草担当で皆の弟分、狩り担当がピドルとエンド。全員新人の冒険者で、今日は依頼のあった薬草採取に来ている。
注意事項は、上品はだめ!貴族であることは忘れ、ふてぶてしく振る舞うこと。
確認が済んで荷物を纏めようとしていた時、獲物が……ゴホゴホ、お待ちかねのお客様がいらっしゃった。
「やあ、君たちは冒険者かい?」
「ああ、そうだが……なんか用か?」
話し掛けてきたのは、2人の男たちだった。
1人は40代のがっしり体型で、気持ち悪いくらいにニコニコと愛想良く話し掛けてくる。肩に掛けている袋は空なのか軽そうだ。
もう1人の男は痩せ型で長身、普通に見えて何処か隙がない。これまた大きな袋を持っているが、この男の袋からは、ある薬草の匂いが漏れている。
その薬草は風邪の初期に効果があり、甘い匂いが特徴で煎じると大変苦くなる。
この辺りで採取出来る薬草ではない。
ということは・・・誰かから買ったか、又は、無理矢理奪ったかのどちらかである。
「もしかして薬草採取かい?」
がっしり体型の男が寄ってきて、剣以外の荷物を地面に下ろしていく。
「ああそうだ。俺たちは初心者なんでね」
今度はピドルが面倒くさそうに返事をする。リーダーであるエンターが目で合図し、4人はさっさと荷物を片付けていく。
「もしも本物の冒険者なら、いい話があるんだが聞きたくないか?」
薬草の入った袋を下に置き、痩せ型の男は川の水を水筒に汲んで、ゴクゴクと飲み干してから質問してきた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ夏大会編も大詰めです。