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夏大会(2)

 教会の名前はソボエ教会。レガートの森まで2キロの場所にあり、ソボエの町の中心に建っている。

 ソボエの町は人口5千人。なんと、ギニ司令官の領地だった。

 ギニ司令官は元々子爵家の次男で領地を持っていなかった。軍の副司令官になった時、伯爵位を国王から授かり領主になったらしい。

 なにぶん田舎であり平和な町なので、忙し過ぎるギニ司令官でも、執事に任せて統治出来ているのだと、笑いながら話していた。


 ギニ司令官から執事に宛てた手紙を預かった引率のポート先生は、到着後直ぐに渡しに行き、文面を見た執事さんに、笑顔で協力を承諾してもらった。

 学生たちは領主の家か宿にお世話になると決まっていた。

 今回はレガート国の危機を救うため、学生たちが頑張ってくれるので、王命により領主の協力が義務付けられていた。


 バルファー王は領地持ちの貴族(侯爵・伯爵・子爵・男爵)の内、領地内に教会がある貴族に対し、協力しない者は今後レガート城の出入りを禁止するとの通達を出した。

 それは、レガート城で働くことが叶わないという意味だった。

 全ての責任を負うのは8都市の領主である。その為、教会は有るが貧乏な貴族の領地には、領主の援助を義務付けた。

 

 イツキたちはソボエ領主、ギニ司令官の屋敷にお世話になることになった。

 屋敷は広いがギニ司令官……残念ながら41歳にして独身だった。執事のボイヤーさんは、早く結婚して屋敷を賑やかにして欲しいと、ポート先生に愚痴を溢していた。



 初日は資料を揃え、住民の皆さんに説明する手順の確認をしたり、薬草の絵を出して覚えたりする。

 明日2日目の外勤は、エンター部長が《問題解決コース》のメンバーを2つに分けて、ソボエ領近郊の薬草採取可能場所や生息場所を調べていく。

 内勤のパルテノン先輩は、《宝探しコース》のメンバーを連れて教会へ行き、神父様と打合せをする。受付窓口の設営や買い取り窓口の設営、薬草の保管場所を確保し、薬草の絵を教会内に貼り出したりする。



 何処の領地でも、今回の薬草採取の段取りを、住民に説明するのは神父様である。

 町の掲示板には、領主様からの薬草不足についての説明や、上級学校の学生が教会で薬草の買い取りをしてくれること、買い取りする薬草名や買い取り額は、学生から発表されること等が事前に掲示されている。

 気の早い住民が、買い取れない薬草を採取しないよう、注意書きもしてあった。



 5月16日、朝の祈りに集まってきた住民に、レガート国の薬草不足は【ギラ新教】という、先の内乱を起こさせた悪神教が画策したのだと、神父様から伝えられた。

 バルファー王とブルーノア教会は、この機会にレガート国の隅々に、【ギラ新教】は悪神教であると広めることにした。

 多くは伝えず、【ギラ新教】の特徴が貴族至上主義であること、【ギラ新教徒】は平民を迫害し、邪魔であれば領主様をも殺すと話された。



 神父様の話が終わったら、エンター部長の出番である。

 貼り出された薬草の説明をし、買い取り価格も薬草の絵の下に表示する。

 薬草採取の注意事項や、持ち込み時の注意事項、その他のお願いを分かり易く話して、最後に受付時間と学生たちを紹介をして、全員で「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 これは夏大会に向けて執行部が考え、全員に課した決まりの一つだった。


 住民たちは、ラミル上級学校が貴族の子息たちの学校だと知っていた。だからあまり気分は良くなかったが、エンターの真摯な態度や、全員が頭を下げる姿を見て、協力してやろうという気になった。

 何より現金収入になるのは有り難かった。子どもたちの小遣い稼ぎにもなる。



 イツキは隠れ親衛隊の2人を連れて、エンター部長たちとは別行動でレガートの森の入口付近で、直接薬草採取をすることにした。

 森の入口付近で採れる薬草の見本を教会で展示し、採取可能な薬草の種類を増やす為、また、森の奥に入らせないようするために、入口に生息している薬草を採取する。


「なあイツキ君、どうしてイツキ君はそんなに薬草の知識があるんだ?天才的頭脳の持ち主であることは知ってるけど、薬草まで詳しいなんて凄いよね」


体育部部長で3年のピドルは、イツキが次々に薬草を採取していくのを見ながら、濃いブルーの瞳をキラキラさせて質問する。イツキの隠れ親衛隊の隊長でもある。

 笑った顔がミノス正教会に居た、バウ(白い毛がフワフワで目の大きな中型犬)に似ているので、なんとなくイツキは親しみが持てた。

 別名第2親衛隊の隊長であるピドル17歳は、熱烈なイツキファンだったが、先日ポルムゴールで対戦してからは、まるで、いや、ほぼ従者と化している。

 今日も自分で持つと言っているイツキの荷物を、無理矢理奪うようにして、185センチの長身の肩に掛けて嬉しそうに笑っている。

 ちなみに発明部のインダスとは、同郷(ホン領)の幼馴染みである。


「ピドル先輩。薬草学は僕の得意分野なんです。それに僕は小さい頃から薬草を採取をしてきたので、レガートの森も庭みたいなもんなんです」


イツキは採取した薬草の絵をその場でスケッチし、名前と効能を記入して、頭2こ分くらいの大きさのカゴに入れていく。


「用心の為に剣も携帯しているから、もしも獣や魔獣が出たら、僕が一刀両断にするから安心していいよイツキ君」


黙っていれば精悍な顔立ちで格好いいエンド先輩は、ニコニコしながら薬草の入ったカゴを持ち、剣を取り出してイツキに話し掛ける。イツキと話す時は締まらない顔になる残念な先輩である。

 そんなエンド先輩は、第2イツキ親衛隊の副隊長にして、2年生ながら剣術部の副部長であり、エンター部長、風紀部のヤンに続く剣の腕を持っている。


 そんなイツキのお供の2人は、これからイツキの為に尽力してくれる、大変頼もしい存在になっていく。

 特にエンドは、後期から風紀部の役員になり、イツキ組に入ることになる。

 ピドルは卒業後レガート軍に入り、軍の体育指導の教官を目指し《ポルムゴール》を広めていく。




 午後7時、初日は問題なく過ぎてゆき、ギニ司令官の屋敷で夕食をご馳走になりながら、20人は今日の出来事を報告し合う。


「今日は初日だから、薬草の持ち込みは少なかった。それに、偽物は無かったと思う。近辺の村の人は明日か明後日教会に来るそうだから、持ち込みは5日後くらいから忙しくなるだろう」


植物部部長のパルテノンは、今日の受付状況を伝える。


「町の近辺は低い山や林が多く、下痢止めの薬草が群生しているらしい。明日は川沿いを探してみる。意外なことに町の人たちは、その草が薬草だとは知らなかったようで、誰も採らないから群生している場所が残っているようだ」


エンター部長は、下痢止めの薬草は大量に手に入りそうだと報告しながら、明日は少し遠出するので、受付の人数が減るが大丈夫かとパルテノン先輩に尋ねる。


「大丈夫だと思う。こっちが忙しくなっても、教会の人たちも協力してくれるから……それより、レアな薬草の持ち込みだが、イツキ君が居ないと値段がつけられない。一応預かって名前を記録し、後日の支払いになると思うんだが……どうするイツキ君?」


「そのことですが、明日の午後から1週間、ラミルのドゴル【不死鳥】の植物担当の男性が手伝いに来てくれます。薬種問屋からの応援は他の領地に割り振られたので、ドゴルのベテランが応援を買って出てくれました。専門家ですから、安心して任せてください」 


イツキはいつもの微笑みで、誰も聞いていなかったことを、さらりと当たり前のことのように伝える。


「ドゴル・・・冒険者が行くところだよね?」(ピドル)

「冒険者かぁ・・・なんか格好良いよね!」 (エンド)


「ゴホンゴホン・・・で、では、グループに分かれて明日の打合せをしてくれ。明日のグループリーダーはよろしく頼む」


エンター部長はドゴル【不死鳥】の名前を聞いて思わず咳き込んだ。いったいどうして?という顔でイツキを見るが、にこにこ笑ってごまかされた。


 明日はレガートの森の少し深いところまで入る予定なので、エンター部長も一緒である。

 イツキの別動隊4人は、素人では採取出来ない薬草を求めて、明日から3日間薬草採取に専念する。

 当然危険なレガートの森に入ることを、校長も教頭も反対したが、レガート国の危機を救うため、多少の危険は仕方がないとイツキが説得して、渋々了承されたのだった。

 勿論、他の学生たちには秘密の行動である。それ故、イツキ親衛隊と隠れ親衛隊のメンバーだけで、グループが構成されたのである。



「イツキ君、不死鳥の人ってカウンター〈4〉の、素材持ち込み・買取り係りの人?」


エンター部長は冒険者登録をした日のことを思い出し、薬草の受付をしてくれた年配の男性かと小声で訊ねた。


「そうですよ先輩。ミム(通信鳥)を使ってフィリップさんから頼んで貰ったんです。ついでに冒険者依頼も、こっそりと達成する予定です」


なんだか嬉しそうにイツキはエンターの耳元で囁いた。

 その笑顔を見たエンターは、寝る暇も無いくらいにポルム作りをしていたはずなのに、何時の間にそんな段取りまでしていたのだろうかと驚いた。

 イツキの行動は、いつも予想の上の上をいくので、少々のことでは驚かなくなったつもりのエンターだったが、またこうして感心してしまうことになる。




 5月17日、初夏のソボエの町は晴天に恵まれ、外勤班は2つに分かれて元気よく屋敷を出ていく。

 イツキたち4人はお弁当と水筒を持ち(持つのは今日も従者の2人)、今日は全員が剣を携帯している。剣はギニ司令官のお屋敷でお借りした。


「この辺りの森には、大型の魔獣は居ませんが、小型の魔獣は出るかもしれません。魔獣の特徴は、体の一部分が蛍光色で輝いているのですが、昼間だと分かり難いので、迂闊に近付いてはいけません」


「イツキ君、薬草だけじゃなく魔獣にも詳しいんだね……やっぱり大陸中を旅していたから、いろんな知識が身に付いたのかな?」


ピドル先輩は今日もイツキの荷物(大)を背負って、イツキの知識に感心する。


「イツキ君は危ないから先頭じゃない方がいいよ。僕が先頭で森に入るから安心してね。エンター部長程ではないけど、絶対に僕が守るから!」


今日も剣の腕をアピールしているエンド先輩は、イツキの荷物(小)を肩に掛け、前を歩きながら余裕で森に入っていく。

 魔獣と戦ったことなど無いだろう隠れ親衛隊の2人は、若干恐怖心はあったものの、イツキと話したくて、いい格好を見せたくて張り切っている。


「もしも食用動物が出たら、狩りをして屋敷に持ち帰りましょう。毎日美味しいご馳走を頂いてばかりでは、申し訳ないですから」


イツキの言葉に全員が「オーっ!」と右手を振り上げて、まるでピクニック気分で森の奥に進んでいく。


 森に入って10分、目当ての薬草を早速見付けたイツキは、3人に見本を見せて全員で採取する。その薬草は白い花を咲かせているが、花には毒があり、根が薬になるのだと教えながら、花はその場で棄てていく。

 また10分進んだ所には小川が流れていた。

 その小川の側には、変わった形をした葉の薬草が群生していた。が、しかし、当然のことながら小川に水を飲みに来ている獣たちも居た。


「あれは、今一番必要な薬草で熱冷ましになります。ただ、残念なことに側に居る獣は魔獣です。名前はエピオン。牙に毒があるので噛み付かれたら・・・」


「か、噛み付かれたら何なんだイツキ君?」

「噛み付かれたら3日は高熱にうなされ、運が悪いと……稀に亡くなる人もいます」


先頭を歩いていたエンド先輩は、川辺で水を飲んでいる白と黒のストライプの毛の獣を凝視しながら、立ち止まって剣を抜いた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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