イツキ、覚悟を決める
上級学校の略図?を載せましたが、携帯で読んで頂いている方は
分かり難いと思います。すみません。
半分魂が抜けた感じになっているイツキの肩を、ナスカは再びポンポンと2度叩きながら、「イツキなら大丈夫さ」と呟いて、なんとなく慰めている。
はーっ……とさっきから溜め息ばかりついているイツキに、本当に荷が重たかったのかな?と心配しながらも、イツキがいなければ、恐らく自分が同じように溜め息をついていたに違いないと思うのだった。
イツキの溜め息の原因は、これから毎日のようにヤンやエルビスに会えば、正体は絶対にバレるという心配からだった。
この際、自分から正体を言わないと、後でもっと叱られることになるなと、そう考えると自然に溜め息も出てしまう・・・
2人はトボトボと東寮の方へ歩いていく。特別教室棟から東寮までは徒歩3分だ。
上級学校の広大な敷地は、長方形で6つのエリアに分けられている。
ぐるりと囲む壁は高さ5メートルを越え、まるで城壁のように高い壁で守られている。
貴族の子息を預かる場所だけに、警備も厳重で警備隊の小隊が常に常駐し、正門と裏門で厳しい身元確認が行われる。学生であっても、学生証が無ければ確認が取れるまで入場できない。
敷地の北側は、大河ヒミ川の支流であるホイ川が流れている。見た目より深いので、北側から侵入者が来ることは殆どないだろう。
西側は、レガート城へと続く街道に面しており正門がある。
南側には小高い丘があり、選択専門コースの軍人・警備隊コースの者が演習に使っている。丘全体が上級学校の所有である。もちろん警備も抜かりない。
東側は裏門があり、裏門の向こう側は、上級学校で働いている教員や職員やコック、馬場の管理人やその他の使用人の住居となっている。
家族で暮らしている教員は、この東エリアに住んでおり、子どもの数も50人以上居る。
正門から裏門へと続く道は並木道になっていて、秋には紅葉が美しく赤や黄色に染まった落ち葉を、学生たちはカサカサと踏みながら歩く。
各々のエリアの間にも、垣根と言うには少し高過ぎる木々が植えられている。
ホイ 川
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| 倉 庫 | 北 寮 | |
| 特別教室棟 | 風呂 | 弓場 |
| 食 堂 | 西 寮 | |
| 一般教室棟 (池) | |
| | 東 寮 | |
| 教 員 室 棟 | 風呂 | 厩舎 | | 工作棟 南 寮 | |
正 ーーーー ーーー ーーーーーーー ーーーーーーー ーー裏
門 | | 門 | | 体 育 館 | |
| | | 馬 場 |
| グ ラ ウ ン ド | | |
| | 武 道 場 | |
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| | | |
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丘
東寮へ向かう途中、4つの寮の真ん中にある池のベンチで休憩する。
この池は、学生たちの憩いの場でもあるが、防火用水としての役割も担っている。
たいして疲れていない筈なのに、心の疲れが(ショックが)半端なく、2人は北風がまだ冷たい白いベンチで、渡された立候補予定者リストをぼ~っと見ていた。
「僕は今日来たばかりで中級学校にも行っていない。誰が何処の出身なのか分からないし、どんな派閥が在るのかも判らない……1から勉強しなくちゃいけないよね」
イツキはつい弱気な発言をしてしまう。本人は気付いていないが、無意識にハキ神国語で喋っていたりする。
「おいイツキ、今のはどういう意味だ?それ、もしかしてハキ神国語か?」
ナスカは眉間にシワを寄せて、聞き慣れぬ言葉でブツブツと呟いているイツキに、質問しながら文句を言う。
「えっ?今ハキ神国語で話してた?ごめんごめん。ついこの前まで旅に出ていたから、なんかまだ、レガート国の、しかも上級学校に居る実感が無くて……今話したのは、誰が何処の出身か、どんな派閥が在るのか勉強しなくてはならないと言ったんだ」
イツキは先月までハキ神国に居た上、レガート国は久し振りだったので、考え事をするとつい、言語がごちゃごちゃになってしまったりする。
「イツキってハキ神国に行ってたのか?というか、ハキ神国語が話せるのか?」
「うん、普通の会話くらいなら」
ナスカは驚いた顔でイツキを見て、やっぱりイツキは出来る奴なんだと思い、この先が楽しみになってくる。
「何気に凄いよそれ。上級学校でもハキ神国語の講義を希望する者はいるが、マスター出来る者は少ないと聞く。もしかして、他の国の言葉も話せたりするのか?」
あんなに元気を無くしていたナスカだが、急に元気になったようで、興味津々でイツキの語学力について質問してきた。
「まあなんとなく……それなりに」
「それなりに?それはミリダ語も話せるということなのか?」
「うん……そんなとこかな」
「ええっ?本当に喋れるんだ。羨ましい。てか、おいイツキ、ちゃんと話を聞いてるのか?」
ナスカは、何処か上の空で考え込んでいるイツキを見て、ちょっとイラッときて、つい強い口調で言ってしまった。
「なあナスカ、エンター先輩と2人でゆっくり話をするなら、執行部室に行けばいいのかなぁ?」
イツキはナスカの文句はスルーして、ぼんやりと特別教室棟の方を見ながら質問する。
急に北風が吹いてきて、池の水面にさざ波が起こり、2人は肩をすぼめた。
「取り合えず寮に帰ろう。風邪をひいてる余裕なんて、俺たちにはないだろう?それとエンター先輩とゆっくり話したいなら、夕食後北寮を訪ねてみたらどうだ?確かエンター先輩は伯爵家の当主だから、今は個室だと思う。邪魔は入らないだろう」
考え事をしているイツキを、東寮へ戻るよう促し、質問に答えたナスカは、フウッと短く息を吐き歩き出した。エンター先輩になんの用があるのか分からないが、その用が済まなければ落ち着かないのだろう。仕方ない、食後に北寮まで連れていってやろうと思う優しいナスカだった。
イツキは皆の前で自分の正体がバレるより、2人にだけバレる方が安全だろうかと思案していたので、ナスカがあきれ顔になっていることに気付かなかった。
東寮に帰ると、ルームメイトの2人は既に戻っていて、ミリダ語の宿題をやっていた。
イツキとナスカは同じ部屋で、この部屋は4人部屋だが、元は成績上位3人が入る予定だったところ、イツキが来たので4人になってしまった。
今朝まで他の3人は、それを良く思っていなかったが、今日のルイス先生への態度に好感が持てたのか、ナスカを含む3人はイツキを歓迎してくれた。
改めて全員で自己紹介することになり、始めにナスカから自分のことを話し始めた。
ナスカ・マナヤ・ホリス14歳、1083年5月生まれ、カイ出身。銀髪を肩まで伸ばし、青い瞳。170センチのガッシリ体型。男爵家の長男。将来は王宮警備隊に入り、憧れのヨム副指揮官と仕事をすること。座右の銘は、努力なくして成功なし。
ナスカの挨拶に皆は「さすが秀才!」「お前年下かよ~」と声を掛ける。
イツキは、ヨム副指揮官は先日指揮官になったと教えて、ナスカに同郷であることを羨ましがられた。
トロイ・ランカーは15歳、1082年3月生まれ、マキ出身。大きな商家の次男で貴族ではない。人懐っこい金色の瞳に焦げ茶の短髪、身長はイツキより低い。性格はとにかく明るい。お金が大好きで、将来の目標は、レガート国で1番の豪商の主になること。
イースター・ファイ・ブローズ15歳、1082年11月生まれ、カワノ出身。子爵家の長男。貴族らしいグレーの瞳にグレーの髪。170センチで整った顔立ち、すらりとしてカッコいい。自称責任感が強くて融通が利かないらしい。将来はカワノ領を正しく導くこと。先の内乱で、カワノ出身の大臣が偽王をたて失脚したことから、カワノの名誉を挽回したいらしい。
最後はイツキである。
キアフ・ラビグ・イツキ14歳、1083年12月生まれ(本当は1084年1月)、キシ出身。子爵家の当主。黒い前髪を長く伸ばし顔が見えないけど、瞳は黒で薄い青色の入った眼鏡を掛けていて、165センチ痩せ型。将来の希望は、文官になって王宮で働くこと。
4人は握手を交わし、仲良く協力仕合いながら頑張ろうと誓った。
「そう言えば、俺は執行部役員に推薦されることになった。イツキは風紀部に推薦されることになった」
ナスカはトロイとイースターに、先程の出来事を伝えた。同室者の応援も必要になるので、協力仕合う約束を早速発動させる。
「それじゃあナスカの推薦者は、あのエンター先輩なんだね。凄いよそれ!エンター先輩は最も尊敬されている先輩だし、次期執行部部長間違いなしって言われてるよね」
トロイは興奮して立ち上がり、ちょっと羨ましそうにナスカを見て叫ぶ。将来の為に、エンター先輩と顔見知りになりたいと思っていたトロイである。
「それも凄いけど、イツキ君の推薦者も凄いよ!だってインカ先輩と言えば、武闘派の憧れの的だよ。次期風紀部隊長は間違いなしって話だ」
イースターは憧れのインカ先輩の推薦を受けるイツキに、どんな知り合いなのかとか、武術は得意なのかとか、その髪型だと風紀部としては舐められるとか、いろいろ質問というか注文をつけてきた。
「武術はまあ何となくかな……知り合ったのは今日が始めてだし、髪型は先輩にも言われたよ」
答えになっているような、なっていないようなイツキの返答に、少し不安になるイースターだった。
それからイツキは寮の決まりを聞いたり、寮内をナスカに案内して貰って、皆と一緒に宿題を始めた。
本来なら部活動の時間だが、1年生は20日の選挙までは部活見学をして、21日から入部することになる。
「ミリダ語は簡単かと思っていたのに、全然解んない・・・ナスカ解る?」
「基本なら解るが、イツキは話せるらしいぞ。訊いてみろよ」
イースターのお願いを、あっさりイツキに押し付けるナスカである。
「ええっ!俺たち幸運な同室者?」
トロイは椅子から立ち上がり、小躍りして喜ぶ。商人として語学の習得は必須だし、賄賂やお金を払わなくても教えて貰えるかもしれないのだ。
「ここは、レガート国には無い文法だよね。ハキ神国語に近い文法が多いから戸惑うのかな?でもミリダ語を覚えるとハキ神国語も覚えやすいよ。ダルーン王国語とイントラ連合国語も似てるから、片方を覚えれば簡単だよ」
イツキはイースターとトロイの教科書に、分かり易いよう書き込みをする。
「もしもしイツキ君?まるでハキ神国語を話せるような言い方だけど?」
イースターはノートに解答を記入しながら、軽い気持ちでイツキに質問をした。
「ああイツキの奴、ハキ神国語まで話せるんだ。そう言えば今、ダルーン王国語の話をしてたけど・・・?もしかして・・・いや・・・まさかな・・・もしかしてイツキ、お前他の国の言葉も話せたりする?」
3人の視線がイツキに集まる。語学の出来る同室者……それは上級学校を無事に卒業するための、ジョーカーカードのような存在である。
そんなジョーカーを引き当てた者たちは、【幸運な同室者】と呼ばれて羨ましがられる。そして、ジョーカーが同室に居ることは、ほぼ秘密にされる。宝は他所の部屋の者に渡さないのが伝統らしい・・・
「まあ6か国語の基本会話と基本文章なら問題ないかな」
「「「ええええぇぇっ?!!」」」
「「「 イツキ様!どうか、その事は内密に!!!」」」
3人は見事にハモって、嬉し涙を流しながらイツキに頭を下げた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。