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恐怖の校長会議

 会議室に入ってきた、あまりにも大物の登場に、校長たちに緊張が走る。

 短目に切り揃えられている銀髪に、鋭いグレーの瞳。鍛えられた長身のせいか、威圧感さえ感じさせる程である。

 9人の校長たちは立ち上がり礼をとったまま、声が掛かるのを待っている。


「ご苦労様です皆さん。どうぞお座りください。今日はお願いがあって来ました」


優しく言いながらエントン秘書官は皆の礼を解いた。顔は笑っているが、校長たちは決して気を許してはいなかった。

 このレガート国で王に次ぐ力を持っているエントン秘書官は、悪を許さない敏腕かつ冷酷な人物として、国中に知られた人物である。


 本来ならお会いすることもない人物であり、気軽に話など出来る立場の人でもない。

 もしも会うことがあるとしたら、それは何かの罪で処罰されたり、余程の事件が起こった時であろう。そんな恐怖の……いや高位の秘書官が、何故このような場に現れたのかと、8人の校長はドキドキしながら、ボルダン校長を伏し目がちに見る。


「今回の薬草不足を解消する為の案は、ブルーノア教会から頂いたもの。それ故、教会も協力してくれる手筈になっている。我々レガート城で働く者には、思いもよらぬ提案であり、上級学校と学生が、国のために奉仕し学びにも繋がる・・・そんな素晴らしい考えを聞かれた王様は大変喜ばれた。しかし、学校が国民の為に働いてくれるだろうかと懸念されています」


エントンは極力感情を表さないように、淡々と話し始める。

 校長たちには、王様は上級学校が協力を渋るのではないかと心配されている、又は、協力しないのではないかと疑っているのだと聞こえた。


「とんでもありません!国民のため国のために働くのは当然のことです」


ヤマノ上級学校長は直ぐに反応し答えた。今回のヤマノ侯爵家の騒動に、秘書官が大きく関わっていたことを、校長は新領主から聞いていた。

 目の前の秘書官が、ヤマノ侯爵家を助け、貴族の数を半分に減らしたのだと思い込んでいた。恐らくヤマノ領の貴族の者にとっては、王より怖い存在だと思われているだろう。


「「「我々も同意見です」」」


慌てて他の校長も同意する。下手をしたら国からの補助金が打ち切られるかもしれないと、顔色を青くしながら答えた。




 実は先程ボルダン校長が配った資料には、詳しい協力の仕方や、お金の配分を記した物が含まれてはいなかった。

 だから校長たちは、ただ学校も学生も無料奉仕で、薬草探しをさせられるのだと思っていた。

 秘書官は持ってきた資料をボルダン校長に渡し、そして資料は配られていった。


「これは教会と王様とで考えられた、資金の分配を約束した書面である。各学校(各領地)で採取できる薬草が違うため、今年入ってくる資金にはばらつきがあるだろう。しかし、今後学校で栽培が成功すれば、ある程度の期待が持てると思うがどうだろう?意見を聴かせてくれ」


 その資料は2枚あり、1枚目には国民に薬草探しをさせるために、上級学校が行うことが詳しく書かれていた。

 しかもその活動を【夏大会】の課題として与え、学生たちは領内の教会全てと協力し、領民に薬草探しを指導するのが役割であり、出来るだけ多くの薬草を集めるようにと書かれていた。


 2枚目には、上級学校にも損のないことが書かれていた。

 領民に採取させた薬草を売った10%の利益は、学校で栽培する薬草の種や苗の為に与えられる。

 その後、学校で栽培した薬草はラミルの薬種問屋に売られ、その売値の6割は、学校のものだと記されていた。

 そして残りの4割は、新たな種や苗を国が買い付ける為に使うと記されていた。


「すみません。2枚目に書いてある、栽培した薬草を売った売値の6割が、学校に入ると書かれていますが……これは領主様のところに入るという意味でしょうか?」


ホン上級学校の校長は手を上げて、恐る恐る秘書官に確認するよう尋ねた。

 さすが商業都市ホンの校長である。学生も商人や工業を営む者の子息が多い領地だけに、ただ働きをすることに抵抗が……いや領主の為にただで働くだろうかと不安になったようだ。


「そんなこと……何処かに書いてあったかな?勿論学校に直接入るのだ。何処の学校も予算不足は頭の痛いところだろう。それに、将来的に薬学や薬草栽培の知識も向上するのだ」


当然でしょう……と、涼しい顔をして秘書官は答える。


「ええぇぇ~っ!それでは、お金の使い方も学校に任せて頂けるのでしょうか?」


喜びと驚きのため大きな声で質問したのは、カワノ上級学校の校長だった。


「当然稟議書は領主に提出して頂きます。まあ領主からは国に、年に1度内容を報告して貰えればいいだろう」


予想通りの反応に満足しながら、エントンはボルダン校長と顔を見合わせ頷きあった。




 喜びで明るい顔に変わった校長たちを見ながら、秘書官エントンはおもむろに立ち上がり、鞄の中から9つの厚い紙を取り出して言った。


「王命を伝える。一人一人慎んでお受けするように」と。


 校長たちは喜びに湧いていたが、秘書官からのとんでもない言葉を聞いて、慌てて立ち上がり全員が正式な礼をとった。


「ラミル上級学校、校長ヤギーヌ・ファド・ボルダン。【夏大会】で学生を指導し、レガート国の危機を救う名誉を与える。教師、学生が一丸となり励むように。また、薬草栽培に秀でた学生及び教師には、来年新設予定の、農業技術開発部の職員採用試験を受ける機会を与える」


王命の書かれた厚い用紙を、礼をとったままのボルダン校長に手渡した。


「ありがたき幸せ、粉骨砕身レガート国の為に尽くすと誓います」


ボルダン校長は、恭しく王命書を両手で受け取ると、再び深く頭を下げた。

 エントン秘書官は、他の校長にも同じように王命書を手渡し、「是非優秀な学生を、農業技術開発部に送り出してくれ」と言って、会議室を出ていった。


 王命を受け取る・・・そんな名誉なことが、自分の身に起きるとは思ってもいなかった校長たちは、王命書をまじまじと見ながら興奮が収まらない。



 しかし、その興奮を一瞬で収めるゲストがこの後待っていた。



「それでは皆さん、最後の議題に入ります。今月レガート全土に出された公布にもありましたように、現在レガート国は、ギラ新教による学生の【洗脳】の危機に直面しています。春休みに我が校の学生が【洗脳】されました。また、【洗脳】されかけた学生もいます。これから【洗脳】されかけた学生の話を聞いていただきます」


ボルダン校長はそう言うと、教員室で待機していたパルテノンを呼びに行った。


 パルテノンは会議室に入ると、礼儀正しく頭を下げ挨拶をする。


「3年生のパルテノンと言います。現在、植物部の部長と執行部役員をしています」


パルテノンはかなり緊張しながら自己紹介した。まあ9校の校長が集まっているのだ。緊張しない学生など居ないだろう。

 挨拶の後、パルテノンは春休みに自分が体験した、恐怖の出来事を話し始めた。


 自分はマサキ領の出身であり、春休みに実家に戻っていて友人と本屋に居たところ、マサキ上級学校の学生と見知らぬ男4人に取り囲まれ、無理やりその学生の屋敷に連れて行かれた。

 すると男たちは、現在の政権の批判や、軍の批判、国王への批判を始めた。

 ギラ新教の大師らしき男が話した(洗脳した)後、【洗脳】された者は、「平民どもを官職に就けるな!」とか「政治を変えろ!」とか「サイモス王子を国王に!」とか「キシとミノスは敵だ!」と叫んでいたと説明した。

 そして、何故自分が【洗脳】されずに済んだのかを説明する。

 当然その後、学生の名前や状況を領主様に届け出たことも話した。


「マサキ上級学校長、それは本当のことですか?」(カイ上級学校長)


「はい、残念ながら本当のことです。その学生は前々から問題行動が目立ち留年しています。それに・・・平民を見下し暴力を振るい、貴族でない教師の言うことを聞きません。今思えば……貴族至上主義だからだと納得出来ることが多いです」


マサキ上級学校長は、現在その学生は停学中にしてあるが、他に3、4名の学生を注視していると答えた。そして当然領主は、その親を監視していると付け加えた。



「何故君は、洗脳されない方法を思い付いたんだろうか?」


訊ねたのはミノス上級学校長だった。どの校長も同じように疑問に思っていたので、ウンウンと頷きながら興味を示す。


「それは、ラミル上級学校に居たヤマノ出身の【洗脳者】と、執行部と風紀部が命を懸けて戦ってきたからです。戦いに勝利し平和な学校を取り戻す為、ギラ新教について学びました。そして、【洗脳】しているギラ新教の大師が、《印持ち》かもしれないと仮説を立てたのです。その上で、どうすれば【洗脳】されずに済むかを、執行部を中心とした有志が必死で考え、例え無駄な努力になろうとも試すべきだと結論を出したからです」


多少大袈裟だが、【洗脳者】と戦ってきた1年間があったから、ギラ新教について学んだ。だからこそ出来たことだと、パルテノンは堂々と言った。

 そしてパルテノンは、【洗脳者】の日頃の様子と、どの様な卑劣なことをしてきたのかを付け加えた。


「今の話は真実なのですかボルダン校長?うちの学生の中にも存在していたのでしょうか?新学期から自主退学した者が数名居ましたが、もしかして……」


驚きながら訊ねたのは、ヤマノ上級学校長だった。

 今回ヤマノ侯爵を毒殺したのがギラ新教徒だったと聞いていたが、その子息たちまでが、信じられない行いをしていたとは……そして、自分の学校にも居たのだろうかと不安になったのだ。


「残念ながら・・・真実です。ですが私も教師たちも、ギラ新教徒に対してあまりにも無知だったのです。今思えば、かなり異常だった。なのに死人まで出していながら何も手を打てなかった。情けないですが、うちは……学生が立ち上がって教えてくれたんです。【洗脳】の回避方法も学生が考え出したことです」


ボルダン校長は深く項垂れ、つい最近までの学校の実情を、悔しそうに語った。



 パルテノンは「どうかギラ新教徒について、もっと知ってください」と校長たちに言って、授業に戻って行った。





「実はもう1人ゲストをお招きしています。まだ到着されていないので、いったん休憩にしましょう。先程の薬種問屋の店主が、美味しいお茶を差し入れてくれました」


ボルダン校長はそう言うと、お茶の準備のため廊下に出て行った。

 残った校長たちは、自分の学校の学生の中にも、ギラ新教徒が居るかもしれない、いや居るような気がすると、不安を口にする。

 エントン秘書官から渡された王命書を、じっくりと眺めたいところだが、学生パルテノンから命を懸けて戦ってきたと聞かされては、それどころではなかった。

 特にヤマノ上級学校長の顔色は悪い。それと、マサキ上級学校長とカイ上級学校長の顔色もよくない。



 10分後校長たちはお茶を飲みながら、数日前にラミル校で行われた執行部補欠選挙演説で、ある学生が語った内容をボルダン校長から聞いていた。

 そこに、ドアをノックして最後のゲストが入ってきた。


 ゲストを見た校長たちは一瞬固まり、本当の恐怖に震えながら再び礼をとった。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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