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困った話

 イツキは校長室の前で深呼吸をすると、コンコンとドアをノックした。

 中から校長の声がして、イツキは校長室の中へと入っていく。

 中に入ると、軍学校の先生時代からよく知るギニ副司令官が、なんだか困ったような顔をして、立ち上がってイツキを迎えてくれた。


「やあイツキ君久し振り。校長から聞いたが、新たな【洗脳者】が現れたらしいな」


「はい、敵は正体を告げずに洗脳するので、自分がギラ新教徒になっている自覚はないと思います。早く具体的な対策を立てねばなりません」


イツキは暗い顔をして、昨日の選挙演説を思い出していた。


「分かった。その件に関しては早急に手を打とう。任せてくれ。その前に礼を言うのを忘れていた。レガート式投石機の設計ありがとう。昨日正式に量産に入ったよ。名前はキアフ1号と決まった。その上、新型レガート式ボーガンまで届けてもらって、どれ程感謝してもし足りないよ。なのにイツキ君に何のお礼も出来なくて困っているんだ」


ギニ副司令官は、14歳のイツキに深々と頭を下げながら礼を言う。そして何か困っているらしい。


「ちょっと待ってください!何ですそのキアフ1号って?誰がそんな名前を付けたんです?お礼なんて何も要りませんから、名前を変えてください!」


イツキは本気で困惑してお願いする。ちょっと怒っているのかもしれない。


「いや~技術開発部のシュノーは、絶対にイツキ君が嫌がると言っていたんだが、王様がなあ……何も礼を受け取らないのであれば、せめても名前だけでもと仰られて……」


普通の開発者であれば、自分の名前が製品に付けられることは名誉であり喜びである。だが、イツキは普通じゃなかった。だからギニは困った顔をしていた。


「はあ?王様がですか?それに1号って何なんですか?もしかして……2号とか3号も出来ると先読みしてですか?」


開いた口が塞がらないという気持ちで、イツキは呆れ返る。どこの親バカなんだろうかと。何故誰も止めてくれなかったのか、ギニ副司令官の方に困った顔を向けてみる。


「いや~ほら、【奇跡の世代】とか技術開発部の連中とか、イツキ君の信者……いやいやイツキ君の支持者が、イツキじゃなくてキアフなら、誰にも分からないだろうとか言うもんだから……王様も皆の総意なら構わないと……まあ、そんな感じで」


「そんな感じで?」


なんだかハッキリしないギニ副司令官の説明に、イツキは「は~っ」と大きく息を吐いた。そして、既に決定事項だからと念押しされて、再びイツキは深く息を吐いて肩をガクリと落とした。


「ギニ副司令官は、わざわざ僕を気落ちさせるために来られたんですか?」


イツキは今直ぐ校長室を出て、思いっきり剣の稽古がしたくなった。


「いや、本題はこれだ。ヤマノ侯爵から預かってきた。イツキ君に渡して欲しいと頼まれたんだ。まあ……この件で、アルダスやエントンから責められた俺の苦労も分かってくれ……喜ばれると思っていた王様まで、寡黙になられて……喜ばしいことなのに、なんでみんな心が狭いんだ!」


そう言いながら、ギニ副司令官はイツキに黒い革のファイルを手渡した。

 イツキは校長に促されて椅子に座り、受け取ったファイルを、校長の目の前でゆっくりと開いてみた。


  **** 爵位授与証 *****


 キシ領のキアフ・ラビグ・イツキ子爵に、ヤマノ領の伯爵位を授ける。


 領地としてレガート大峡谷を任せるが、住民がいないので統治には及ばない。

 よって納税の義務はない。


 イツキ伯爵が必要とする時は、レガート大峡谷の調査及び開拓を認め、全ての利権を一任する。


 【ヤエス】の伯爵位名を与え、キアフ・ヤエス・イツキと名乗ることを認める。


 1098年4月11日   ヤマノ領主  エルト・エス・ヤマノ



「「 ………… 」」


イツキと校長は、キョトンとして言葉が出ない。いったい何の冗談だろうかと思ってしまった。

 数多の学生たちを世に送り出した校長でさえ、学生の……しかも14歳の子どもが(レガート国の成人は15歳)いきなり伯爵になるなんて・・・しかも今度は領地持ちである。

 その領地がまた、レガート大峡谷である。面積だけで考えれば、レガート国で1番広い領地持ちの貴族かもしれない。


「もちろん冗談ではない。領主が認めたのだからイツキ君は正式に伯爵になった。アルダスが与えた子爵は領地がない。こういう場合は領地のある方が優先するんだ。だからアルダスの、キシ公爵の落胆が大きくて……何故領地を与えておかなかったのかと悔しがっていた。エントンは前々からイツキ君を養子にしたがっていたしなぁ」


ギニ副司令官は疲れた顔でイツキを見て、再び頭を下げた。イツキがリース(聖人)だと知っているギニ副司令官からすると、爵位など興味がないだろうと分かっているのだ。


「これって、断れないんですか?」


「断れないねぇイツキ君。しかも、レガート国の法律では、個人は3つまで爵位を持つことが出来るんだ。普通は名誉爵位であることが多く、領地までは貰えない。でも、イツキ君は領地を持っていなかったから、ヤマノ侯爵はキシ公爵に遠慮することなく、領地を与えることが出来た」


フーッと疲れたように息を漏らしながら、ギニ副司令官は説明する。だめ押しで「もう1つ残ってるけど」と不吉なことまで付け加えた。


 校長は何故イツキ君が伯爵に?どうしてヤマノ侯爵はイツキ君に領地を与えたんだ?と、頭の中をグルグルさせながら考えていた。

 出来るものならギニ副司令官に質問したい……でも、相手はレガート軍のナンバー2である。しかもあの(・・)ヤマノだ。今回レガート国中を震撼させたヤマノ領……伯爵が誰も居なくなったという、あの(・・)ヤマノ領の伯爵にイツキ君が……

 校長は不憫な子を見るような瞳でイツキを見た。本来なら「おめでとうとイツキ君!」と言って祝うべきだろう。


「イツキ君、統治には及ばないと書いてあるから、学生でいることに支障はない。ところで、この発表はどうするかね?本来なら上の爵位を名乗るのだが、それに寮も東では不味いだろう。私がヤマノ侯爵に叱られそうだ」


そう言えば寮の問題もあったと校長は気付いた。新たな【洗脳者】は出る、国の為に特産品も作らなくてはならない。背負うものが多すぎるイツキを心配する。

 あれ?さっきギニ副司令官が投石機をイツキ君が作って、名前をキアフ1号にしたって言ってた?

 この時点で校長の頭の処理能力は、限界を越えそうになっていた・・・


「寮は空いてないからこのままでいいです。来年15歳になってから、正式に伯爵を名乗ります。考えてみれば、レガート大峡谷は魅力的な土地です。せっかく冒険者登録したから、夏休みに狩りにでも行きます」


イツキは半分諦めて、半分やけになりながら呟いた。


「えっ?イツキ君、冒険者登録したの?いつ?」


「あっ、すみません校長先生。春休みです。アルダス様に迷惑をお掛けするのも申し訳ないし、自分の生活くらい自分でと思いまして。それに任務で動く時は、冒険者である方が便利な時があるんです」


この時点で校長の脳は、処理能力をオーバーしてしまった。


「成る程、任務でね……」と言って、それ以上校長は何も言わなかった。





「それともう1件あるんだが……」


「まだ何かあるんですかギニ副司令官?今度こそいい話ですよね?」


イツキは本気で嫌そうな顔をして、疑うような悪い目付きでギニを見る。 

 いやいや、これまでの話しは決して悪い話じゃないよね?むしろ、大喜びする話じゃなかったっけ?どうなの?と、ギニは自問自答する。


「う~ん、今度は良くない話だ……ロームズに反乱の噂がある。どうやら統治が上手くいっていないようだ」


ますますイツキが不機嫌になるだろうと予想される事柄だけに、ギニは伏し目がちに小さな声で言った。


「えっ?あの優しい温厚なロームズの人たちが反乱?今、誰がロームズを治めているのですか?軍ですか?それとも統治官ですか?」


イツキは反乱という言葉に違和感を覚えた。隣国から戦争を仕掛けられ、町を破壊され死者を出し、自国からも見捨てられたロームズの町の人々は、レガート国の統治を喜んでいたはず……

 2度目のハキ神国の侵攻の時も、レガート軍が必死で守ってくれて感謝していると、教会からの報告を聞いていた。


「統治官だ。確かミノスの侯爵が統治官で、カイの伯爵が補佐しているはずだ。統治官をしているウルファー侯爵は、温厚で信望も厚い人物のはずだ。カイの伯爵は……確かサイシス伯爵だったと思う。俺は会ったことはないが、自分から志願したと聞いている」


それがどうしたのだろうかと、ギニはイツキの方を見る。統治官は信用出来る人物だったと思うのに、どうして反乱なんてとギニも思っていた。


「サイシス・・・校長先生!サイシス伯爵って、執行部に立候補していた、あのニコルの父親ではないでしょうか?ギラ新教に【洗脳】されていると思われる、ニコルの……」


イツキは途端に顔色が青くなっていく。唇を噛み締め両手を強く握り締める。


『しまった!油断した。まさかギラ新教がロームズを狙っているとは・・・』


 ギニも校長も、イツキの言葉でロームズ反乱の噂の影に、ギラ新教が暗躍していると気付いた。そして2人は顔を見合わせて、状況はよくないだろう判断し頷いた。




「ギニ副司令官、僕はどうしても5月末までは学校を出られません。特産品を作ることと、夏大会で薬草不足の解消の目処が立つまで、責任を果たさねばならないのです」


イツキは悔しそうに苦しそうに言った。何も出来ない自分が情けなかったのである。


「いやいやイツキ君、そうじゃない。俺はただ、ロームズの人たちの状況がどうだったのか聴きたかっただけだ。決してイツキ君にロームズに行って欲しい訳じゃない」


思いもよらぬイツキの言葉に、ギニは慌てて首を振りながら気持ちを伝える。そして、己の読みの甘さを後悔する。


「校長先生、6月に入ったら僕は学校を休むかもしれません。1ヶ月、いや、もしかしたら夏休みが終わる7月末まで……これは、ブルーノア教会の仕事です」


イツキは頭の中で上級学校の行事を考え、ロームズまでの行程を考えた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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