執行部補欠選挙
4月23日、今日は執行部補欠選挙の立候補者演説日である。
立候補者は4名。今回はヤマノ組の立候補者はいなかった。やはりリーダーであるブルーニが居ない今、ヤマノ組の統率はとれていないようだ。
しかし立候補者を見てみると、1年B組から立候補したシルギーは、ラミル出身の準男爵家長男で、ギラ新教徒であるルシフが推薦者だった。
成績は真ん中くらいで文官志望、武術は弓と馬術を選んでいて、弓はかなり上手いらしい。部活は体育部で、走るのが得意だった。
もう1人のニコルは2年C組で、カイ出身の伯爵家の3男だった。
ニコルは警備隊志望で、成績は10位くらいと優秀であり、武術は弓(レガート式ボーガン)の選抜選手に選ばれていたようで、なかなか手強い相手になりそうである。
しかし、イツキの親衛隊員で同じクラスの者の話では、これまで自分から目立つような行いをすることはなかったらしい。それが春休みの後で、ガラリと雰囲気や言葉使いが変わり、クラスメートが驚いているということだった。
同じカイ出身のナスカによると、ニコルは側室の子で兄たちとは歳も離れていて、大人しい印象しかないと言っている。
カイ領主の子息であるインカ先輩によると、ニコルの父親はカイ領の貴族の中で最も非協力的らしく、先代の領主時代(偽王時代)に台頭した貴族だということ。
偽王時代に台頭・・・イツキはもしやと嫌な予感がした。
演説順はくじ引きで決まり、3年生のパルテノン先輩から始まった。
推薦者はインカ先輩である。2人の話のテーマは【改革続行】だった。
現在の執行部が掲げている改革のテーマは、学校を出身地や身分に関係ない明るい学校にし、本来の上級学校の姿に戻していこうというものだった。
パルテノン先輩も改革続行を支持して、学生同士はライバルであり仲間であることを力説し、割れんばかりの拍手を貰っていた。
次はルシフとシルギーの番だった。
シルギーの話の印象はごく普通で、執行部に入ったら真面目に仕事に取り組みたいと話していた。
推薦者のルシフも、シルギーの真面目な性格とか、優しさ等を伝えており、別段怪しい動きがあるようには思えなかった。
しいて言うなら、シルギーはイツキとは違った意味での美少年だった。
イツキの場合、黙っていれば外見は美少女的だが、活動的で頭も良く痩せ型だけど健康的で、中身は男そのもので、雑草の中で元気に咲く花のタイプである。
シルギーの場合、外見は中性的で美しく線が細い。深緑色の長い髪をサラサラと靡かせ、グレーの切れ長で大きな瞳は、知的な女性のイメージである。全体的に整った顔立ちで、どこか儚げで守ってやりたくなる、温室の中で咲く花のタイプである。
体術部の学生数人が親衛隊を作りたいと、風紀部に申請書を提出してきたのは昨日のことだった。
この時イツキたちは、シルギーはルシフに弱味でも握られているのだろうかと心配していた。
イツキが視ても、シルギーの回りに悪意の気配は感じられなかったし、これまでイツキに悪意を向けたこともなかった。
が、しかし・・・
眠れる支配者、いや眠れる悪魔の子シルギーは、まだ目覚めていないだけだった。
それをイツキたちが知るのは、まだまだ先のことであった・・・
次は2年生のニコルで、推薦者は今回の上級学校対抗武術大会で、弓(レガート式ボーガン)の主将を努めた3年生だった。
しかし、その主将はニコルを軽く紹介しただけで、直ぐに1歩後ろに下がった。
ゆるくウエーブの掛かったグレーの髪を肩まで伸ばし、貴族ですと言わんばかりのグレーの瞳は、にこりとも笑わず学生たちを見下すように向けられている。身長は175センチくらいだが、体格が良く大きく見えた。
ニコルは静かに話し始めたが、次第に声は大きくなり雄弁になっていく。そして話の内容に比例して、態度は大きくなっていった。
話の途中から、その内容に【イツキ組】と校長や教頭に激震が走った。
彼のテーマは【革命】だった。
真の貴族とは何か、貴族の誇りとは何か、そして平民の在り方とは何か、貴族のみが国を動かすべきだと力説し、今こそレガート国を変えていく時なのだと語った。
それは正に、ギラ新教の教えそのものだったのである・・・
演説が終わってニコルに拍手したのは、ルビンとホリーを除くヤマノ組と、ブルーニ親衛隊だった者と教師が数名……他の生徒たちはポカンとしていた。
ルシフを始めとするヤマノ組の者は、まるでブルーニがそこに居るような気がした。
話したことはないが、ルシフはニコルが同じ教えを授かっていると直ぐに判った。
先に演説したパルテノン先輩たちとは、真逆に近い演説内容だった。
当然のことながら、イツキ組も校長や教頭も、拍手した学生と教師をチェックした。
ブルーニやドエルが居なくなっても、事態は変わらな……いや、もっと悪い方向へ走り出している気がする……
これからの【洗脳者】は、自分がギラ新教徒になったと気付かない。そして洗脳されていると気付かずに、こうして勝手に洗脳の手伝いをしていくのかもしれない……
イツキはステージ上でインカ先輩とパルテノン先輩と顔を見合わせ、新たな敵の登場を確認し頷き合った。
残る演説者はインダスとイツキだけである。
緊張して固くなっている発明部のインダス先輩の背中を押して、イツキは演台の前に立った。
そして澱んだ空気を払うような笑顔で話し始めた。
「皆さん、春休みは有意義に過ごせましたか?僕はヤマノ上級学校の対抗試合に参加して、感動したことがあります。それは、他校の学生の郷土愛と団結でした。領地と学校を代表して戦うことへの誇りを持ち、頑張って軍や警備隊、官僚として就職したいと、がむしゃらに頑張る姿は素晴らしいものでした。それと同様に、僕は発明部でも感動したことがあります。それは、自分の為ではなく、国民の……いえランドル大陸全ての人のために、役立つものを必死で作ろうとする姿でした」
「いやいやイツキ君、そ、そんな大それたことは考えてないよ。戦争に負けない為の武器とか、馬車以外の乗り物とか・・・」
インダスはイツキの話に恐縮して、つい訂正しようとする。
イツキの作戦は、前回の選挙の時と同じアドリブだった。インダスは困惑し、全部の時間をイツキ君に任せるよと逃げ腰だったが、大丈夫、大丈夫というイツキに押し切られていた。
「それが国民のため、大陸の人々のために役立とうとしていることなんですよ。今やレガート国は、武器に於いて大陸一を誇る国になりました。ある筋の情報では、最近新型の武器も開発されたと聞きました。そういう開発が国民の命を守ってくれるのです。でも・・・我々は学生です。学生は楽しく学び、時に厳しく鍛え、そして楽しく遊ぶ。これが基本です。だからこれからは僕と一緒に、学友たちを「あっ!」と言わせる楽しい物を発明しましょうインダス先輩」
爽やかなイツキの声に、皆が聞き耳を立てるように聞き入っている。
「いいぞ~発明部!早く作れよー!」
「イツキ君、頑張ってー!」
今日のイツキは足の捻挫で、クラスメートのナスカに肩を借りての登場だった。イツキ親衛隊(30名)も隠れ親衛隊(暫定21名)も、心配して目が離せな……いや、いつもより応援する気持ちが高くなっていた。
「そうだよね!僕たちは学生だ。ランドル大陸で一番平和なレガート国で暮らせることに感謝し、人々を笑顔にする物を作っていけばいいんだよね!」
「そうですインダス先輩!そういう気持ちが執行部役員には必要なんです。恐怖で支配したり、貴族だからといって人を虐げたりしない、そして出身地間で争うことのない学校を作りましょう!」
「わかったよイツキ君、僕が執行部役員になったら、皆が笑顔で平和に過ごせる学校になるよう、全力で頑張ると約束するよ!」
イツキとインダスは手を取り合い、皆の前で誓い合う。
大きな拍手が体育館内に響き渡る。感動して泣いている親衛隊員もいる。
ここで終わりかと思ったら、そうではなかった。イツキは右手を上げて皆を静まらせて言った。
「5月中に新しい遊具を、発明部・化学部・植物部の合同で作ります。執行部と風紀部は、その遊具を使って夏大会後に対抗戦を考えています。1チーム7人の種目はスポーツで、1チーム3人の種目はゲームの予定です。詳しい内容は夏大会前に発表しますが、参加希望の登録は明日から5日間、事前に風紀部で行います。よろしくね」
破壊力のある可愛い笑顔で、イツキは締め括った。
執行部・風紀部・発明部・化学部・植物部の全員が、初めて聞く対抗戦や種目の話題に、思わず「ええぇぇーっ!」と叫びそうになり、必死で叫ぶのを我慢したことは言うまでもない。
ほぼ思い付きで・・・いや、希望的観測で公言してしまうイツキに、執行部や風紀部は笑うしかない。
それを実現してしまうのがイツキであると、知っているし信じている。
今回は補欠選挙だったので、投票は翌日の土曜日の午後、部活の前に行われた。
結果は無事にパルテノンとインダスが当選し、次のように決定した。
執行部部長 エンター 副部長 ヨシノリ・ミノル 書記 ナスカ
会計 インダス 庶務 パルテノン
ちなみに新しい役員は会計と庶務になるため、ミノルとナスカは繰り上がっている。
早速新執行部は、風紀部と共に会議を開いた。
議題は夏大会と、その後に行われるらしい、イツキ提案の対抗戦についてである。
イツキは遊具の図と説明書を持参していた。
対戦方法やルール等は、みんなでアイデアを出し合うことになった。いかんせん実物が完成していないので、イメージで基本的なことを決めておき、遊具が完成してから学生に発表することにした。
会議が中盤に差し掛かった時、教頭がイツキとパルテノンを呼びに来た。
「イツキ君、ギニ副司令官が来られた。パルテノン君も来るように」
「えっ?ギニ副司令官が来られたんですか?指揮官とか【治安部隊】ではなく?」
イツキは何故ギニ副司令官が来たのだろうか?何か問題でも起こったのかなと思いながら首を捻った。
「いや、【治安部隊】の人も来ている。パルテノン君は私と一緒に、会議室で【治安部隊】の人に会ってくれ。イツキ君は、校長室へ一人で行くように」
教頭はなんだか緊張した顔でイツキとパルテノンに指示し、エンター部長とインカ隊長に「後はよろしく」と言って手を上げた。
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