新学期始動(3)
イツキはレガート国の特産品を作るための、2つの条件を付け加えた。
1つ目は、今話している情報及び計画は全て、国家機密事項なので絶対に漏らしてはならないこと。当然家族にも学生にもである。それは他の教師に対しても例外ではないこと。
2つ目は、この計画は執行部が主導で行うため、必ず発明部、化学部、植物部の中から執行部役員を出さなければならないこと。
さもなくば、もの作りや研究がなんたるかも理解していない者が、製作を主導し予算を決めることになる。当然自分たちが汗水垂らして得た利益が、他の所に勝手に使われてしまう可能性が出てくる。
「そこで今回、植物部部長のパルテノン先輩に、立候補していただくことが決定しています。しかしこれは前期が終わるまでの短い間の繋ぎであるため、発明部が主導権を得るためには、1年生か2年生が立候補しなければなりません。1年の僕は既に風紀部役員になっています。さあ、どうしたらいいでしょうか?」
そう言ってイツキは、2年生の2人に視線を向ける。他の者も2年生2人を見る。
「インダス!お前がやれ!」(部長のユージ)
「そうだな、インダスがいいだろう」(顧問のイルート)
「そうだ!俺は学業がダメなんで、俺では票が入らない」(2年のブリフォン)
「ちょ、ちょっと待ってください!俺だって武術は全然ダメだから無理です。後期からイツキ君がやればいいんじゃないか?化学部か植物部だって誰か居るだろう」
完全に逃げ腰のインダスは、急に執行部役員を振られてアワアワと混乱してしまう。
「残念ですが、僕は後期から学校に来れるかどうかさえ分かりません・・・それに、僕はインダス先輩を推薦することになるだろうと、エンター部長に言ってしまいました。大丈夫です。僕が責任を持って応援します」
イツキはインダスの右手を自分の両手で握り、にっこりと極上の微笑みで見つめる。
実はインダス……イツキの隠れ親衛隊(学校内では第2親衛隊と呼ばれている)に入っていた。そんなインダスが、この眩しい極上の微笑みに勝てるはずがない……
「ええっと……イ、イツキ君がそんなに言うんなら……し、仕方ないな……ハハハ……」
その様子を見ていた全員が、イツキの確信犯的な微笑みに、『落ちたな……』と同情した。しかし、己の(学校や部活の)利益を守るため、インダスには犠牲になって貰うことにした。
「ところでイツキ君、1番の疑問なんだが、何故君はレガート軍や技術開発部の機密事項であるポムの実験を、この学校で行うことが出来たんだろう?それに、何故君が国の危機を救う活動をしようとするのだろう?」
発明部顧問のイルートは、ずっと疑問に思っていたことを質問する。
それは5人の先輩も同じく思っていたようで、コクコク頷きながら、イツキからの回答をドキドキしながら待っている。
イツキはどうしたものかと考えながら、校長と教頭の方をチラリと見る。
校長も教頭も、イツキ君に任せるよと微笑んで、目を会わせると小さく頷いた。
「それは、これを見ていただければ分かりますよ」
イツキはそう言いながら、持ってきた箱の中からレガート式ボーガンらしき物を取り出した。
しかしそれは、皆がよく知るレガート式ボーガンとは少し違っていた。
そのボーガンは折り畳み式になっており、弦が張られている先端はポムと思われる物で補強されていた。そして折り畳んだボーガンを広げた時に、接続部分にもポムと思われる物が着けられ、接着力を強くしているように見える。
最も驚くべきは、張った弦を引いた部分に、何やら見たことのない、発射装置のような物が取り付けられていたことである。
これまでのレガート式ボーガンは、引いた弦を発射する装置は上部に付いていたが、イツキの取り出したボーガンは、後から下の持ち手の部分を取り付けて、その持ち手の部分に付いていた。
「「「なんだこれはー!!!」」」(全員)
「これは新型レガート式ボーガンの、簡易型です。折り畳む分、威力は落ちますが持ち運びは便利です。折り畳まない本式の物は、そろそろ技術開発部に届く頃です。これから実験に入るでしょうから、実用化されるのはまだ先になるでしょう」
イツキは目の前の物を、新型レガート式ボーガンだと堂々と言った。
実際に本式の物は、作製してラミル正教会病院の自分の部屋に置いてきたので、今頃ミム(通信鳥)の手紙を受け取ったフィリップが、技術開発部に持ち込んでいるはずである。
イツキはとんでもない代物を皆の前に置き、面倒な説明をするより、秘密を共有する仲間に無理矢理……強引に引き摺り込むことにした。
見てしまったら、見ていないとは言えないし、最新の軍の最高機密を知ってしまったからには、もう後に引けない。
全員口をパクパクするか、あんぐり開けたままになっているかのどちらかで、にこにこしているイツキとは対照的である。
「ちょっと待って、ええーと、その、ってことは……もしかして、いや、そんなはずない……いやでも……」
レガート式ボーガンをこよなく愛し、武術指導が弓(レガート式ボーガン)になっているイルートは、完全に頭の中がパニックになり百面相をしている。
「イルート君、レガート式ボーガンを作ったのはイツキ君だ。それにイツキ君は、【技術開発部相談役】という役職を持っている。ちなみにレガート式ボーガンを考案したのは12歳の時だよ」
ボルダン校長は、イルートに止めを刺した。
「…………」
校長も充分驚いたが、新型レガート式ボーガンの実物を見てしまった全員、イツキという天才に対し言葉が出ない。
イルートや発明部の5人は、相当のショックを受けており、脳が正常に始動するのに暫し時間が掛かりそうである。
発明部の全員(イルートを含む)、イツキが入部してきた日のことを思い出した。
確か「新人だから武器を作るのは難しいだろう」みたいなことを言った気がする……どうしよう……【技術開発部相談役】?……何だそりゃ?
『恥ずかし過ぎるだろ俺たち・・・!イツキ君、すみませんでした!』
5人の先輩は、そう心の中で叫びながら、出来るものなら土下座して謝りたいと思った。この場に先生方さえ居なければ、絶対に土下座出来たのに……と思ったりする。
皆で、化学部や植物部に遊びに行っているくらいに思っていた。
よく分からない遊具に挑戦はしていたが、風紀部の仕事もあり、まだ作品は出来上がっていなかった。・・・と思っていた。思っていたのに、これは何だ?
レガート式ボーガンを改良するなんて、正直考えも及ばなかった……
『いったい、いつの間に考えていたのだろうか?』と発明部全員が思った。
恐らく作製したのは春休みのはず……しかも、ヤマノ上級学校で武術大会にも出場していたじゃないか……
ますます目の前の後輩の桁外れな、いや、とんでもない才能を持ったイツキに、どう接したらいいのか分からなくなる。
「と言うことで、これからも皆さん……よろしくお願いします」
これまでと変わらぬ笑顔で、イツキは全員に頭を下げた。しかも深々と・・・
校長を含む全員が慌てて立ち上がり、「こちらこそ、よろしく」とイツキに向かって頭を下げた。
これ以上の質問や要らぬ詮索は、レガート軍や技術開発部が関わっているので、当然出来るはずもなかった・・・
そこからは、発明部の先輩たちとケンカするように、イルート先生が簡易型のレガート式ボーガンを手に取り、「早く試し撃ちしてみたい」と言って早速校長に叱られた。
新型ボーガンを顧問に取られた先輩たちは、ポムを手に取り化学部顧問のカインと活用法を議論し始めた。
「校長先生、事前の相談もなく勝手に話を決めてしまい申し訳ありません」
イツキは校長と教頭とポートの側に行き、再び頭を下げた。
「いや構わんよ。どのみち王様が承認されたのであれば、夏大会は提案通りに動くことにするよ。元々夏大会は、国民のために役立つ活動をすることが目的だ。王命により使命を果たすことは、大変名誉なことだとして取り組むことにしよう。それに……そろそろ食堂も古くなったから、建て替えが必要だしな……」
「いえいえ校長、武道場の雨漏りの方が先でしょう」
捕らぬ狸のなんとやらで、心は既に薬草から得られる利益と、特産品から得られる利益に向いている2人である。
「校長先生、教頭先生、まだ商品が出来ていませんよ。そんなに期待しないでください」
イツキはフッと鼻から息を吐いて、半分困ったような顔で笑った。
どうやらイツキの提案は、学校に受け入れて貰えたようだ。薬草から得られる利益は少ないが、それでも学校が自由に使えるお金が入るというのは、嬉しいことのようだった。
「今月末には、全上級学校の校長会議がラミルで行われる。私が責任を持って他校の校長を説得しよう!当然お城から誰か説明に来て貰うことになるだろうが、その辺りはイツキ君に任せるよ」
ボルダン校長はイツキの肩をポンと叩きながら、他校の校長の説得を買って出ると約束してくれた。
「そうだよイツキ君、14歳の君が国のために頑張っているんだ。我々大人もやれることはやるよ。だから1人で頑張り過ぎないように・・・ところでさっき、後期は学校に来れるかどうかさえ分からないと言っていたが、あれはどういうことだろうか?」
オーブ教頭はイツキを労いながら、優秀なイツキが言った言葉が気になった。
オーブは優秀な学生が大好きで、春大会で最高点を叩き出し発明も出来るイツキを、力一杯応援したいと思っている。それは贔屓なのかもしれないが、決して優秀でない学生が嫌いな訳ではない。本当に頑張っている学生を応援したい気持ちが強いだけなのだ。
「それは、この春休みに、うちの学生がギラ新教に洗脳されそうになったからです。直ぐに調査のため【治安部隊】が来ると思います。状況は……ますます悪くなっています。その件は後日詳しくお話しします」
イツキは校長と教頭と担任のポートにだけ聞こえるよう、小さな声で真実を告げた。
「「「なんだって!」」」
校長たちは思わず叫んだが、直ぐに口を閉じ学生たちを見た。
運良く他の者は新型ボーガンとポムに夢中だったので、叫び声も気にしていなかった。
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