春休み最後の勉強会
4月19日午後、穴から助け出されたイツキは、少し早めに迎えに来たフィリップと一緒に、ラミル正教会病院に向かっていた。
「大丈夫ですか?痛みますか?最近の新人訓練生があんな状態だとは・・・タイガ司令官が体調を崩されてから、どうも軍の規律が緩んでいる。だからギニ副司令官に早く司令官になってくれと、皆が頼んでいるのに・・・」
フィリップはイツキの右足を気遣いながら、ギニ副司令官が司令官にならないことに文句を言う。しかも指揮官のソウタが【治安部隊】の仕事も兼ねているので、末端まで監視の目が届かないことが問題らしい。
「軍学校は試験を受けて入学し、1年間きっちり勉強しますが、そうではない新人訓練生の教育はどうなっているんですか?」
あの場所で指示を出したり、技術開発部の研究者と一緒に居たのだから、イツキも関係者だと普通に考えれば分かるはずである。それなのに、その関係者を悪意でケガさせるような短絡的な人間が軍人になる……命を懸けて戦う軍人が、味方(軍関係者であるイツキ)の命を遊びで危険にさらすなど、絶対にあってはならないことである。
いったいどんな教育をしているのだろうかと、軍学校で教えていたイツキは訊かずにはいられなかった。
「約1ヶ月間、実地訓練を先程の演習場で行います。宿舎の建物があったと思いますが、あそこで基本の学習もしてから部隊に配属になります。正直私は王宮警備隊に勤務していましたので、軍の末端があのような状況だと知りませんでした」
怒りの籠った声でフィリップは忌々しそうに説明した。大切なイツキを傷付ける人間など、許せる訳がないフィリップである。自ら厳罰に処したい気持ちを押さえて、イツキを病院に連れて行くことにしたのだ。
イツキもフィリップも、いろいろ思うところはあったが、ソウタ指揮官にしてもヨッテ建設部隊長にしても、イツキが怪我をさせられて黙っていられるはずがない。シュノー部長に至っては「レガート軍は技術開発部に喧嘩を売る気なのか!」と、かなりのお怒りだった・・・
しかも午後には、王様もキシ公爵も投石機の実演を視察される。考えただけで、本来の倍は重い罰が下されそうである。
昼には治療も終わり、昼食を食べた後はリバード王子とケン君の勉強会である。
今日は剣の稽古もする予定だが、残念ながら捻挫で見学することになるイツキは、口頭で指導をする。
次は夏休み(7月1日~30日)まで会えないかも知れない弟(リバード王子)に、少しでも希望を与えようと、イツキは褒めて褒めて遣る気を出させる作戦をとった。
リバード王子は性格が素直で、王子であるからと威張ったりしない。話をよく聴き何にでも真面目に取り組もうとする。だから呑み込みも早いし成長も早い。
「今日兄上(サイモス王子)は、父上と一緒に軍の新兵器の視察に行かれたんです。僕は病院通いをしている病弱な王子を演じているので、残念ながら見に行けませんでした。どんな新兵器だったのか、とても興味があるのですが……誰も教えてくれません」
休憩時間、リバード王子は寂しそうな表情でそう言った。
まわりを騙して勉強しているので、元気な姿をさらす訳にはいかない。特に兄であるサイモスに、ライバル視されると命の危険度が増してしまうので、利発さや軍に興味があるような素振りは見せられなかった。
「リバード王子、ここだけの秘密ですが、僕は午前中、新兵器の実験を見てきましたよ。この右足首の捻挫は、レガート軍の演習場でケガをしたんですから」
「「ええっ!イツキ先輩は新兵器を見たんですか?」」
リバード王子とケン君は、驚きながらハモった。そして何故イツキ先輩は見ることが出来たのだろうかと疑問に思った。
「新兵器は投石機です。思い出してください。僕が技術開発部にクレタ先輩とパルテノン先輩を連れて行った日のことを」
「ああっ、ポム!ポムですね?あの不思議な物体を使って武器を作ったんですね」
リバード王子は、イツキが1日職場体験でクレタとパルテノンを連れて、技術開発部に来た日のことを思い出した。
歴史的大発見だと研究者たちが喜んでいたポムの実験に、運よく立ち会うことが出来たのだった。
「王子が話されていた不思議な物体のことですね。でも軍の機密事項である新型兵器の実演に、イツキ先輩はどうして参加出来たのですか?」
リバード王子からポムの話は聞いていたが、だからと言って上級学校の学生が、レガート軍の……いやレガート国の最高機密事項である新兵器の実演を、見ることが出来るとは思えないケンである。
「リバード王子、ケン君、何故ならその新型兵器の投石機を設計したのがイツキ君だからだよ。これもレガート国の最高機密事項だけどね」
イツキから投石機の設計をしたと聞いていたエンターは、嬉しそうな顔をしてニヤリと笑う。そして秘密だよと右手の人差し指を口に当てた。驚く2人の顔を見て何だか満足そうなエンターである。
見に行けなかったリバード王子の為に、イツキは投石機の絵を描いて、その仕組みや威力について簡単に説明する。
エンターも含めた3人は、食い入るように投石機の絵を見ながら説明を聞き、質問をしたりして目を輝かせた。男は基本、こういう武器が好きだし格好いいと思うのである。
そんなこんなで予定の勉強時間が減ってしまったが、投石機の実演をただ見学するよりも、その仕組みを学んだ方が、何倍も勉強になったであろうとイツキは思った。
勉強会終了後、イツキはエンター先輩と一緒に自分の部屋で話をすることにした。
内容は、これからの上級学校のことで、打ち合わせておく必要があると思われることについてである。
執行部副部長であるブルーニが退学したので、先に辞めた庶務のザクと合わせて、執行部は2人の欠員が出ることになった。ザクの後任には、植物部部長のパルテノンの推薦を決めていたのだが、もう一人をどうするか……早めに手を打つ必要がある。
そしてもう1つは、レガート国の薬草事情である。
イツキは現在の薬草事情が危機的であることを話し、上級学校が一役買うことを王様に進言したと告げた。
先ずは校長や教頭に話さなければならないが、エンター個人の意見を先に聞きたいとイツキは言った。
「そんな大変な事態になっていたとは、それは大きな問題だ……僕個人の見解だと賛成だけど、夏大会を全員で薬草関連に取り組めるかどうかは……正直分からない。いっそのこと非常事態だからと、国から依頼(命令)されたのであれば、誰からも異議は出ないだろう。どちらにしても、少し考えさせてくれ。どうせ執行部も風紀部も、明日20日の10時から会議の予定だから、そこで皆の意見も聴こう」
エンターはそう言って、明日は一緒に辻馬車で学校に帰ろうと約束して、イツキの部屋を後にした。
◇◇ レガート軍演習場 ◇◇
足を挫いたイツキを穴の中から救出し、ラミル正教会病院へ向かわせるため馬車に乗せたソウタ指揮官は、無表情になっていた。彼は普通の怒りの感情を通り過ぎると、何故か無表情になる癖があった。
それを知っている者たちは恐怖で固まっているが、それを知らない者は、大して怒っていないのだろうと勘違いをする。
「あちゃー、あれはヤバイな・・・」(ヨッテ隊長)
「僕だって相当怒ってますよ!でも・・・こういう時は近付いてはいけません」
ハモンドはヨッテ隊長と一緒にソウタ指揮官の視界から逸れた場所で、ゴニョゴニョと小さな声で話しをする。
今、ソウタ指揮官の前に整列しているのは、新人訓練生12人とその指導者である。
「お前は退避確認をする役目があったはずだが?」
ソウタ指揮官は感情の全く籠っていない口調で、指導者に質問する。
「は、はい、申し訳ありません。まさか私が現場を離れた隙に、コイツらが落とし穴に少年を落としていたとは……私が確認をした後にしでかしたことでして……」
指導者はソウタ指揮官の顔色を窺いながら、言葉を選んで話す。
「結局お前は、新人訓練生が退避した後の確認を怠った……そういうことだな」
「いえ、コイツらが確認の後に……」
「で、誰が穴に落としたんだ?正直に話せば鉱山送りにはしない。隠すなら全員で鉱山の鉱夫として働いてもらう」
ソウタ指揮官は指導者の返答を途中で遮り、視線を新人訓練生に向けて問いながら脅しをかける。相変わらず無表情で口調は怒気を感じさせない。
新人訓練生たちは、鉱山送りという言葉の意味が分からなかったのか、直ぐに返事をする者はいない。こんなことぐらいで、重い懲罰を受けることになるなんて想像さえしていなかったのだ。
鉱山送り・・・そこまでの罪ではないはずだが、新人訓練生たちを脅すのには良いだろうと、指導者は右の口角を上げてほくそ笑んだ。日頃から上官である自分の言うことを聞かず、生意気な態度の新人訓練生が痛い目に遭わされるのは、気分のいいことであった。
「言わないなら当然レガート軍はクビだ。全員がな。5秒待ってやる。1・2……」
ソウタ指揮官の口調が、少し低い声に変わった。そして表情は少し冷たくなった。
「突き飛ばしてはいませんが、落とし穴に誘ったのはヒルギーたちです」
少年を落とし穴に落としたところを見ていた者が、1歩前に出て犯人の名前を言う。
関わった者はヒルギーと一緒に前に出ろと指揮官に命令されて、ヒルギーと4人の新人訓練生が前に出る。
「お前たち5人はクビだが、上官を陥れた罪は重い。1年間アサギ火山で鉱夫として働け。それから、見て見ぬ振りをした残りの者の罪も重い。クビにはしないが、1年間少年兵と同等扱いとし下働きを命じる。根性を鍛え直せ」
「だから私がいつも言っているだろう!真面目に働けと!」
指導者は青い顔をして、新人訓練生たちを怒鳴り付けた。まさかこのくらいのことで、クビとか鉱山送りとか少年兵に格下げだとか……何かの冗談だよな……大袈裟に脅して叱っているだけだよなと、まだどこか軽く考えていた。
「お前の職務怠慢が招いたことだ。お前は少尉のようだから軍法会議にかけられる。上官の命を危険にさらした罪は重い。命までは取られないだろうが……お前は【奇跡の世代】を敵に回した」
ソウタ指揮官は凍るような冷たい目をして、地の底から吐き出したような低い声で処分を言い渡した。
レガート軍で1番怖い【奇跡の世代】を敵に回して、軍人でいられる訳がない。何が起こったのか、何故自分が軍法会議にかけられるのか、指導者は納得出来なかった。
「上官の命を危険にさらした?違いますよ!あれは、手伝いの子どもでしょう?」
必死に食い下がるように男は言い訳をした。その言葉を聞いた新人訓練生たちも、同様に「そうだ!上官なんかじゃない」と、文句を言った。いや、言ってしまった。
「はあ?彼は指揮官補佐だが?いや、技術開発部顧問でもあったなシュノー?」
「ああそうだ。僕はきちんと今日の指示書に、指揮官補佐が技術開発部と一緒に来ると書いておいたはずだ。ソウタ指揮官、技術開発部はここに居る全員に、指揮官補佐が落ちた穴と同じ大きさの穴を掘らせ、中に落としてから投石機の実験を再開するよう要求する!」
技術開発部のシュノー部長は言い終えて、にっこり、いやいや顔は笑っているが、瞳は死ねとばかりの冷たさで睨みつけられていた。
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