イツキの受難
風紀部室の中に入ると、まず大きな長方形のテーブルが目に入った。
執行部室に置いてあった楕円形のテーブルより、少し長いので12人は座れそうだ。テーブルの奥には机が4つ向い合わせで置いてある。
特徴的なのが、左側の壁面に棚があることだ。棚の高さは約2メートル、1つの枠の大きさは横50センチ、縦40センチ、奥行き40センチ位で、下の2段には没収されたと思われる、持ち込み禁止の本や玩具、剣や弓、その他諸々の物が入れられている。
上3段には学年とクラス名、部活名が書かれたプレートが付いた、各々の棚の枠に収まる大きさの、箱が入っていた。
執行部室と違い、なんだか雑然としている気がするイツキだった。
そして風紀部室の中には、インカ先輩、ヤン先輩、パル先輩の3人の先輩が居た。どの顔も嬉しそうに笑顔である・・・
「いらっしゃいイツキ君、ナスカ君。ナスカ君は執行部役員への推薦が決まったようで、我々も歓迎するよ。ナスカ君のヤマノ出身組への、いや、ドエルへの辛辣な言葉にパルもしびれたと言っていたよ」
ヤン先輩は、ナスカが執行部役員選挙に出ることを知っていた。どうやらエンター先輩とは、根回し済みのようだ。
「本当に助かったよ。奴等の立候補が無くなっただけで、俺も怒りが収まったし、自分の進むべき道も見えた。君たち2人のお陰だ」
パル先輩は、イツキたちに自分の進むべき道が決まったとお礼を言ってきた。
「いえいえ、俺たちは何もしていませんが……それに執行部役員のことも、どうせ先輩方の差し金なんでしょう?」
ナスカは少し怒った素振りで、インカ先輩の方を見る。そして新入生らしからぬふてぶてしさで文句を言った。
「まあそう言うな。お前の優秀さも性格もよく知っているからこそ、絶対的存在のエンターに頼んだんだ。あいつは間違いなく次期執行部部長だから、俺よりましだろう?」
「そうですね」
容赦ないナスカの言葉に、全員が笑い出した。気心の知れた同郷の2人だから出来る会話である。
ナスカとイツキは会議用のテーブルに着席して、用件は何だろうかと話を待っていると、インカ先輩が風紀部についての説明を始めた。
それによると、風紀部役員は執行部と違い、全クラスから1人選ばれる。
選び方は各クラスで立候補、または投票で選出される。クラスの合計は1年が2クラスで、2・3年は3クラスだから合計8人が選ばれることになる。
それ以外に選挙で選ばれるのが、風紀部隊長(3年)、風紀部副隊長(2又は3年)、2年部隊長、1年部隊長の4人だ。
選挙で選ばれた4人が指揮を執り、クラス選出役員と協力し合う。普段は選挙で選ばれた4人が主な仕事をすることになる。
風紀部の仕事は主に、校内の風紀の取り締まりだが、その仕事は多岐にわたる。
ケンカの仲裁、部活同士の揉め事の解決、虐めの取り締まり、寮の問題の解決、暴力行為の取り調べ、不正行為の摘発、持ち物検査、執行部から依頼の仕事、学校から依頼の仕事等、問題の数ほど仕事がある。
当然執行部との協力は不可欠である。執行部と上手くいかないと、校内は混乱することになる。
実は昨年前期、執行部と風紀部は揉め事が絶えなかった。
執行部に居た3人のヤマノ出身者が、風紀部が取り締まった問題に介入し、ヤマノ出身学生の不正や悪行を揉み消したのだ。
風紀部にもヤマノ出身者が4人居た。そのせいで、ヤマノ出身者の横柄な態度を許すこととなり、学生たちは悔しい思いをしたり、傷付けられた者も少なくなかった。
執行部と風紀部の信用は失墜したも同然で、校内の風紀は乱れ混乱した。
それに待ったを掛けたのが、昨年後期に執行部役員になったエンター先輩(副部長)とヨシノリ先輩(会計)、風紀部役員になったインカ先輩(副隊長)とヤン先輩(1年部隊長)だった。
エンター先輩とヤン先輩は、ヤマノ出身者の悪行に対し、徹底的に証拠と証言を集め、現場に駆け付け現行犯で取り押さえたりした。
その結果、昨年後期に退学や停学になったヤマノ出身者は8人いたらしい。
「僕とエンター先輩には、中級学校時代から尊敬できる友が居た。彼の行動は常に論理的であり、根拠となる全ての裏付けの為の労を惜しまず、観察力・洞察力・推理力をもって、事件の原因と目的を解明していた。そのやり方を学んだからこそ今の僕がある」
ヤン先輩はイツキの方を見ながら熱く語り、窓の外に視線を移して遠くを見るように、フーッと寂しそうにため息をついた。
イツキは、その友とは自分のことであると分かっているのだが、ヤンが自分の正体に気付いているのかを測りかねていた。
ヤンとエルビス(エンター先輩)との出会いは、イツキが軍学校の先生として働く少し前で、ヤンとエルビスが泥棒に鞄を盗まれて、犯人を追い掛けている現場だった。イツキはあっさりと犯人を投げ飛ばし、鞄を取り戻して2人に渡した。その時から友人になった。
ヤンは父親が軍学校の教官だったので、数回軍学校に遊びに来たし、エルビスは父親代わりのエントンさん(国王の秘書官)に連れられて、軍学校に1回遊びに来ていた。
2人は、イツキが軍学校で起こる様々な問題を、論理的に解決していく様を直接見たり聞いたりしていた。
その影響で、ヤンは将来情報部で働きたいと目標を決めた。
エルビスも将来は王宮警備隊か、情報部で働きたいと思っている。
2人はイツキを師と仰ぎ、イツキに追い付きたいと頑張っていたのだ。
そんな尊敬するイツキが行方不明になり、1年半も連絡が取れない・・・当然心配していた筈である。
「その話もう100回は聞いた。そう言えば、その尊敬できる友ってイツキって名前だったよな?ここにいるイツキ君は、名前はキアフ君だけど不思議な共通点だな。はっはっはっ」
『やめてくださいパル先輩!なんでそんなこと言うんですか』
イツキはヒヤヒヤしながらチラリとヤンに視線を向けたが、まだ窓の外を見ていたのでホッとした。
「まあそれはいいとしてイツキ君、子爵の君は当然、武術は剣を選んだよね?」
「えっ?武術ですか?いいえ、馬術と槍を選びましたが……」
イツキは、少し低い声に変えて答えた。そしてパル先輩が何でそんな質問をするのだろうかと首を傾げた。
「あれ?イツキ君って、剣は得意だよね?君がヤマノ出身のルシフの剣を、払う瞬間を見ちゃったんだけど、あの早業と一瞬の払いは、素人にはできないよねぇ~」
「 ・ ・ ・ 」
「えっ?イツキ君が?」
パル先輩の会話を聞いて、ヤンが反応してしまった。そして、改めてイツキをじろじろと観察する。
「ところで、我々に何かご用だったのでしょうか?」
イツキは視線を泳がせながら、話を切り替えようとインカ先輩に質問する。
どうやらヤンもエルビスも、イツキの正体を怪しんではいるけど、確証は何も無いようだった。
なにぶん成長期である。前回会った時より背も10センチ以上伸びたし、髪形、髪の長さや雰囲気はかなり違うのだ。
何より天才的な頭脳を持ち、剣や体術も天才的、軍学校で教官と同じ仕事をしていたイツキが、今さら上級学校に入学する必要などないと、ヤンもエルビスもよく知っている。
「ああ、あれだけ風紀部の話をしたんだから、そろそろ察しはつくだろう?今回、風紀部選挙には隊長として俺(インカ先輩)が、副隊長にヤンが、2年部隊長にパルが出る。そうなると1年部隊長は誰だろう?」
「・・・!」
「そうだよなぁ……見た目は頼り無さそうだけど、パルが見込んだ度胸は本物だろう。イツキ君、俺が君を推薦することにした。明日までに5分間の演説を纏めておいてくれ。15日からの選挙戦、共に戦おう!」
インカ先輩は拳を振り上げながら、強面の顔が黒い笑顔に変わっている。
何処かで見た光景だと、先程の執行部室での出来事を思い出す。
『ええーっ!やめて。のんびり生活する計画が……目立たず静かに、ひっそり学校生活が……』
イツキの顔色がみるみる悪くなるが、前髪が邪魔で気付かれることはない。
「ドンマイ!」
ナスカが満面の笑みで、イツキの肩をポンと叩いた。
「でも僕は体が弱くて、時々病院に行くので休んだりします。それにそんな大役は果たせそうにありません」
イツキはのんびりライフを守るため、懸命に言い訳をする。
「ナスカはどう思う?お前から見たイツキ君は?」
インカ先輩の問いに、待ってましたとばかりに「イツキはキシ出身ですし、適任だと思います」と答えて、はっはっはっと大声で笑い始めた。
イツキはもう逃げられそうにないと、ガクリと肩を落として、は~っと諦めの息を漏らした。
「ところでイツキ君、その前髪はなんとかならない?印象的には不利だよね」
ヤンはとうとうイツキの痛いところを突いてきた。
「えーっと、これは僕の瞳が光に弱いからで、出来れば切りたくはないんです」
ここは逃げ切りたいイツキにとって、必死に言い訳を重ねるしかない。
『入学初日で、なんで?どうして?・・・やはりキシ公爵様やギニ副司令官の仰る通り、目立ってなんぼ的に、そしてガツンとやり続けるしかないのか?』
風紀部室に居る、全員の視線がイツキに集中する。
「分かりました。明日までに原稿を仕上げます。前髪は医師と相談させてください」
「よーし!これで4役からヤマノ出身者を排除出来るぞ。大丈夫、俺たちが支えるからイツキ君」
イツキの了承を得たインカ先輩は、イツキに握手を求めながら、支えるからと言ってくれた。
「よろしくイツキ君!」
「共に戦おう!」
パル先輩とヤンも声を掛けながら、握手を求めてきた。
こうしてイツキの思惑は、初日にして脆くも崩れ去ったのである。
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