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生産系の加護なのに冒険者なんてやってられるか!  作者: シャリ・ギン
第一章 ニートになるのは少しの間だけだ。いや、マジで。
9/12

007

 朝、俺は宿舎の自室で目を覚ました。

 取り合えず、寝足りない。

 昨日は何をしていたんだっけか。異様な疲労感があって、頭がぼやけるし目が半分以上開かない。えーと……あぁ、エヴァの部屋に行ったんだったか……あれ、最後に洗濯したの何時だったっけか、とか、そこまで考えて疲労の理由に思い当たる。

 また奴か、と。

 おのれ『洗濯物の悪魔』め、その悪性は顕在か。……健在だろうなぁ。

 そう簡単に悪癖が解消されるなら何年も苦労してないっつーの。

 朝飯……食堂確認して居なかったらタリサ達起こしに行かないと……。

 二度寝の欲求に打ち勝ち、体を起こして無理やり歩き始める。廊下を出て真っすぐ行けばすぐ食堂だ、扉を開けて辺りを見回すと何時もの席にタリサとエヴァを見つけた。

 こりゃ珍しい、何時もならタリサが居る時はエヴァが居なくてエヴァが居る時はタリサが居ないという回れ右確定コースなのに。まあこういう日もあるわな。


「おはようさん、二人とも……」


「おは、よう?」

「おはよう、ソリッシュ」


 朝の挨拶をしながら椅子に座ると、なんか変なモノでも見るような顔をしたタリサが視界に入る。因みにエヴァは平常運転、表情筋は相変わらず仕事を放棄している。


「んだよ?」

「えっ!? あ、いや、そりゃいるわよねうん、同じ宿舎だものね」

「はぁ……?」

「ソリッシュの分も頼んでおいた、もうすぐ来る」

「サンキュー、エヴァ」


 欠伸を一つ噛み殺し、未だ目が覚めぬまま何か話題を、と考えたところでふと思い出す。


「そういや今日って依頼なんか入ってたっけ?」


 ここ最近、指名依頼が本当に増えた。冒険者ギルドに設置された依頼掲示板の依頼を受ける回数よりも多くなる位に。俺は兎も角、他の三人の腕は本物だ、護衛にせよ討伐にせよ調査にせよ、是非俺等にって話が多くなって、ありがたい話である。


「ソリッシュ」

「んぁ?」

「寝ぼけてる」


 寝ぼけて……? ……………………あっ。俺冒険者辞めたんだった。

 頬に手を張り、意識を強制的に覚醒させる。やべぇ、そうだった。俺もう冒険者じゃなくてこいつ等の仲間じゃないんだった、寝ぼけて長年の習慣だけで活動しちまった。

 席を移そうと立ち上がっ……ろうとした俺の肩を掴んだのはタリサだ、一見ただ手を乗せているだけなのにまるで天井に頭がぶつかってるみたいに立ち上がる事ができない。


「ウェルカム」

「じゃねーよ! 離せ!」

「あぁ! エヴァのせいでソリッシュが目覚めちゃったじゃない! あのまま行けば依頼にソリッシュを持っていけそうだったのに!」

「流石に無理」


 横に抜けた俺を再度ホールドするタリサの顔は、何が嬉しいのか知らんが緩みっぱなしでこのまま頬ずりでもしてきそうな雰囲気である。


「タリサさんは朝から元気だね」

「サーシャ! ホラ見なさい、ソリッシュよ!」

「はいはいソリッシュソリッシュ。朝ごはんお待ちどーさま! 冷める前に食べちゃって」


 なんというスルースキル。この場所で多くの冒険者を相手取っている内にサーシャはこんな処世術を身に着けたというのか……まだ小さいのに凄いな。うちのガキ共にも見習わせたいものだ。……いや、スルースキルをじゃなくてだぞ? そろそろ遊ぶだけじゃなく努力することを知るべき時期だ。神父様はその辺自主性に任せすぎるから俺が一肌脱ぎますかね。


「ソリッシュってば口ではあんな事言っておきながら心中では戻りたがってるんじゃないの?」

「そんな事実はない」

「またまたぁ~」

「タリサ、ソリッシュ。朝食冷める」

「おっといけない」


 ようやっと解放された俺は結局二人と同じテーブルに着いて朝食に手を付けた。

 冒険者に戻りたがってるって? そんな訳なかろうが。

 俺には漸く『やる事』が出来たんだから。


 この醜態は間違いなく昨日遅くまで作業したのが原因だろう、醜態を曝す事もあったがなんやかんや作業も進んだから、こっちの荷造りも進めなきゃと思って始めた訳だがこっちはこっちで思ったよりも大変だ、ガラクタは捨てるにしても四年で思った以上に〈生成〉していたようだ。後はまあ拾い物が結構ゴロゴロと……レーナ程じゃないにせよ、俺にも収集癖ってあったのかね。はたまた単純に物持ちがいいだけか。

 懐かしいものが色々出てきてすぐに手が止まる、『マリアンヌ』の方とは違う意味で作業が進まない。

 お陰でまだ全然終わってなくてその上朝のアレであるからもう踏んだり蹴ったりだ。


「はぁ、さっさと冒険者気分から抜け出さねぇとな」

「抜ける前に帰ってきても良いのよ」

「嫌だ」


 朝食を口に運びながらも会話は続く。席を変えてもよかったが、それをしてしまうのは何か違う気がして、きっとこの宿舎で食事を摂る間はこのままでいるんだろうなと思いながら、タリサの言葉を受け流す。


「……それはそうとエヴァ、昨日はありがとうな。助かったよ」

「気にするな」

「え、昨日?」

「今度きっちり礼はする。何がいい?」

「別にいい。大したことじゃない」

「ねぇ、昨日って?」

「俺が良くねぇよ。何もねぇの?」

「じゃあ洗濯」

「う゛っ……任せとけ」


 冒険者を辞めたのにはそういう雑用を押し付けられるのが煩わしかったことも理由の一つなんだが……仕方ない、言ってしまった以上は実行するしかない、まあ昨日のエヴァの有無の重要度を考えたら安い位だろう。今日の作業を終えたらエヴァの部屋を訪問して洗濯物を回収だな、折角つったら変だがついでだしタリサの分もやってやるかね。


「ねぇ! さっきからなんの話をしてるのって聞いてるじゃない!」

「昨日私がソリッシュを手伝った。以上」

「まあそうとしか言いようないわな」

「なっ……何よそれずるいわ!」


 タリサが騒ぐので理由を説明してみれば随分と奇妙な返しが返ってきてエヴァと顔を見合わせ、そして同時に首をかしげる。ずるいって何ぞや。思うところは同じだろう。


「ずるいって……」

「何が?」

「あたしもソリッシュを手伝うわ!」

「いやお前ら今日は普通に仕事だろう」

「護衛依頼。今日は帰ってこれない」

「うっ……」

「あぁ、護衛か。てことは指名? 相手誰よ?」

「シャリーンさん」

「あぁあの人か」

「てかソリッシュ居なくなったら男からの護衛依頼は全拒だよ」

「あぁ、面倒くさいもんな」


 色々と。それはつまりその色々面倒な部分を俺が受け持っていたということに他ならない訳だが、それが居なくなると割に合わないっつーか相当疲れるだろうことは何となく想像できる。

 世の中には頭の弱い奴が何処にでもいて、例え高位の冒険者であっても女というだけで『そういう』誘いをする馬鹿が居るのだ。男の俺でも嫌悪感を抱かざるを得ないが、こいつ等クラスの冒険者を指名で雇える人間というのは自分が凄いと勘違いしている奴が多くて……俺が居なかったらきっとそいつ等皆八つ裂きだ。


「つーかお前、俺の手伝いって俺が商人になる為の手伝いなんだけど?」

「そんなの分かってるわよ」


 お前……俺を連れ戻したいのか応援してくれてるのかどっちだよ。


「タリサは行動方針を明確にすべき」

「……そうね、少し考えてみる」

「いや、行動方針もクソもお前等仕事だろうが」


 話しに落ちが付いたところで全員の皿が空になった。丁度良い頃合いだし俺は席を立つ。

 三人分の食器を返しに行くとおやっさんと目が合った。


「ごちそうさま、今日も美味かったよ」

「おう、タリサから喧嘩別れしたって聞いてたから心配してたんだけど杞憂だったみてぇだな」

「それは本当に杞憂だな。あの程度の喧嘩ならしょっちゅうしてたさ」


 これからはそんな機会も無くなるだろうけどな。今は抜けたばかりでまだ仲間意識も抜けてないから親しげに接することができるし、俺もあんな醜態を曝したが、俺が宿舎を出れば距離は一気に遠くなるだろう。

 会う回数は目減りするだろうし、これから先パーティで俺の空いた穴は別の誰かが埋めるだろうし、まだ先かもしれないがあいつ等結婚することだってあるだろう。そうなった時に元パーティメンバーってだけの奴との繋がりなんて重要視しないのは当たり前だ。俺は俺で別の繋がりを持つだろうしな。

 それを寂しく思える程度には愛着はあった、けどそれを加味しても抜けるだけの理由があって、既に道はたがえた。後は時間が答えと結末をくれる関係だ。


「で、パーティを抜けてみてなんか思うところは?」

「は? いや、まだ抜けてから二日しか経ってないのにそんなこと聞かれてもな」

「あぁ、それもそうか。」


 もしかしてこの質問はまた飛んでくるのか? ……なんか考えておくか。


「そういえばソリッシュって冒険者辞めて今何やってるの?」

「お店を開く準備だな」

「お店? ソリッシュ商人になるの? 何屋さんをやるの?」

「商人ギルドにはもう所属してる。何屋さん……雑貨屋、かなぁ」


 何を売ろう、そう考えた時に俺は気づいた。

 そもそも俺は何が売れるのか知らんと。これは商人として致命的であるが、生憎と気安くそういうことを聞ける商人の知り合いなんていない。であれば色々な物を店頭に並べてみてどういった物が求められるのか手探りで探していこうと考えたのだ。

 まあ所持金に余裕が有る訳ではないからあまり悠長なことも言ってられないのだが、商品は〈生成(ジェネレート)〉出来る。最悪赤字は避けられると思えば多少の冒険は許されるだろう。


「今後、塩とか砂糖はそっちに買いにいきゃあいいのか?」

「あぁ」


 雑貨屋つってんのに売れるのが調味料っていうな。

 まあその辺はありすぎて困るものでもないし安定して売れるかもしれない。だけど、それじゃあ詰まらないし、あの場所に新しく出来る店をそんな所にする気もない。

 その後もう少しおやっさんとサーシャと話して席に戻るとタリサもエヴァも出発の準備は万端でどうやら俺を待っていたらしかった。


「何処まで行く予定なんだ?」

「隣町」

「なら戻って来るのは明後日位か」

「何もなければ」

「それまでには洗濯を終わらせといてやるよ」

「ん。これ部屋の鍵」

「あいよ。……タリサのは?」

「え? あたしは良いわよ」

「エヴァの服を洗うならもう一人二人増えても変わらんから遠慮はいらないぞ?」

「そうなんだろうけど……ほら、そろそろあたしも洗濯位できるようにならなきゃいけないでしょ?」

「どうせ帰って来たら疲れて寝落ちするんだから……って俺が食い下がるような事でもねぇか」


 まあ良いって言うならいいさ、もしかしたら見られたくないものがあるのかもしれないしな。……あったとしても部屋の掃除を俺に丸投げしていた時点で多分手遅れだろうが。


「それじゃあな」

「えぇ」

「また」


 俺は二人と反対方向へ歩き出した。

 一度止まって振り返ってみれば、どんどん遠ざかって小さくなっていく二人の後ろ姿。

 思えばそれは一度も見たことのない姿だった。今迄はあの背中がもう一つ多くて、ここでその姿を眺める誰かさんはいなかったのだから。


 

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