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生産系の加護なのに冒険者なんてやってられるか!  作者: シャリ・ギン
第一章 ニートになるのは少しの間だけだ。いや、マジで。
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004

「実は知り合いに老齢を理由に店を畳んだ人が居てね、昨日の内にその場所をソリッシュに使わせて貰えないか聞いてみたんだよ」

「そうだったんですか」


 昨日は結局、神父様から詳しい話を聞くことが出来なかった。

 大体シスター・ロロのせいで。

 まさか状況をまるで理解出来ない発言を受けて『詳しい事は明日話そう』なんて言われるとは夢にも思わなんだし、以後神父様が我関せずと言わんばかりに食事を口に運びながらガキ共と談笑し、俺はシスター・ロロのご機嫌取りに四苦八苦させられるとは……夜が長かったとはきっとこういう時に用いる言葉なのだろう。

 収まる事を知らぬお喋りは口撃と言っても過言ではなく、シスター・ロロが寝落ちするまで続いた。生返事を返そうものなら更に話が長くなる事を経験則から十二分に理解している俺としてはうっかり転寝する事も出来ず、彼女の言葉に合図地を打ちながら感情の起伏が激しくなりヒートアップしそうな話題を回避し、眠くなりそうな話題を提供し続ける事に徹した。

 元々、談笑の舞台はシスター・ロロの私室に移っていた事もあり、彼女をベッドに移すと眠る姿勢を正して布団を被せ、俺は大広間で眠るガキ共に混ざって目を閉じた。老朽化して軋むフローリングを音も立てずに移動できるのは冒険者としての経験から得た数少ないものと言えるだろう。

 そうして意識を手放した次の瞬間にはガキ共の寝起きのしかかり攻撃によって覚醒させられた。

 幾らかは眠っていたと思うが、体感時間的には正にそんな感じだった。

 閑話休題。

 そんなこんなあって今日、今正にその人の元へ向かう道半ばである。

 俺としては漸く状況説明を受けられたという感じである。よもや道中に初めて目的について聞かされようとは……神父様が昨日言うタイミングをもう少し考えてくれたなら昨日の内に話を聞けたかもしれないというのに。

 ……いや、もしかして俺が知らないだけで昨日俺がシスター・ロロに捕まるのは必然だったのか? それこそ神父様が言葉を挟む間も無い位ずっと。昨日の彼女はこれでもかという位言葉を交わしてもまだまだ話足りないと言わんばかりだった。事前にそうなる予兆でもあって、俺が露店の場所決めに朝居なくならせない為にはそうするしかなかった、とか?


「そうしたら幾つかの条件はあるけれど、それさえ飲んでくれれば使っていいと言ってくれてね」

「その条件というのは?」

「ソリッシュに直接言うそうだよ? 難しい事じゃないって先方は言っていたけど」

「……わかってると思いますけど、俺現金はそんなにないですからね?」


 商品になり得そうな物は既に幾つも宿舎に有るし、これから新たに数も増やせる。けれど俺の少ない収入で店一軒購入するような資産は当然の様に有るわけがない。

 かつて『剛猿』と呼ばれた元Aランク冒険者のおやっさんでもあの宿舎を建てるのに冒険者時代の収入はほとんど持っていかれたと言っていた、今迄報酬の一割しか受け取れなかった俺にそんな金が作り出せる訳もない。

 ……いや、まあ物理的には可能だけれども。

 普通に犯罪だ、しかも最高にエネルギー効率が悪い。特に金貨は。


「大丈夫、先方もお金は求めてない」

「……まあお年を召しているという話でしたしね」

「それもあるけど、元々誰か貰い手を探してたみたいだよ? 近々私に相談するつもりだったらしい」

「えぇ? そんな事ってよくあるんですか?」

「頻繁には無いねぇ、長年神職を務めて来たけど初めての事だし」

「はぁ……なんか俺って物凄い良いタイミングで冒険者を辞めた見たいですね」

「本当にね、どんなミラクルかな? まあこれも主の思し召しさ」


 ミラクルて。

 しかし、この辺は冒険者をしていてもよく通った道だが、神父様と歩くのは久しぶりだ。

 この辺は街の顔だ、人通りは多いし馬車も頻繁に行き来する所謂表通りといった位置づけになるのか、この辺に店を構えられるような人間は勝ち組だ、もっと奥へ行けば貴族御用達の高級店がずらりと並ぶ、この辺は比較的平民にも縁深いが、この通りに面した所へ家を建てようと思ったら金貨云百枚は軽く飛んでいく。

 まさかとは思うが、神父様の言っている店というのはこの通りに有るのか? もしそうなら一資産どころじゃない、お金を求めていないなんて言葉が怪しく思えてしまう。

 金以外の何かで無理難題を押し付けられるんじゃないか?


「けど先方も誰だって良かった訳じゃない。ソリッシュにならって言い回しだったよ?」

「えぇ? 何かの間違いでは? そんな懇意にしている店に覚えはありませんよ」


 行きつけの店もそんな急に店を畳んだという話は聞かない。


「……あれ? というか俺も知ってる人なんですか?」

「そうだよ。ソリッシュは特にお世話になったから覚えてるんじゃないか?」

「もしかして、『マリアンヌ』ですか?」

「正解」

「…………あそこ、店辞めちゃったんですね、全然知りませんでした」

「まあ宿舎暮らしの冒険者とは縁遠い、仕方ないさ」


 服屋『マリアンヌ』

 服屋と孤児は縁遠い、身なりを整える為に使える金なんて無いしそもそも服っていうのは凄く高いものだ、平民向けの服を取り扱っている店の商品であっても普通に手が届かない。社会人であっても一着買うのに何時間も悩むような買い物になる。

 ただ、ひょんなことから『マリアンヌ』を経営する老夫婦と知り合い、客としてではなく友達として……今となっては随分な失礼を働いたが、当時の俺は友達の家を訪ねる感覚でそこを訪ね、生産系の加護で、服飾方面の力を持ったおばあさんが服を縫い上げる様をそれこそ毎日のように見に行ったものだ。

 時にはシスター・ロロと一緒に行くこともあったが、基本的には一人で、無口なおばあさんの横でずっとそれを眺めていた。偶に話しかけられると声を聞く事自体が珍しくて嬉しかった記憶がある。

 おじいさんは店の方にいる事が多くて殆ど話した事は無かったが、気難しそうな印象だったと思う。

 それから暫くして、何でだったかはよく覚えてないが行く頻度が減って来て、冒険者になる前に一度顔を出したっきりになっていた。


「おばあさん元気かな、会うのはそれこそ四年ぶりですよ」

「……いや、彼女は三年前に亡くなったよ」

「え……」

「店を畳むのは、彼女の作った服を売り切ったから、という話だよ。無論、さっきも言ったが老齢も理由の一つだけれど」

「そうだったんですか……」

「お墓は教会近くの墓地にある、今度案内しよう」

「お願いします」


 ……そうか、おばあさんは亡くなってたのか。

 冒険者をやっていると死は身近なモノに感じられるが、それでも近しい人が亡くなって悲しくならない訳じゃない、涙は出ないが気分は最悪だ。


「さあ暗い顔はそこまでにしようか、商談相手の前でその顔はまずい。接客は笑顔が命なんだよ?」

「……はい」

「言うタイミングが最悪だったことは私に非がある。けどね、死者を思って事を仕損じては死者が浮かばれない。ソリッシュだってマリアンヌさんにアンデット化して欲しくはないだろう?」

「すみません、切り替えます」


 マリアンヌ、そうか、あの店名はおばあさんの名前だったのか。

 幼少期の俺は店が我が子の様に可愛いから人のような名前を付けたんだろうな、なんて的外れな事を考えていたが、あのおじいさんはぶっきらぼうな顔をして嫁バカだった訳だ。


「そう、それでいい。ソリッシュはお店屋さんになるんだから笑顔を絶やしちゃ駄目だよ」

「はい、神父様」

「よし、今日から君はニューソリッシュだ。ニューソリッシュ・クラウゼビッツだ」

「それはちょっと……」


 因みに俺の性は俺が冒険者となり教会を出る時に神父様から頂いたものだ。

 何故『クラウゼビッツ』なのかは知らないが、他の孤児も教会を出る時には性を貰っていたけど別に一貫性が有るわけではない。きっと何かしらの理由はあっても意味は無いのだろう。


「さあ着いたよ『マリアンヌ』だ」

「……あれ? こんな外見でしたっけ」

「あぁ、実はマリアンヌさんが亡くなる少し前に『マリアンヌ』は改装したんだよ。……だからまだ綺麗なままだけどマリアンヌさん亡き後に『マリアンヌ』を続けるのは気持ち的に無理だったんだろうね」


 店名とおばあさんの名前が一緒で凄くややこしいな。


「けど改装って事はおばあさんは最後まで元気だったんですね」

「そうだね、最後は本当に唐突だったらしい。何時もと変わらぬ就寝の後に何時もと変わらぬ起床が無かった、そんな感じだ」

「それは……俺から見たらよかったなって思いますけど」


 おばあさんは最後の最後まで床に臥せる事無く、何時もの様に洋服を手掛け、明日やる続きの作業のことなんか考えながら天寿を全うしたのだろう、それは多分とても幸福な事だ。少なくとも俺はそう思う。

 けれどおじいさんからしたらそれはどれ程のショックだったのだろう。置いて行かれたおじいさんの気持ちは想像もつかない、きっとおばあさんの作り上げた洋服をすべて売るのは義務感だったのだろう、おばあさんは仕事をやり切った、であるなら自分もやり切らなければという。

 もし同じ状況に陥った時、俺にそんな事が出来るだろうか。……少なくとも、今の何も持っていない俺なら投げ出して、後を追いかけてしまうような気がしてならない。

 

「ソリッシュは、優しいな」

「え? なんですか神父様?」


 急に俺の頭を撫でる神父様の顔は、それこそ優しい。

 ただ話が繋がっても無いし、俺は困惑するばかりだが。


「さ、店の前で立ち話もなんだ。上がらせてもらおう」

「は、はい」


 神父様は事前に受け取っていただろう鍵を取り出し、店の入り口の鍵を開けた。

 小奇麗な店内は、見覚えが無いながらも何処か懐かしさを感じた。

 匂いは変わらないし、雰囲気も、『マリアンヌ』のままだったから。


「あれ? おばあさんの服は全部売れたんじゃ?」

「それらは外注だったり、ダンが作ったものだ。ここ最近はマリアンヌさんの作った服だけじゃ服屋を名乗れなくなってたからね」

「あぁ、なる程」


 それは少し、嬉しいな。

 だって他に服が沢山有る中でもおばあさんの作った服を選んで、これが一番良いと思って買ってくれた人が確かに居たってことだから。

 ちなみにダン、というのはおじいさんの名前だろうか?


 『マリアンヌ』は二階建てだ。

 一階半分がお店でもう半分が工房、そして二階が生活スペースという事だった、俺は工房ばかりで二階に上がった事はなかった、これが初めてだ。

 階段を上がると、外側や店内とは打って変わって昔ながらの『マリアンヌ』を思わせる内装になっていた。恐らくは二階の改装は行われていないのだろう。

 迷いのない足取りで進む神父様に着いて行った先に居たのは四年たっても変わらぬ顔のおじいさん。

 神父様がいう客商売にはおおよそ相応しくない仏頂面で、此方を見る。


「お久しぶりです、おじいさん」




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