001
「さぁってと、まずは神父様に報告かねぇ」
神父様は教会に顔を出す度に心配そうな顔して冒険者なんて危ない仕事はやめなさいと言っていたし、やめて来たと言えばきっと喜んで下さることだろう、まあ無職ということで別の意味の心配をさせてしまうかもしれないけれど。
昨日は今後の憂いが無くなってとってもよく眠れてしまい、もう太陽は真上まで登ってしまっている、おはようじゃなくてこんにちはだな、ここは冒険者御用達の宿舎だからこの時間になると宿の中に人の気配はほとんどない。
加護の特性上、冒険者にしては物が多いながらもキッチリ整理整頓された部屋は最早我が家といっても過言じゃない程に住み慣れて、これから出て行くと思うとなんとなく寂しい。
幸か不幸か、宿舎の長期滞在契約が切れるまでまだ二〇日以上ある。この宿舎、三〇日先まで契約を結ぶ場合かなり助かる感じの割引があるのだ。
……元パーティメンバーともろに鉢合わせするだろうけれど、途中退舎してもお金は返って来ない、まあ私物の整理もあるし、これからに不安がある以上は節制するに越したことはないだろう。まあ荷造りはゆっくりやるさ。
「あれー? ソリッシュ? エヴァ達もう行っちゃったよ?」
「おうサーシャ。おはようさん」
クリッとした目で俺の半分位の身長のこの子はサーシャ、この宿舎を経営者の娘でマスコットだ、人に愛されるキャラクターをしていておっさん達が骨抜きにされてよく菓子とかやっている姿を見る。
とても犯罪臭がする光景であるが。
「おはよーってもうお昼だよ?」
「そうなんだけどな、俺にとってはすごーく清々しい朝なのさ」
「そうなの? タリサさんとかめっちゃ不機嫌だったけど」
「ふっ、奴の機嫌なんて最早俺には関係ないのさ。パーティを抜けたこの俺にはな!」
「え……えぇ!? エヴァ達のパーティ抜けたの!?」
「おおともさ! お陰で今俺は最っ高にハイだぜ!」
てかいつも思うんだがサーシャってタリサはさん付けなのにエヴァは呼び捨てだよな。
何故かは知らんがエヴァの方が馬が合うらしいし親し故の気安さなのか。
最初はエヴァさんだった気がするし、俺はサーシャが赤ん坊の頃から知り合いのせいか最初から今迄ソリッシュだけど。
「ど、どうして!?」
「まあ言うなれば音楽性の違いだな、奴らはロック、俺はポストロックってとこだな」
「冒険者なのに!?」
「冒険者なのに」
まあ俺が抜けた理由たるどす黒い感情を子供に吐き出したりは出来んしな。
方向性の違いっていうのはあながち間違いでもない。
「ん? ソリッシュがいるのか?」
「いるよ」
俺とサーシャの話声が聞こえたのだろう、奥からにゅっとおやっさんが顔を出した。
おやっさんは言うまでもなくサーシャの父親で、宿舎の経営者だ、元々は冒険者であったこともあってムキムキだ、筋肉ダルマと言い換えてもいい。
おやっさんは戦闘系の加護以外にも生産系、料理に纏わる加護を持っているからこの宿舎で出る飯はなかなかのものだ、もうすぐ食い収めになると思うと名残惜しくもある。
「丁度良かった、塩を切らしてたんだ。一〇キロ、何時も通り銀貨五枚でどうだ?」
「いいぞ、入れ物は?」
「この袋に頼む」
「ほいほい」
Divine Skll>≪生成:ソルト≫
スキルの発動は使用者本人にのみ知覚可能な形容しがたい文字列で瞳を掠める。
それもまた神の加護の一端なのであろう、それが視界の妨げになることはないというのだから奇妙な感じである。
おやっさんの用意した土嚢袋に一瞬で混じり物一つない真っ白な塩が一杯になる。
このスキルの良い所は量がそのまま魔力消費に繋がるから分量が凄く正確ってことだな。
「ほらこれ」
「おうありがとよ! ……しっかし俺が値段言っといてあれだけどよ、この質の塩が銀貨五枚とか本当あり得ねぇよな。本当にいいのかよ?」
「おやっさんと俺の仲だろうが、それに市場価格よりかは割高だし良い塩はそのまま俺の飯の質に直結するんだぜ? 気にすんな。金なんて取れるところから取ればいいんだよ」
市場に出回っている塩が、こんなに真っ白なことはほぼ無い、そのほとんどが黄ばんでいて何か別のモノが混じっているだろうそれが一〇キロ銀貨三枚ってところだ、おやっさん曰く、俺の生成する塩は銀貨六枚でも安い位らしいが、おやっさんとは本当に長い付き合いだ、銀貨一、二枚位まけるのなんて何でもない。
「お。お父さん! 塩なんて買ってる場合じゃないよ!」
「おいおいサーシャ、コイツの塩はうちの必須調味料だぞ? なんてはないだろうなんては」
「ソリッシュは早くエヴァ達を追いかけなきゃ!」
「なんでやねん」
なんで俺がそないなことせにゃあかんねん。
「ん? そういやソリッシュはこんな時間になにしてるんだ? 今日は休みか?」
「いや俺冒険者辞めたから」
「はっ!?」
「音楽性の違いでパーティも抜けたし」
「音楽せ……え? は? ソリッシュお前……よかったのか!?」
「……サーシャもそうだが、おやっさんも驚きすぎじゃねぇ?」
そういえば俺の心情を吐露するような事は無かった気がする、まあ愚痴になっちまうからそんな恰好悪い事言う趣味もないし、無かったかもしれない。
「いや、だってお前……タリサに気があったんだろ?」
「だってソリッシュって……エヴァを好きだったんじゃないの!?」
………………は、はい?
俺は今きっと、ハトが豆鉄砲食らったような顔をしている事だろう。
何がどうしてそうなった。
「え、あの、二人とも?」
「お父さん何言ってるの? ソリッシュはエヴァが好きなんだよ」
「おいおいサーシャ、ソリッシュがタリサと出来てるなんてのは周知の事実だろうが?」
「女心を分かってないなーお父さんは、エヴァの態度を見れば一目瞭然両想い祭りじゃない」
「はっはっは、サーシャは冗談が上手だな、そんなのタリサこそだろ、あいつがソリッシュ以外の男の傍にいるとこ見た事あんのかよ?」
「ぶっぷー、お父さんぶっぷー、ちがいますぅそれは間違いですぅ」
「ぶっぷー、サーシャぶっぷー、違いませんー間違ってるのはサーシャですぅ」
ちょ、なんか二人で言い争い始めたんだけど!?
「ちょ、ちょい二人共、二人は一体全体何の話をしてやがるんで?」
「ソリッシュ! ソリッシュが好きなのはエヴァだよね!?」
「ソリッシュ! ハッキリ言ってやれよお前が好きなのはタリサだってなぁ!」
「いや別にどっちも好きじゃねぇよ!」
嫌いじゃないと好きにはかなりでけぇ溝があるわ! 何言ってんだ!
俺の悲鳴にも似た絶叫に二人はキュトンとした顔をした後、言葉をかみ砕いたのか微妙そうな顔をする。
「え……まさかレーナさん狙いなの?」
「なぁソリッシュ、あいつはやめとけよ、俺の飯にケチ付ける奴に碌な女はいねぇよ」
「いやそういうことじゃなくて……」
レーナの人気の無さは別に擁護してやる筋合いも無いので置いておくとして、何でそんな話になったのだろう、俺がタリサが好き? エヴァが好き? 何度も言うが、何がどうしてそうなった。
「何でそんな認識になってんのか理解できねぇけど……まず大前提としてパーティ内で交際とかあり得ねぇよ? もし仮に天変地異が起こって俺が三人の誰かとくっ付いたとしたらさ、他の二人は気まずいことこの上ないじゃねぇか、しかももし関係が上手く行かなくて仲違いしようものならまず間違いなく連携にも支障が出るだろ。そんな不確定要素を抱えようと思う程俺も馬鹿じゃねぇよ? あいつ等そんな目で見たこともねぇし……そもそも俺ってあんましそういうの興味ねぇんだよな」
昔はあったのかもしれないけれど、タリサとエヴァの身の回りの事をしている内に……うん、父性に目覚めることはあっても性に目覚めることはなかった。
まあ言っちゃえば向いてないんだろうな、逢引きとか面倒臭く思うだろうし、貯蓄もそれ程多い訳じゃないから遊ぶ金もない、もうちょい収入に余裕があれば男冒険者の娼館へのお誘いも断ったりしなかったんだろうけど結局ここまで経験無いままだ、そのせいか大よそ雄が雌にアプローチする究極的な欲求たる劣情が欠落している、生物としちゃ微妙だが、冒険者としちゃ丁度良かった感じだが。
……けど冒険者やめたし、なんかこう……恋愛にうつつを抜かしてみたい気もするが。
けどあの三人は無い、マジで勘弁してくれ。
あの三人よりかは子供のサーシャの方がよっぽど魅力的だわ。
一〇年後位に告白してみようかしら。
「えぇ……じゃあエヴァとは……」
「何もない」
「タリサとも……」
「何もない」
「「そんな馬鹿な……」」
そんな馬鹿なは俺のセリフなんだが……。
「なぁソリッシュよ、お前って……」
「…………あ! そっか! そういうことか!」
「サーシャ?」
おやっさんが何か言おうとして、何かに気付いたサーシャがおやっさんに耳打ちしている、状況が俺には全く理解できません。
おやっさんは最初訝し気な顔をしていたが、時間が経つにつれて納得したような顔になり、此方を訳知り顔で見始めた。
「ははぁん、なる程ねぇ、それでパーティを抜けたのか。ソリッシュも素直じゃねぇなぁ」
「……何が?」
「いやいや気にすんなって、まあそういうことなら理解もできらぁ」
「だから何の話だ?」
「ソリッシュ、私、応援するかねっ!」
「いや、だから、何が!? なぁ!?」
結局二人がニヤニヤしている理由は最後まで教えてくれなかった。
それは兎も角目的地は教会だ。
ひどい勘違いもあったものだが、行動で示せばその内妙な噂も消えるだろう、別に消えるのに時間が掛かって困る予定は今のところ無いのだし、困ってから考えても遅くは無い筈だ。
俺の育った教会は街の外れにあって、街の人間は街にある二つある教会の内の小さい方という認識で見ていて、大きい方は貴族用で、小さい方は平民用、見たいな風潮が出来上がっている。
まあでかい方は孤児を引き取ったりもしないし、胡散臭く、聖職者にあるまじきがめつさを持った野郎が運営しているから成金趣味出も無ければ必然的に足が遠のく。
神に祈りを捧げるのに、教会の規模なんて関係ないのだから。
「変わってないなー」
当たり前か、数か月でそんなに変わりはしないだろう。
基本的には月一で顔を出すようにしていたが、ここ最近は少しバタバタしていて来そびれていた、ガキ共は俺の事忘れてないだろうか。
おやっさんに頼んで大量の食い物は持ってきたから土産はこれで良い筈だけど。
「あー! ソリッシュだ!」
「え? ソリッシュ!?」
「わーソリッシュ!」
忘れられてなかった。
外で遊んでいたガキ共が俺に気付いた瞬間走り寄って来た。
「お前等、ただいまだ」
「かかれー!」
「何故!?」
俺の両手が飯で埋まっているのを良いことに、サーシャ位のガキどもが俺を上りだす。
子供の三、四位なら軽いもんだし、群がってくるのは何時もの事だが、何時にもまして過激である、俺の頬が限界まで引き伸ばされたり首の骨が逝きそうな乗られ方をしている、だが両手は塞がっていて抵抗もままならない。
「ソリッシュ久しぶりぃ」
「将来のお嫁さんほっぽってなにしてたの?」
「どうせ他所の女とイチャコラしてたんでしょ」
「ひ、ひてねぇひ!」
「嘘ばっかり、首元にキスマークが……無かった」
「やらしー……無いの?」
お、お前等そんな面妖な言い回しどっから覚えてくるんだよ!
何でキスマークが無くて驚かれてるのかは知らないが当たり前のようにそんなものはないし、要約するとここに来る回数が足りてないんじゃないってことだろ? 正直言ってクソ嬉しい、孤児が教会を出るとやっぱり疎遠になりがちだから、こうやって縁を結べていると思うとホッとする。
「こらこら君達、ソリッシュは乗り物じゃないよ」
喧しい騒声の中で、特に声を張り上げている訳でもないのに凄く良く通る声が教会の方から聞こえてきて、其方へ向きなおれば昔から何一つ変わらぬ微笑を浮かべた初老の男。
祭服がとてもよく似合う、銀髪のそのい人は、まごう事無く俺の恩師で、育ての親。
「はーい神父様」
「でも将来的には乗り物でしょ?」
なんかとんでもない事を口走ってる奴もいる気がするけど、今はおいておこう。
「おかえり、ソリッシュ」
「ただいま戻りました、神父様」
この人を見るたびに思う。
俺は我が家に帰って来たって。