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生産系の加護なのに冒険者なんてやってられるか!  作者: シャリ・ギン
第一章 ニートになるのは少しの間だけだ。いや、マジで。
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009

おかしいな……もう六月ですよ。

気持ち的にはまだ二月なんですが……。

 結論から言うと、足りなかった。

 魔力不足で〈生成〉された窓はとんだ出来損ない、大きく開けた穴に収まる処か窓枠が窓枠の形状をせずにねじ曲がり、それに合わせて硝子も歪んでみるに堪えない有様だ、〈生成〉は物を創り出す上二つの作業工程に分かれており、最初に必要な物質を構築し、次にそれを思うが儘に形作る。今回は物質生成までは滞りなかったが整形作業の途中で魔力切れを起こした形だった。

 俺の理想とした窓はどうやら、冒険者時代に用いたような武具の〈生成〉よりも消費が激しいようで、ギリギリ行けるかとも思ったがそんな訳もなく、敢え無く魔力切れを起こした形だ。異形の窓を前にして俺は膝から崩れ落ち、地面に突っ伏す。

 夕方という事もあって、中途半端に太陽に熱された石床が生ぬるい、焼けるような暑さであったなら飛び起きる事もできただろう、現在進行形で戦闘中だったならそれ以前に突っ伏すことは無く気力を絞って回避行動なりなんなりしたことだろう。

 しかし悲しきかな現在は平和そのものだ。

 気を奮い立たせるほど切迫していないなら、この倦怠感から逃れる必要性が感じられずに俺は奇形な窓を放置して這うように店内へと入り、そこで力尽きる。

 魔力切れっていうのは寝りゃ治る。

 ポーションなんて勿体なくて使えねぇ。

 今日は辞めだ、明日やろう。

 片付けも、窓の〈生成〉も。


 おやっさんの飯を食いそびれるのはちと残念ではある、あっちの部屋の片付けもまだ終わっちゃいない、本当は今日の内にエヴァとの約束を果たすべく洗濯を終わらせるつもりだった。

 だが一切合切どうでも良い。

 総じて明日やればよかろうなのだ。


 魔力の欠如は活力の欠如。

 歩くどころか立つのさえ億劫な俺は言わずもかな考えるのも面倒くさい。

 むしろ、街道でそのまま力尽きなかったことを褒めて欲しい位だ、なんて、そんな訳はない、そんな事を思う事さえ面倒だ、褒めなくていい、ただほっといてくれ。

 ただ眠りたい。

 そんな事ばかりが頭を巡る。


 やることが有る、あぁ、それが? それはこの眠気に抗うに値する理由だろうか。

 否、否、否否否。現状俺には眠る以外の全てがどうでも良い。


 明日やろう、明後日やろう。

 魔力切れを起こし、なんのケアもせずにそのまま抗わずに目を閉じる。こういう寝方をすると何時目覚めるかわかったもんじゃないが、それすらどうでも良い。

 下手すれば一日二日はまるっと寝過ごすかもしれんが構わない、

 それじゃあ、おやすみなさい。




 ◆◆◆





「端的に言って最悪だ」


 今は何時の何時だよ。

 辺りは真っ暗、だが魔力が完全回復している時点で丸一日は経過しているのが確定だ。数時間で回復してくれるほど魔力の回復速度はが早くない、回復速度促進ポーションを飲んでりゃ別だが今回に関して言えば魔力切れした際に取るべき行動の中では最悪の部類に入る対処法だったのだから回復が早い訳もない。

 完全にゼロの状態になると回復は一気に遅くなる、それこそゼロじゃなく一であったならその日の夜中に目覚める位は出来る程度には。

 しかも今回は加護だけじゃなくて普通に魔法まで使ってしまっている、普段使わない使い方をすれば無理が掛かるのは魔力も筋肉も一緒だ、結局のところ、専門じゃない奴の魔法なんて行程から結果から代償から、割に合わんものということだ。

 クソ、一回宿舎に戻ろう。

 どうせ今日はもう作業なんて出来やしない、暗くて手元が見えないし、騒音なんて出した日には枕を投げつけられるだろう。

 予定がぶち壊しだ、魔力切れした時の思考ではそれでも良かったんだろうがツケを支払うのは我に返ってからである。どの位寝てたかにもよるが、もしかしたら奴等ももう隣町から帰って来てしまっているかもしれない、今からでもエヴァの服を全部洗濯しなけりゃ約束を違えた事になる。

 いや、何時やってくれと言われた訳でもないのだからそんなこともないのだろうけれど、これは誠意の問題だ、世話になったのに礼を渋るのは違うだろう。

 床で寝たせいでバッキバキの体を解しながら俺は宿舎への帰路につく。

 街を歩けば時間はそこまで遅くない事が分かってくる、精々夕飯時と言った位か、これなら今から洗濯に取り掛かっても寝れないってことは無いだろう、それに俺自身、晩飯に肖れる。

 それに関して言えばよかったと言える。


 宿舎に戻り、まっすぐ食堂へ向かえばそこそこの賑わいを見せていて、俺に気付いたサーシャが走り寄ってきた。


「あ、ソリッシュ。おかえりなさい」

「へいへい、ただいま戻りましたよっと……早速だが晩飯くれ晩飯」

「お父さーん! ソリッシュがご飯だってー! ……お疲れだね、昨日は帰って来なかったけどどうしたの?」

「昨日って事は俺は一日で起きられたのか」


 じゃああいつ等はまだ帰ってきてないな、今日中に洗濯を終わらせれば約束は問題なさそうだ。


「起きられたって……寝てたの?」

「あぁ、魔力切れ起こしてな」

「えぇ!? 大丈夫なの? 魔力切れってすっごいキツイって聞くよ?」

「まあ問題ねぇさ。エヴァみたいに化物級の魔力貯蔵量してるってんなら話は別だろうが」


 エヴァが魔力切れ起こしたってんならそれこそ、一ヵ月どころか一年だって目を覚まさない可能性がある。

 俺の魔力量を塵と比喩したとしたらエヴァの魔力量は大陸だからな。

 アイツは百人の魔法使いが揃って初めて発動できる大魔法を一人で行使してケロッとしてる奴だ、別に無限って言われても驚くまい。


 空いてる席に適当に座ると、すぐにサーシャが色々山盛りの晩飯を持ってきてくれた。


「はい、四食分だよ。これ食べて力付けなきゃ!」

「こいつを食いきれたら俺はきっとオークに仲間入り出来る」


 なんじゃこりゃ、俺を破裂寸前の肉袋にでもしたいのか。

 山というか、塔のように積みあがった飯は四食分で留まらないだろう、十食分は優にあるんじゃないか。

 タリサじゃあるまいしそんなに食えるか。いや、タリサであっても平時はここまで食わない、大きい戦いの前に食い溜めとか言って馬鹿食いする時位しか人間離れした食欲を発揮したりはしない。

 人外染みた奴でさえそうなのに、一日飯を抜いた位で人は急にこんなに食えるようになったりはしない。

 つーか取り皿がある時点で一人前じゃないんじゃ……。


「えー? しょうがないなぁ」

「しょうがないってお前……」


 経済観念を学ぶべきだ、ただでさえ安い宿代にこんな量の飯を出してたら赤字で潰れっちまうだろうが。


「仕方ないから私が食べるの手伝ったげる」


 そう言って迎えの席に座るサーシャ。

 ……飯に阻まれて姿は見えないが、狙ってやったようで、声色から向こうでニコニコしているサーシャを幻視する。


「でもなんで魔力が無くなったの? お店屋さんの準備してたんじゃないの?」

「あぁ、ちょっと壁をぶち抜いて窓を創っててな」

「どういうことなの……」


 事の詳細を説明するとサーシャは納得の声を上げる。


「なるほどねー……でも魔法を使うならエヴァにやって貰えばよかったんじゃない?」

「あいつ等は仕事で今隣町だよ」

「あ、そっか。でも帰ってくるのを待ってからでも……」

「つーか俺の予定に誰かを頼る前提のモンは存在しねぇ」


 というか……飯が全然減らねぇな。

 結構勢いよく行ってる筈なのに未だサーシャの姿が見えない。


「またそんな事言ってー……レーナさんじゃないんだから私は貴方達とは違うんですアピールはやめてよね」

「ンな事してねぇけど……」

「エヴァは何時だってソリッシュに頼られたいんだからね。遠慮しちゃ駄目だよ?」

「なんだそりゃ。確かに誰かに頼られるっつーのは悪くねぇよ。けど頼られ過ぎりゃ話は変わってくるのは俺が一番よく知ってる。ましてや俺等は冒険者仲間じゃなくなったんだし……」

「馬鹿! ソリッシュの馬鹿! バカッシュ!」

「誰がバカッシュだ!」


 言うに事欠いて馬鹿と申すかこの小娘が。


「好きな人の為に頑張れるのは当たり前でしょうが!」

「はぁぁぁ!? まずはその前提が間違ってる事にいい加減気付け!」


 というかその理屈だとエヴァが俺の事を好きだって事になってしまうんだが。

 確かに嫌われちゃいねぇとは思うけどよ、好きな奴と話す話題に廃棄物の利用を目的とした馬糞を供物として展開する術式の話は持ち出さないと思うんだけどどう思うよ。


「全っ然間違ってないし! これだからソリッシュは! いい加減素直になりなよ!」

「つーかそういうサーシャはどうなんだよ!? 最近気になる男とかは!」

「そんなのソリッシュだよ! もう気になりまくり!」

「まさかの俺ッ! ……ハッ! 気になる男に別の女を進めてる時点で友情と恋心の違いも分かってないって言ってるようなもんだぜ!」

「そんな事無い! 分かってないのはソリッシュだ!」


 つーか気になるのカテゴリが違くねぇ?

 賑やかだった宿舎の食堂で、それ以外の声が聞こえなくなる程に年端も行かない少女とガチで言い合う男の姿が有る。

 何を隠そう俺である。

 そして飯が減らないのに胃袋の限界が近い。


「うるせぇぞソリッシュ! 喧嘩なら外でやれ!」

「相手はアンタの娘だぞ!?」

「喧嘩なら部屋でやれ!」


 屋外から屋内にステージが変更されただけじゃねぇか。まず言い合いを止めろよ。


「もうソリッシュなんて知るもんか! 馬に蹴られてしまえばいいんだ!」

「……馬に蹴られてって、タリサが言ってたやつか? それって確か恋路を邪魔した奴に使うやつじゃ……」

「うるさい、うるさい、うるさーい! 猪口才なウンチクはいらないんだ! 大事なのは伝わるかどうかだもの!」

「いや何一つ伝わってねぇよ!?」


 サーシャはそんな俺の言葉には答えず皿を掴み、大口を開けたかと思うとまだ半分以上残っていたその飯の山を流し込み、しっかり呑み込むとビールジョッキでも叩き付ける様に大皿をテーブルに置くとべーっと舌を出して厨房の方へ引っ込んでいった。

 俺はそれを唖然と見送るしかなかった、食堂内に賑やかさが帰ってくる位の間を置いてからぽつりと粒呟く。


「……どんな消化器官してんだ、あいつ」


 後からおやっさんに聞いた話だと、あの十食分はあろう飯の山はサーシャにとっては三時のオヤツ程度の量しかないらしい。食った物が何処へ消えるのか分からないと首をかしげていた。

 そういえば結構長い付き合いだが、今迄サーシャと一緒に飯とかそういう機会は無かった。というかサーシャ自身が避けている節があったけれど大食いが恥ずかしいとかそんな思惑がありそうだ。

 うっかり飯を奢るとか言っちゃうと一食で破産しそうだな……。



 まあ兎にも角にも腹は膨れた訳で、ともすれば後はすべきことを終わらせることにした。

 エヴァの服の洗濯だ。

 最早洗濯マスターといっても過言ではない俺の手際は悪くない、それ故、如何に量が有ろうとも盥と洗濯板が万全ならば二時間もあれば終わらせられる。

 だが案の定魔窟と化したエヴァの部屋に散乱する服を根こそぎ洗濯すれば乾かす場所はとてもじゃないが足りない、俺の部屋も含めて占領される。

 タリサ発案、エヴァ開発の『乾燥機』なる魔道具のおかげで夜に干しても次の日には乾いててくれるが、頭上に洗濯ものを吊るしての睡眠になりそうだ。まあこれも慣れっこなのだ。昔外に干して下着を盗まれてからずっとだし。

 どうせなら洗濯も出来る魔道具を作ればいいのにと思うが、前にそれで失敗して偉い目に遭ったから二度と開発して欲しくないとも思う。俺に全く関係ない所で誰かが発明してくれるのを祈ろう。それまでは洗濯板でいいさ。

 あ、ちなみにその下着泥は下着に爆発術式なんて仕込んでいたアホがその術式を起動して爆死した。因果応報とはこのことだな。

 それを教えられた後にパンツを頭に被せられた時にはガチで血の気が引いた。

 小一時間の説教の末に奴から聞いた犯行の動機は『ほんの出来心』だった。

 三日は口を利かなかった。

 というか、今でも術式が誤作動しないか不安過ぎるのだけれど……。

 まあ自動的に起動する訳ではないらしいから大丈夫だとは思うが。


 ともあれ、洗濯を終わらせた俺は床に就く。

 どんなに寝ても夜になれば眠くなるのが人間で、それは俺も例外じゃない。というか、寝ていたのが床な上に魔力切れによる強制的なブラックアウトであるから、むしろ疲れていると言って良い。

 そのせいだろう、横になってしまえばもう立ち上がる気にはならず、意識は夢の中に呑まれて行くのだった。



 因みに、何時の間にか皿に乗せられて大口を開けたサーシャに呑み込まれる夢で、普通に飛び起きた。

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