自殺ショー(仮)
プルルル、プルルル、ガチャッ。
『はい、こちら自殺ショーを専門に扱う、ネクストライフでございますが』
電話越しの女性は、快活で、それでいて湿度を含んだ声で応対してくれた。
「あ、あの。ネットでそちらの会社を知り、興味を持ったので電話したんですが……」
『ありがとうございます。それでは自殺志願者、という事でよろしいですか?』
「はい、もうそろそろ良いかなって思いまして……」
電話での簡単なやりとりが終わり、後日事務所に行く事になった。
医療技術の発達により、人は突発的に死ぬ事が無くなった。恨みで身体をバラバラにされようが、事故で内臓をぶちまけようが、新たな身体や臓器を提供され蘇生される。無理矢理に。
だから人は自殺、という方法でしか死ねなくなった。僕のお祖父ちゃんの更にお祖父ちゃん世代もまだ生きている。病院に行って帰ってくるたびに、新品の腕や顔を自慢気に僕に話していた。パーツごとに新旧の差がハッキリとしていて、子供の時はちょっと怖かった。
古い書物では、自殺は悪とされていたが、今となっては増えすぎた人口を減らす唯一の方法なので、異を唱える人はもういない。
ただ自殺するのも。そう考えた人達は自殺をビジネスにした。映画や漫画よりも、リアルな死を人々は求めだしていたのと上手くマッチして、商売としてのバリエーションもどんどん増えていったらしい。
僕も小さい頃に、両親に連れられて自殺ショーを観に行った事がある。まるで人気アーティストのライブの様な人の群れで、いつもより高くて生暖かい湿度に嫌気が差したのを覚えている。
大きなドーム会場で、自殺志願者は三人だった。僕達家族はかなり前の席を確保できていたが、それが逆に仇となった。僕の目の前の人が座高が高く、ちゃんと観ることができなかった。
司会者の声で進行していったショーは大盛況だった。前の席の男性の頭しか見えなかった僕は、両隣の両親の反応でショーを味わうしかなかった。
会場は歓声と血の匂いが混じり、子供ながらに少し寒気を感じていた。
それから五年後の事。母親と父親がショーに申し込みをしたのは。なんとなくは分かっていた。リビングで流れる番組も、自殺関連の物が多くなっていたし、夫婦の会話も『どうやって死のうか』なんていう類いが多かったからだ。
仲の良い友達に、その事を話したら『うちもそうだぜ』と軽く言われ、それ以降気にも留めなくなった。
ある日、夕飯を終えた後リビングに呼ばれた。テーブルの上には何枚かの書類と、笑顔の両親がソファに座っていた。
『わたし達、再来月にショーを行うわ』
母が口を開いた。とうとうこの日が来たんだなと、僕は置かれた書類に目を通した。読んでみると今まで見たことがない桁の数字が羅列していた。
『俺達、夫婦でショーをやるもんだから話題性もあるらしくてな。契約金としてその位貰えたんだ』
軽く億を超える額に驚いていた。両親の話よりも、僕は何度も契約金の額を数え直していた。
そして、ショー当日。僕は付き合ったばかりの彼女とラブホテルにいた。ショーの観戦を両親は希望していたが、中々日程が合わない彼女との性行為を僕は選んだ。
薄暗い、曲名が分からないクラシックに包まれながら僕は彼女を求めた。お互いに拙い手つきながらも、僕達は繋がっていた。
行為が終わり、時間を確認しようと携帯を覗くと大量のメッセージが届いていた。全て、両親の自殺ショーを観た友達からだった。死んだ両親よりも、目の前の裸の彼女がいとおしかったから、今は無視をすることにした。
「ねえ、大好き」
ベッドで横になっていた彼女が呟く。
「僕もだよ、大好き」
両親の死に様を大衆に観られている時、僕は愛がなんなのかを知った気がする。
「今日は御越しいただいてありがとうございます」
「これ、つまらない物ですが」
「わざわざ、ありがとうございます」
ネクストライフの会社に来て、担当者と挨拶を交わした。
「おや、もしかしてあなたは」
「はい、あの時の子供です」
担当者は知っていた。両親のショーも担当していたから、何度か家で見ていた。
「ということは、御両親の様にされますか」
「いえいえ、僕は派手なのは苦手で。こじんまりとやりたいんです」
打ち合わせは進み、計算された契約金は両親の額には程遠いものだった。
「それで、契約金の受取人はどなたにされますか」
初めて愛を知った彼女はもういない。今思えば、誰にやるか考えてなかったな。
「う〜ん、それって今決めないとまずいですか」
「いえいえ、ゆっくりご検討いただいて構いませんよ。相手の意思もありますし」
僕は家に帰ってから、携帯の連絡先を確認した。どの人も決め手に欠けていた。慈善団体に寄付も考えたが、やっぱり性に合わない。
プルルル、プルルル、ガチャッ。
「こちら、ネクストライフです」
「あ〜、すいません。ちょっとショーの日程を延ばしたいんですが……」
「ご相談ですね。今、担当者に変わりますので……」
僕は当初の予定より一年先に延ばした。そして、契約金を渡したくなる相手を探しに、夜の繁華街へと向かっていった。