渦巻く憎悪
登場人物紹介 その⑤
ミヤコ 怪人。組織で製造された猫型怪人。アホの子だが目が非常にいい
これ以上神から情報を得ることは不可能と判断した進一郎は団に戻り、パーク上層に設置された監視室に足を運んでいた。
「先ほどから何度も申し上げておりますが、不審者と思しき人影は見ておりません」
監視室の担当者である猫型怪人のミヤコは、進一郎の厳しい追及に何度も首を横に振った。
「これは昨晩に限った話ではありません。私が監視担当を任されてから一度としてないのです。何しろここは難攻不落のブラックシネマパークですから」
ミヤコは団内で製造された生後半年の雌の怪人で、普段は自らのアイデンティティーとして語尾に「にゃあ」とつけている。そんな彼女だが、直属ではないとはいえ上司の前ではさすがに言葉を慎んでいる様子だった。
「難攻不落……ね」
人が造ったものである以上、攻め落とせない要塞など存在しない。
しかしブラックシネマパークが鉄壁であることは否定できない事実だ。先のデビルドラッグ団の奇襲も、団員総出の大騒動ではあったものの、地上にある映画館を少々破壊する程度の被害しか出せていない。
「見てくださいこのモニターの数を。この包囲網を抜けて賊が団内に侵入するなど不可能ですよ」
ミヤコに促されて進一郎は前方のモニターを注視する。
団内の各所に設置された百を越える監視カメラ、そのすべての映像が監視室のモニターに映し出されていた。
「……これだけ数が多けりゃ見落とす可能性もあるだろう」
「私の能力をバカにしてもらっては困ります。知らない顔を見落とすなどということは決してありえません」
ミヤコは薄い胸を大きく張って主張した。
こと眼に関してはミヤコの右に出る怪人はいない。
そのことは進一郎も承知しているが、眼の良さに反比例して頭が残念であるということも重々承知していた。見てはいるが忘れてしまっているという可能性も十分ありえる。
「カメラの映像は残してあるだろう。そいつを全部こっちに回してくれ」
とはいえ、これ以上ミヤコを追求しても有益な情報は得られまい。
進一郎は事件当日の映像の入ったテープをすべて紙袋に詰めると、それを引きずるようにして監視室を出た。
監視室を出ると、すぐに真理恵に遭遇した。
理由は不明だが不機嫌そうな顔でこちらを凝視してくる。
「ミヤコちゃんは私の部下なんだから、会うときはちゃんと私に許可をとってください」
「おまえの部下と話をするのに、いちいちおまえの許可を取らなきゃならん理由がまるでわからん」
真理恵の直属の部下は警備担当だけでもざっと数えて五十名以上いる。話をする度にいちいち許可を取っていたら日が暮れる。
「私の部下は美人揃いですから。エッチな進ちゃんにセクラハされないか心配なんです」
「生後半年のガキだぞ。俺は製造に立ち会ってもいる。アホなことを言ってないでテープを運ぶのを手伝ってくれ」
執務室にテープを運ぶ最中、未だ機嫌の直らない真理恵はその後もぶつぶつと小言を呟き続け、進一郎の気を滅入らせた。
※
ブラックシネマから再度の泊まり込みの許可を得た進一郎は、通常業務を手早く片づけると、執務室に備え付けられたビデオでミヤコから提供されたテープを再生し、その内容をあらためていた。
近年の監視カメラはHDDによる映像の保管が主流だが、ブラックシネマ団は頭領の意向により磁気テープを採用していた。
経済的にはHDDに軍配があがるだろうが、映像の保管という一点においては未だ磁気テープに勝る媒体はない。近年は技術の進歩により画質も良く、大容量化のおかげで取り替えの手間も少ない。
監視カメラの映像など本来残しておくようなものではないかもしれないが、今回のようなケースでは非常に助かる。進一郎は主の趣味に感謝した。
「進一郎さま、お忙しいところ失礼します」
事件当日の団内の映像を注意深く眺めていると、布留火が熱いコーヒーを煎れてやってきた。
布留火は進一郎の帰宅が遅いと必ず様子を伺いにやってくる。その気遣いに彼はいつも感謝していた。
「申し訳ございません!」
布留火が、地に頭がつかんばかりの勢いで謝罪してきたのは、進一郎が感謝の念を言葉にしようとしたちょうどその時だった。
「昨晩は取り乱してしまいまして……進一郎さまにとんでもない無礼を働いてしまいました。この罪、いかようにも罰していただいても構いません」
先日のパフパフ騒動のほうがよほど無礼だが、また話がこじれそうなので口にするのはやめておく。
「その件は私が悪かった。君の能力については信頼しているはずだったのにな。思い返せば、あの時は自分もそうとう焦っていたのだろう。口調もつい荒くなってしまった」
進一郎が頭を下げると、布留火は慌てて頭を上げてくださいと懇願する。
その後も布留火は恐縮しきりであったが、互いに悪いところがあったということで手打ちにしようという進一郎の提案を、最後はどうにか受け入れてくれた。
「昨日の団内の映像ですか?」
めでたく仲直りした二人は、監視室から徴収してきた映像を一緒に確認していた。
「ああ。上層から順番に観ているのだが……どうにも違和感が拭えない」
ちょこんと隣りのソファに座った布留火からの質問に、進一郎は歯切れ悪く答える。
映像に不審な人物は映っていない。普段通りの団内の日常が余すところなく映し出されている。
――しかし、この映像はどこかおかしい。
一見おかしくなさそうに見えるが、決定的な何かが欠けているように思えてならない。しかし、それを上手く口で説明できないのが歯がゆくて、進一郎は爪を噛んだ。
「布留火は思うのですが、左反さまの部屋の映像を確認するのが先決なのでは?」
「それはメインディッシュとして残してある。異常の有無に関係なく、すべての映像をこの眼で確認すると決めていたからな」
そこの映像を確認してなんの異常もなかったとしたら、他の映像をあらためる気力がなくなりそうなのであえて取っておいたのだが、布留火としては手早く事実関係を確かめたいであろう。
進一郎はテープを取り替えて、左反の部屋だけを監視するよう特別に用意したカメラの映像を映した。
「……左反さん、出てきませんね」
「正午6時頃の映像だからな。そのうち腹を空かして部屋から出てくるさ」
しかし進一郎の見込みとは裏腹に、左反の姿はいっこうに映らない。人通りもまるでなく、早送りしても物言わぬ電子ロック式のドアが延々と映し出されるだけだった。
「おかしい。そろそろ9時過ぎだぞ」
いくらなんでもこの時間までまったく動きがないということはありえるのだろうか。
進一郎もさすがに焦りを感じてきたちょうどその時、扉の前にようやく人影が映った。
人影は女性だった。金髪碧眼の美少女で、清楚なローブに包まれた豊満な肢体に大きな白蛇を巻き付けていた。
有り体に言えば真理恵だった。
真理恵は左反の部屋の前でピタリと止まると、こちらに振り向き満面の笑みを浮かべながらピースサインを飛ばしてきた。
「ちょっとあいつを呼んでこいッ!!」
※
そんなこんなで十数分後。深夜警備をしていた真理恵を半ば強引に執務室に連行し、幹部二人で取り囲んだ。
「え? 何なに? いったい私になんのご用事ですか!?」
訳もわからず拉致された真理恵は、怖い顔をしてこちらを見つめてくる二人に怯えながら状況の説明を求めてくる。
――説明を求めているのはこっちのほうだ。
進一郎は先ほどの映像を真理恵に見せると、脅すような口調で事情の説明を要求した。
「これ……先週の映像ですよ。左反さまのために専用の監視カメラを設置したから、ちゃんと映っているかなって確認したんです」
進一郎は思わず布留火と顔を見合わせる。
「それは本当か!?」
「嘘なんてついてどうするんですかあ」
ぼやく真理恵の様子を後目に、違和感の正体にようやく気付いた進一郎は、慌てて他のテープにも目を通した。
「これも……これも……これも……全部、先週の映像じゃねえかっ!」
動きの少ない住居区域の映像はともかく、人通りの多い上層の映像を注意深く観察してみれば、この映像が先週のものであることは明白だった。
特にこの集団食堂の映像。端のほうに先週喧嘩をして始末書を書かせたデューク・シャークの荒々しい姿が克明に映っているではないか。この映像をずっと今週のものと思って観ていたのだから先入観というのは恐ろしいものである。
「あのクソ猫め、渡すテープを間違えやがったな」
「ですがラベルに書かれた日付は今週のものになっていますね」
布留火の言うとおり、ラベルの日付自体は今週のものになっていた。そうでなければさすがの進一郎も気付いている。
だから、テープの管理者であるミヤコがラベルを書き間違えたか、それとも――
「……確認する必要があるな」
「ミヤコちゃんのことをクソ猫って言うのはやめてください」
真理恵の文句を無視して進一郎は再び監視室へと向かった。
「テープの持ち出しは管理者である自分を通してください!」
怒るミヤコを無視して、今度は自らの手で保管庫から先週のラベルのついたテープを引っ張り出し、素早く執務室へと戻る。
「やっぱりそうか」
持ってきたテープを再生してみると案の定、今週のテープと同じ内容だった。
つまり今週の日付のついたテープは、先週のテープをダビングしたものなのだ。
「ミヤコが裏切ったのか?」
「馬鹿言わないでください! 彼女の身元は明らかです!」
即座に反論してきた真理恵の言うとおり、ミヤコはブラックシネマ団純正の怪人だ。だからこそ団内警備という重要な仕事を任せている。
しかし、だからといって裏切っていないという証拠にはまるでなっていない。親を殺す子など今のご時世ではありふれている。悪の組織なら尚更だ。
「本物のテープを捜そう。まずはそこからだ」
本来ならミヤコを拷問して吐かせるのがてっとり早いのだろうが、今はまだ確証もなくその段階には至っていない。進一郎は二人に彼女の身辺を洗うよう命じると、今日のところは解散を告げた。
※
「……俺の考えは間違っていなかった」
閑散とした執務室で進一郎は独りほくそ笑む。
団内に裏切り者がいることは残念だが、これでこの殺人は神ではなく人の手によるものであることが確定したのだ。
――つまりは、人の手で裁けるということ。
進一郎は拳銃を引き抜くと、練習用のダーツの的に次々と弾丸を撃ち込んでいく。
「裏切り者よ。神に祈れ」
十字の形に綺麗に撃ち抜くと、的は四つに割れて崩れ落ちた。
左反を殺した犯人もいずれはこの的と同じ運命を辿らせてやろう。進一郎の心中にはドス黒い悪の感情が渦巻いていた。