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登場人物紹介 その③

世具外臼よぐそとうす 神。絶対者。その御手に掛かりしは天寿を全うするのと同義

 木製のドアを軽くノックする。ブラックシネマの了承を得ると進一郎は「失礼します」と断りを入れてから書斎に入って一礼した。

 ブラックシネマは山のように貯まった書類から目を離すと、指を組んで進一郎の方に向き直る。

 進一郎は片膝をつくと左反に関する近況を報告した。


 魔王ルシフェルこと左反正右がブラックシネマ団に滞在してから三日が経過した。

 滞在中の左反は好奇心は旺盛なものの誠実かつ真面目で、特に大きなトラブルを起こすようなこともなく、仲良くなった団員の仕事をよく手伝っていた。団内では早くも気さくで物知りな優しいおじいさんだと評判が上がっている。

 二日目に左反が外出したいという要望を出した時はさすがに緊張したが、帯同した真理恵からの報告も「異常なし」の一言のみ。

 すっかり平和になった現代社会、街中で不良に襲われるのは自分ぐらいということか。何はともあれ進一郎の心配はまったくの杞憂に終わった。


「頭領とはあまりお会いになられていないご様子ですが、よろしいのでしょうか」

「忙しい旨は伝えてあるからね。それに今晩は一緒に飲む約束をしている」

「それではさっそく酒宴の席を準備いたします」

「君は何を言っているんだ。一緒に飲むといったら屋台のはしごと相場が決まっているではないか」


 ――そっちこそ何を言っているんだ。

 地獄を代表する重鎮中の重鎮が屋台をはしごするなどとは前代未聞。外出するにしても、もう少し気の利いた場所があるというものだ。


「夜間の外出は危険です。警護を任された身としては容認しかねます」

「親のようなことを言うでない。君の警護任務はあくまで勤務中のみだ。アフター5ぐらいは好きにして構わんよ」


 進一郎はその場で主を怒鳴りつけて説教したい衝動を懸命に堪える。

 現状を報告しろだの万一のことがないよう気を配れだのといった地獄からの書状がうんざりするほど来ているのだ。外出、それも夜間とあらば嫌がおうにも慎重にならざるをえない。


「布留火くんも言ってたが、君は本当に心配性だな。最強の悪魔である我らニ柱をどうこうできる相手が、果たしてこの地上にどれほどいるというのだろうかね」


 ――可能性はゼロではない。

 進一郎はそう考えていた。


 元が悪魔であろうと、どれだけ強かろうと、いま現在は人なのだ。事前に綿密に準備しておけば暗殺は十分に可能。これは決して机上の空論ではなく、先日自らの手でデビルドラッグ団の頭領を暗殺した経験から来るものである。

 とはいえ、悪魔が暗殺者に怯えて引きこもるというのも滑稽な話だし、何より悪の組織としての美学に反する。


「進一郎くんも一緒にどうかね」


 ブラックシネマは二年前のあの日と同じように視界から消え、いつの間にか進一郎の背後に立っていた。

 悪の世界にその名を轟かせた『不可視インビシブル魔人デモン』の実力は未だ健在である。


「たとえ断られようともついていきますよ」


 社会の規則に囚われるな。自分のやりたいことをやりたいようにやれ。風のように自由に、それが悪の組織のポリシーである。

 主の我が侭を聞くのも従者の務め。ため息をつきながらも進一郎は、今日のところは折れてブラックシネマの言い分を呑むことにした。


 それは、進一郎が犯した初めてにして致命的なミスだった。


 本人にその気はなかったであろうが、周囲の態度や三日間の平穏が進一郎の心にわずかな油断を生じさせたのだ。普段の彼であれば頭領に楯突いてでも夜間行動は控えさせたはずなのだ。好きに遊びたければ隠居してからにしろと左反をたしなめたはずなのだ。当初からわずかながらに楽観視していたツケが今ここで来たのだ。

 しかし彼の油断と慢心を責めることはこの世の誰にもできない。左反があの日、あの晩、ブラックシネマと共に外出するのは、人に在らざる者の手によって仕組まれた運命なのだから。


                 ※


 にぎやかな夜の繁華街を進一郎は二人の老人に囲まれて歩く。


「悪いねえ進くん、君ぐらいの年頃なら両手に華といきたいところだろうに。今はさしずめ『両手に枯れ木』といったところかな」


 と言ってけらけら笑うのは左反。この三日間ですっかり仲良くなって冗談を言い合うような間柄になっていた。


「枯れ木も山の賑わいということわざもあります。もしかしたら花が咲くこともあるかもしれませんよ」


 もう一人の眼帯をつけた老年の紳士はブラックシネマ。普段のカメラ頭ではさすがに目立ちすぎるので改造を解除してもらっている。できれば眼帯もどうにかして欲しかったが、かつて神と戦った際につけられた傷なので修復不能とのことだった。

 ちなみに左反の護衛である真理恵は今回は通常業務にあたってもらっている。万が一にもないと思いたいが、ブラックシネマが全開で戦うという事態になれば、進一郎は彼のサポートに専念しなければならない。その場合、真理恵は足手まといになりかねないので置いてきたのだ。

 なので今回は正真正銘、男同士の付き合いということになる。セキュリティ云々を抜きにすれば、進一郎にとって決して明るくない地獄の事情を知る絶好の機会である。


「なあエル。おまえさ、本名はなんて言うんだ?」

「私の真名は知っての通りバエルです。民草からバアル主人ハダトと呼ばれていた時代もありましたが」

「そうじゃなくて、地上での登録名だよ。まさか戸籍にブラックシネマと書いているわけではあるまい」

「書いてます。ブラックシネマは通名ではなく本名です」


 おまえは馬鹿かと笑いながら、酒が入ってすっかり出来上がった左反はブラックシネマの頭を何度も無造作に叩く。

 適当に選んだ屋台に入って飲み始めてから小一時間。二人はこのようにたわいない話を終始続けていた。当初期待していた、進一郎の興味をひくような情報は一切出てこない。

 ――そう簡単に機密を漏らすわけがないか。

 ルシフェルとバエルといえば地獄を代表する大悪魔中の大悪魔だ。敵に知られれば地獄にとって大きな不利益になる情報も多数抱えている。となれば、当然口も堅くなる。召喚すればすぐにベラベラとしゃべりだす自称博識の下級悪魔たちとは背負っているものが違うのだ。


「どうした進くん、さっきからずっと黙りじゃないか。わしらは他人より多く年を食ってる分物知りだ。聞きたいことがあれば遠慮せずなんでも聞いてくれ」


 緊張しているようなら身体に酒を入れるべきだと左反が焼酎を勧めてくるが、進一郎はそれをやんわりと断る。未成年ということもあるが、酔っぱらってしまうと警護に支障が出る。

 とはいえ左反の言う通り、せっかく帯同しているのに何も話さずに終わるというのもつまらない。進一郎は少し思案した後に、今までずっと気になっていた疑問を投げかけてみた。


「左反さんは、どうして神に反旗を翻したのでしょうか」


 地獄の内部事情に無関係で、かつ進一郎がどうしても知りたいことと言えばこれしかなかった。

 思想の違いで神と仲違いして堕天したというのが世間一般の認識だが、詳細も真偽も一切不明。真実はルシフェルである左反本人しか知り得ないことなのだ。


「うむ……」


 左反は真顔に戻り、少しだけ悩む素振りを見せる。

 話すことを躊躇うということは、やはりあまり触れられたくないデリケートな部分なのだろうか。


「軽々しく人に話すようなことではないが……先日、君の過去を聞いておきながら、わしだけ教えないというのも失礼か」


 義理堅い左反ならそう言ってくれると思っていた。進一郎は内心ほくそ笑む。

 何の背景もない十七のクソガキと地獄を統べる魔王の過去。情報の価値としては比べるまでもない。実においしい取引だ。


「知っての通り、わしはかつて天使として敬愛なる神に仕えていたのだが、以前よりあの御方の行動に不信の念を持っていてな。地上で大洪水を起こした事を契機にご自重なされるよう上訴したのだよ」

「それで神の怒りを買い、地獄へ堕とされたと?」

「世間ではそう思われているが実は違う。この時、堕天したのはなんと神のほうなのだよ」


 驚いた進一郎は烏龍茶の入ったコップを落としかけて慌てて持ち直した。


「驚いただろ。一番驚いたのはこのわしだ。半狂乱で堕天して、神を探して永い月日を彷徨ったよ。幾度か見つけて戻ってくるよう懇願したが一切聞き入れられず、次第にわしは神を憎むようになっていった」

「では、地獄を統一してまで作った悪魔の大軍団は……」

「神を捕縛するために結成した。だが無駄だったよ。神は全知全能。わしら如きが束になったところでどうにかなる相手ではなかったのだ」

「ちょっと待ってください! では過去数度に渡って起きた天界との聖戦はいったいなんだったのですか?」

「懇願も実力行使も駄目なら次は天界を改善するしかなかろう。度重なる地上への介入もその後の堕天も、少しずつ腐敗を始めていた天界への不満からだからな。一度制圧してから作り直そうと思ったまでよ」


 左反の口からあっさりと明かされたとんでもない過去に、進一郎は心の動揺を隠すことができなかった。

 聞いてはならない真実を聞いてしまったような気がした。軽い気持ちで尋ねたのだが、これはとんでもない爆弾だ。扱い方次第では今の地獄の体制が消し飛びかねない。


「てっきり神に対する愚痴でも聞かされるとばかり思っていましたよ。何故、そこまでして、神に戻ってきていただかねばならなかったのでしょうか。私には理解しかねます」

「それが天使の存在意義だからだよ。残念ながら天使の間でも君のような考え方が大多数だけどね」


 左反が神によって直接創り出された純天使であることは知っていたが、よもやここまで執着しているとは思わなかった。この三日間で左反のことを理解したつもりでいたが、人と天使は同じように思えて、やはり決定的に価値観が違うのだろうか。

 進一郎が言葉を失っていると左反は酒を片手にどこか遠い目で語り続ける。


「昔の話だよ。神の気持ちも今なら理解はできる。魔力に溺れ、生きるための努力すべてが不要となった天使たちはただ美しいだけのつまらん存在だ。短い生命で毎日を必死に生きる地上の人間たちの醜さに魅せられたのも無理からぬこと」


 わしもそうなりかねなかったのであまり地上には出なかったのだがね。左反は笑って酒をあおる。

 ――俺は大きな思い違いをしていた。

 左反は進一郎が思い描いていたような野心家ではなかったのだ。ただただ使命に忠実なだけの天使にすぎないのだ。


「頭領は、この事実を知りながら左反さんに協力していたのですか?」

「もちろん。もっとも私は、ただ本物の神と戦ってみたかったというだけなのだがね」


 その結果がこの有様だと眼帯を指さしブラックシネマも笑う。

 民衆に崇め奉られていい気になっていた土地神の哀れな末路だとおどけるが、酒の入っていない進一郎はとても笑う気にはなれなかった。


「断っておくが、私は神に対する恨みなどまったくないよ。全身全霊をかけて戦ったのだから悔いもない。結果、神の座も信徒もすべて失い悪魔と呼ばれるようになったが、いっそ清々しい気分だ」


 ブラックシネマの言葉に嘘がないことを進一郎は誰よりもよく知っている。

 権力にも勝敗にも拘らない。ブラックシネマ団は結果ではなく過程を求める集団であり、だからこそ進一郎は入団したのだ。


「こいつは諦めが良すぎるんだよ。唯一神を決める頂上決戦に負けたんだからちっとは悔しがれってんだ。くそったれ、あっさり地獄を捨てて地上に出ていきやがって」

「あなたの諦めが悪すぎるのですよ。私のように新たな野望を抱くことをお勧めします」


 左反の地上来訪をブラックシネマが喜んだ理由が今なら理解できる。

 ブラックシネマは左反が神とのわだかまりを捨てて自分の人生を歩むことを望んでいる。おそらくは今回の地上来訪のために相当な根回しをしたことだろう。左反はその気持ちを汲んで、あえて感化されかねないこの地上へと足を運んだのだ。二人は盟友であると同時に親友だったのだ。

 その事実に気付いた時、進一郎は席を立ち、左反に頭を下げていた。


「先日は事情も知らずに無礼な言葉を吐きました。我らブラックシネマ団一同、左反さんの悲願が達成される日を心待ちにしています」


 左反は下げたまま上げようとしない進一郎の頭を平手で何度もひっ叩きながら、


素面しらふの奴はこれだからいかん。酔っぱらいの戯言など話半分に聞いとけ」


 と言って近くにあった焼酎の瓶を掴んでラッパ飲みした。


                 ※


 すっかり泥酔しきった左反に肩を貸しながら、進一郎は酔い醒ましのために夜の公園を散歩していた。

 あれからさらに数件ほど屋台をはしごしたが、さすがに左反は飲み過ぎだった。地獄の君主も酒には勝てないということか。


「酒は飲んでも飲まれてはいけませんよ」


 進一郎の声にもまったく反応しない。酔っぱらいすぎて、すでに起きているかどうかも怪しい状態だ。


「いいことさ。酔っている間だけは神のことを忘れられる」


 ブラックシネマの左反にかける声は優しい。

 これでも普段は惰眠を貪る豚どもは一刻も早く死ぬべきと断ずる苛烈な魔人なのだが、やはり彼にとっても左反は特別な存在なのだろう。


「団に戻って休ませるべきでは?」

「そうしたいのはやまやまだが、今夜はオールナイトと言って聞かんのだ」


 主君の我が侭を聞かねばならぬのが臣下の辛いところだと進一郎の気持ちを代弁するような愚痴を吐いて、ブラックシネマは大きなあくびをする。彼もかなりの量の酒を飲んでいるのでそろそろ眠気が襲ってきているようだ。

 この状態で刺客に襲われたら危険かもしれないと考える進一郎からすれば、一刻も早く団に戻りたいのだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。


 しばらく公園を散策していると憩いの広場に到着した。

 ここには遊具だけでなくトイレやカップルたちが愛を語り合うベンチも数多く設置されている。

 少々場違いではあるが、進一郎たちはしばらくここで左反を休ませて様子を伺うことに決めた。


「お気分はいかがでしょうか」


 ベンチで横になった左反は、進一郎の呼びかけに口ではなく手を振ることで応える。

 大丈夫だというジェスチャーだろうがぜんぜん大丈夫ではないことは一目瞭然だった。


「頭領、やはりそろそろ帰るべきかと思われます」


 さすがにこれはまずいと思ったのか、ブラックシネマは進一郎の進言に検討する素振りを見せる。

 その時だった。虚ろげだった左反の目が突如、かっと大きく見開かれたのだ。


「馬鹿な、そんなはずがっ!」


 周囲の奇異の目をお構いなしに大声で叫ぶ。

 そして今までの泥酔ぶりが演技だったかのように勢いよく跳ね起きると、今度は落ち着かない態度で、目をあちこちに動かしながら周囲を警戒し始めた。

 幻覚でも見ているのかと慌てた進一郎が左反の身体を抑えつけると、すぐに態度を改めベンチに座り込む。


「いかがなされたのですか?」

「いや……何でもない。よく知った気配を感じて、つい取り乱してしまった」


 迷惑をかけてすまないと二人に謝罪すると、左反は迷いを断ち切ろうとするかのように頭をぶんぶんと大きく振った。


「わしの勘違いだった。耄碌したものだ、やはり引退が近づいているのかもしれん」

「勘違いではないよ」


 後ろから投げかけられた声に、三人はすぐさま対応した。

 進一郎は振り向きざまに懐に隠したサイレンサー付きの自動拳銃を引き抜き相手に向ける。この薄闇の中ならたとえ撃ち殺したとしても、平和ボケした周囲の一般人には何が起きたかわからないであろう。


「殺気はないようだが……いったい何者だ?」


 進一郎は銃口を相手に向けたまま、慎重に問いかける。


 声の主は中年の男性だった。

 伸びっぱなしでまったく手入れのされていない髪と髭。よれよれのシャツにくたびれたジーンズといった出で立ちの、有り体に言えば浮浪者だった。首に十字架のネックレスを下げているのが目に付くが、あのような風体でもファッションに関心があるのか、それとも単に信心深いのか。進一郎には判断しかねる。


「何者かと問われると、僕には答えようがない」


 浮浪者が質問に答える直前、ブラックシネマは拳銃を握った進一郎の腕を押さえて下げさせた。


「自分でもわからないんだ。どうして僕のような者がこの世に存在しているのかを」


 こいつはヤバい――進一郎は戦慄した。

 オカルトめいた特殊能力など一切持ち合わせていないつもりだったが、生まれた頃より培ってきた直感が激しい警鐘を鳴らしていた。

 進一郎は射殺の許可を得ようとアイサインを送るが、ブラックシネマはゆっくりと首を振る。


「その御方は君が、いや我々がどうにかできる相手ではないよ」


 その一言で進一郎はすべてを理解した。

 目の前で幽鬼のように立ち尽くすこの浮浪者が『神』であるという事実を。


「ひさしぶりだねエル。神殿を造ってもらったとき以来かな」

「神もお変わりないようで何よりです。いや、胸元を見るところ、少しお洒落になりましたかな」


 悪魔の宿敵と相対しているにも関わらず、ブラックシネマは平素と変わらず流暢に神と会話する。

 恨んでいないことは知っていたが、ここまで友好的というのも少し意外だ。神の方もどうやら悪魔を目の敵にしているようではないようだ。


「それにしても珍しい。我々の前には滅多に姿を現さないのに。いったいどのような風の吹き回しで?」

「愛しい我が子が久方ぶりに地獄より這い出てきたのだ。歓迎せずにはいられないよ」


 ――なるほど、そういうことか。

 三者の視線が一斉に左反に向けられる。


「すっかり酔いが醒めましたわ。薬要らずで結構なことです」


 左反は先ほどまでの赤ら顔を途端に蒼白にして、震える声で神に応じた。悪魔としてはこちらの反応のほうが正しいだろう。


「わしの前に現れたということは、天界にお戻りになる気になられたということでしょうか」


 左反の質問に神は答えない。


「今さら捨てた地には戻れぬというのであれば、我らが天界を破壊いたしましょう。無人の荒野であれば余計な気兼ねも不要でしょう」


 狂気をはらむ左反の提案にも神は応じない。

 ただ静かに、過ぎ去りし過去を懐かしむかのように、


「また会えたね」


 投げかけられた神の声は、先ほどまでの鬱々とした感じの一切ない、深い慈愛に満ち溢れたものだった。


「……おひさしゅうございます」


 左反はその言葉を最後に膝を折りその場で泣き崩れた。

 ブラックシネマは左反の気持ちを汲むかのように、彼の肩を優しく抱いた。

 運命の出会い。感動の再会。

 しかし進一郎は、堅く握ったままの拳銃を手放せずにいた。


 直感が告げていた。神を名乗るこの男が、組織に大きな災いをもたらす危険な存在であると。

 叶うことならこの場で射殺しておきたいと。


 しかし理性はそれを許さず、親子の再会を素直に喜んでやれと進一郎を窘めるのだ。


 ――くそったれ!


 直感なんて当たりゃしない。

 進一郎は拳銃にセーフティをかけて乱暴に懐に戻すと、大きく天を仰いだ。

 蒼白い月が進一郎のことを愚かな道化と嘲笑わらっているような気がした。

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