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ブラックシネマ団

 基地内の細長い廊下を進一郎は力強い足取りで進んでいく。

 漆黒のタキシードを身に纏い、手には魔術の宿った仕込み杖を、肩には紅蓮の外套をたなびかせ、右目にはヨーロッパから輸入してきたモノクルを装着していた。

 これから始まる就任式のための正装であり、すべてを着用するのは初めてのことだった。

 廊下の先には布留火が珍しく緊張した面もちで待ち受けていた。


「バエルさまがお待ちしております」


 進一郎は無言でうなずくと、布留火に連れられて場内へと入場した。

 式典のために用意された大広間には、ブラックシネマ団の正規構成員四千六百五〇名すべてが、物音ひとつ立てず静粛に進一郎たちを待ちかまえていた。


 壮観だった。

 ただそれ以上に、日ごろ勤務中にも関わらず食堂で酒をあおってくだを巻いているような連中が、やけに真面目くさった態度なのが可笑しかった。

 あのデューク・シャークですら真剣な面持ちでこちらを見ているので、進一郎は思わず吹き出してしまいそうになる。


「では、これより二代目ブラックシネマ就任式を始めます」


 こちらはこちらで、まったく不似合いな真紅のドレスに身を包んだ真理恵が壇上で、普段の間抜けさからは想像もつかないほど厳かな態度で式の開始を宣言していた。


 ――おまえら、揃いも揃って俺を笑い死にさせる気か。

 そんな内心をおくびにも出さずに、進一郎もまた神妙な面もちで壇上にあがると、粛々と式を進行させていった。


「これより二神進一郎にブラックシネマ就任の証を進呈する」


 バエルはすでにカメラ型の頭部を捨てて隻眼の老紳士へと戻っていた。

 その手には映画撮影用の三脚が握られているが、これが就任の証ということらしい。


 ちなみに頭領の証であるこの三脚。進一郎が団を継ぐことを決意した後に思いつき、急遽用意したものだとのこと。もともと代替わりなどというのは考えておらず、自分が死ねば組織はそこまでと考えていたようだ。

 一代限りのはずだった組織の後継者に任命されたことを誇りに思いながら、進一郎は膝をつきバエルが持った三脚を両手で大事に受け取った。


 ――三脚がなければカメラは立つことができない。


 それは頭領だけでは組織は成り立たない、仲間を大切にしろという戒めをこめたものだった。

 どこにでもあるただの三脚だったが、団を継ぐ者が受け取るのにこれ以上の物はないと進一郎は思った。


「最後に二代目からの挨拶がございますのでご静聴ください」


 布留火に促され進一郎は前に出る。

 この後、就任の挨拶と決意表明をして式はしめやかに終了する予定なのだが、それではつまらないと考えた進一郎は、あえてその段取りを無視した。


「諸君、この世は『正義』に満ち溢れている!」


 杖を掲げて大声を張り上げる進一郎に、会場は一瞬どよめいた。


「誰も彼もが声高々にそれを口にし、それになりたがる! そして悪と定めた者を非難し徹底的に排除することに喜びを見出すのだ!」


 事前に用意した台本とはまるで違う内容に、布留火と真理恵は困惑の顔を向けてくるが、進一郎は無視して演説を続ける。


「テレビをつければ著名人が悪人を激しく糾弾し、正義のヒーローが容赦なく悪の怪人を駆逐する! 『悪』とは公的に攻撃することを許された弱者であると言い換えてもいい。諸君らが所属している組織がまさにそれだ!」


 進一郎の身を案じて止めようとした真理恵を、バエルはそっと手で制した。

 薄笑みを浮かべたその顔には、自分の組織なのだから好きにさせてやれと書かれていた。


「諸君らが我が団に所属している理由は様々だろうが、私のように自ら望んでこの道に踏み込んだ変わり者はそうはいないであろう。そのほとんどが社会的に迫害されてこの道を選ばざるをえなかった者か、さもなくば団内で製造され、それ以外の生き方を知らなかった者だ。諸君らの身の上には同情せざるをえない」


 錬金術を倫理から外れた異端であると糾弾され学会を追われた國生は、改めて指摘されたその事実を痛感していた。

 そんな國生に生み出されたミヤコとクローディアは、抗がうことのできない現実を突きつけられたかのように、ただただ呆然としていた。


「はっきり言おう、諸君らは弱者だ!」


 場内がふたたびどよめく。所々から演説に対する抗議の声が飛び交う。

 しかし進一郎はいっさい弁明しなかった。自分に向けて放たれた数々の罵倒の言葉を、ただ無言で受け止め続けた。


 我慢に我慢を重ね、自らの言葉が場内に十分に浸透するのを待ってから、進一郎は意を決して叫ぶ。


「だからこそ、強くなれっ!」


 場内のどよめきが止まった。

 進一郎は鋭いまなざしで周囲を見回しながら続ける。


「諸君らは確かに弱者だった。だが今はどうだ? 入団経緯こそ消極的であろうとも、現在ここにいる団員すべてが同じ野望を抱き、自らの意志で己が職務に積極的に臨んでいると! 常に自らを研鑽し、少しでも弱い自分を強くしようとしていると! 私はそう信じている!」


 ――もちろんこの私自身もだ!

 紅蓮の外套をはためかせ、鍛えあげられた腕を大きく前へと突き出す。


「強くなれ! 強く在れ! 強者に牙剥く誇り高き弱者であれ! 『正義』に屈しぬ『悪』となれ! そして愚かな強者ぶたどもが弱者われらを支配するために生み出した、腐りきった秩序システムを破壊するのだ! 我らが『悪』が世界を征服するのだ!」


 ――立ち上がれ諸君! ブラックシネマの名の下に!


 広げた手のひらを固く握り締め、進一郎は高々とその拳を振りあげた。

 歓声があがった。会場は興奮の渦に包まれていた。進一郎の見事な演説に、団員の心は一つにまとまっていた。

 てっきり反発するものと思われたデューク・シャークが、大泣きで仲間たちと共に「ブラックシネマ!」と連呼する姿を見て、進一郎は堪えきれずにとうとう壇上で笑いだしてしまった。


 ――どいつもこいつも、本当に単純な奴らだ。


 しかしそんな彼らのことが進一郎は大好きだった。

 バエルという大きな柱を失い、これから混迷を極めるであろうブラックシネマ団だが、仲間たちのためならこの身のすべてを捧げて尽くすのも悪くないと思えた。


                 ※


 いっこうに収まらない歓声を背に受け、進一郎は真理恵にエスコートされ壇上を降りて帰路につく。


「なかなかいい演説だったわ」


 会場を出ると、すぐに黒いドレスの見慣れた顔が立ちはだかった。


「ラウムか。まだ団内にいたのか」


 すぐに臨戦態勢をとった真理恵が前に出るが、進一郎はそれを口で制して下がらせる。


「前言は撤回するわ。あなたならきっと素晴らしい悪の組織の頭領になれる」

「世辞はいい。俺は貴様の言うとおり優しい男なのかもしれんが……甘くはないぞ。地獄からのスパイとして今後も我が団の安全を脅かすようであれば、団員の未来を護るため貴様を始末するのに迷いはない。死にたくなければ早々に立ち去れ」

「その優しさを見込んで、本日はお願いに参りました」


 ラウムは膝をつくと、あろうことか下等な人間であるはずの進一郎に頭を下げた。


「私をもう一度、ブラックシネマ団に入団させてはいただけないでしょうか」


 進一郎は顔をしかめた。

 来る者は拒まず去る者は追わずが信条ではあるが、ここまでずうずうしいと例外を設けたくなる。


「理由を言え。貴様は地獄の伯爵だろうが。部下たちのところになぜ戻らん?」

「魔王は死にました。これからの地獄は戦乱の世となることでしょう。力なき我が軍勢が生き残る術はなく、今さら戻ったところでまた卑しい盗賊家業に舞い戻るのが関の山でしょう」


 非常に納得できる返答をもらい、進一郎はラウムを鼻で笑った。

 たとえそうであったとしても、いやだからこそ、部下のために地獄に還るのが主君の務めであろうが。


「心配は要らん。我が主であるバエルさまが決してそうはさせん。あの御方こそが真の魔王。地獄は新たな統治者を得て、速やかにその秩序を取り戻すことであろう」

「それでも私は還るわけにはいきません。その新たなる統治者の代わりに、あなたの野望の行く末を見届けなければいけませんので」


 進一郎は眼を見開いた。


「もしかして、バエルさまに頼まれたのか?」

「同時に今は亡きルシフェルの命でもあります。私の任務は『ブラックシネマを見守り、その野望の手助けをする』こと。その任は未だ解かれてはおりませんので」


 ――なるほど、そういうことか。

 ラウムは左反が、受肉し人となった盟友の身を案じて送り込んだ助っ人だったのだ。

 バエルの魔眼を欺き、長年に渡るスパイ活動など果たしてできるのであろうかと疑念を抱いていた進一郎だったが、これでようやくそれが晴れた。


「バエルさまの命とあらば仕方がないな。しかしだ、何度も言うが俺はあの御方のように甘くはないぞ。入団し直すと言うからには新兵として扱うつもりだ。当然おまえの支配層も没収だ。それでも構わなければ俺についてこい」

「すべてはブラックシネマの御心のままに」


 虚偽うそ真実まことか――ともあれラウムは、進一郎に対して粛々と忠誠を誓った。

 ラウムの意志を確認した進一郎は、後ろに控える真理恵を一瞥する。


「今日からこいつはおまえの部下だ。存分にこき使ってやれ」

「ええええええええええええええええええええええええええッッ!!!」


 顎が外れんばかりに驚愕する真理恵をしりめに進一郎は、跪いたままのラウムの肩に手を置き頭を上げるよう促す。


「ちょうどいい、これから始まる就任祝いのパーティの前にちょっとした余興がある。暇ならそれにつきあえ」


 ――本当にお優しく、そして偉大な御方。


 ラウムの本心を疑う進一郎だったが、当の彼女はすでに心底から彼に感服していた。

 人間が下等な生物であるという偏見は、もはや微塵も抱いていなかった。


 盗賊家業に嫌気がさしてルシフェルの下についた。

 地上でバエルの下につき新しい世界を見た。

 彼の後継者である進一郎は、果たして自分に何を見せてくれるのか。ラウムの胸は未知への期待に躍っていた。


「お供いたします。我が主よ」


 ラウムは微笑みゆっくりと立ち上がる。

 威風堂々とした態度で前に向かって進み続ける進一郎は、すでに頭領の風格を漂わせていた。

 ラウムはその大きな背中を、ガタガタと小動物のように震える真理恵と共に追いかけていった。

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