98.お昼とリボン
「俺はありのままの姿が好きだよ。だから、瑠璃にはその姿でいて欲しいな」
稜真が心から言っている事を感じ、瑠璃も納得した。何度も同じ話題を蒸し返すアリアに、稜真は冷たい視線だけを投げた。
「ええっ!? 稜真ったら、ひどい! 放置はあんまりだよ!?」
騒ぎが聞こえたのか、目を覚ましたそらときさらが、瑠璃に挨拶にやって来た。きさらは瑠璃に対して苦手意識があるようで、体を縮こませながら挨拶していた。
ともあれ、準備も出来たので昼食である。
準備と言っても、草原に敷いた敷物の上にお弁当を並べただけだ。
瑠璃が起きた最初の食事になるから、稜真は可愛いお弁当を目指してみた。収入の少ない時代には、食費を節約しようとお弁当を作ったりもしたが、見た目を気にした事はない。その為、いつも色味は茶色かった。
今回は瑠璃の為に彩りを気にして、ピクニックランチを目指してみた。可愛く出来たのではないかと自負している。
正方形の器にはサンドイッチを詰めた。
サンドイッチの具は、定番のハムとチーズと葉野菜。ハーブを混ぜた薄焼き卵にケチャップを塗った物。ローストビーフと葉野菜等など。生クリームと果物を挟んだ甘いサンドイッチも作ってみた。
おかずを詰めた器には、唐揚げ、かぼちゃとレーズンのサラダ、アップルパイを入れた。葉野菜の緑が彩りを添えている。瑠璃は目を輝かせた。
それとは別に、30センチはある大きな丸いパンを取り出した。横に切れ目を入れて具を挟んである。この巨大サンドイッチはきさら用だ。それをきさらのお皿にいくつも積み上げた。
そらには、四角くコロコロに切ったパンと、具を食べやすく切ったものを用意した。。
「シプレさん。肉は食べられますか?」
「めったに食べませんけれど、お肉もお魚も好きです」
それなら具を避けなくとも、そのまま食べて貰える。それぞれに小皿を渡し、好きに取って貰う。
保温容器に入れたシチューもある。きさらの分はなかったが、自分用に作られて山積みにされたサンドイッチに大満足している。
「いただきます」と言って食べ始める。
きさらはお座りをすると、器用に前足でサンドイッチを掴んだ。巨大なサンドイッチも普通のサイズに見える。
パンを食べた事のないきさらは、まずは手に持って不思議そうに眺めた。パクリと齧りついて目を丸くしたその表情からして、気に入ったらしい。パクパクと次から次に食べている。
もしサンドイッチが足りなくても、野菜や果物を買い込んであるから、なんとかなるだろう。一応林檎を出しておいた。
瑠璃が食べ終わったのを見計らい、稜真はアイテムボックスから包装された包みを取り出した。
「瑠璃にあげる。開けてみて」
「私にですか?」
瑠璃は包みを開いた。中から出て来たのは、水辺に咲く花と魚が浮き彫りになった小箱だ。小箱を開けると、淡いピンクのリボンが2本と細く白いリボンが2本入っていた。
「可愛いです! 私に頂けるのですか?」
「瑠璃へのお土産だからね」
「私とお揃いなんだよ!」
アリアは自分が貰った花と鳥が彫られた小箱を見せた。
「……アリアと? 主とお揃いが良かったですわね」
ぷい、とアリアから顔を反らした瑠璃だが、その頬が赤く染まっていた。
「俺がリボンをお揃いに出来る訳がないでしょ?」
「え~? 稜真もリボンを持ってるよね~」
ふふっ、とアリアが含み笑いをしている。
「大切にしまってあるよ。せっかくリリーちゃんが選んでくれたんだからね。で? 何が言いたいわけ?」
「主にリボン……」
瑠璃が、じいっと稜真を見上げて来る。
「そんな目で見ても、結ばないからね? 髪も短くなったから、結べないし」
「襟足から頭の上にリボンを回して蝶々結びにするとか、なんとでもなるよ~。ね? やってみない? カチューシャみたいな感じになると思うんだ~」
アリアがにまっと笑う。
「誰がやるか!!」
シプレはニコニコと微笑みながら、やり取りを眺めている。
稜真にリボンをつけるのを諦めた瑠璃は、どちらのリボンを結んで貰おうか迷っていた。瑠璃はリボンを取り出して、そっと手触りを確かめるように、何度も触れている。
「今日は編み込みにしてみようか。リボンを買った時に教わった髪型があるんだ。瑠璃、白いリボンを持って、こっちにおいで」
瑠璃を稜真の前に座らせて、髪をとかす。
瑠璃の髪は、櫛を入れる必要がないほどに滑らかだ。
櫛の柄の先で髪をふたつに分け。腰にかかる長い髪とリボンを編み込んで行く。毛先近くまで編むとゴムで結んだ。そして頭の下の方でくるんと丸め、ピンで止めてお団子に仕上げた。
教わってから練習はしていなかったが、上手く出来たのではなかろうか。
瑠璃は湖に飛んでいき、自分の姿を水に映した。くるくると周りながら、水に映る自分を見ている。青い髪に白いリボンが映えた瑠璃は、とても可愛らしい。
しばらくして満足した瑠璃は、稜真に抱きついた。
「主! 嬉しいです! ありがとうございます!!」
いいなぁ、と言いたげな目をしたアリアは、物欲しそうに指まで咥えて稜真を見ていた。先程稜真をからかった手前、自分も、とは言い出せずにいるのだ。
「…アリア。瑠璃とお揃いにするから、リボンを持ってこっちにおいで」
途端にアリアの表情が、ぱぁっと明るくなった。
今日のアリアの髪型は、ハーフアップにしてあった。ポニーテールやツインテールにすると、きさらに乗る時に髪が稜真の顔にかかり、くすぐったいのである。
アリアの髪は瑠璃より少し短い。リボンを出して、稜真の前にすべり込んで来たアリアの髪をほどき、そっととかした。癖のある波打つ髪は瑠璃と同じだが、アリアの髪は絡まりやすいのだ。傷めないように気をつけて、毛先から櫛を入れた。
アリアの髪も瑠璃と同じく仕上げた。赤みがかった濃い金髪にも白は映える。
「うん。2人とも可愛いよ」
「可愛い? えへへ~。瑠璃、リボン似合ってるよ!」
「ア、アリアも似合ってますわ!」
2人は照れくさそうに褒め合う。
『ルリも、おねえちゃも、かわいい!』
そらが2人の頭の上を飛び回った。きさらは、よく分からないようで、キョトンとしてこちらを見ていた。
何日か湖で泊まって依頼を片付けると言うと、瑠璃ははしゃいで湖の上をピョンピョンと飛び跳ねた。
年齢相応の姿になった瑠璃は、口調は変わらなかったが、時折子供らしい様子を見せてくれる。普段はしっかり者なだけに、その姿が余計に愛しく感じた。
「ここで泊まるのですか? それならば、家を作りましょうか」
シプレが言った。稜真とアリアは今夜泊まる場所を作ろうと、手分けしてテントを張る準備をしていたのだ。
2人は顔を見合わせた。木の精霊が造る家とは、ツリーハウスのような感じだろうか。これから先、ここで泊まる事も増えるだろう。拠点にもなるし、テントよりは寝やすそうかと、お願いしてみた。
「──この辺りがよろしいですか?」
シプレが位置を確認する。
「良いと思うな~」
「そうだね。湖にも近いし」
2人の返事を聞くと、シプレはすいっ、と腕を伸ばした。すると、地面から一斉に植物の芽が芽吹き、蔓となり絡み合って行くのだ。
「「ええっ!?」」
稜真とアリアが口を開けて呆然としている内に、蔓がどんどん伸びて絡み合い、家の形に育っていった。扉のある、しっかりした小屋だ。とても蔓で出来ているとは思えない。
「こんな感じでしょうか。人の家を真似てみました。いかがですか?」
シプレはしっとりと微笑んだ。




