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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第5章 湖畔の家

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97.おはよう

 この日。稜真は厨房で、うどんを打っていた。

 久しぶりに伯爵にマッサージをした際、うどんが食べたいとリクエストされたのだ。アリアのお陰で色々と作らされた時に食べ、気に入ったらしい。

 使用人の賄いには時折出されていたが、伯爵に出される事はなかったのだ。料理長に伝えると驚いていた。


 ついでなのでうどんは多めに作り、アイテムボックスに入れておいた。麺にしておけば応用が効くし、瑠璃にも食べさせてやりたかった。


 まだ寒いので体が温まるメニューがいいだろうと、今日は餡かけうどんを作る事にした。


 だし汁に大根・ネギ・人参を入れ煮込む。沸騰した所で、薄く削いだ鳥肉に片栗粉をつけて、投入した。肉に火が通ると味付けをし、茹でたうどんを入れとろみをつけた。


 出来上がった餡かけうどんは、エルシーが運んでくれた。稜真は料理長に、上に乗せる具のアレンジや焼きうどん等、うどんを使った料理を思いつく限り伝えた。うどんやパスタは簡単にアレンジも出来るから、1人暮らしをしていた時によく作っていたのだ。

 試しに作った各種うどん料理は、使用人の賄いになった。


「フォークだと食べにくそうですね」

 料理長は、フォークにうどんを巻き付けて食べている。

「リョウマは、そんな2本の棒で器用に食べるよな…。そっちの方が食べにくそうだぞ」

「慣れるとそうでもありませんよ。それより、先日はケーキをありがとうございました。美味しかったです」

「お前が喜んだなら何よりだったよ」


「お嬢様、髪や首にまでクリームつけていましたが、厨房…大丈夫でしたか?」

 料理長は苦笑した。

「……分かるだろ? エルシーが綺麗に掃除してくれたよ」

「やっぱりですか…」

「リョウマの為に頑張るお嬢様は、お可愛らしかったよ。本当はケーキを焼く所からやりたいと仰ったが、どうしても上手く行かなくてなぁ」

「焼く所からやったんですか…」


「ははは…。早々に諦めてくれて助かったよ。頼みがある。分離した生クリームをバタークリームにしたが、たくさんありすぎてな。消費仕切れんから、引き取ってくれないか?」

 厨房に冷蔵庫の機能を持つ魔道具はあるが、高価な品物の割に、それ程容量は大きくない。バタークリームばかり入っていては困るのである。


「……はい。責任持って消費します」


 魔道具から出されたバタークリームの量を見て、稜真は呆れた。


(……どれだけ失敗したんだか……)


 山のようなバタークリームを、稜真はアイテムボックスに移し入れたのだった。






 ユーリアンへのプレゼントが無事に完成し、アリアは「やったー!」と万歳をした。


 基本的な図案は稜真にあげた物と同じだが、こちらの刺繍はワンポイントだ。仕上がったハンカチは綺麗に包まれて、両親からのプレゼントと共に王都に送られる。

 ユーリアンは、王都にある伯爵家の別邸で暮らしている。学園の友人にも分けられるように、母クラウディアが手ずから焼いた、領地名産の焼き菓子も入れた。時折甘い物が食べたくなるから、ぜひ送って欲しいと頼まれていたのだ。


 稜真もプレゼントを考えてみたが、特に思いつかなかったので、覚えたばかりのクッキーを作った。


「うふふふ。稜真の手作りクッキーをお兄様に…」

「何か含むものがありそうですね。お嬢様?」

 稜真が低い声で言うと、アリアはあたふたする。

「な、何も含んでおりませんわよ~」


(毎回毎回、何度注意しても駄目なんだよなぁ…)

 稜真はため息をついた。






 アリアは浮かれていた。

 外出許可も出て、ユーリアンへのプレゼントも無事に送ることが出来た。屋敷の皆に挨拶はすませ、あとは出発するだけである。

「さぁ、行こう!!」

 そらも稜真の肩に乗り、楽しそうにしている。


 それに対し、稜真は出された宿題を思うと気が重い。オズワルドから学園に行く為の準備として、宿題が大量に出されたのだ。


 これまでも屋敷にいる間は毎日課題が出され、欠かさず勉強していた。

「入学まで、3年程しかないのですから、冒険者活動中も無駄にしないように」と言われた。

 まだまだ覚えなければならない事が、山ほどあるそうだ。稜真も自分の知識不足は認識している。屋敷でやろうが、出先でやろうが変わりはないと自らに言い聞かせ、気持ちを切り替えた。


 こちらもご機嫌なきさらに乗って、一行は出発した。





「まずは、瑠璃を起こしてあげないとね~」

「そうだね」

 バインズの町へ寄り、春先の野菜を市場でたくさん買い込み、ギルドへ向かった。この冬、稜真が何度も訪れていたので、きさらが怖がられる事もない。


「リョウマ君こんにちは。アリアちゃんは先日振りねぇ。元気だった?」

 受付のパメラがにこやかに迎えてくれた。捕獲された時以来のアリアは、えへっと笑った。

「パメラさん、こんにちは! 籠りっぱなしは、つらかったよ~。今日から依頼、頑張るね!」

「元気そうで何よりだわ。よろしくね」


 瑠璃の湖近辺で行える、採取と討伐依頼を受ける手続きを頼んだ。

「この辺りの依頼……」

 パメラは浮かない顔で、依頼書を見ている。


「どうかしたの?」

「前に森が更地になったとか、湖が出来たとか報告が上がっていた場所が近いでしょ? あの辺り、不思議な事に入れない場所が出来ているの」

「入れない場所?」

「そう。何度か調査したのだけど、湖に辿り着けないのよ。向かおうとしても、感覚が狂わされるらしくて、どうしても行き着けないのですって。特に被害報告はないけれど…。何が起こっているのか分からないから、気をつけてね?」


 稜真とアリアは、顔を見合わせて頷いた。




 バインズを飛び立つと、アリアは稜真に聞いた。

「稜真。瑠璃、大丈夫かな…」

「気になるけど、行って見るしかないよ。もし辿り着けなかったら、その時考えよう」

 そらは稜真の懐に入っている。全員が一緒にいる方がいいだろうと判断した。気を張りながら飛んでいたが、特に問題なく湖が見えて来た。


 上空から見た感じ、何も怪しい所は見当たらない。稜真はきさらに指示を出し、湖のほとりに降りた。

 湖の周りには花が咲き乱れている。幾つかの木々が木陰を作り、水の中にはたくさんの生き物の気配がする。出来て間もない湖とは、とても思えない平和な光景だった。


 きさらは、気持ち良さそうに日当たりのいい草原で転がる。そらは地面をつついている。


「特に何もないよね。普通にやって来れたし。それにしても、荒れて大穴が開いていた場所とは思えないよね!」

「…そうだね。別世界だよ」

 稜真は苦笑して、湖畔へ近づいた。そして両手を口元にそえて、瑠璃を呼んだ。


「瑠璃!」

 声をかけてしばらくすると、こぽん、と大きな泡が湖に浮かび上がった。その泡がパチン、と割れると中から瑠璃が現れた。

 水の上に座った瑠璃は眠そうに目をこすり、小さく欠伸をした。ぱちぱちと目を瞬かせると、稜真と目が合った。眠そうだった目が見開かれ、その顔が輝いたかと思うと、こちらに向かって飛んで来た。


あるじ!」

「おはよう、瑠璃」

 稜真は瑠璃を抱き止め、ギュッと抱きしめた。

「…会いたかったですわ」

「俺もだよ」


 アリアが隣で、手をワキワキとさせて構えている。

「…アリアは何をしているのですか?」

「おはよう、瑠璃! お姉ちゃんも抱っこしてあげるから、こっちにも来て欲しいな~、なんて」

「もう少しこのままでいたいです」

 稜真の首に両手を回し、離れないもん!とばかりにしがみついた。


「木の精霊に挨拶しに行こう。瑠璃がお世話になっているし、お礼も言いたいからね。起きているかな?」


 稜真は瑠璃を抱いて、精霊の宿る木に向かって歩き出す。こちらの様子に気づいたのだろう、木の精霊が現れて迎えてくれた。姿を見せてくれたのは初めてだ。

 濃緑でまっすぐな髪がさらさらと風にそよぐ。腰にかかるほど長い、艶のある髪だ。琥珀色の切れ長の瞳で、こちらに向かって微笑んでいる。清楚な雰囲気を持つ美人で、一部分はアリアがうらやむほどに豊かだった。


(美しい人だな…)


 思わず見入った稜真の首に瑠璃がギュウっとしがみつき、アリアには足を踏まれた。稜真が今履いているのは冬用の分厚いブーツではないので、地味に痛い。


「どうして足を踏むんだよ!?」

「知らないもん!」

 アリアはぷくぷくにふくれている。


「ルリさん、おはようございます。皆さんもお久しぶりです」

 木の精霊が声をかけてくれた。瑠璃は稜真の腕に抱かれたまま、軽く頭を下げて挨拶をする。

「おはようございます」

「お久しぶりです。いつも瑠璃の面倒を見て下さって、ありがとうございます」

 稜真は軽く一礼した。

「いいえ。ルリさんといると、私も楽しいのですよ」

「そう言って頂けると有り難いです。本当は一緒にいてやりたいのですけどね」

 ごめんね、と瑠璃に言うと首を振って笑う。

「今、一緒にいて下さってますもの。それでいいのですわ」


「お弁当作って来たんだ。皆で食べようか。あなたも一緒にいかがですか?」

「私もご一緒してよろしいのですか?」

「是非」

「ありがとうございます。そうそう。私の名はシプレと申します。どうぞよろしくお願いします」


「あ、はい。シプレさん。こちらこそよろしくお願いします」

 微笑むシプレに、稜真は照れくさそうにする。瑠璃はもう1度腕に力を籠め、アリアは先ほどよりも強く足を踏んだ。

「だからアリア! さっきから何!」

「知らないもん!!」

 アリアはそっぽを向いた。




 そらときさらは瑠璃が起きた事にも気づかず、心地良さげに昼寝をしている。アリアと瑠璃は食事の用意をしている稜真から離れ、こそこそと頭を突き合わせて相談中だ。


「アリア…。シプレには要注意ですわよ。主は私が大きな姿だった時だって、あんな反応はしてくれませんでしたわ」

「くぅっ! 稜真があの手の清楚系美人に弱いなんて、知らなかった…」

「アリアでは逆立ちしてもなれませんわね」

「瑠璃だって、大きくなったら妖艶系の美人だったじゃない。私の将来は分からないもの。努力したらきっと…」

「なれると思いますの?」


 アリアと瑠璃はシプレを見た。

 稜真が準備する様子を興味深そうに眺めている。楚々としたとか、たおやかな、と言った表現がしっくり来る。


「無理…かな……」

「ですね…。アリアとは、タイプが違いすぎますわ」

「うぅ…。清楚系のくせに胸が大きいとか、反則だわ!」

「胸? やっぱり女神様の言う通り、主は大きな方がいいんですの?」

「前にその手の話題が出た時、稜真ははっきり言わなかったけど、否定もしなかったもの。きっとそうに決まってるって」


「──なんの話をしているのかな?」

 アリアの背後から、稜真の低い声がした。

「ひゃぁ!?」


 稜真は準備が出来たと呼びに来たのだ。アリアの頭を、稜真は指を立てるようにしてガシッと掴んだ。


「り、稜真!? あの、ね。私達、稜真の好みの話を…」

 頭を動かせないアリアは、腕をわたわたと動かして誤魔化そうとする。

「主ぃ…。主は、胸の大きな女性が好みなんですの? やっぱり私、大きくなった方がいいのでしょうか…」

 瑠璃が寂しそうに稜真を見上げた。ひくり、と稜真の頬が引きつった。

「瑠璃に余計な事を吹き込むんじゃない!!」

 稜真は指に力を籠めた。


「みぎゃあああっ!!」

 アリアの悲鳴が静かな湖に響き渡った。




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