94.ユーリアンの見送り
10日滞在を伸ばしたユーリアンは、今日出発の日を迎えた。きさらを前にして、微妙に頬が引きつっている。
いつものようにアリアが1番前に乗り、稜真が真ん中で手綱を取る。ユーリアンは稜真の後ろだ。スタンリーが乗った時とは違い、細身のユーリアンだと余裕があり、アリアはホッとした。
「行きますよ、ユーリ様」
「あ、ああ」
スタンリーを乗せた時と同じく、きさらは助走をつけてから飛び立ち、そらが続いて飛び立つ。
ユーリアンは「うわっ!」と小さく悲鳴をあげて、稜真に抱きついた。その様子を感じ取ったのか、アリアがにやけている気配がする。
「アリア…?」と、稜真が低く声をかけると、ワタワタし始めたので、何が言いたいのかは伝わったようだ。
今夜は途中の町で1泊する。
ユーリアンとアリアに部屋を取るのを任せ、稜真はそらときさらを連れて宿の厩に行く。いつものように、グリフォンを怖がる馬に話しかけて落ち着かせた。
伯爵家で馬と暮らしているきさらには馬の匂いが付いているのか、これまでに比べ、落ち着かせるのに時間はかからなかった。小さなそらがきさらに乗っているせいもあるかも知れない。
知らない馬に肉を食べる姿を見せない方がいいだろうから、今夜の食事は野菜だけにする。
「きさら、お疲れ様。悪いけど、今日は野菜だけで我慢してね」
『分かった! 今度、主のお料理が食べたい』
「いいよ。今度たくさん作るよ」
『楽しみ!』
アリアとユーリアンが取った部屋は、3人部屋だった。
稜真としては、ユーリアンと自分。アリアが1人部屋のつもりだったが、アリアがユーリアンと一緒がいいと言ったらしい。
部屋にはベッドが3つ並び、小さなテーブルと鏡、椅子が置いてある。ビジネスホテルのような感じの部屋だった。
「わ~い! お兄様とお泊まり!」
兄と同じ部屋で泊まれるアリアは、本当に嬉しそうだ。
「ユーリ様。俺まで同じ部屋で良かったのですか?」
「もったいないだろう? それよりもリョウマ。冒険者活動の時、まさかアリアと同室になったりしていないだろうね?」
「もちろんです。いつも宿の部屋は別ですよ」
宿の部屋は…。ドラゴンの屋敷で一緒に泊まったのは、ノーカウントにさせて貰いたいと稜真は思っている。
3つ並べてあるベッドの中央はユーリアン。両端をそれぞれアリアと稜真が使う。
稜真はそらを連れ、きさらの食器を片付ける為、厩に向かった。
「──空を飛ぶと早いけど、疲れるものだね」
ふぅ、と息を吐き、ユーリアンはベッドに腰掛けた。緊張していたのか、普段使わない筋肉がこわばっている。
アリアは自分のベッドから、ユーリアンのベッドへぴょん、と飛び乗って隣に腰掛けた。
「アリア、お行儀が悪いよ」
「えへへ。ごめんなさい」
アリアはぺろっと舌を出した。
「お兄様。稜真とすごく仲良しですよね。私、妬けちゃいます」
「その妬けるというのは、僕とリョウマどちらに対して言っているのかな…。リョウマと僕は、年が1つしか変わらないと聞いてね。色々話していたら、仲良くなったよ」
「1つ? あれ? お兄様17歳ですよね?」
「そうだけど、リョウマは16になったと聞いたよ」
「!?」
(ああーっ!! そうだ! 稜真様の誕生日は11月だったよ!? どうして忘れてたの、私!? 11月と言うと、護衛依頼の最中だったっけ? だからって、忘れるなんてありえな~いっ!!)
当然アリアは稜真のプロフィールは把握していた。──が、何しろ色々とありすぎた。アリアは頬に手を当て、ひょお~っとムンクのような顔になった。
「ただいま戻りました。…お嬢様は面白いお顔をして、どうしたのでしょう?」
「お前の誕生日を忘れていたのに気づいた所だよ」
「……ああ、それで」
アリアは百面相をしている。
(プレゼントもあげてないし、反対に貰ってばっかりじゃないの、私!! 手作りのケーキとか作る? 駄目だぁ、私の手作りじゃ、お祝いにならないよね。作れないし!! あ~~っ、どうしよう!!)
「ははっ。アリアは見ていて飽きないな」
「そうですね」
ユーリアンと稜真に笑いながら見られている事に、アリアはようやく気付いた。
「稜真! 何か欲しい物ない?」
「欲しい物と言われても特に…。そうですね、お嬢様の刺繍作品が欲しいです」
「げっ!?」
「げっ…って。お嬢様、駄目ですか?」
「人にあげられる作品になるか、自信ないです…」
「いいですよ。てんとう虫で」
「それよりは進歩してるもん!」
「なんだい? てんとう虫って?」
ユーリアンが不思議そうに聞いて来る。
「きゃ~! 聞かないで下さい、お兄様!!」
「あはは。進歩しているなら、大丈夫ですよね。楽しみにしています」
「ああ~、墓穴掘ったよぅ」
アリアは頭を抱えた。
「アリア。リョウマにだけなんて、ずるいな。僕の誕生日にも作って欲しいよ」
ユーリアンの誕生日は3月だ。
「……薔薇の花がてんとう虫に見えても、貰ってくれるのですか…?」
「てんとう虫って、そういう事だったのか。アリアが作ってくれるなら、なんでも嬉しいよ。僕も楽しみにしているからね」
「が、頑張る、けど。お兄様の誕生日に間に合わなかったら、ごめんなさい」
今から作って間に合うのだろうか…。ハードルが上がって青ざめるアリアである。
夕食もアリアはユーリアンにべったりだ。いよいよ別れが近づき、寂しさがこみ上げているのだ。
「お嬢様はユーリ様が大好きですね」
「だって、お兄様はすごいんですもの。格好良くて、優しくて、学園では剣も学業の成績もいいし、お友達が多くて人気者だとお聞きしているし。何よりも、私なんかを妹として、大事にしてくれるのですから」
アリアは、自分がユーリアンにとってコンプレックスの対象になると分かっていた。それでも行動は変えられず、嫌われても当然だと思っていた。それなのに、ユーリアンは自分を可愛がってくれる。アリアにとってユーリアンは、自慢の兄なのだ。
「私なんかって…。怒るよ、アリア。お前は可愛くて大切な妹だよ」
ユーリアンは、アリアの頭をくしゃりと撫でた。アリアは嬉しそうに笑った。
「うふふ。そう言って下さるから、大好きなのです」
(そう思っているなら、模擬戦の時、もう少しなんとかならなかったのかなぁ。俺はいい鍛錬になったし、ユーリ様もそう思っていそうだけどね)
お風呂から上がったアリアは現在、稜真に髪の手入れをされている。稜真は生活魔法で髪を乾かし、頭皮のマッサージをしていた。
「アリアはいつも、稜真にそこまでして貰っているのかい?」
「ふぇ? そうですけど?」
「僕の従者は、衣服や持ち物の用意くらいしかしてくれないよ。髪を乾かすのも、『ご自分でして下さい』だよ?」
自分の髪をタオルで拭きながら、ユーリアンは言う。
「そういうものなのでしょうか? 俺はエルシーさんに、お嬢様のお手入れを頼まれているので。初めて出会った時は、貴族のお嬢様とはとても思えない姿でしたっけ」
「……言われてみると、いつもアリアが帰って来たら、メイドが大変そうだったね」
「さ、最近は自分でもお手入れしてるもの」
「そうですね。俺も髪のお手入れだけですんでいますね」
アリアの髪に香油をつけて、終了だ。
「ユーリ様、髪を乾かしましょうか?」
「たまにはやってもらうのもいいかな。頼むよ」
ユーリアンは、母親と同じ淡い金髪だ。クセのある髪質はアリアと似ている。
アリアと交代して椅子に座ったユーリアンの髪を、稜真は手を添えて乾かして行く。頭皮のマッサージをしてから、アリアと同じ香油をつけると、金髪は艶を帯びて輝いた。
「人にやってもらうと気持ちがいいね」
「ふわぁ…、お兄様キラキラ~。王子様みたい」
金髪に濃緑の瞳をしたユーリアンは、母親似の優しげな美形だ。細身ながら、鍛えた体は引き締まっている。
(お兄様が攻略対象だって言われたら、納得しちゃうくらいだわ。──お兄様が攻略対象だったら? うん。私、絶対にヒロインの邪魔したよね。あ~、モブで良かった。ふふ、キラキラのお兄様と稜真のツーショットは、萌えるなぁ)
そう思った辺りで、冷ややかな瞳の稜真と目があった。途端にアリアはあわあわと挙動不審になる。
「アリアはどうしたのかな?」
「……さぁ…どうしたのでしょう、ね」
懲りないお嬢様である。




