92.帰宅後の模擬戦
バインズの町に戻った稜真は、エイブと2人でギルドに報告をした。
2人で仲良く依頼を行った事に、パメラは驚いた。それはそうだろう。その少し前の騒動を知っているのだから。
「村全体の雪下ろしを2日で終わらせたの? あなた達だけで?」
「きさらが手伝ってくれましたから」
「グリフォンが…雪下ろしの手伝いを? はぁ、すごいわね」
ともあれ、エイブもちゃんと依頼を受けて行ったので、ギルド的に問題はない。村の人達が元気で喜んでいたと報告すると、パメラも嬉しそうだ。
ギルドでエイブと別れた稜真は、夕方には屋敷に戻った。
「そら。どうやってウサギを氷漬けにしたのか、教えてくれる?」
稜真は厩へと歩きながら、気になっていた事を尋ねた。
『そらね、ふぅ、って、したの』
そらは稜真の肩から雪の上に降り、ちょんちょんと木の杭まで歩いて、ふぅ~、っとブレスを吐いた。木の杭がパキパキと凍りつく。
驚いた稜真がそらのステータスを確認すると、レベルが9に上がり、スキルに『氷のブレス』が追加されていた。
「氷のブレス…か。すごいね、そら」
『あるじのおてつだい、いっぱい、できるよ。うれしー』
自分を手伝ってくれようとして、頑張ったのだと分かった稜真は、そらを抱き上げて肩に乗せた。
「ありがとな、そら。きさらも。今回はたくさん手伝って貰って助かったよ」
そらときさらは、得意気に胸を張ったのである。
稜真の休日も終わり日常に戻ったが、この所アリアの姿を見ない。不思議に思った稜真は、練習場にやって来たユーリアンに聞いた。
「ああ。アリアは今、お前に会うのも禁止なんだよ。それで一昨日から、機嫌が悪くて大変でね…」
ユーリアンはため息をついて天を仰いだ。
ギルドで捕獲されたアリアは、練習場の使用と稜真に会う事を1週間禁止されたのだ。機嫌が悪くとも、両親にはあたれず、その分ユーリアンに愚痴って来るそうだ。
「……お疲れ様です。でも、こちらも大変でしたよ」
稜真はギルドでの出来事を話した。
「そうか……」
ははは…と2人で顔を見合わせて苦笑しあう。
やられっぱなしも悔しい。今度こそアリアに勝てるように、スタンリーにしごいて貰うのだった。
──この日も稜真とユーリアンは練習場にいた。
「リョウマ。僕は明日、ここには来られないから」
ユーリアンが稜真から顔をそらした。
「っ!? そんな、ユーリ様! 俺…ではなく、私を1人にするおつもりですか!?」
「スタンリーがいるだろう。僕はそろそろ、学園に戻る準備を始めないとならないからね」
「準備なら、俺…っと、私もお手伝い致しますから、明日もこちらにいらして下さい!」
「明日だけは駄目だ。リョウマは頑張ってくれ」
「1人は嫌だと! 言っているではありませんか!」
ユーリアンは、稜真と目を合わせないようにして、淡々と答えている。何故か必死の様相の稜真は、両手でユーリアンの手を掴み、懇願するように訴える。
「ユーリ様! お願いですから!」
「リョウマ…僕も辛いんだよ」
「……ねぇ? 2人で手を握って見つめ合って…何してるの?」
「「アリア!?」」
稜真とユーリアンは悲鳴に近い声をあげ、稜真は慌てて言い直した。
「じゃなくて、お嬢様!」
「もしかして……私から逃げようと…してたの? まさか…よねぇ?」
うふふふ、と笑うアリアは、背に禍々しいものを背負っているかのようだ。
「ア、アリア…。まだ1週間たっていないよ? どうしたのかな?」
青ざめたユーリアンが聞いた。
「私、今日までものすごく頑張ったの。だから、お母様が1日早く謹慎を解いて下さったの。すごく、すっごく頑張ったの…。だからねぇ、お兄様、稜真。お相手して、下さるわよねぇ?」
アリアは微笑みながら木剣を構える。
「「………」」
「こうなったら覚悟を決めましょう…。ユーリ様」
「ほぼ1週間分の鬱憤だぞ…。生きて帰れるのか? 僕達…」
ひきつった稜真とユーリアンは、こそこそと話し合う。それを見たアリアは更に黒い気配になった。
「…お2人とも…いつまで手を握り合っているのかしら? 私がいない間に、随分と仲良くなられたのですねぇ…」
2人は慌てて手を離した。
禁足が明けるアリアの相手をしたくなくて、明日は休むつもりだったユーリアン。1人で被害を受けたくないから、必死で引き止めようとしていた稜真。どっちもどっちである。
「…師匠。一緒にやりませんか? 3対1なら、勝ち目がある気がします」
「………俺は審判だからな。見守ってやるよ」
ユーリアンと稜真には、3人でも無理だろうよ…、と言うスタンリーの心の声が聞こえていた。
──その頃。アリアの母クラウディアは、優雅にお茶を楽しんでいた。
「奥様。よろしかったのですか? お嬢様に許可を出されて」
お茶のお代わりをカップに注ぎながら、メイド長が聞いた。
「あれでは練習になりませんもの。指を刺してばかりいて。1度息抜きをさせなければね。──それにしても、体が動かせない事と、リョウマに会えない事。あの子にはどちらが堪えたのかしら?」
「どちらでございましょう。どちらにせよ、とてもお辛そうでした。……今頃、ユーリアン様とリョウマは、どんな目に合っているのでしょう。お気の毒に」
「男の子ですもの。女の子の思いは、受け止めてあげるのが義務ですよ」
クラウディアはくすくす笑って、お茶を飲んだ。
模擬戦では主に稜真が狙われて、連携を取るどころではなかった。アリアは余程、稜真が1人でギルドに行った事が気に入らないようだ。
終了後。ユーリアンは立っていられたが、稜真は立ち上がれずに床に転がっている。
「アリア、リョウマと話したらどうだ? それとリョウマ。今更だから、僕の前で言葉を取り繕わなくていいぞ。今日は、ぽろぽろとボロが出ていた」
「あはは…。そうさせて貰います……」
一応、ご家族やオズワルドの前では『私』と言っていたのだが、自分でも今日はボロボロだと分かっている。
アリアはユーリアンと目を合わさず、ぷっくりとふくれている。
「僕は荷物の整理に行くからね。お疲れ様、リョウマ」
「はい、ユーリ様。お疲れ様でした…」
「俺も行くわ。ちゃんと話し合っとけよ」
スタンリーも練習場から出て行った。
未だにふくれているアリアは、稜真に背中を向けて座っている。
「…アリア? どうしてふくれているの?」
「だって稜真、私を置いて行ったもの…。知らない内に髪も短くなってるしさ」
ふぅ、と稜真は息を吐いた。
「あのね…アリア。自分で言った事を覚えてないのかな? アリアは俺と一緒にランクを上げたいって言ったよね?」
「……言った、けど?」
「一緒に上げるなら、俺が早くランクアップの試験を受けられるように、依頼を受けないといけないでしょ?」
「………私が言ったから? 私の為だったの?」
稜真は苦笑して体を起こし、床に座る。
「私、またやっちゃった…」
「アリアだものね。鍛錬になったから、今回はいいよ」
「うう…、ごめんなさい」
『よくない! のっ!!』
そらが全身の羽と冠羽を逆立てて怒っている。スタンリーとユーリアンがいる間は、我慢していたのだ。
『あるじ、どいて! おねえちゃ!!』
「……はいぃ……」
何をやられるのか分かったアリアは、渋々立ち上がる。
練習場の隅に移動したそらは助走をつけると、アリアのみぞおち目掛けて斜めに突っ込んだ。前回よりも体が大きくなり、レベルも上がったそらは速さも増している。
「うぐっ…!」
「あーあー。そら…」
『だって、やくそく! だもの!!』
「ごめんなさい。反省してます」
あまりの痛みに体を折ったアリアは、そのまま土下座に入った。
アリアは謝り続け、なんとかそらにお許しを貰った。
「それにしても、稜真。どうしてあんなに慌ててたの? 稜真らしくなかったよ?」
「ああ…。2人でアリアの相手をするつもりだったのにさ。ユーリ様が急に明日は来られないと言うから、調子が狂ったんだよ。なんとか説得しようとしていたら、アリアが来て…」
「それであんなに怪しい状況になったのかぁ。そうかぁ。…お兄様、1人で逃げようとしたんだ。ふぅん。私から逃げようと、ねぇ。うふ…うふふふふふ」
(……ユーリ様、すみません)
きっと稜真の二の舞になるだろう。申し訳なくなった稜真だが、自らの行動を思い返して額を押さえた。
両手を握りしめて、すがり付いてひき止めた。
(テンパっていたにしても、何やっているんだ、俺。ないわぁ……)
そんな稜真にアリアが追い討ちをかける。
「お兄様は置いといて。稜真ったら、お兄様にすがりついた上に、見つめ合ってるんだもんね~。すっごく怪しい雰囲気だったよ!」
「言わないでくれる? 必死だったんだよ」
「必死になられる私って…。いいけどね。それにしても、1人にしないでとか、私も言われてみたいなぁ」
「そんな事言った? ……言ったか」
にやつくアリアを突っ込みたい。けれど自分の行動を省みると突っ込めない。
「もしかして稜真。お兄様に本気になってたりする?」
「……ふ、ふふ。…アリア。もう1度言ってごらん?」
(やばい!?)
「人が! 今回は突っ込めないと反省しているのに! どうしてアリアはそうなのかな!?」
稜真はアリアのこめかみを拳骨でグリグリとえぐる。
「痛い痛い痛い~~っ! だって、お兄様と稜真、仲良すぎるんだもの!!」
「そりゃあ、2人で倒したい目標がいるからね。仲良くもなるよ」
「…やっぱり私、ラスボス扱いなのね……」
アリアは体を動かしてすっきりし、稜真が1人で依頼を受けた理由にも納得できて、精神的にもすっきりした。
「稜真、何か話して?」
「…何をいきなり」
「1週間は長かったんだもん。稜真様成分が足りないの!」
「前にもそんな事言っていたよね。今回は自業自得でしょ」
「そうだけど…分かってるけど…。でも頑張ったんだよ?」
「…ったく。何かって、何を?」
「歌っ……」
アリアが言い掛けた言葉は、即座に遮る。
「歌以外で」
「え~っ!?」
「屋敷ではもう歌いません」
アリアに知られてからは、そらにも歌っていないのだ。
「それじゃあね~。何か甘い言葉が聞きたいな」
「何かって…。そんな漠然とした事言われてもね」
いきなり言われて思いつくものではない。
「ああ、クッキーとかマフィンの作り方を教わったから、たくさん作ってアイテムボックスに入れておこうか」
「ホント! 嬉し…い? って、そういう甘いじゃないよぉ~~!」
(俺はアリアに甘すぎる気がするよ)
稜真はアリアの手を取って、そっと撫でた。
「ふえっ!?」
この1週間、いらいらしながら刺繍をしていたのだろう。指が腫れている。
「お嬢様。頑張っておいでなのですね。こんなにも指を腫らしておられるとは」
チュッ、とリップ音を立てて、その指先に口づけた。
「ふみゃ~~っ!?」
「今度、努力なさっている作品を、見せて頂けますか?」
アリアは真っ赤な顔で、勢い良く首を縦に振る。意識して甘くした稜真の声は、アリアを骨抜きにする。
「楽しみです。お待ちしていますね」
そう言って微笑むと、稜真はアリアの髪に手をやった。
軽く1つに縛っていた髪が乱れていたので、髪ゴムを外す。さらり、と流れる髪。稜真と出会ってから切りそろえた髪が、出会った頃の長さに戻っていた。手櫛でそっと髪を梳き、整えてやる。
「髪が伸びましたね。私はお嬢様の髪が好きですよ。緩やかに波打って、陽に透けると炎の様に見える髪。お嬢様にはとてもお似合いです。美しいですね」
髪をひと束手に取り、チュッと口づける。
「はわああぁ~~」
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「もう無理~。脳みそ溶けちゃう~~」
「1週間分、ある?」
「充分ですぅ。腰が抜けた~」
くっくっ、と稜真は笑う。手櫛で整えたアリアの髪は、ざっと編み込みにして結んだ。




