710.野盗の事情 後編
前話を1部変更しました。
部長を課長に。
ラストに出していた偽勇者君の名前は消して、このお話で出す事に。
この世界では、貴族に不敬を働いたとなれば首を切られても文句は言えない。
プレイステッド領で理不尽な目に遭って来た野盗もどき改め元土木課職員達は、目に映る地面を見ながら青ざめていた。そっと目線を上げてアリアを見る。
仁王立ちのアリアは、一般的な女性冒険者が着る服に軽鎧を装備している。ポニーテールの髪は、光が当たった場所が赤く変化する。若々しい初心者冒険者そのものだ。
コテンパンに叩きのめされ、初心者の力量ではないのは理解したものの、貴族令嬢と理解出来たかは別問題だ。伯爵令嬢?と、つい怪訝な目を向けてしまった。
「………あんた達? まさか、私が騙りだと疑ってるんじゃないでしょうね?」
「「「「「滅相もございません!!」」」」」
彼等は慌てて先程より深く平伏した。
もしも貴族を騙るのなら、単に伯爵令嬢と言えばいい。領地の評判が微妙なメルヴィル伯爵家の令嬢を名乗る利点は全くないのだ。
「ちょいと先輩。俺さぁ。メルヴィル伯爵令嬢って、聖女だって聞いたんっすけど?」
「あくまでも噂だ」
「領の発展に力を尽くしたとか」
「慈愛深い聖女のような方という噂だったな」
平伏しながらコソコソ話す元土木課職員達。
その会話にダグラスは加わっておらず、平伏したまま微動だにしていない。心配そうなユリアが寄り添い、時々頬を指でツンツン突いているが反応はない。
「…課長…大丈夫かな」
「あれは仕方がない。放っといてやろう」
「それにしてもあの方、聖女様って言うよりはオーガっすよね!」
「イガル!?」
「ばっ、声が大きい!」
「考えなしに言葉を口にするなと教えただろうが!」
「いくらオーガみたいでも、伯爵令嬢なんだぞ!?」
慌てふためいて、イガルと失言者の口をふさぐがもう遅い。
「あ〜ん〜た〜た〜ち〜?」
一気に青ざめた元土木課職員達。
蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのが理想だったが、アリアがゆるす訳がなく。
──制裁再び、であった。
「姫ちゃん。あれ、どう始末を付けるの?」
「どうと言われてもなぁ」
いくら地域で受け入れられていようとも、こんな野盗もどき活動は長く続けられないのは明らかだ。阿鼻叫喚の彼等を眺めつつ、稜真はどうしたものかとため息をついた。
阿鼻叫喚の彼等をよそにまったりしているのはマーシャと瑠璃で、従魔ソファに座ってくつろいで鑑賞モードだ。それにフレアが加わって、その分ソファが大きくなった。フレアに強引に誘われそうになったルディは、そそくさとカフェの世話に逃げた。
ともあれ、マーシャの表情が明るいのでそちらは安心だ。
「……むぅ。…ん? …んん? これはどうした事だ?」
意識を取り戻した偽勇者が動こうとしているが、がんじがらめで戸惑っている。びったんびったんと動く様子は、陸に上がった魚のようだ。
(そう言えば、こいつがいたな)
阿鼻叫喚の騒動に加わらず平伏したまま、というよりは地面に突っ伏しているダグラスに聞くのが1番だろう。──と思っていたのに。
びったんびったん動いていた偽勇者は縛られたままの移動方法を見つけたらしく、しゃくとり虫のように移動して来るではないか。
2メートル程移動して力尽きたのか地面にうつ伏せていたかと思うと、ぐるりと上向きになり、群青色の瞳と目が合った。
「やあ! すまないが、縄をほどいてくれないか?」
偽勇者のかつらははずれ、乱れた金髪があらわになっている。口の端は切れ、右目に青あざがある。瑠璃が骨の折れたところは治したと言っていたからには、体にも打ち身他があるはずなのに無駄に爽やかだ。キラン、と歯が光る。
「察するに、私が勇者ではないと知られてしまったのだな? ひと目で見破ったのは君達が初めてだよ!」
はっはっは!と、偽勇者は悪びれた様子もなく笑う。
「ダグラス。この偽勇者は」
「私の元部下だ」
「元部下…ね」
つまり、流されやすいお人好しの仲間なのだ。
偽勇者が目を覚ましたので、アリアは制裁を加えた5名を、ぽいぽいっと積み上げてからこちらにやって来た。他の面々も集まって来るが、偽勇者に向ける目は冷たい。
「取りあえず仕切り直そうか」
プレイステッド領のように道を整備したのなら、もしや野営地もあるのではと思ったら案の定だった。
制裁された5人を起こし、偽勇者共々不味い回復薬を飲ませる。
回復した彼等に案内させて場所を移し、小腹が空いたと騒ぐアリアの要求で茶菓子を出した。当然元土木課職員達達は水だけである。
「それで? 勇者を騙ったのは何故だ?」
「よくぞ聞いてくれた!」
大仰な動作で語り出す偽勇者はジョーと名乗った。
彼によると、道の整備代金を集める名目で野盗に扮した彼等は、いかにも危なそうな旅人には手を出さなかった。例えば護衛を連れている商人や、強そうな冒険者の旅人だ。
だが見誤る事もあり、何度か危険な目に遭っていた。どうしたものかと対策に悩んでいたら、何度目かにやって来た例の劇団の助言で解決したと言うではないか。
(騒動の元凶からの助言?)
稜真は嫌な予感しかしなかったが、その通りだった。
『危険な目に遭いそうになったら勇者を出せばいい。恐れて逃げなかったとしても、勇者にこの者達は私が信頼している、彼等は崇高な目的の為に働いているのだ!とでも言わせれば納得するだろうよ』
劇団長の提案に、ノリノリで手を挙げたのがジョーだ。
「ふっふっふ。私は勇者役の役者に、直接演技指導を受けたのだよ!」
聞いていた稜真はため息しか出ない。そして他の面々がお菓子を食べながら観劇気分になっているのは、身振り手振りで語っているジョーのせいだろう。
どうしたものかと悩むなら、野党もどきを止めれば良かったのではないか、とか。
王都で公演している著名な劇団とは、もしかして勇者劇シリーズを公演している輩なのか、とか。
演技指導を受けてあれなのか、とか。
つっこみどころは山ほどあれど、今は突っ込んでいる場合ではない。
アリアが伯爵令嬢と聞いてから情緒不安定だったダグラスが、ブツブツとつぶやいているのだ。課長を父に押しつけられたから始まって、メルヴィル領に対する複雑な思いをつぶやき出した。
「私は整備され尽くしているプレイステッド領ではなく、未開の地で思う存分力を試したかったんだ。両親が反対しなければ今頃は…。自分は課長を押しつけて退職して、母と2人で国外の街道を見てくると旅立ったくせに、私にはあんな土地に行きたがるなんて、命を捨てに行くようなものだだと? それでも私は──」
「バ課長ーっ!」
「それ以上口にしたら、俺等の二の舞ですって!!」
元部下達が、四方から手を出してダグラスの口をふさいだ。
稜真はダグラスに冷たい視線を向けた。
「馬鹿か。メルヴィル領に行きたいなら行けば良かっただろう。この道が気になって動かなかったのも言い訳だ。メルヴィル領が、自分が想像したような土地ではないと知るのが怖かったにすぎない。危険な旅だと分からせてやろうと思ったのが俺達を襲った理由? 違うな。メルヴィル領に行く俺達がうらやましかっただけだ。思いよがりの行動に何年も部下を付き合わせて、恥ずかしいと思わないのか」
ダグラスをかばおうとした元部下達は、稜真がひと睨みで黙らせた。ここでかばっては成長できない。
(なんだろ? 稜真は何か目的があってダグラスに話してる気がする。──まいっか! 私が対象じゃない罵りボイスは最高~!)
──ダグラスが稜真に自分の本心を突きつけられた結果。野盗もどきは解散した。
「稜真ったら策士~」
ダグラスが心配で付き合っていた年配の部下4人は、プレイステッド領に帰って行った。家族を残して付き合っていたからだ。たまに交代で帰省していたし、小まめに手紙は書いていたが。
イガルは王都へ向かった。
例の劇団から誘いを受けていたとかで、「有名俳優になるっすよ!」と張り切っていた。
そしてダグラスは、メルヴィル伯爵家に雇われる事が決まった。
優秀な土木作業員ゲットに、アリアはほくほくしている。
まずは伯爵家から王都への道を整備して貰う予定だ。発展途中にあるメルヴィル領だ。整備しなくてはならない道は大量にある。
街道を抜けると、馬車はガタゴトと揺れるようになった。それはそれで旅らしい。
ダグラスを挟んで、アリアと稜真の3人が御者台に座っていた。
「…私が部下を縛り付けていたのだな」
「愛されバ課長だから付き合ってくれてたんでしょ? 罪悪感があるなら、うちで馬車馬のごとく働いてくれればいいから!」
「……そう…だな。そうしよう」
稜真達に同行すると決まると、ダグラスは貯めていた金のほとんどを部下に分けて、今は無一文に近い。
「もう少し残せばよかったのに…この子ったらもう」
ダグラスの膝に座ったユリアがプンプン怒っている。
そして同行者がもうひとり。
(あいつが来るのは想定外だった…)
稜真としては、ダグラスが確保できれば良かったのだ。きらきらした髪をなびかせた彼は白馬に乗り、馬車の後を追っている。
イガルと一緒に劇団に入ると思っていた想定外の同行者とは、偽勇者のジョーであった。
偽勇者君はイガルと一緒に劇団に入り、偽勇者役が受けて大人気に!となる予定だったのに、何故かメルヴィル領に行ってしまいました。
色んな国を回って旅行中のダグラスの両親。
まさか土木課が解体されるとは夢にも思ってませんでした。
旅行から帰ったら息子の部屋が空っぽだわ、本人は行方不明だわでびっくり。




