75.帰宅
街道へ入ると、行き交う人が増えた。
天気の良い日で、人々は皆のんびりとした顔で歩いている。アリアに気付くと、軽く頭を下げて挨拶をする。
「そら。索敵はしなくてもいいよ」
『はーい』
索敵を止めたそらは、稜真とアリアの肩を気まぐれに移動する。そんな中、アリアが何やら、きょろきょろと辺りを見回している。
「どうしたんだ、アリア?」
「前回帰った時は、あれだったでしょ? 何事もないか確認してたの」
「あ、ああ。そうか、収穫祭の騒動があったな。あれからずいぶん経った気がするけど…、考えてみるとひと月経ってないんだよな」
のどかな光景に、何事も起こっていないと分かる。
「大丈夫だね。──ねぇ稜真。お父様には、どこまでお話する?」
「報告書に書いてあるから、補足程度でいいだろう。追加で話さないといけないのは、きさらの事くらいかな?」
「そうだね」
「食費がかかるから、お屋敷では飼えないよなぁ…」
「稜真は連れて来たいんでしょ?」
「そりゃ、ね」
「これからの移動も楽になるし、許可貰えるといいよね~。お肉さえ確保しとけば、なんとかなると思うな」
きさらは自分の体重分食べるのだ。しばらくは山に置いておくしかないだろう。
「後は、巫女様に加護がバレた事か。これは内緒にしとこう。バレた時はアリアも一緒に、だよね?」
自分だけがバレて、変に崇められるのはまっぴらである。
「え~!? だ、大丈夫だよ。きっとバレないって、多分…」
「そう願いたいよ。きさらの件は今度にしようね。まずは、怪我の事で叱られないと…」
「そうだね。叱られるよね…」
「はぁ」と、2人のため息が重なった。
「ただいま~」
「ただいま戻りました」
「おや、お嬢様、リョウマ。手紙が届いてから間がないのに、お早いお帰りでございますね」
手紙を送ったのは、レンドル村の依頼を受けた時だった。あれから約1週間。危うく手紙よりも早く帰る所だった。
「…ちょっとね。お父様はどちらに?」
「執務室にいらっしゃいます」
それ以上突っ込まれる前に移動してしまえ、とアリアはそそくさと執務室に向かった。──もちろんオズワルドも着いて来る。
アリアは執務室の扉をノックした。
「お父様。アリアヴィーテです。ただいま戻りました」
「入りなさい」
伯爵はアリアをにこやかに迎えた。
「お帰り、アリアヴィーテ。昨日手紙を受け取ったのだよ。驚いたな」
アリアは伯爵に抱き着いた。
「ただいま、お父様」
「ただいま戻りました。旦那様」
「リョウマもお帰り。……お前は少し痩せたのではないか? 無理はするなと言った筈だぞ」
「…はい。申し訳ございません」
今から無茶をした報告をしなくてはならないのだ。
「あの…お父様。アストンのギルドから、報告書を預かっておりますの」
「ギルドから? 見せてみなさい」
稜真は、報告書の封筒を伯爵に渡した。伯爵は早速封を切り、報告書を読み始める。
「それではお父様。私は部屋に戻りま…」
「アリアヴィーテ。ざっと見た所、話を聞かせて貰う必要がありそうだ。読み終わるまで、そこで待っていなさい」
伯爵の厳しい声に、アリアは首をすくめる。
「……はい」
稜真とアリア、ついでに稜真の肩に乗っているそらも、身を固くして読み終えるのを待つ。
読み終えた伯爵は深々とため息をついた。そして、控えていたオズワルドに報告書を渡す。
「お前も読んでおきなさい」
「かしこまりました」
オズワルドは報告書を受け取り、読み始めた。
「さて、リョウマ。領民である子供を助けてくれた事には、礼を言おう。それで? お前から私に言う事はないか」
伯爵は稜真を見据えた。
「お嬢様から離れてしまい、申し訳なく思っております。後から考えたのですが、自分が怪我をする事なく解決する策が、色々あったと気付きました。己の未熟さを反省しております」
「……自分で気付いているのなら、それで良い。体の具合はどうだ?」
「アストンで薬を頂きまして、飲み始めてからは良くなったと思います」
「良くなったと思って、動いているのだな。報告書によると、怪我をしてから6日しか経っていないと言うのに…。オズワルド、リョウマは今日から1週間は安静にさせる」
報告書を読み終えたオズワルドが、御尤もとばかりに頷いた。
「あの旦那様、1週間もですか? 私は特に問題なく動けておりますから…」
1週間も安静にさせられてはたまらないと、稜真は慌てて反論しようとしたが、伯爵に睨まれた。
「本当にそうか?」
見透かすばかりに見つめられ、稜真は白状した。
「……時々…めまいを起こす程度です」
稜真が伯爵から目をそらすと、今度はアリアに睨まれた。
「めまい? …稜真…それ私…知らないんだけど……?」
『そら、しってる! あるじ、あるけなく、なってたの!』
そらが言った。そらの言葉が分かるのは稜真とアリアだけで、伯爵とオズワルドには「クルルゥ」としか聞こえていない。
「しっ!」
稜真が慌てて止めるがもう遅い。
「へぇ…。そうだったの…」
自分だけが知らなかったのだ。アリアはムッと口を尖らせた。
「お父様。稜真は部屋から出したら駄目だと思うの。食事も部屋に運んで貰ったらどうかしら」
「そうだな。食事はエルシーに運ばせよう。リョウマは風呂とトイレ以外は、部屋から出ないように」
「あの、そこまでしなくても…」
「めまいの事、私に黙ってたなんてさ。しっかり休んで、早く治して欲しいもの。稜真は部屋で、大人しくしてて!」
ぷっくりとふくれたアリアに言われてしまっては、稜真は頷くしかなかった
「アリアヴィーテが、他人に大人しくしろと言う姿が見られるとはな。驚いた」
「成長なさったのですね。お嬢様も」
感心したように言う伯爵とオズワルド。アリアの頬は、更にぱんぱんにふくれたのである。
「それはさておき、アリアヴィーテ。今日からは、母が教師となる。そろそろ刺繍の腕を磨いて貰わねば、学園に行くまでに間に合わぬ。礼儀作法もだ。息抜きする暇はないと、覚悟しておきなさい」
「え? あの…お父様? 私にだけ厳しくないですか?」
「報告書に書かれているのだ。リョウマはギルドから厳重注意された事で、充分に反省していると。これ以上言わずとも、本人は分かっていると。そしてアリアヴィーテに関しては、注意はしたがまだまだ足りないとな」
「お姉さんったら、ひどいよぉ。…刺繍だなんて」
当然しばらくの間、冒険者活動の禁止を約束させられた。
1週間安静を言い渡された稜真と、明日から裁縫の特訓をさせられるアリア。2人ともがっくりとうなだれたのだった。
今日から安静を言い渡された稜真は、どうにも手持無沙汰でならない。暇潰しに図書室に本を取りに行こうとしたら、エルシーに見つかった。
「リョウマ君は、お部屋から出してはならないと、旦那様からのご指示です」
「本を取りに行くだけですよ?」
「駄目です。本なら、私が取って来ます」
エルシーに背中を押されて部屋に戻された稜真は、やむを得ず魔獣使いに関する本を頼んだ。
そらときさら。成り行きとはいえ、2体の魔獣を使役する事になったのだ。この機会に、魔獣使いに関して勉強しようと思った。
エルシーは、魔獣使いに関する本を何冊か見繕って、持って来てくれた。
──稜真はベッドに腰掛け、本を手に取った。
『魔獣使い。人型の魔物を従える者もいるが、その多くは魔獣を使役する。その為、魔獣使いと総称されている。』
冒頭は、成り立ちや歴史が書かれていた。
(次は契約方法か──)
『魔獣、もしくは魔物を力でねじ伏せ、自分を主と認めさせる。そして、名を与えれば契約完了となる』
(力でねじ伏せる? そらは、これに近いのかな…。これ以上従魔を増やすつもりはないから、契約方法は関係ないな)
『常に自分が上であると示さねばならない。魔獣使いの死の原因は、自らの従魔に殺される事が多いのだ。その為には、時には鞭打ち、時には鎖でつなぎ、食事を与えない等の体罰が必要となる。もしも扱えなくなる兆候があれば、すぐに処分すべきである』
(……鞭打ち? 鎖? 処分…って…。まぁ、うちの子達には関係ないよな…)
そらはベッドのヘッドボードに止まり、端から端へと移動して遊んでいる。稜真はそらを呼んで膝に乗せた。本のページをめくりながら、片手でそらを撫でる。
ふくふくとしたそらを撫でると気持ちが落ち着く。「クゥ」と喉を鳴らし、そらはご機嫌だ。
『人の暮らしに慣れた従魔を野に放ってはならない。元従魔は、野の魔獣や魔物以上に脅威となるのだから』
(これは理解出来るけど…。前述の事と合わせて、主としての自覚を持つ。それしかないよな)
『魔獣使いと従魔の絆が深まると、意志の疎通が出来るようになる。いわゆる念話である。絆が深まれば、念じずとも従魔の話す事が分かるようにもなる。ただし、全ての従魔に可能な訳ではない。高位の魔獣や魔物に限られる。
低位の魔獣が従魔になった場合、従魔側は魔獣使いの言葉が理解出来るが、魔獣使い側は従魔の感情が読み取れる程度なのだ。』
(絆が深まってからなのか…。きさらの言葉はすぐに理解出来た。自分の意志で俺の従魔になったし、絆が元々深かったのかも知れないな)
後に知った事だが、スキルとしての念話は、スキルがある者同士なら遠方でも脳内で会話出来る。
従魔との会話も念話と言っているが、こちらは魔獣使いとの絆で会話が出来る、ある意味別の物だった。瑠璃との念話も魔獣使いの念話に近いのだろう。
どの本も表現こそ違え、契約方法、世話のやり方、基本的な心構え等を説いていた。
稜真にとっては、体罰よりも愛情を説いている本が1番共感出来た。
魔獣使いは基本後衛で戦うらしい。魔獣を前衛に立たせ、命令し、自分は補助を行う。
剣士が魔獣の主になる例も書かれていた。補助の出来る魔獣を使い、自らは前衛に立つ。自分はこれに近いだろうか。前例があるのなら、剣を持って魔獣使いであると名乗っても、問題はなさそうだ。
本の中には魔獣使いが主人公の物語もあり、楽しく読む事が出来た。
こうして稜真は、1日を過ごした。
2日目。
稜真の部屋は、ベッド、タンス、サイドテーブルがある簡素な部屋だ。小さな暖炉があり、今は火が入っている。小さな丸椅子はあるが、大抵は使わずにベッドを椅子代わりにしていた。
本ばかり読んでいるのも飽きた。エルシーが来るまで時間がある。体がどれだけ鈍っているのか確認しようと、ベッドの上で腹筋を始めた。
「──あらあら、リョウマ君。何をしているのかしら?」
エルシーが、にっこりと微笑んだ。集中していたからか、ノックが聞こえなかった。どうやら時間を見誤ってしまったようだ。その冷ややかな口調に、稜真は冷や汗が流れた。
「安静の意味を分かっているのかしら?」
「体がどのくらい鈍っているか、確認しようかな、と思いまして…」
「次に見つけたら、栄養剤をオブラートなしで飲ませますよ?」
「すみません。それだけは勘弁して下さい。もうしません」
土下座せんばかりに頭を下げる稜真を見て、エルシーは「ふふっ」と笑った。
「本当に苦手なのね」
「あの味は、殺人的でしたから…。オブラートの話、どうして知っているんですか?」
「お嬢様に聞いたのよ。オブラートなしで栄養剤を飲んだリョウマ君、半泣きだったんですって? お嬢様がよく分からない言葉を使って、説明してくれたの。え~っと、なんだったかしら? そう、『萌え萌え』って言っていたわね。私も見たかったわ」
エルシーは、くすくすと笑う。
(くっ! あの時、そんな事を考えていたのか。アリア、治ったら覚えていろよ…)
「とにかく、今無理しちゃ駄目なの。そらちゃん!」
稜真の部屋に用意された止まり木に止まっていたそらは、急に呼びかけられて、目をぱちくりとさせる。
『なにー?』
「今無理したら、リョウマ君治らないの。そらちゃんと外に出かけるのが、どんどん遅くなるわ。悪化して倒れちゃうかも…」
『やだー!』
「ね、嫌でしょ? そらちゃんだけが頼りなの。リョウマ君が無理しないように、しっかり見張っていてくれるかしら?」
『まかせてー!』
ぶんぶんと首を縦に振って、そらは使命感に燃えていた。
(あ…はは。エルシーさん、そらの言葉は分からない筈なのに、会話が出来ているよ…)
それからと言うもの、そらは稜真からひと時も離れようとしない。
お風呂について来るのはまだしも、トイレの中までついて来ようとするのは、勘弁して欲しいと思う。なんとか説得して、トイレの前で待つように頼んだ。
ちょっと厨房をのぞいてみたいな、と思っても──。
『あるじ、だめよ! はやく、へやにもどる、ね? やすまないと、だめー!』
そう言って、稜真の髪を引っ張るのだ。しっかりと監視の役目を果たしていた。
稜真は仕方なく部屋へ戻り、読書を始めるのだった。




