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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第4章 休息

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75.帰宅

 街道へ入ると、行き交う人が増えた。

 天気の良い日で、人々は皆のんびりとした顔で歩いている。アリアに気付くと、軽く頭を下げて挨拶をする。


「そら。索敵はしなくてもいいよ」

『はーい』

 索敵を止めたそらは、稜真とアリアの肩を気まぐれに移動する。そんな中、アリアが何やら、きょろきょろと辺りを見回している。


「どうしたんだ、アリア?」

「前回帰った時は、あれだったでしょ? 何事もないか確認してたの」

「あ、ああ。そうか、収穫祭の騒動があったな。あれからずいぶん経った気がするけど…、考えてみるとひと月経ってないんだよな」


 のどかな光景に、何事も起こっていないと分かる。


「大丈夫だね。──ねぇ稜真。お父様には、どこまでお話する?」

「報告書に書いてあるから、補足程度でいいだろう。追加で話さないといけないのは、きさらの事くらいかな?」

「そうだね」

「食費がかかるから、お屋敷では飼えないよなぁ…」

「稜真は連れて来たいんでしょ?」

「そりゃ、ね」

「これからの移動も楽になるし、許可貰えるといいよね~。お肉さえ確保しとけば、なんとかなると思うな」

 きさらは自分の体重分食べるのだ。しばらくは山に置いておくしかないだろう。


「後は、巫女様に加護がバレた事か。これは内緒にしとこう。バレた時はアリアも一緒に、だよね?」

 自分だけがバレて、変に崇められるのはまっぴらである。

「え~!? だ、大丈夫だよ。きっとバレないって、多分…」

「そう願いたいよ。きさらの件は今度にしようね。まずは、怪我の事で叱られないと…」

「そうだね。叱られるよね…」


「はぁ」と、2人のため息が重なった。






「ただいま~」

「ただいま戻りました」

「おや、お嬢様、リョウマ。手紙が届いてから間がないのに、お早いお帰りでございますね」


 手紙を送ったのは、レンドル村の依頼を受けた時だった。あれから約1週間。危うく手紙よりも早く帰る所だった。

「…ちょっとね。お父様はどちらに?」

「執務室にいらっしゃいます」

 それ以上突っ込まれる前に移動してしまえ、とアリアはそそくさと執務室に向かった。──もちろんオズワルドも着いて来る。




 アリアは執務室の扉をノックした。

「お父様。アリアヴィーテです。ただいま戻りました」

「入りなさい」


 伯爵はアリアをにこやかに迎えた。

「お帰り、アリアヴィーテ。昨日手紙を受け取ったのだよ。驚いたな」

 アリアは伯爵に抱き着いた。

「ただいま、お父様」

「ただいま戻りました。旦那様」

「リョウマもお帰り。……お前は少し痩せたのではないか? 無理はするなと言った筈だぞ」

「…はい。申し訳ございません」


 今から無茶をした報告をしなくてはならないのだ。


「あの…お父様。アストンのギルドから、報告書を預かっておりますの」

「ギルドから? 見せてみなさい」

 稜真は、報告書の封筒を伯爵に渡した。伯爵は早速封を切り、報告書を読み始める。

「それではお父様。私は部屋に戻りま…」

「アリアヴィーテ。ざっと見た所、話を聞かせて貰う必要がありそうだ。読み終わるまで、そこで待っていなさい」

 伯爵の厳しい声に、アリアは首をすくめる。

「……はい」


 稜真とアリア、ついでに稜真の肩に乗っているそらも、身を固くして読み終えるのを待つ。


 読み終えた伯爵は深々とため息をついた。そして、控えていたオズワルドに報告書を渡す。

「お前も読んでおきなさい」

「かしこまりました」

 オズワルドは報告書を受け取り、読み始めた。


「さて、リョウマ。領民である子供を助けてくれた事には、礼を言おう。それで? お前から私に言う事はないか」

 伯爵は稜真を見据えた。


「お嬢様から離れてしまい、申し訳なく思っております。後から考えたのですが、自分が怪我をする事なく解決する策が、色々あったと気付きました。己の未熟さを反省しております」

「……自分で気付いているのなら、それで良い。体の具合はどうだ?」

「アストンで薬を頂きまして、飲み始めてからは良くなったと思います」


「良くなったと思って、動いているのだな。報告書によると、怪我をしてから6日しか経っていないと言うのに…。オズワルド、リョウマは今日から1週間は安静にさせる」

 報告書を読み終えたオズワルドが、御尤ごもっともとばかりに頷いた。


「あの旦那様、1週間もですか? 私は特に問題なく動けておりますから…」

 1週間も安静にさせられてはたまらないと、稜真は慌てて反論しようとしたが、伯爵に睨まれた。

()()にそうか?」

 見透かすばかりに見つめられ、稜真は白状した。

「……時々…めまいを起こす程度です」

 稜真が伯爵から目をそらすと、今度はアリアに睨まれた。


「めまい? …稜真…それ私…知らないんだけど……?」

『そら、しってる! あるじ、あるけなく、なってたの!』

 そらが言った。そらの言葉が分かるのは稜真とアリアだけで、伯爵とオズワルドには「クルルゥ」としか聞こえていない。

「しっ!」

 稜真が慌てて止めるがもう遅い。

「へぇ…。そうだったの…」

 自分だけが知らなかったのだ。アリアはムッと口を尖らせた。


「お父様。稜真は部屋から出したら駄目だと思うの。食事も部屋に運んで貰ったらどうかしら」

「そうだな。食事はエルシーに運ばせよう。リョウマは風呂とトイレ以外は、部屋から出ないように」

「あの、そこまでしなくても…」

「めまいの事、私に黙ってたなんてさ。しっかり休んで、早く治して欲しいもの。稜真は部屋で、大人しくしてて!」

 ぷっくりとふくれたアリアに言われてしまっては、稜真は頷くしかなかった


「アリアヴィーテが、他人に大人しくしろと言う姿が見られるとはな。驚いた」

「成長なさったのですね。お嬢様も」

 感心したように言う伯爵とオズワルド。アリアの頬は、更にぱんぱんにふくれたのである。



「それはさておき、アリアヴィーテ。今日からは、母が教師となる。そろそろ刺繍の腕を磨いて貰わねば、学園に行くまでに間に合わぬ。礼儀作法もだ。息抜きする暇はないと、覚悟しておきなさい」

「え? あの…お父様? 私にだけ厳しくないですか?」

「報告書に書かれているのだ。リョウマはギルドから厳重注意された事で、充分に反省していると。これ以上言わずとも、本人は分かっていると。そしてアリアヴィーテに関しては、注意はしたがまだまだ足りないとな」

「お姉さんったら、ひどいよぉ。…刺繍だなんて」


 当然しばらくの間、冒険者活動の禁止を約束させられた。

 1週間安静を言い渡された稜真と、明日から裁縫の特訓をさせられるアリア。2人ともがっくりとうなだれたのだった。






 今日から安静を言い渡された稜真は、どうにも手持無沙汰でならない。暇潰しに図書室に本を取りに行こうとしたら、エルシーに見つかった。


「リョウマ君は、お部屋から出してはならないと、旦那様からのご指示です」

「本を取りに行くだけですよ?」

「駄目です。本なら、私が取って来ます」

 エルシーに背中を押されて部屋に戻された稜真は、やむを得ず魔獣使いに関する本を頼んだ。


 そらときさら。成り行きとはいえ、2体の魔獣を使役する事になったのだ。この機会に、魔獣使いに関して勉強しようと思った。

 エルシーは、魔獣使いに関する本を何冊か見繕って、持って来てくれた。


 ──稜真はベッドに腰掛け、本を手に取った。



『魔獣使い。人型の魔物を従える者もいるが、その多くは魔獣を使役する。その為、魔獣使いと総称されている。』

 冒頭は、成り立ちや歴史が書かれていた。


(次は契約方法か──)


『魔獣、もしくは魔物を力でねじ伏せ、自分を主と認めさせる。そして、名を与えれば契約完了となる』


(力でねじ伏せる? そらは、これに近いのかな…。これ以上従魔を増やすつもりはないから、契約方法は関係ないな)



『常に自分が上であると示さねばならない。魔獣使いの死の原因は、自らの従魔に殺される事が多いのだ。その為には、時には鞭打ち、時には鎖でつなぎ、食事を与えない等の体罰が必要となる。もしも扱えなくなる兆候があれば、すぐに処分すべきである』


(……鞭打ち? 鎖? 処分…って…。まぁ、うちの子達には関係ないよな…)


 そらはベッドのヘッドボードに止まり、端から端へと移動して遊んでいる。稜真はそらを呼んで膝に乗せた。本のページをめくりながら、片手でそらを撫でる。

 ふくふくとしたそらを撫でると気持ちが落ち着く。「クゥ」と喉を鳴らし、そらはご機嫌だ。



『人の暮らしに慣れた従魔を野に放ってはならない。元従魔は、野の魔獣や魔物以上に脅威となるのだから』


(これは理解出来るけど…。前述の事と合わせて、主としての自覚を持つ。それしかないよな)



『魔獣使いと従魔の絆が深まると、意志の疎通が出来るようになる。いわゆる念話である。絆が深まれば、念じずとも従魔の話す事が分かるようにもなる。ただし、全ての従魔に可能な訳ではない。高位の魔獣や魔物に限られる。

低位の魔獣が従魔になった場合、従魔側は魔獣使いの言葉が理解出来るが、魔獣使い側は従魔の感情が読み取れる程度なのだ。』


(絆が深まってからなのか…。きさらの言葉はすぐに理解出来た。自分の意志で俺の従魔になったし、絆が元々深かったのかも知れないな)


 後に知った事だが、スキルとしての念話は、スキルがある者同士なら遠方でも脳内で会話出来る。

 従魔との会話も念話と言っているが、こちらは魔獣使いとの絆で会話が出来る、ある意味別の物だった。瑠璃との念話も魔獣使いの念話に近いのだろう。



 どの本も表現こそ違え、契約方法、世話のやり方、基本的な心構え等を説いていた。

 稜真にとっては、体罰よりも愛情を説いている本が1番共感出来た。


 魔獣使いは基本後衛で戦うらしい。魔獣を前衛に立たせ、命令し、自分は補助を行う。

 剣士が魔獣の主になる例も書かれていた。補助の出来る魔獣を使い、自らは前衛に立つ。自分はこれに近いだろうか。前例があるのなら、剣を持って魔獣使いであると名乗っても、問題はなさそうだ。


 本の中には魔獣使いが主人公の物語もあり、楽しく読む事が出来た。


 こうして稜真は、1日を過ごした。






 2日目。

 稜真の部屋は、ベッド、タンス、サイドテーブルがある簡素な部屋だ。小さな暖炉があり、今は火が入っている。小さな丸椅子はあるが、大抵は使わずにベッドを椅子代わりにしていた。

 本ばかり読んでいるのも飽きた。エルシーが来るまで時間がある。体がどれだけ鈍っているのか確認しようと、ベッドの上で腹筋を始めた。


「──あらあら、リョウマ君。何をしているのかしら?」

 エルシーが、にっこりと微笑んだ。集中していたからか、ノックが聞こえなかった。どうやら時間を見誤ってしまったようだ。その冷ややかな口調に、稜真は冷や汗が流れた。


「安静の意味を分かっているのかしら?」

「体がどのくらい鈍っているか、確認しようかな、と思いまして…」

「次に見つけたら、栄養剤をオブラートなしで飲ませますよ?」

「すみません。それだけは勘弁して下さい。もうしません」

 土下座せんばかりに頭を下げる稜真を見て、エルシーは「ふふっ」と笑った。


「本当に苦手なのね」

「あの味は、殺人的でしたから…。オブラートの話、どうして知っているんですか?」

「お嬢様に聞いたのよ。オブラートなしで栄養剤を飲んだリョウマ君、半泣きだったんですって? お嬢様がよく分からない言葉を使って、説明してくれたの。え~っと、なんだったかしら? そう、『萌え萌え』って言っていたわね。私も見たかったわ」

 エルシーは、くすくすと笑う。


(くっ! あの時、そんな事を考えていたのか。アリア、治ったら覚えていろよ…)


「とにかく、今無理しちゃ駄目なの。そらちゃん!」

 稜真の部屋に用意された止まり木に止まっていたそらは、急に呼びかけられて、目をぱちくりとさせる。

『なにー?』

「今無理したら、リョウマ君治らないの。そらちゃんと外に出かけるのが、どんどん遅くなるわ。悪化して倒れちゃうかも…」

『やだー!』

「ね、嫌でしょ? そらちゃんだけが頼りなの。リョウマ君が無理しないように、しっかり見張っていてくれるかしら?」

『まかせてー!』

 ぶんぶんと首を縦に振って、そらは使命感に燃えていた。


(あ…はは。エルシーさん、そらの言葉は分からない筈なのに、会話が出来ているよ…)




 それからと言うもの、そらは稜真からひと時も離れようとしない。

 お風呂について来るのはまだしも、トイレの中までついて来ようとするのは、勘弁して欲しいと思う。なんとか説得して、トイレの前で待つように頼んだ。


 ちょっと厨房をのぞいてみたいな、と思っても──。


『あるじ、だめよ! はやく、へやにもどる、ね? やすまないと、だめー!』

 そう言って、稜真の髪を引っ張るのだ。しっかりと監視の役目を果たしていた。


 稜真は仕方なく部屋へ戻り、読書を始めるのだった。




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