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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第26章 王立学園2年生

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692.獣人の常識

「 」は人間語。『 』は猫語です。

 王都の一般住宅街。

 外壁に近い下町のとある家に、ボス猫は入った。


 古びた家の中は清潔に整えられており、男が新聞にアイロンをかけていた。男はすぐさまボス猫に気づき、アイロンを置いて慇懃に礼をする。


「お帰りなさいませ」

「…ニャウ」

 ボス猫は顎で戸棚を示す。

「っ!? ──少々お待ち下さいませ」


 男は戸棚の奥に大切にしまってあった小箱から、赤い石がついたイヤーカフを出してボス猫の前に置いた。ボス猫はそれに前足を置いて、人の姿に戻ったのである。


 獣と人の2つの姿を持つ獣人は、獣である事に誇りを持っている。その為、基本的には獣の特徴を隠さない。それが例え、獣人を嫌う国におもむく時だろうとも。隠してしまうと五感が鈍るという理由もある。


 隠して暮らす者は、それなりの理由がある。


 例えば、隣人が羽毛に対するアレルギー持ちであるとか。

 例えば、ふさふさした尻尾が仕事の邪魔になるとか。

 例えば、仕える主人がけも耳と尻尾に夢中になって、勉学に支障が出そうだとか。


 多種多様な理由があるが、この家の男が隠していたのは、主人が人である事を捨てて去ったからだ。本当なら自分もお供したかったが、猫の社会に紛れる主人の側に犬がいれば邪魔になる。ならば自分は、主人が人に戻る場所を守ろうと決めたのである。

 いつ戻るかも知れない主人を待つ忠犬は、主人の傷ついた心が癒されたと知って喜ぶのだった。


 さて。稜真が猫になる時は服ごと変化するが、狼になったら服は脱げた。


 獣人も服ごと変化しないので、普通なら人の姿になると全裸である。獣人国では好きな時に姿を変えるのが当たり前だったが、他国との交流が深まると不味い事態に見舞われる事が増えた。

 その為、国を挙げて全裸対策が練られ、ある魔道具が作られたのである。


 その魔道具には服一式が登録でき、獣から人に戻るとその服を自動的に身につけているのだ。

 魔道具は、腕輪、指輪、足輪、イヤリングなど形は様々だ。姿によって大きさを変える優れものであり、獣人が物心ついた頃に親から贈られる。一生親から贈られた魔道具を使う者もいれば、アクセサリー感覚で買い替える者もいる。洒落者等は幾つも持っているのだ。

 肌身離さず身につける物だが、もう自分には必要ないとボス猫は捨てて出て行った。


 稜真との会話は猫語で支障ないと言っても、稜真が奇異の目で見られてしまうし、匂いの隠し方を教えるなら、両方の姿が望ましい。

 だからボス猫は、捨てた魔道具を取りに来たのである。


「お戻りをお待ちしておりました」

「俺は好きにしろと言った筈だがな、ギジェル」

「ですから、好きにしておりましたよ。我が君」

「我が君はやめろ。マダラと呼べ」

「はい、マダラ様」

「あれから10年だぞ? 物好きめ」

 そう言いながら、マダラはイヤーカフを右耳にはめた。


 マダラがこの家を購入したのは、人に戻る未来の為ではなかった。寂れた場所にある朽ちかけた家が自分のようで、気が向いただけだ。

 この国で冒険者として暮らした期間は長くない。家を購入してすぐに人間が嫌になり、猫で生きると決めたからだ。ギジェルには好きにしろと言えば国に帰るだろうと思ったのに、家の手入れをして暮らし始めてしまった。


 呆れながらも、マダラは気が向くとふらりとギジェルの様子を見に現われる。言葉は交わさず、声をかけず。ただ顔を見て去るだけの関係が10年である。


「服は直しが必要ですね」

 魔道具に登録された服は劣化しないが、10年に及ぶ野良猫生活でマダラの体格が変わっていた。言われねば分からない程度だが、ギジェルは気になったのだろう。


「…戻って来たのではないが。これからは…たまに話をしよう」


 感無量とばかりに目をうるませるギジェルの頭には犬耳が生え、ブンブンと勢いよく尾が振られていた。




 そうして身支度を整えたマダラは、稜真に会いに来たのである。


「気づくのが遅い」

「遅いと言われても…」

 稜真は困惑しつつ、警戒しなくていいよ、と従魔達に言った。


 瞳の色、隻眼に入る傷の形、ボス猫の毛色と髪色等、共通点はあった。ボス猫が普通の猫ではないのも分かっていたが、まさか獣人とは思わなかったのだ。

 人間になったボス猫の年齢は、30〜40代だろうか。人生の酸いも甘いも噛み分けたような、アリアが見たら大騒ぎしそうな苦みばしったイケメンである。稜真は、自分とボスとのカップリングに走って騒ぐアリアを頭から追い出した。


「ボスは人になるとまだらの髪になるんですね」

 獣人は何度か見かけたが、斑の髪は初めて見た。


「あのな。逆にお前は、なんで灰色の髪じゃない?」

「なんででしょう…ね」

 ボスがそう言うならば、獣人が変身した姿と人の姿の毛色は共通するのだろう。稜真が猫になった場合、元になった柏樹アルトが変身した猫の色になるので、毛色は青みがかった灰色で瞳は青になる。稜真の色からかけ離れているので、説明のしようがない。


「…まぁいい」

「ところでボス。今日はどうしたんです?」

「この姿の時はマダラと呼べ」

「マダラさん? ──そのまますぎませんか?」

「猫の名はそんなもんだ」


 今日は匂いの隠し方を教えに来たと言う。ありがたい話である。ちょうどアリアもいないので、そのまま地下水路に移動した。稜真がマダラをボスとして敬っているのを感じて、従魔達はすっかり警戒を解いて、今はマダラに興味しんしんである。



 マダラに連れられて入った地下水路が何番か分からないが、人の気配はしない。


「リョウマ。猫仲間にお前は使い魔だと思われているから、おかしな点について突っ込まれないが、人間は別だ。気をつけろ」


 魔法を使ったり、アイテムボックスを使ったり、無尽蔵に回復薬をつかったり。身に覚えがありすぎる稜真である。


「…マダラさんは、俺について聞かないんですか?」

「誰にだって聞かれたくない事はあるだろう」

 つまり、自分の事も詮索するなと言っているのだ。


「とりあえず、猫になってみろ」

「はい」


 稜真は言われるがまま、猫に姿を変えた。


「お前の毛は月の色…だな」

「月の色? ただの灰色でしょう?」

 マダラはしばらく絶句してから、疲れたように口を開いた。


「…はぁ。俺には月の光に似て見える」


 稜真が持つ雰囲気のせいだろうか。マダラにとって夜に輝く月は、孤独を優しく包み隠してくれる慈愛の象徴だ。

 それはさておき、まずは匂いの隠し方だ。


「獣人は獣の姿に誇りを持っている。だから人の姿から獣に変じる時は、己の全てを出す。反対に人の姿になる時は、己を押し込める。だから獣と比べると、匂いと存在が希薄になる。あくまでも獣と比べて…だ」


 匂いの強さで言うならば、人→獣人→獣の順で強くなるのだろう。稜真は匂いの事なんて考えてもいなかったから、人と同じ匂いを振りまいていたのだ。だから匂いで、猫達に稜真の居場所が判明してしまったのである。


 稜真の猫の元になったアルトはどうだったのか。物語では語られていなかったので分からない。


 ちなみにマダラは、人の時と匂いを変えていると言う。匂いの変化は自由自在だそうだ。その域に至るまでは何年もかかるので、稜真は通常の獣人とは反対に、猫に変身する時に匂いを消せと指導された。イメージは月だと無茶を言われる。


 それでも人になったり猫になったりを繰り返す内に、マダラから合格と言われた。──副産物として、稜真は猫耳猫尾の獣人の姿になれるようになってしまった。獣人に紛れねばならない未来が訪れたら役に立つだろうが、そんな未来がないように願う稜真である。


 マダラも今は猫の姿である。


『匂いはそれでいい。──他に、俺とお前の違いは分かるか?』

『違い…ですか?』


 稜真はマジマジとマダラを見る。出会った時からの違いは、耳に光るイヤーカフだ。


『イヤーカフですか?』

『そうだ。お前は何も身につけていないな?』

『はい』

 猫の姿では何も身につけていない。


『人の姿になれ』

 ため息をついたマダラに言われて、稜真は人の姿に戻る。同じく人の姿になったマダラは、イヤーカフに触れた。


「これは魔道具だ。衣類が一式登録されている。これなしで獣に変身すれば床に衣服が残り、人になれば全裸になる」

 返事に困った稜真は目を泳がせた。


「好きなアクセサリーを言え。魔道具を手に入れてやる」

「助かります。俺もイヤーカフでお願いします」

 マダラのイヤーカフが男らしくて格好いいので、稜真もあれがいいと思った。稜真が代金を聞くとマダラは苦笑した。

「いらん。単なる猫の争いに、なんの見返りもなく高価な回復薬をばかすか使うお人好しへの礼だ」

「俺としては、試作品を処理できて助かったんですけど…」


 軽々しく変身するつもりはないが、メルヴィル領に帰郷して狼に変身するイベントが待っているので、服を自動的に着られる魔道具は非常にありがたいのだ。とは言え、ここは素直に受け取るべきだろう。


「ありがとうございます」


 人の姿の時は猫語を話さないようにする。

 獣に変身する時は匂いを変える。

 服を着る魔道具の存在。


 教えてくれた上に詮索しないマダラがありがたい。


「最後に」

「……ま…だ何か?」


「獣の姿になった獣人は人の言葉を話せない」

「えっ?」

 指導を受ける前、稜真は猫の姿で人の言葉で話した。あの時マダラが絶句した理由が、今分かった。


 どうやら獣人と能力や制限が同じなのは真神天翔の狼で、魔法使いアルトが変身した猫はこの世界の獣人とは違う存在らしい。


 詮索しないマダラが本当にありがたい。


「ボス。どうかこれからもご指導下さい」

 マダラさんよりボスだと稜真は呼び方を戻す。稜真が頭を下げると、横に並んだ従魔達もそろって頭を下げる。


「クックク。面白い奴らだ」




 猫として付き合うか、人として付き合うかは決めていないが、稜真とはこれからも関わってやろうと決めたマダラなのである。




ブックマーク、評価、いいね、誤字報告、ありがとうございます!


ボス猫さんの設定は小出しに。

その内ドドンと! …いつになるかなぁ

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