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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第26章 王立学園2年生

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680.陰陽師 5

 光の呪符が輪になり、幾重にも重なって稜真の周りに浮かんでいる。手の動きに合わせて呪符は飛び、ゴーストを消し去るのだ。

 流れるような動きと輝く呪符。

 アニメのシーンを体現している稜真に、いつものアリアなら周囲の状況そっちのけで萌えまくるのだが、今回はそうはいかない。


 無数のゴーストがうめき声を上げて迫って来るのだ。


 稜真の呼吸や呪文を聞き逃すなんてあり得ないのに、今回ばかりは両手で耳をふさぎたかった。けれど手を離せば尻尾から落ちてしまう。ガタガタ震えるアリアは、全身でもふもふ尻尾にしがみついて顔をうずめながら、時々萌えの補給をする為に顔を上げて、稜真の背中を見つめていた。


 壺が集めているゴーストはどこから来ているのか。


 これらは壺に入れられたモノだけではないだろう。稜真は壺に向かって、ゆっくりと歩を進めているのだが、歩きにくいったらないのだ。ただでさえ九尾に違和感を覚えているのに、人1人がしがみついているのだから。


「………アリア。いい加減離れてくれないか?」

「む…無理ですぅ。怖いんだもん…」

「だから外に出なくていいかと、何回も聞いただろうに…」

「聞かれたけど! こんな機会は2度とないかも知れないのに、稜真から離れるなんて選択肢はなかったもん!」

「それなら耐えろ」

「へ? ──ひいっ!?」


 耐えろと言ってから、稜真は尻尾をうねらせてアリアを弾き飛ばそうとした。──が、アリアは尻尾の毛を手にしっかり絡めていて、何度振り回しても離れなかった。


「ううう…。稜真ったら…ひどいよぉ…」

 アリアは半泣きである。長い尾を振り回された時に呪力結界からはみ出して、ゴーストの中を通過したのだ。


(まったく……)


 壺に手を加えたモノの相談をしたかったのに、今のアリアでは無理そうだ。存在に気づいていると知られたら逃げられる可能性がありそうだ、と、稜真は相談を断念。


 呼吸を整え、呪力を巡らせて。口にするのは大祓の祝詞。──こちらのゴーストに祝詞が効果を発揮するかどうかは、神威の矢で実証済みだ。



高天原たかまのはら神留かむづます 皇親神漏岐すめらがむつかむろぎ 神漏美かむろぎ命以みこともち

八百萬神等やほよろづのかみたち神集かむつどへに集へたまひ 神議かむはかりにはかり賜ひて

皇御孫命すめみまのみことは 豊葦原瑞穂國とよあしはらみづほのくにを 安國やすくにたいらけくろしせと』



 ここの探索をしている間意識を変えていたので、安倍晴明の力を使うのはたやすかった。アリアの誘導で変身させられた感が拭えない稜真だったが、体が変化し、息をするように呪力が使える開放感は心地よく感じていた。聖女モデルの像に関する悩みがちっぽけに思える程に。


 大祓の祝詞と共に、稜真が放つ清浄な呪力は波となった。たゆたう波に洗われて、生前の姿を取り戻したゴースト達は消えていく。



事依ことよさしまつりき さしまつりし國中くぬち

荒振あらぶ神等かみたちをば 神問かむとはしに問はしたまひ 神掃かむはらひに掃ひたまひて

語問こととひし 磐根いはね 樹根立きねたち 草の片葉かきはをも語止ことやめて』



 淡々と唱えられる祝詞は、心を静める効果がある。もちろんアリアにとって稜真の声は、内容はどうあれ癒し効果があるのだが。恐怖心が薄れ、尻尾に顔をうずめていたアリアは顔を上げた。


 生前の姿になったゴースト達は、稜真に感謝するように消えていく。


『ありがとう』

『キュンキューン』

『グオウ』


 それぞれの言葉を遺して、光になって宙にとける。それは儚くも美しい光景で、アリアは怖さを忘れた。──忘れるといつもの感情が蘇る。


(うわ~い! まさか、大祓の祝詞が聞けるなんて思わなかった~。抑揚を押さえた声が、いつにも増して気持ちよく感じる……はっ!? 気をしっかり持たないと浄化されちゃう気がする!!)


 体が軽くなって行くような感じがしたのだ。アリアは現実感をかみしめようと、しっかり尻尾に抱きつく。その姿は大木にしがみつくコアラである。



のららば あまつ神はあめ磐門いはとを押しひらきて

あめ八重雲やへぐも伊頭いつ千別ちわきに千別ちわきて こしさむ

くにつ神は高山たかやまの末 短山ひきやますえに上りして

高山の伊褒理いぼり 短山ひきやまの伊褒理をけて聞こし食さむ』



 祝詞を唱えながら、稜真は地下を探っていた。自分では力不足だが、呪力解放した安倍晴明は全盛期の力がある。


(さすがは最強の陰陽師。あんなに深い場所の存在を探り当てられるのか…)


 探り当てられたと言ったが、かすかに存在を感じた程度。

 ()()は、嗤いながらこちらを見ている。その雰囲気を稜真は知っていた。

 ()()の存在をしっかり把握するまで探れば、逃げられる予感がある。


 稜真は波のように放っていた呪力を瞬時に集めて槍に変え、()()に投げつけた。


《ギャアァ…》


 かすかな悲鳴が稜真に届く。


(……逃げられた…な)


 一撃は与えられたが、どこまでダメージを与えられたかは疑問が残る。ともあれ、槍を作った余波を浴びたか、ゴーストは極端に数を減らしていた。

 槍を投げた間も稜真は祝詞を続けていたので、祝詞の効果もあっただろう。



根底國そこのくに気吹いぶき放ちてむ く気吹き放ちてば

根國ねのくに 底國そこのくに速佐須良比賣はやさすらひめと言ふ神 持ち佐須良さすらうしなひてむ

く佐須良ひ失ひてば 罪と言ふ罪はらじと はらたまひ清め給ふ事を

あまつ神 くにつ神 八百萬神等共やほよろづのかみたちともに 聞こしせとまをす』



 長い大祓の祝詞を唱え終わると、パリン、と何かが割れる音がした。地下にたゆたわせていた呪力を一気に引き上げたからか、それとも力を貸していた存在が逃げたからか。呪物の壺が真っ二つに割れていた。

 壺の横にぼやけたローブの男が立っている。不思議そうに辺りを見回していたが、その姿は徐々に薄くなって、静かに消えていった。


 何かで壺の封印が緩み、魔法使いが壺に取り込まれたのだろう。もし魔法使いが壺に取り込まれながら封印を施していなかったら、次々に犠牲者が出ていたかも知れない。集めた魔法具の管理を怠った責任をとったのだから、術者としては見上げたものだ。


 伊吹が壺に入れた魔道具も、全て粉々になっている。


「依頼完了…だな」

 稜真はそらの目を借りて外の様子を見たが、特に変わりはない。いや、林が明るく感じられるようになっていた。


 さて姿を戻すか、と稜真は思ったのだが、アリアに止められた。


「仲間には変身を見せて、共有しておかなくちゃと思うの~」

「……はぁ」


 気は進まないが、アリアの言い分も理解できる。

 ここは広い地下空間だ。もし気まぐれに訪れた人間がいても、対処する時間は充分にある。ため息をつきながら、稜真は皆を呼んだ。


 ちょうど手が空いていた瑠璃と、きさらも石笛で呼んだ。


 姿が変わっていても、稜真を見間違う仲間はいない。もっふもふになっている稜真に、全員がすり寄り、尻尾に登る。

 1番ご機嫌なのはきさらで、稜真の尻尾が自分とお揃いだと大喜びである。


 仲間には共有しなくちゃ、はアリアの方便だ。

 ただ単に、もう少し稜真の変身姿を堪能したかっただけだった。せっかくの変身なのに、最初に正面から見た以外は尻尾の感触しか覚えていないのだ。それと、このまま帰ったら悪夢を見そうな気がしていた。


 もふもふ稜真と戯れる瑠璃と従魔を見て、アリアは満足した。


(狐耳と九尾は至高~。金の獣瞳も格好良い~。あ、笑ったら犬歯が見えた!! 今日は九字切りを見られたし、祝詞も聞けたし、あ、そうだ!)


 アリアは思い出した。会話相手は不明だが、念話スキルが生えているかも知れないと。鼻歌交じりに、取り出したギルドカードを見たアリアは「ひぇ!」と声を上げた。


「どうした?」

 アリアは震える手で、稜真にギルドカードを見せた。


 スキル欄に、神託と書かれているではないか。

 神託スキルを生まれながらに持つ者は神殿に入れられ、聖者や聖女とされるのは程度の違いこそあれ各国共通だ。入れられた者は多少窮屈な生活になるが、衣食住が提供され、人々から崇められる存在となる。

 そうなった者はまだ自国にいられるが、行方知れずになる者も多い。


「神託? 何があったんだ?」

「それが…」


 アリアはスキルがついたであろう時の話をした。


「それ…相手は女神さんだろう?」

「言われてみれば…他にいないね…」


 アリアと話したかったからスキルを与えたのか。

 稜真の変身を見て、はしゃぐ余りにうっかり付けてしまったのか。


「後の方だと思う」

「俺もそう思うよ」


 聖女の稜真に、神託スキル持ちのアリア。地雷が増えてどうするのか。


 変身は隠しておきたいが、神託スキルについては責任者様達に話しておかねばなるまい。


 現実逃避したくなった2人は、アリアは稜真の尻尾に、稜真はきさらのお腹にうもれたのだった。




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