表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第26章 王立学園2年生
713/758

閑話.とある男の特殊任務

 鬱蒼とした森の中。魔狼の群れに襲われる旅人に悲壮感はない。


「ティアラ、そっちは任せる!」


 ナイフを逆手に握ったミッキーが魔狼の群れの隙間を駆け抜けると、血しぶきを上げて魔狼が倒れた。群れの大半はミッキーに向かうが、何頭かは小さなティアラを狙う。


 普通の猫でくみしやすいと思ったのだろう。群れの中でも小さな個体が4頭でティアラを囲んだ。


「シャアアアッ」

 小さな体で威嚇したかと思うと、ティアラの体はムクムクと大きくなる。

 肩から生えた触手2本が両サイドの魔狼を貫き、正面の魔狼は、ティアラの右腕一振りで吹き飛んだ。最後の1頭は、尾を足の間に入れてジリジリと後ずさる。

 自分を馬鹿にした者を容赦するティアラではない。瞬時に距離を詰め、日頃の鬱憤を晴らすかのように急所をかみ砕いた。


 主従で舞うように魔狼を屠る。


 相棒の活躍を目の端におさめ、ニッと不敵に笑ったミッキーが最後の魔狼の首を落とした。


「終了~っと。ティアラ、お疲れ様。さすがは僕の姫君だよぉ」

 ティアラがツン、とそっぽを向くのはいつもの通り。ミッキーはサクサクと魔石を取り、残りは放置した。


 自分たちの気配がなくなれば、死体はスライムが処理する。血の匂いを嗅ぎつけた魔物が集まる可能性はあるが、この場所は街道から外れている。希少な採取物を求める冒険者が通りかかったとしても、それは自己責任だ。


 オルブライト国王都を出たミッキーが向かっているのは、グランゼール王国である。

 街道を行けば安全にスムーズに旅が出来るのに、主従が進んでいるのは道なき道。何故こんな場所を通っているかと言うと、魔物の分布に異常がないかの調査をしているからだ。


「ここらの魔物に変化はないねぇ。いる筈のない魔物も、今のところ見かけていないし」


 しばらく前に、この国にいない魔獣の発見報告がされた。

 南国に生息するジャウリーと火山地帯に生息する火蜥蜴だ。


 どちらもほぼ同じ場所と時に報告され、エドウィン王子が参加した課外授業で見つかったのだから、陰謀説も出た。

 発見者に疑いがかかってもおかしくなかったが、ジャウリーはAランク冒険者からの正式な報告がなされているし、火蜥蜴は生徒が討伐してすぐに王立学園の教師が受取り、騎士団に報告がされている。その為、王子が関わったのは偶然だろうと結論づけられた。


 その後の調査で、ジャウリーは密輸入されたのだろうと分かったが、持ち込んだ犯人は未だに判明していない。見つかった個体はAランク冒険者が保護しているらしいが、どこで保護しているのかは分からないし、何故か問題視されていない。

 騎士団長が問題視していないのだから、ミッキーは気にしない事にしている。


 ジャウリーの行方よりも問題なのは火蜥蜴だ。

 危険極まりない火蜥蜴の生息域が変わり、我が国で繁殖していたら大問題である。王立学園の協力を仰ぎ、騎士団と冒険者ギルドが、文字通り草の根を分けるように捜索が行われた。

 ミッキーも冒険者として調査に参加したのだ。


(あの時は苦労させられたねぇ。むさい男共に囲まれて、藪をかき分けたり地面を調べたり、体を洗う時間も取れなくって、姫のご機嫌が悪かったからなぁ)


 火蜥蜴は見つからず、繁殖するような環境変化も起こっていなかった事から、火蜥蜴も同じ犯人が持ち込んだのではないかと言われている。

 毒持ちの危険な火蜥蜴は、調薬素材として珍重されているのだ。調薬と行っても薬ではなく、毒薬の素材である。


 未だ犯人は捕まっていない為、一応環境の変化と魔物の異常発生の可能性も考えねばなるまいと決まった。そんな訳で、他国に赴く騎士団員は、時間が許す限り調査を命じられているのである。

 そう。ミッキーはこれでもオルブライト国騎士団の騎士なのだ。

 騎士団でも諜報活動を行う部署にいて、Bランク冒険者として依頼を受けながら諜報活動をしている。


 今回の任務先のグランゼール王国、そこまでの道行きに異常が起こっていないかの確認は、あくまでもついでだ。主要任務は、グランゼール王国に現れた聖女の調査である。


「寄り道はこの程度でいっか。サクッと目的地に向かいたいなぁ…姫もそう思わない?」

 まだ大きなままでいるティアラは、ちらちらと自分の様子をうかがうミッキーを見ようともせず、毛繕いに余念がない。


「ひ~め。お願い!」

『嫌』

「そんな事言わないでぇ」

『い、や、よ!』

「うう! 姫ってば冷たい!」

『嫌なものは嫌!』

「あ~あ。調査が早く終われば、それだけ早く国に帰れるのになぁ。ギルドでリョウマに会う機会もあるだろうになぁ…」


 ピクッと耳が動いた。ティアラはもう少し体を大きくし、ミッキーに背を向けた。

『………乗れば』

「やった! リョウマ様様だよぉ。──ちょーっと複雑だけど」


 ミッキーは嬉々としてティアラにまたがった。


 本気で駆けるティアラの速さは、そんじょそこらの魔物がかなうものではない。ミッキーの重さをものともせず、ティアラは川を飛び越え、崖を駆け登る。


 そして主従は寄り道時間の挽回どころか、大幅に時間を短縮して国境に着いたのだった。


 街道に入る前に、ティアラは小さくなってミッキーの肩に乗った。今は両肩にまたがるように体を伸ばして眠っている。そうしていると可愛らしい猫だ。

 気まぐれなティアラは、戦いとなるとミッキーの指示を聞いて動く。お互いにかけがえのない相棒なのだ。──通常は塩対応がすぎるが、それもミッキーとってご褒美なので問題ない。無防備に体を預けてくれるのも信頼の証である。


 ミッキーはティアラの眠りを妨げないように、珍妙な動きで国境の関所へ足を進めた。

 その怪しい動きが兵士に警戒されてひと騒動起こったが、ミッキーが熱くティアラ愛を語り食傷させる事に成功。事なきを得たのだった。




 聖女の情報を集めながら移動を続けていたのだから、この遭遇は必然だったのかも知れない。


 思わず「わお」と小さく声を上げたミッキーは、そそくさと見たくなかった人物から顔を背けた。──と言っても相手はミッキーを知らないので、背けたのは顔を隠したかった訳ではない。


 ミッキーが見たくなかった人物、それはラドワーン国のハリル第3王子である。麗しい美貌を隠しもせず、辺りの女性からの熱い視線を集めまくっている。

 王子のくせに随行人数が少な過ぎるだろう、とミッキーは心の中で突っ込んだ。

 メイド服の女性と、騎士が1名しか見当たらないのだ。それぞれが馬を引いているので、移動に馬車は使わなかったのだと分かる。聖王国御一行様は仰々しい馬車と護衛を引き連れて旅をしていると聞いているから、えらい違いである。


 普通の通行人を装ってその場から離れたミッキーは、不審に思われない距離を取って様子をうかがう。


 そこへシャンシャン、と軽やかな鈴の音が聞こえて来た。嫌そうにそちらを見たミッキーはめまいを覚えた。


(聖王国の王子一行の事を考えていたからって、実物が出てこなくてもいいと思うんだよねぇ…)


 きらびやかな白銀の大きな馬車を引くのは、これまた白銀の馬が4頭。たてがみが編み込まれて、飾りに鈴が結びつけられている。馬車の周囲には、聖王国聖騎士団員が10名。揃いの鎧に身を包み、今から式典に出るのか?と言いたくなるきらびやかさだ。


 ハリルに気づいたのだろう。馬車が止まり中から男女が降りて来た。2人とも見るからに貴族と分かる服装で、軽装のハリルとはこれまた対照的だ。

 

 向き合った2人の王子は、あからさまにギスギスした雰囲気である。バチバチと火花を散らし、舌戦を繰り広げているのだ。随行している者は、どちらもおろおろするばかりである。──いや、ただ1人だけ、無表情なメイドは平静を守っているように見える。


 厄介ごとの気配に、ミッキーはため息をついて天を仰ぐ。


「見かける事があれば調査しろって言われてたけどさぁ。あっちは別ルートから入る同僚が担当なんだよ? どうして僕の前に現れるのかなぁ。………ねぇ、姫。見ないふりして帰っちゃおうか?」

『ふざけないで!! 任務達成にならなくて、また来るのは嫌よ!』

 フシャア!っと怒ったティアラは、ミッキーの頬にザクッと一発食らわせた。


「はは…やっぱり駄目かぁ。仕方ない、真面目にやるとするか…」


 ティアラからの愛あふれる鉄爪を貰ったミッキーは回復薬のハズレ味を飲んで心を奮い立たせ、調査対象の観察を始めるのだった。




ブックマーク、評価、いいね、誤字報告、ありがとうございます!


…次回も閑話予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ