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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第26章 王立学園2年生

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668.あの後の侯爵家

「……ん?」


 パトリスは頬をなめる感触で目を覚ました。


「あ…ファルコ」

 なめていたのは従魔の羽蜥蜴、ファルコだった。パトリス以上に存在感が薄かったが、ファルコもずっとパトリスといたのだ。

 防御力と素早さに特化している羽蜥蜴の戦闘力は低い。それでも攻撃をそらしたり、盾代わりとなって攻撃を受けたりと、戦闘の補助をしていたのである。


 パトリスの枕横にいるファルコの隣には、ぷるぷるした緑色のスライムもいた。

「えっと、君はさちだよね? どうしてここにいるの?」


 馬車を停めて、3人を降ろしてからの記憶がない。誰かが自室へ運んでくれたのだろう。窓の外は暗い。自分はいったい何時間眠っていたのだろうか。


「うう…ふがいないですぅ」

 なぐり書きのメモを書く暇もなく、ファルコを連絡に飛ばせる事も出来なかった。これでは自分が侯爵家に雇われている意味がないではないか。パトリスの目に涙が浮かぶ。

 その時ドアがノックされた。


「は、はい。どうぞ」

 入って来たのは稜真だ。手に持ったお盆の上には、何やら湯気の上がる物が乗っている。


「おつかれ様。アリアが面倒をかけたね」と稜真はパトリスをねぎらい、涙を拭いてやった。タイミング良く来たのは、さちにパトリスが起きたら知らせてと頼んでいたからだ。

 アリアとグレゴリーの暴走コンビのおもりなど、稜真は間違ってもやりたくない。おまけにクリスティアンが、パトリスの助けになるどころか暴走コンビに加わったのだから、パトリスの心労は計り知れない。倒れたのも無理はない。


 パトリスの部屋は、伯爵邸の稜真の部屋よりも広い。2人がけのテーブルに、稜真はお盆を置いた。


「お腹が空いているだろう? 軽い物を作って来たから食べないか?」

 優しい言葉が胸に染みたパトリスは、本格的に泣き出してしまった。


「リョウマ…僕…アリア様を止められなくて…」

 えぐえぐ、とパトリスは泣く。いい年した男の泣き方ではないなぁ、と思いつつも、原因はアリアなのだ。ハンカチでは足りなさそうなので、稜真はタオルを出してパトリスに渡す。──ついでに料理が冷めそうなので、1度アイテムボックスに収納しておく。


「俺でも暴走したお嬢様は止められないよ」

「リ…リョウマでも?」

 こっくり、と稜真は頷いた。

「おまけにグレッグ様とクリスティアン様もいたんだ。止められたら奇跡だよ」


 稜真はドラゴニアダンジョンでの出来事を、笑いながら話す。パトリスにはある程度話してはいたが、詳しく話す機会はなかったのだ。

 ぽかん、と口を開いて聞いていたパトリスも、次第に表情が緩み、笑い声をあげるようになった。


 自分の主人と孫娘のやらかし話。

 視点を変えれば、そうそうたるメンバーのダンジョン攻略話である。


 何しろメンバーは我が国の騎士団長とその息子、前騎士団長、グランゼール王国の騎士団長、そして勇者2人なのだ。

 グレゴリーとアリアの人並み外れた身体能力による戦闘を、ついさっき目の当たりにしたパトリス。あの時はどうしよう、と困惑し、自分の力不足を実感させられた。

 稜真視点で語られる話は、アリアとグレゴリーに苦労させられたという、同じような体験話なのに、何故かワクワクした冒険譚に聞こえる。


 稜真が頭を抱えたというエピソードも笑いながら語られて、パトリスも思わず笑ってしまった。気が抜けたせいで、お腹がキュルルとなって赤面する。稜真にクスッと笑われて、更に赤みが増した。


「ほら。食べながら続きを話してやるから」

 稜真はベッドに座っていたパトリスの手を引いてテーブルに座らせ、アイテムボックスにしまった料理を取りだした。疲れすぎて食欲が落ちているのでは、と考えた稜真は厨房を借りて、卵雑炊を作って来たのだ。


 その際、侯爵家の料理長にはうどんやおかゆ等、病人食レシピを提供させられたので、今後侯爵家に出た病人に提供されるようになるだろう。


「ううっ…ありがとう」

 優しい味の卵雑炊と稜真の優しさが心に染みて、パトリスはまた泣いてしまった。苦笑しながら、稜真は続きを語るのだった。


 すっかり元気になったパトリスに、ファルコは主に頭をすりつけた。少々頼りないこの主が、ファルコは気に入っているのだ。心配させたと分かっているパトリスは、ファルコの頭を撫でてから喉をくすぐってやる。ファルコはそうされるのが好きなのだ。ファルコは気持ちよさそうに目を閉じた。


 ──稜真はうっかりしていたが、パトリスは蒼炎の勇者の大ファンである。


「リョウマ。僕、弓の必殺技を見てみたいです!」

「へ?」

 もし今回のような苦労をさせられたとしても、蒼炎の勇者様のまだ見ぬ必殺技が見られるなら苦労はいとわないパトリスなのだ。


 キラキラした瞳のパトリスに、稜真の頬は引きつる。


「あー、機会があったらな…」


 ともあれ元気になったのは何よりだ。──そんな機会が訪れないことを願う稜真なのである。





「……母上…。そろそろ…お許し願えません…か?」

「………うむ」


 侯爵家の玄関ホールでは、父と息子が正座させられていた。

 稜真がアリアとの()()を終えて料理を作り、パトリスの部屋を訪ねるまで何時間経ったのか。その間ずっと正座させられているのだ。「うむ」以外に何か言え!と、クリスティアンはグレゴリーに肘鉄を食らわせたがダメージはなかったようで、「む?」とひと言あっただけだ。


「駄目です」

 2人の前に立つイザベラは、2人に冷たい視線を送る。


「「ぐ…」」

「し、しかし母上。ずっと立っているので、そろそろお疲れではありませんか? ご年齢を考えたらいかが…っ!?」

 母から浴びせられた蔑んだ目に、クリスティアンは身を縮める。


「…その心配は無用です」

 イザベラの合図で、カフェテーブルが運ばれて来た。

 使用人達はアリア達が帰宅する前から用意して、ずっと控えていたのだ。こちらが立っていれば威圧感があると判断したイザベラは、合図するまで出さなくていいと命じていたのだ。──口にしたくはないが、クリスティアンが言うように足が疲れてもいた。


 椅子に腰掛けたイザベラは、更に冷たい雰囲気を漂わせて2人を見下ろす。腰を落ち着ける気満々のその姿に、グレゴリーとクリスティアンは絶望した。


 そこへ「おばあさまぁ」と、目をこすりこすり双子がやって来た。

「こんな時間にどうしたのです?」

 双子には専属のお世話係がついている。


 イザベラが息を切らせているお世話係に目をやると、彼女は困った顔で「昼間に泣き疲れて眠りすぎたせいで、変な時間に目が覚めてしまわれて」と説明した。

 夕食後の寝かしつけまで稜真がしていたのに、目が覚めると部屋に姿がない。双子は彼を探すと言って聞かない。挙げ句の果てに、黙って帰ってしまったのかもと泣きそうになる。ならば「私がお探しして参ります」と部屋を出たら、ドアの隙間から部屋を抜け出されてしまい、慌てて後を追ってここまで来たのである。


「ヴィクトリア、ヴィルフレッド。いけませんね。子供は眠る時間です」

「「……ごめんなさい」」

「おばあさま。リョウマがどこにいるかしりませんか?」

「ぼくたちにいわないで、かえっちゃったのですか?」

 ヴィクトリアとヴィルフレッドがうつむきながら尋ねる。

「彼は、あなた達に何も言わずに帰る人ではありません。今はパトリスと話をしている筈です。……そうですね。わたくしの手伝いをしてくれたら、リョウマに子守歌をお願いしましょうか」


「「なんでもやる!」」と、双子は声を揃えた。



 ──そして。侯爵家の玄関ホールに悲鳴が響き渡る事となった。



「おとうさま、うるさいです」

 ヴィクトリアはクリスティアンの膝上で口を尖らせた。

「だ…だがな…」

「だがな、じゃないのですわ!」

「……はい」


 ヴィルフレッドはグレゴリーが苦手だ。屋敷の2階以上の高さまで放り投げられた記憶は、恐怖でしかない。あんなものは高い高いではないと、皆が怒っていた。


(トリーにやらせるなんて、おとこがすたるもの)

 そう思ったヴィルフレッドは、意を決してグレゴリーの膝によじ登った。


「じいじ…すっごく…うるさいです」

 声が震える自分を情けなく思いながらも、キッとグレゴリーを見つめる。

「…だがな…」

「だがな、じゃないのです!」

「…ぐ…むぅ」

 顔を見ると怖くなるので、ヴィルフレッドはイザベラを見るようにして座り直した。正座している膝の上で体勢を変えられるのは非常に辛いが、文句を言えば怖がらせてしまうだろうからと、グレゴリーはうめき声をこらえる。


 自分を恐れているヴィルフレッドが膝に座っているという滅多にない経験をしている嬉しさと足の痺れが相まって、グレゴリーは複雑怪奇な顔になっていた。背中を向けて座っているヴィルフレッドが見たら、きっと大泣きするだろう。



 果たしていつになったらイザベラのお許しが出るのか。足の痺れと戦うグレゴリーとクリスティアンであった。




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