69.アストンへ
稜真がサージェイの家で1時間程もてなしを受けてカレンの家へ行くと、ちょうどアリアも家を出た所だった。
村を出る前に村長に挨拶をしようと扉に手をかけた時、馬を引いた冒険者がやって来た。
「あれ? ニッキーじゃないの。どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、アリア……」
呑気なアリアの様子に全身の力が抜け、ニッキーはへたり込みそうになった。
ニッキーは事情を説明した。
アリア達が泊まっていた宿に、この村の隣、マグネス村から男が食事に来た。その男から冒険者が怪我をしたと聞いたマシューが、ギルドに問い合わせたのだと。
「行ったのがあんた達だって聞いて、皆真っ青になってさ。その男に話を聞いても詳しい事は分からない。肝心の怪我の状態とか、魔物はどうなったのかがね。だからギルドの依頼を受けて、あたしが調べに来たのさ」
ギルドに戻ったジュリアは、レンドル村の調査依頼を出した。だが誰を派遣すべきなのかが決まらなかった。
アリアと稜真を見知っている者がいい、そう思ったが適当な冒険者が見あたらず、いっその事、自分が行こうかと思った所で、依頼を終えたニッキーとマドックが戻った。
話を聞いたニッキーは早速依頼を受け、朝から馬を走らせて来たのだと言う。
「皆…心配してるよ」
それを聞いた稜真は早く帰らねばと焦る。
「申し訳なかったです。行こうアリア」
「うん、急ごう! あれ? ねぇ、ニッキー。お馬鹿さんは一緒じゃないの?」
「ああ…あいつね。一緒に依頼を受けたんだけど、馬に乗るのが久しぶりすぎて落馬してさ。湿布貼って宿でうなってる」
ニッキーは肩をすくめた。
「うわぁ、相変わらずだねぇ」
「あはは…」
「さて、と! 1人はあたしが乗せて行くとして、もう1人はどうしようか?」
「俺が乗せて行く」
そう言ってやって来たのは、馬を引いたアーロンだ。
「アーロンさん。タイミングが良いと言うか、なんというか…。準備が良すぎじゃない?」
半分呆れたようにアリアが言う。
「俺達は助かりますけど、いいんですか?」
「今日は元々、俺が送って行くつもりだった。2頭の馬で行って、1頭引いて帰るつもりだったから問題ない」
稜真達は村長に挨拶をすませ、依頼書に完了のサインを貰う。準備も出来たし、早く出立しようとニッキーがうながした所へ、サージェイが走って来た。
「に、兄ちゃん、どうしよう! カレンが冒険者になるって言い出したんだよ。体弱いのに…」
「カレンが?」
稜真はチラリとアリアを見る。アリアは、てへっと笑って目をそらした。
「…サージェイ、良い方に考えてみたらどうかな。何か目標があったら、体も強くなるんじゃないか? 冒険者になるのかどうかは置いといて、カレンに生きる目的、目標が出来たのは、良い事じゃないかな?」
「そう、なのかな? …うん。確かにカレン、生き生きした顔してた。いつも、どこか諦めたような感じだったのに」
「無理だけはさせないように、サージェイが見守ってあげればいいさ」
「うん、そうする! 兄ちゃん、ありがとう!」
元気が出たサージェイは、このまま稜真達を見送るつもりらしい。
「アリア。カレンと何を話したのかな?」
「ん~? 大事な人は、待ってるだけじゃ駄目よって言ったの。追いかける体力と、その人を守る力がなくっちゃね、って」
「体力と力…ね。無理しなきゃいいけどな」
「大丈夫! ラジオ体操教えて来たもの。体力つくまでは、毎朝やってねって」
「ラジオ体操、か。それなら大丈夫かな。基礎体力作りには、持って来いだろうし」
「そろそろ行くぞ」
アーロンが呼んだ。2人は、つい立ち止まって話していたのだ。
「はい。お待たせしてすみません」
仰々しく見送られるのは困ると、村長が村人達に言ってくれたようだ。見送ってくれるのは、村長とサージェイとメリエルの3人と、サージェイの両親だった。
何か言いたげに見つめて来るメリエルだが、アリアと目が合うと、困ったように微笑んで頭を下げた。
朝から走って来たニッキーの馬には、軽いアリアが同乗する。見送ってくれる人に手を振って出発だ。
「兄ちゃん、アリア様、ありがとう!」
サージェイは稜真達の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
しばらくして先導していたアーロンが「休憩するぞ」と、馬を止めた。
「ちょっと早すぎない?」
知らせを待っている人達を思い、ニッキーが言う。
「そっちの馬は、朝から走って疲れているだろう。休ませた方がいい。それに昼時だしな」
「それもそうだね」
昼食の事を考えてなかった稜真は、何を作ろうかと動きかけたが、アーロンに止められた。村長の奥さんから弁当を預かったと、背負っていた袋から取り出す。大き目の水筒も持っていた。弁当は3人分だ。
「少しずつ取り分ければ、4人分になるだろう」
「本当に準備がいいですね、アーロンさんは」
稜真はそう言って、アイテムボックスに残っていたおにぎりを取り出した。これで4人分には充分だろう。
「あら、あたしの分も貰えるの? 保存食しか持ってなかったから助かるわ」
そらはずっと、飛んで着いて来ていた。稜真は、そらの好きなドライフルーツや木の実を皿に入れ、お弁当からも少しずつ取り分けた。
「クルルゥ!」
稜真は嬉しそうなそらの首元を、そっとくすぐった。
休憩を取って、ニッキーの馬も元気を取り戻した。先ほどと同じ組み合わせで馬を進ませる。アリアとニッキーは、アーロンの馬の後ろにいる。
「ニッキー。馬をアーロンさんよりも、前に出して欲しいの」
「別に構わないけど、どうして?」
(だって! 後ろから稜真とアーロンさんを見てると、妄想を我慢するのが、つらいんだもん! ……なんて、言う訳にはいかないよねぇ。下手な事を考えたら、稜真に気取られるんだもの。ここまで堪えた私、偉いと思うんだな。でも、アストンまでは絶対持たないって、自信持って言える! だってアーロンさんって、すっごく稜真の事を気にかけてるんだもん。稜真に向ける気遣いに満ちた視線ったら……妬ける。──それは置いといて! これで妄想しないなんて、絶対無理~~っ!)
「アリア、何か変な事考えてる? まぁ、とにかく前に出るわ」
(あ、あれ? ニッキーにも分かるの? 稜真の勘が鋭いんじゃなくて、私が分かりやすい? ま、まさかね?)
「あたしらが先に行くよ!」
ニッキーはアーロンに言うと、前に出た。アーロンは頷く。すれ違う時、アリアは稜真から生暖かい視線を向けられたのを感じた。
(あ、バレてる……)
急がせる事なく馬を進ませ、夕方前にはアストンが見えて来た。
「リョウマ。お前はもう少し、自分の体を大切にしろ。まだ本調子ではないのに動きすぎだ」
アーロンが言った。
「無理しているつもりは、ないんですけど…」
「自覚がないのか? 全く」
アーロンはそう言って、深々とため息をつく。
「しばらくは、いつもの半分しか動くな。気になって仕方がない」
「分かりました。気をつけます」
「今夜は馬に乗って疲れが出る。早く寝るんだぞ」
アーロンは、稜真の髪をくしゃと撫でる。その大きな手は、とても温かかった。
町の入り口で稜真を降ろしたアーロンは、町に入らず、このまま帰ると言う。
「俺の馬は体力があるからな。今から走らせれば、夜になる前に村に帰れる。リョウマ、村の近くに来た時は顔を見せに来い。──またな」
「はい。色々とありがとうございました」
アーロンは村へ戻って行った。
アリアとニッキーも馬から降り、アーロンを見送った。
そらは、アリアの肩に乗っている。なるべく稜真に負担をかけないように、と考えているようだ。
「稜真、寂しそうだね~」
「短い間だったけど、たくさんお世話になったって、思ってさ」
「今度行く時は、お土産いっぱい持って行こうよ。カレンも元気になってるか、気になるもんね」
「ふっ、そうだね。そうしよう」
ニッキーが向かった先は宿だった。
近づく馬の気配が分かったのか、宿から人が飛び出して来た。先頭のデリラが稜真の姿を見て一瞬固まり、「リョウマ!」と、叫んだ。そして稜真を抱き寄せると、声を震わせる。
「良かった…。あんたが怪我したと聞いて、もう気が気じゃなかったんだよ…。怪我は治ったんだね? もうどこも痛くないかい?」
「大丈夫です。ご心配おかけしました」
稜真は心配されたのが嬉しかった。まるで母のように温かなデリラを抱きしめ返す。後ろには、マシューとジュリアの姿も見える。そちらに向かって、目礼した。
「デリラ、そろそろ離してやれ。リョウマ、お帰り」
お帰りと言ってくれるマシューの言葉が嬉しい。
「ただ今戻りました」
感動的な光景を見ていたアリアは首を傾げた。
「ねぇねぇ。詳しい事は何も分かってなかったんでしょ? どうして怪我をしたのが稜真だって知ってたの?」
思い返してみれば、ニッキーにも聞かれなかった。呆れた視線がアリアに集中する。
「「アリアが怪我する訳ないじゃない」」
「「アリア様が怪我をする訳がない」」
微妙に違うが同じ内容を、声をそろえて言われた。
「……そ、そんな理由?」
「あ…ははっ、アリアは信頼されているね」
デリラから解放された稜真を、頭の先からつま先まで、じっくりと見てから、ジュリアは言う。
「見た所は、大丈夫かしらね」
「はい、大丈夫です」
「そういう事にしておいてあげるわ」
「ジュリア。私は先に行くよ。馬をギルドに返さないとね」
「私も戻るわ。ひと休みしたらギルドに来てくれるかしら。今回の事で報告書を作らないといけないのよ」
そう言うと、ジュリアとニッキーは急ぎ足で帰って行った。
「玄関先で話し込んで悪かったね」
食堂でデリラがお茶を入れてくれた。稜真としては、ギルドへ行く前に休めるのはありがたかった。
「リョウマもお嬢さんも、今夜はうちに泊まってくれるんだろう? 栄養のある物を用意しておくからな。夕食はうちで食べろよ」
マシューが言った。
「お世話になります」
「前に泊まった部屋が空いてるからね」
「ありがと~」
そして稜真達は、ギルドへ向かったのである。




