67.レンドル村へ
きさらからの景色を堪能していると、レンドル村が見えて来た。飛び立ってから、まだ1時間も経っていない。
「早いね。馬だと何時間掛かるんだろう?」
「あれ? 稜真はどうやって山まで行ったの?」
村を出てから稜真に会うまで、アリアの記憶は曖昧だ。馬に嫌われて乗せて貰えず、山まで走った覚えはある。稜真が嫌われる訳がないから、きっと馬で移動したのだろう。
それなのに時間が分からないのは何故だろう、とアリアは不思議に思った。
「アーロンさんの馬に乗せて貰ったんだよ。でも俺、途中で眠ったから時間は分からな──」
稜真は途中で言葉を止めた。前に座っているアリアから、怪しい気配を感じるのだ。
「なぁ、アリア。何か余計な事を考えてないか?」
にんまり笑って妄想にふけっていたアリアは慌てふためいた。自分の表情が見えない筈なのに、何故分かったのだろうか。
「え、えへへ?」
「何を考えたのか、正直に言ってみようか?」
「な、何も考えてないよ! 本当だよ! ほんのちょっぴり妄想しただけなの! 馬で眠ってたなら、きっと体をアーロンさんに預けてたんだろうなとか、横座りしてたら最高とか、眠っている稜真を支えて2人乗りだなんて、稜真がまるでお姫様みたいだなとか想像しただけなの!」
取り繕ったつもりが繕いきれず、背後から冷気を感じて、アリアは更に慌てふためく。
お姫様抱っこでダメージを受けていた稜真は、追い討ちをかけられ、頬がひきつるのを感じた。
「……そうか。そんな事を想像したんだ。今度まとめてお返ししてあげるから、覚悟しておいて」
稜真は低い低い声で、アリアに告げた。
「あわわわわ…」
(怖っ! さすがに萌えられないよぉ! …ああでも、稜真様の低く響く声…格好いい……)
萌えられないと言いつつも、しっかり萌えている所がアリアである。
稜真とアリアは、村からは見えないだろう位置で、きさらから降りた。グリフォンを屋敷に連れて行けるかはっきりしないので、しばらくきさらの存在は隠しておく事にしたのだ。
「ありがとう、きさら。またね」
そう稜真が言って喉元を撫でると、きさらは「クォン」と一声鳴き、飛び立って行った。石笛で帰す事も出来たのだが、近いから飛んで帰るという、きさらの意思が伝わって来たのだ。
「またね~」と、アリアがきさらに手を振った。
稜真はアリアにバレないように、そっと息を吐いた。体のだるさが抜けていない。山では瑠璃が度々回復してくれていて、ここまでの疲れは感じなかったのだが。別れ際にしてくれた回復効果が切れてきたのだろう。
そらがアリアの肩から、心配そうに稜真を見ている。大丈夫だよと思いを込めて、そっと撫でてやる。
「行こうか」
稜真は言うと、疲れを顔に出さないようにして、ゆっくりと村へ歩き出した。
村の入り口にいた男が2人を見つけて叫んだ。
「アリア様、リョウマ様、お帰りなさいませ! おーい! お2人が戻られたぞ!!」
集まった村人達の中から、男女が駆け寄って来た。真ん中にはサージェイの姿がある。
「申し訳ございません、リョウマ様。この子のせいで、お怪我を…」
その男女は、サージェイの父ベンと母テレサだった。3人で深々と頭を下げている。
「俺はこの通り大丈夫ですから、頭を上げて下さい。それにサージェイには助けて貰いました。あの魔獣から隠れる場所を教えてくれましたし、助けを呼んでくれました。彼が頑張ってくれたから、俺も助かったんですよ」
そう言って、そっとアリアの背を叩く。アリアはサージェイを見て、顔を顰めていたのだ。
(…そうだ。あの子も必死で…頑張ってくれていたっけ)
アリアは、稜真が怪我をした時、サージェイが必死に走り回っていた姿を思い出した。
「兄ちゃん、助けてくれてありがとう。それと、ごめんなさい。……怪我、大丈夫?」
「もう大丈夫だよ」
稜真は軽く笑い、サージェイの頭を撫でた。サージェイの両頬が真っ赤に腫れている。
家に帰ったサージェイは、テレサにひっぱたかれた後、ベンにも叩かれたらしい。巫女が治療を申し出たが、サージェイ自身が断った。自分が起こしてしまった事への、罰なのだからと。
「それよりも。どうして皆さん、俺に『様』付けなさるのでしょうか?」
アリアはともかく、これまでは『リョウマさん』と呼ばれていたのだ。
「リョウマ様の倒された魔獣の話は、アーロンから聞いております。アーロンは、サージェイから話を詳しく聞いて、確信したそうです。あの魔獣は次には村を、人を襲っただろうと」
サージェイの父親は、そこで息をつき、周りの村人達と頷き合った。
「家畜小屋の壊され方からして、もし村が襲われていたら、全滅していた可能性が高いそうです。村を救って下さった恩人を敬うのは当然でございます」
きっぱりと言われ、稜真は受け入れるしかなかった。サージェイの両親は改めてお礼を言った。
「この子を、村を助けて下さって、ありがとうございました」
後ろにいた村人達も、揃って頭を下げて来る。不甲斐ない自分に頭を下げられては居たたまれない。稜真は困り果てていた。
「ほらほら、そのくらいにして、お2人を休ませて差し上げましょう。お2人とも、今日は家にお泊り下さい」
稜真を見かねて、村長が言ってくれた。稜真は村人達に頭を下げられている事に、身の置き所のなさを感じていたので、ありがたかった。
村人達は口々にお礼を言いながら、立ち去って行った。
稜真とアリアは村長の家へ向かった。その途中、ついて来たサージェイが、どうして岩場に行ったのか話してくれた。
「友達にカレンって女の子がいるんだけど、体が弱くてさ。すぐに熱を出して体調を崩すし、いつも食欲がないんだ。プルムの実が大好きだから、食べて元気になって欲しかったんだ」
「そうだったのか。プルムの実は渡した?」
「ううん。これを採りに行ったせいで兄ちゃんに怪我させて、皆に心配かけたと思ったら渡せなかった」
サージェイは、ポケットからプルムの実を取り出した。大人の拳大程の大きさの赤い実は、あの騒動でも痛んでいない。
「渡しておいでよ。俺は大丈夫だったんだからさ。でも、これからは無茶しないようにな」
「約束する! 俺、兄ちゃんみたいに格好いい冒険者になるんだ!」
アリアや瑠璃、そらに散々心配かけた自分が言う事ではないと思うが、「家族に心配かけないように頑張れよ」と稜真は言った。
「うん!」
サージェイは稜真に手を振ると、カレンの家に向かって走り出した。
「ん~? 稜真、どうして顔が赤いの?」
「格好いいなんて、言われた事がなかったからね」
演じたキャラクターは美形揃いだったから、イベントでは稜真にも黄色い声は上がった。だが、あくまでもキャラクターの魅力であり、自身は平凡だという自覚がある。
サージェイは素の稜真を格好いいと言ってくれたので、なんとも照れくさいのだ。
「稜真は格好いいよ? 何を今更」
「はいはい。どうせ声だけでしょ? お世辞はいいから行くよ」
稜真は肩をすくめ、先に立って歩き出す。
アリアはため息をついて、稜真の背中を見つめた。
(声だけじゃなくって、全部格好いいって思ってるんだけどなぁ。言っても信じてくれなさそう。そりゃあ今でも声は大好きだけど、それだけじゃないのに。出会った頃と違って、今の稜真は戦う事を知って強くなってる。童顔は変わってないけど、身に纏う雰囲気が違っている。だから本当に格好いいのにね。──って、私がいくら言っても、信じてくれないんだろうなぁ)
アリアはもう1度ため息をついて、稜真の後を追いかけるのだった。




