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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

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63.荒れ地の回復

 稜真は早朝に起きて、こっそり抜け出すつもりをしていた。だが、やはり疲れていたのだろう。予定時間に目を覚ます事が出来なかった。

 それどころか、目が覚めたら昼近い時間で思わず頭を抱えた。いつも起こしてくれるそらも、稜真の体調を思って起こさなかったのだ。


 部屋には誰もいない。誰かに見られる前に例の事を終わらせたかったが、寝過ごしたものは仕方がない。誰もいないのはちょうどいい、と前向きに考える事にした。

 稜真はドラゴンの所に向かう。




「──何? お嬢達に気づかれない方法とな? ふむ。そうじゃな、眠りの魔法をかければ良いのではないか?」

「眠りの魔法ですか。俺は使えないので、ぬしさんにお願いしてもよろしいですか?」

「うむ、リョウマには借りがあるからの。任されよう」

「出来れば、主さんにも聞かないでいて欲しいのですが…」

「山の主として、見届ける義務があるからのぅ。聞けん相談じゃ」

「そうですよね…。まぁ、アリアに聞かれないだけでもいいか…」


 相談を終えて屋敷に戻った稜真は、1人で行動した事をアリア達に叱られた。




 稜真にとっては、朝食兼昼食後。

 ドラゴンは屋敷の外から、こっそり魔法をかけてくれた。

 ダイニングテーブルにアリアと瑠璃は突っ伏し、そらは椅子の背に止まって眠っている。稜真は訳知り顔の執事に、静かに頭を下げた。

 そして屋敷の外に出ると、ドラゴンの背に乗り洞窟の外へ向かう。


 着いたのは昨日の戦いの場所だ。


 昼の明るさの下では、大地の痛みを特にひどく感じた。アリアとドラゴンとの戦いで荒れていた大地に、更にブレスの炎と風が荒れ狂ったのだ。

 荒れ地の外側の豊かな自然を見ると、いっそう痛ましく感じられた。


「ここへ来る途中、1本だけ生き生きとした木があったの。木の周りも緑が蘇っておった。あれがリョウマのした事か?」

「昨夜試した結果です。この辺り一帯まで効果があるのかは、やってみないと分かりません」


 稜真が昨夜試したのは、歌を歌う事だった。


 稜真が出演した、あるアニメの1シーン。

 住宅街でヒロインと踊りながら歌うシーンがあった。踊っている足元から緑が芽生え、木が茂り、花々が咲く演出がされていた。住宅地なのに、あの演出はどうかと思ったものだ。


 そのキャラクターは、歌は上手いが普通の人間である。単なる演出に木を癒やす効果があるかは微妙だ。だが、声がスキルの発動条件だとルクレーシアに教えて貰った事だし、癒されればめっけものだと思った。

 そして試してみたら、予想以上に上手く行ったのである。


 アニメでは、歌った後の住宅街は元に戻っていたので、歌の効果が永続的な物なのか、それだけが心配だったが、ひと晩たっても木とその周りの緑は生き生きしていた。


 稜真は、この辺り一帯の緑が再生出来ればと考えている。


 ドラゴンにも責任の一端があるのだから、稜真が責任を感じなくてもいいのかも知れない。

 だが稜真は、アリアが自分に依存している事に気づいていた。ノーマンにも忠告されていた。それなのに、何も手立てをせずにいた事、事態の原因になってしまった事に責任を感じている。

 何よりも自分には回復させる手段があるのだ。


 ──ただし。ドラゴンという、ある意味ファンタジーの象徴の前で、アニメのキャラソンを歌う事に関しては、拷問に近い恥ずかしさを感じていたりする。




 稜真は荒れた土地の中央に立ち、前奏を頭の中で思い浮かべた。


 今から歌うのは、ゆったりとしたラブソング。歌詞に自然への愛が盛り込まれていて、緑を蘇らせ、植物を癒やす目的に適しているように感じる。


 稜真は深呼吸をし、静かに歌い始めた。


 木々が癒やされるように、荒れ地が緑になるように、そう願いながら歌う。目を閉じて、脳裏に緑豊かな光景を思い描いた。


 少し高めの声が、甘く、優しく響き渡る。

 低い音程から徐々に高く。


 優しく、のびやかに、大地に広がっていった。


 枯れかけた木は癒やされ、生き生きと蘇る。

 土があらわになった大地には、草が生え、花々が咲き乱れた。

 風がそよぐと、木の葉が触れ合い、草花が揺れる。


 ほぅ、っと誰かが感嘆の声を漏らした。




 フルコーラスで歌い終わり、稜真は息をついた。上手く行ってくれただろうか。不安に思いながら、最後まで流れる曲を聞いていた。


(…って、曲?)


 不思議に思った稜真は目を開いた。

「うわっ!?」

 稜真の目の前には、たくさんの魔獣達がいたのだ。


 緑あふれる草原の中央で立つ稜真を、丸く囲むように座っている。角の生えたウサギや狐、鹿、熊、猪。後ろにいるのはグリフォンだろうか。そして──。


(もしかしたらとは思っていたけど、やっぱり…ね)


 最前列に陣取っていたのは、言わずと知れたアリアである。その隣には、瑠璃とそらの姿も見える。

「すまん、リョウマ。お嬢は魔法抵抗が高いようじゃの。おぬしが歌い始めて間もなくやって来たわ。ドラゴンの魔法をああも易々と破るとはのぅ…」

 思わず天を仰ぐドラゴンであった。


「……なんとなく…予感はしていました…から」


 稜真が歌い始めるとすぐに目を覚ましたアリアは、瑠璃とそらを起こし、全速力で走って来たのだった。




「…ふむ。荒れ地が見事に回復したものじゃな」


 ドラゴンの言う通り、アリアの攻撃とドラゴンのブレスで痛めつけられた大地に、緑が美しく広がっていた。元通りになった訳ではないだろう。枯れた木は元に戻ったが、明らかに木々の数は少ない。


 だが、少なくとも見渡す限りの緑だ。


 ドラゴンが稜真の歌の効果を教えてくれた。

「リョウマの声には、魔力が乗っておったの。その魔力が歌と共に広がり、緑が芽生えたのじゃ」

 思った以上の効果に、稜真も驚いている。それはともあれ、数多くの熱い視線が注がれており、居心地の悪さを感じていたりする。


 熱の籠った眼で稜真を見つめる魔獣達。それ以上に熱い視線を浴びせて来るアリアから目をそらす。同じ表情をした瑠璃とそらの姿が見えた気がするのも、気のせいだと思う事にする。


「…はふぅ。稜真様の生歌が、こんな近くで聞けるなんて…夢みたい」

 ようやく放心状態から回復したアリアが、両手を頬に当てて身悶えている。

あるじは、歌がお上手なのですね」

「クルルゥ」

 そんな会話に加えて、魔獣達の鳴き声も賛美するかのように響き渡る。稜真は意識的に耳を塞いだ。



「──ところで主さん。執事さんが持っているのは、竪琴ですか?」

 ドラゴンの隣には、竪琴を抱え持ったコボルトの執事の姿があった。

「そうじゃ。お前が歌い始めた時、宝部屋で光を放ち、音楽を奏で始めたらしい。これはの。吟遊詩人であった友の形見なのじゃ。そう言えば友は、女神の神器だとか言っておったな」


(竪琴が伴奏していたのか。途中から歌いやすくなったと思ったけど…ははっ…。気づかなかった自分に呆れるな。女神って、間違いなくルクレーシア様だよね。アニソンの曲を奏でる竪琴が神器──)


「相変わらず、残念な女神さんだよなぁ…」

 稜真が思わず口に出すと、すかさずコツン、と突っ込みの木の実が落ちて来た。チラリと天を見上げ、木の実を拾ってアイテムボックスにしまう。


 ドラゴンの話が耳に入ったのか、アリアが執事に頼んで、竪琴を見せて貰っていた。

 竪琴は、コボルトがやっと持てる程の大きさで、弦の数も多い。特に塗装はされておらず、木で出来たシンプルな竪琴だ。アリアがそっと弦を弾くと、ポロンと優しい音がした。




「……おい、アリア」


 大地の回復も終わった事だし、早く村に戻りたいのだが、アリアが竪琴を離そうとしない。


「これがあれば、稜真様にいつでも歌って貰えるんだもん!」

「……歌いません。主さんに、さっさと返して」

「だって、だって! 例え稜真様に歌って貰えなくても、曲さえ聞ければ、歌を脳内再生出来るの! これ欲しいよ~!!」

 竪琴を抱え込んでいるアリアの頭を、稜真はぺしっと叩いた。


「主さんの友達の形見なんだから、早く返す!!」

「あう~」

 アリアはまだ名残惜しげに竪琴を抱えている。


「ふむ。そうじゃな」

 ドラゴンが先程から、じっと稜真を見つめていた。不穏な気配を感じて、アリアと瑠璃が身構え、そらが羽毛を逆立てる。


 ドラゴンの体が、するすると縮んで行く。


 ──そして。


 ドラゴンの立っていた場所には、長身の女性が立っていた。燃えるような赤い髪と瞳。腰にかかる長い赤い髪は、炎が燃えるように波打っている。

「ふふ。その竪琴。リョウマになら、やっても良いぞ。ただし、我に仕える事が条件じゃ。お前の歌声に惚れたわ」


 ドラゴンはそう言って、稜真に近づくと顎に手をかけ、上を向かせる。巨体だった時には分からなかったが、色気のある、女性らしい声である。

 アリアがドラゴンの手を払いのけて竪琴を押し付けると、稜真を背にかばった。


「稜真に近づくな! 手を出したら、今度こそ殺すから!」

「クルル!」

 アイテムボックスから取り出した大剣を向けるアリアと、その肩で羽をふくらますそら。瑠璃は水で作った槍を宙に浮かべ、今にも投げつけようとしている。


「アリア。剣はしまって殺気も抑える。瑠璃もそらも止めなさい。主さん、俺はアリアと共にいると決めたので、お断りします」

 稜真の言葉に、アリアは渋々剣をしまう。瑠璃も槍を消した。ふくれたままのそらは、「クゥ」と鳴いて稜真の肩に移動した。


「つれないのぉ。共に湯に浸かった仲ではないか」

 ドラゴンが爆弾を落とした。

「ちょっと、主さん!?」


 アリアが、じっとりと稜真を見上げる。

「……稜真ぁ。湯って、お風呂の事よねぇ? こいつと一緒に入ったの?」

「いや、だって! 人化出来るなんて知らなかったし! ましてや、主さんが女性だとも知らなかったから!!」

 稜真は必死で釈明する。


「ふぅん…。入った事に間違いないんだ…。昨日遅かったのは…こいつとお風呂に入ってたからなんだ。へぇ…」

「不可抗力だったからな!? お風呂に落とされて、仕方なかったんだよ!」


「不可抗力とな? リョウマよ。お主の方からやって来て、我の目の前で、進んで服を脱いだではないか」

 ドラゴンは、しれっとした顔で言う。

「主さんはちょっと黙っていて下さい! あれは、濡れたから脱いだんでしょうが!?」


「私も一緒に入る!!」

「だ、駄目だからな!? 今度こそ、旦那様に顔向け出来なくなるから!」

 同じベッドで眠ったのも、申し訳なく思っているのだ。

「今夜も共に入ろうではないか」

「だから! 主さんは黙ってて下さい!!」

「入るったら、入る!!」

「駄目だって言ってるだろう!?」


 稜真とアリアが言い合い、楽しげにドラゴンが茶々を入れる。それを尻目に、瑠璃とそらは頷きあった。

「やっぱり主を1人にしちゃ、いけないのですわ」

「クルル」


 そんなこんなで揉めている内に夕方になり、もうひと晩泊まる羽目になったのである。


(どうしてこうなったんだろう……)


 稜真は頭を抱えたのであった。




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