61.ドラゴンの洞窟
(周りが見えてないにも程があるだろう……)
稜真は自らの行動を振り返り、恥ずかしさに頭を抱えた。なんとか気持ちを落ち着けた所で、アリアがドラゴンを紹介してくれた。
「これがクロの時に首を突っ込んできた、お節介な山の主よ」
「その紹介はどうかと思うのだがな?」
ドラゴンはアリアをジロリと見やる。
「ふんっだ。──さっきは悪かったわ。怪我してない?」
「お嬢が我を心配するとは…、天変地異の前触れではないか…」
わざとらしく天を見上げるドラゴンに腹を立て、アリアが足に蹴りを入れた。
「こら、アリア!」
ドラゴンをなんと呼ぶべきか迷った稜真は、「主さん」と呼んでみた。
「俺は稜真です。この度は山を荒らしてしまい、申し訳ありませんでした」
アリアの首根っこを掴み、共に頭を下げさせる。
「山が荒れたのは、我のブレスのせいでもあるしの。そもそも、人を襲いに降りた者を止められなんだのは、我の責任じゃ。そのせいで、お前に怪我をさせたのであろう? 我としては、そこの娘を止めてくれただけで、助かったわ」
ドラゴンが言うには、村を襲っていた魔獣は、元は大きな群れの一員だった。リーダーと争い、群れから離反したのだと言う。
「そやつに付き従って抜けた者もおってな。新たな群れを作ったのじゃ」
稜真がここに来る時に見たのは、その群れの死体だろう。その群れにいたのは若い雄ばかりだったそうだ。
「リョウマを襲った魔獣は、魔猿という種族での。本来は頭が良く穏やかな性質なのじゃが、新たな群れははぐれ者揃い。そ奴らの行動が目に余ったので、幾度も注意をしたのじゃが、あやつだけが山を出て行ってしまっての。後を追うべきじゃったわ」
「…そう…だったの」
「お嬢が暴れておると知らされてすぐ、知らせをやって避難させたのじゃ。被害はあやつが率いておった、あの群れのみじゃな。もう少しリョウマが来るのが遅ければ、我が犠牲になったやも知れぬが…。お嬢の力は計り知れんの」
稜真は安堵した。他にも犠牲が出ていたのではないかと、気になっていたのである。避難させてくれたドラゴンの手腕に感謝する。
「今から山を降りるのも人の身には難儀じゃろう。今宵は我の所に泊まり、明日、山を降りるといい」
「……でも」
アリアは暴走した手前、ドラゴンの所に泊まるのが気まずい。
「お嬢は平気でも、連れには厳しいのではないか? リョウマの魔力が乱れておる。体調が良くないのじゃろう」
気を巡らした体力の回復は一時的なもので、体のだるさが戻って来ている。
「正直、休ませて頂けるならありがたいです」
「気がつかなくてごめんね、稜真」
申しわけなさそうに見上げて来るアリアの頭を、稜真はぽんと叩いた。
ドラゴンの棲みかは、山をもっと登った所にあるそうだ。ドラゴンはアリアと稜真を背に乗せ、山を登ってくれた。自分の命を救ってくれたに等しい稜真に、感謝しての事だった。
「しまったのう…」
「どうかしましたか?」
「ブレスの方角を間違えてしもうたわ。我の棲み家からずらしたつもりだったのじゃが、やはり慌てていたようじゃ……」
幸い直撃は避けていたが、ドラゴンの棲み家をかすめるように、ブレスの通り道が出来ていた。
ブレスで出来た道をしばらく登ってから横にそれてすぐ、岩山に巨大な穴がぽっかりと口を開けている場所に着いた。
「ここですか?」
「そうじゃ」
もう30メートルずれていれば直撃していただろう。
「危なかったですね…」
「……ほんにのぅ」
入り口は、ドラゴンがそのまま入れる程に巨大だった。2人は背中に乗ったまま中に入る。
洞窟の中は真っ暗だ。ドラゴンが歌うような声を上げて魔力を放つと、呼応して明かりが灯る。洞窟の壁に柔らかい光が点々と灯ったのだ。
しばらく進むと、横穴が幾つかある場所に出た。
その1つに入ると、広々とした空間が広がっていた。天井はなく夕焼け空が見える。そこには立派なお屋敷が建っていた。
こんな場所に、どうやって建てたのだろうか。
「わぁ…。私のうちよりも、綺麗で立派なお屋敷……」
アリアがぼやいた。
広さだけはある伯爵家は人手と資金が足りておらず、薄汚れた感がある。それに比べてこの屋敷は、大きさも伯爵家より大きく、手入れが行き届いて見える。
ドラゴンによると、人間の町で見つけた屋敷を買取り、そのまま魔法で運んで来たのだそうだ。
「この屋敷を自由に使ってくれて良いぞ。家具も揃っておるから、不自由はない筈じゃ。昔、人の友が滞在した時に、洞窟では嫌だと我がままを言うのでな。家ごと持って来てやったのじゃ。──そうしたら今度は、こんな豪華な屋敷は嫌だと抜かしおって、結局洞窟の隅で寝ておった。ほんに我がままな男じゃったわ」
ドラゴンはどこか懐かしそうだ。
「それって、我がままかなぁ…。私とか稜真なら、お屋敷にも慣れてるけど、普通の人なら自分が住む為にお屋敷出されたら、引くわ~」
「そうなのか? せっかく友の為に色々整えたのに、あまり使って貰えなんだのが残念じゃった。中はコボルト共が管理しておるから綺麗じゃぞ? どこでも遠慮なく使ってくれ」
ドラゴンが吼えると、屋敷からわらわらとコボルト達が出て来た。身長100センチくらいの、犬頭の小人である。執事服とメイド服を着ており、その可愛らしさにアリアが身悶えしている。
「この人間達は客人じゃ。もてなしてやっておくれ」
「かしこまりました。ご主人様」
キリリッとした表情も可愛らしい。シェパードに似た執事服のコボルトにうながされて、稜真とアリアは屋敷の玄関に向かう。
「それではの。我はひと休みする」
ドラゴンは別の横穴へと歩き去った。
アリアはまずお風呂に入る事にした。木や岩を砕いた時に体が汚れており、髪がジャリジャリして、気持ちが悪いのだ。
「稜真は?」
「俺はもう少し後で入るよ」
アリアと別れ、迅雷をアイテムボックスに入れた稜真は、ドラゴンの元へ向かった。執事に聞くと、ドラゴンは入浴中だと教えてくれた。
(ドラゴンが入浴…?)
執事は先に立って案内してくれる。
横穴の1つは巨大な温泉に続いていたのだ。湯煙の向こうに赤いドラゴンがいた。
屋敷があった横穴と同じく、ここにも天井はなくて空が見える。執事の説明によると、いくつかある横穴は、それぞれの用途に分かれた空間になっており、ドラゴンの寝室等があるらしい。
ドラゴンが泳げそうな広さの温泉。巨体で湯に浸かったドラゴンは目をつむり、顎を岩の縁に乗せ、鼻歌混じりでくつろいでいた。
「主さん」
稜真が呼びかけると、ドラゴンは目を開いた。
「何用じゃ?」
「アリアとの戦いで、本当に怪我をしなかったか気になりまして」
「心配性な男よのぉ。致命的な怪我を負う前に、そなたが来てくれたのじゃ。かすり傷しかないわ。ふふん。ドラゴンの回復力をなめるなよ? 風呂に浸かっておる間に、綺麗に治ってしまったわ」
「良かったです」
アリアはこのドラゴンに対し、複雑な感情を持っているようだ。だが、怪我を負わせていたならば、気に病むのが目に見えていた。
「お嬢はどうしておる?」
「屋敷で入浴中です」
「ふむ」
ドラゴンに、考え深げな目で見られているなと思ったら、鋭い爪のある大きな手でつまみ上げられ、温泉に落とされた。ドラゴンに合わせた温泉である。足がつかず溺れるかと思った時、尾ですくい上げられた。
「ゴホゴホッ!? い、いきなり、何をするんですか……」
「この温泉は、疲労回復にも良いのじゃ。ゆっくり浸かるが良いわ」
ドラゴンは尾を動かし、稜真の足が届く深さの所に運んでくれた。
「この辺りが、友が浸かっていた所じゃの」
最初からそこに案内してくれれば良いのに、と稜真は思ったが、有り難くこのまま浸からせて貰う事にする。とは言っても、服のままでは気持ちが悪いので、1度湯から上がった。
稜真は濡れた服とブーツを脱いでアイテムボックスにしまう。その様子をじっと見ているドラゴンの視線が気になってならない。
「……何か?」
「いや何。友は吟遊詩人でな。色は白いわ、ひょろひょろしとるわで、なんとも頼りなかったものじゃが。リョウマは、体は小さいが鍛えておるなと思ってな」
思い返してみれば、こちらに来てから体を鍛えてばかりだった。全身に筋肉がついて引き締まり、同じ年頃だった自分とは全く違っていた。
ドラゴンとはいえ、じろじろと見られているのは恥ずかしいので、稜真は急いで首まで湯に浸かった。
「主さんにお願いがあります。精霊を1人と魔獣を1羽、呼んでもいいでしょうか?」
「精霊と魔獣? 別に構わんが、リョウマの眷族か?」
「仲間です。落ち着いたら呼ぶと約束したので、待っている筈なんです」
「好きにすればいいぞ。我は、そなた等を歓待したいのじゃからな」
「ありがとうございます」
湯につかりながら、ドラゴンは友であったという吟遊詩人の話を聞かせてくれた。どうやら癖のある人物だったらしい。
「友の為にと、せっかく屋敷にも温泉を引いたのにのぉ。我と共にこの温泉に入っておったわ」
「あの屋敷のお風呂も温泉なんですね」
「温泉は良い。何よりもくつろげる」
余り長く浸かっているとのぼせるので、そろそろ上がりたいのだが、ドラゴンの視線が気になる。
「主さん、先に上がりませんか?」
「む? 先に上がっても良いが、リョウマが溺れると思うぞ? 友などは、死にかかったからのぉ」
ドラゴンの巨体が湯から上がる時に発生した水流で溺れたらしい。今の稜真の体力では、二の舞になるのが目に見えている。
やむを得ず、ドラゴンに背を向けて湯から上がった。脱衣所も岩陰もないので、視線を感じながら、その場で体を拭いて服を着た。髪がだいぶん伸びて来ている。切るか結ぶかしなければならないな、と髪をかきあげた。
(アイテムボックスに一式入れておいて、本当に良かった…)
稜真は着替えを取り出して、急いで身に着けた。
「我は風呂から上がったら、外に食事に行くのでな。明日また会おう」
「はい。それでは失礼します」
どこかにやけた雰囲気のドラゴンを不思議に思いながら、稜真は一礼し、その場を離れたのである。




