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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

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55.魔獣

まだまだシリアスが続きます…。

 ──それは稜真とアリアが、レンドル村に到着する少し前の出来事。


「こんにちは」

 1軒の家を赤い髪の少年が訪れた。

「いらっしゃい、サージェイ」

「カレンの熱、まだ下がらないのか?」

 少年を出迎えたのは、カレンの姉のヘレナだ。明るい緑色の髪と瞳の少女である。

「そうなの。もう5日になるのにね。食欲もないし、皆で心配しているのよ。──サージェイ、見舞ってやってくれるかしら」

「うん」


 サージェイがカレンの部屋に入ると、ヘレナと同じ緑色の髪と瞳の少女がベッドに座り、絵本を読んでいた。


 メルヴィル領ではアリアのアイデアから各町や村に学校が作られ、読み書き、計算が教えられている。

 レンドル村に学校が出来てから3年が経っていた為、村の子供の識字率は高い。


 サージェイは9歳、カレンは8歳。2人は幼馴染だ。母親同士が姉妹で、家が隣同士。年の近い2人は、兄妹のように育った。

 カレンは生まれつき体が弱く、ちょっとした事で熱を出す。サージェイは、そんなカレンが心配でならなかった。


「カレン、寝てなきゃ駄目だろ? それじゃあ、いつまでたっても、熱が下がらないじゃないか」

「サージェイ、来てくれたの。嬉しい」

「ほら、絵本かせよ。俺が読んでやるからさ。ちゃんと横になれ」

「うん! ありがとう」


 絵本は、プルムの木の実を採りに、妖精の森に入る少年と少女の物語だった。

 何度も何度も読み返している、カレンの宝物だ。それでもサージェイが読むと、目を輝かせて聞き入っている。読み終えると、カレンはホゥ、っと息を吐いた。

「食欲ないんだけど、お話聞いてたらプルムが食べたくなっちゃう」

 プルムは、汁気のある甘い木の実だ。カレンはプルムが大好物なのだ。


「カレン、あんまり食べてないんだって? ちゃんと食べないと、治らないだろ」

「うん…。分かってるんだけど…」

 困ったように微笑むカレン。どこか諦めたように見えるその表情に、サージェイは胸が痛くなる。

「治ったら一緒に森に行こうな。プルムを探しに行こう」

「本当? 約束ね」

「約束だ」


 あまり長くいたら、カレンが疲れてしまうだろう。

「しっかり食べて、早く治せよ」

「頑張ってみる」

 また来ると約束して、サージェイはカレンの家を出た。




「……プルムの実…か」


 今の時期だとまだ早いけれど、最近は天気の良い日が続いているし、もしかしたら早なりの実があるかも知れない。

 村では正体の分からない魔物の被害が出ている事は知っていたけれど、夜にしか出ないらしいし、きっと大丈夫だろう。さっと行って、実があるか確認するだけだ。すぐに戻って来られる。


 サージェイは誰にも見られないように、こっそりと村の囲いを抜けて森へ向かった。


 プルムの木は、森の奥の岩場に生えている低木だ。

 村からは少し離れた場所にあるが、急いで往復すればそれほど時間はかからない。母には、夕方には帰ると約束している。それまでには帰らないと、とサージェイは走り出した。




 岩場に着いたサージェイは、プルムの実を探し始めた。

 木には白い花がたくさん咲いている。いくつかは実になっているが、まだ小さくて青い。1本1本確認しながら探すが、やはり時期が早いのか、成熟した実は見つからなかった。

 ため息をついて、もう1度辺りを見回す。

 すると、日当たりのいい岩の上にある木に、熟した実の赤が見えた。


(あった!)


 喜んで近付こうとした時、木が生えている大岩の後ろに、木の実とは異なった赤が見えた。サージェイは、そっと大岩の後ろをのぞいた。そして悲鳴を押さえ込んだ。

 大岩の後ろには窪みがあり、そこで体を丸めて眠っていたのは、大きく赤い猿の魔獣だったのだ。窪みは魔獣が作ったのだろうか。木の枝や葉が敷き詰められて、まるで巣のようだ。


(この魔獣…もしかして村を襲っている奴か? なんでこんな所にいるんだよ! ……諦めて帰るか…でも…)


 サージェイは、喜ぶカレンの顔が見たかった。食欲のないカレンにプルムの実を食べさせ、元気になって貰いたかった。

 木が生えているのは反対側だ。魔獣は眠っているし、そっと行けば見つからないだろう。サージェイはゆっくり、ゆっくり、音を立てないように木の下へ移動する。


 魔獣の寝息が聞こえる。


 ようやく木の下に着いた。やはり、1つだけ熟している。

 そうっと大岩に登って腕を伸ばし、実に手を伸ばす。背伸びした時に、足に力が掛かってしまったのだろう。足元の岩から、小石が転がって行った。


 カラン、カラカラ…。


 魔獣の寝息が止まった。


(ひっ!?)


 サージェイは、手を伸ばした格好のまま固まった。

 まるで永遠のように感じられた時が過ぎて、再び魔獣の寝息が聞こえ始めた。ほっ、と息を吐いて腕を伸ばせば、今度は実に届いた。熟した実は、音を立てる事なくサージェイの手に落ちた。プルムの実を落とさないように、潰さないようにポケットにしまう。

 ゆっくり、ゆっくりと大岩から降りた。魔獣の様子は変わらない。サージェイは気を抜かず、そっと岩場から離れた。


 岩場が見えない所に着いて、サージェイはもう大丈夫だと息を吐いた。

 早く帰らないと母が心配する。サージェイは走り出した。




 魔獣は目を開いた。サージェイが岩場に入った時から気付いていたのだ。自分に気づかずに近付いて来る、無防備で小さく弱い生き物。

 昨夜食事をしたばかりで腹は減っていないが、この生き物で遊んでやろうと決めた。寝息を止めてやった時の反応が、なんと面白かった事か。もう大丈夫だと安心させてから追い詰めてやるのだ。あの生き物はどんな顔をするのだろうか。


 魔獣はニィッと笑うと体を起こし、音もなくサージェイの後を追った。




 その魔獣は、ドラゴンの治める山の麓に棲んでいた。何頭もの群れを束ねるリーダーだった。

 気まぐれで他の魔物を襲って遊んでいたが、最近はドラゴンがうるさく言って来るようになり、面白くなくなった。力こそ全て。ドラゴンは格上だ。従わねばならない。


 ──つまらない。


 魔獣は目障りな場所に住んでいた魔物を片付け、ついでに遊んだだけなのだ。

 恐怖に怯えて逃げ惑う者を捕まえ、いたぶり、喰らった。お陰で住処も広がり、群れの者からは感謝された。ちっぽけな連中を片付けた事の何が悪いのか。

 群れは好きにすればいい。リーダーに祭り上げられるのにも飽きた。もっと楽しい事を探しに、誰も連れずに山を降りた。


 小さな魔物の住処を、腹立ち紛れに潰しながら移動を繰り返す。もっと面白い事はないものだろうか、そう考えていた時、2本足の弱そうな生き物が住む村を見つけた。

 ここで遊んでみるか。魔獣は夜に忍び入り、4つ足の動物を狩ってみた。簡単すぎて面白味がなかったが、味は気に入った。

 翌朝の2本足達の様子も面白い。壊した柵や壁を見ては騒いでいる。何よりも、2本足から感じられる恐怖心に興味をそそられた。


 闇夜の度に、襲うごとに、恐怖心が大きくなる。

 魔獣はそろそろ2本足も狩って、味見をしようと考えていた。


 そんな時、魔獣の前に現れたのが、サージェイだったのだ。






 稜真とアリアは、村長の家に駆け込んで来た男から、話を聞いた。


 もうすぐ夕方になろうかという時刻だと言うのに、男の子が1人帰って来ない。

 男の子の名前はサージェイ。夕方に帰ると母親と約束していた。外に出ないとも約束していたが、小さな村に隠れる場所は限られている。村中を探したが見つからないので、多分外に出かけたのだと思われる。

 何故言いつけを破って外に出たのかは分からないが、村の子供にとって、村の周辺は庭のようなものだ。何かあったのかも知れない。もしも魔獣に襲われていたら、と両親が心配しているのだと言う。


 アリアは、千里眼スキルで村の周囲を見てみたが、見つからなかった。


 アリアの千里眼スキルは、望遠鏡のようなものだ。

 見えている物の拡大が主な機能である。その機能の確認で満足して使っていなかったのだから、いかにイベントののぞき見用としか考えていなかったかがうかがえる。


 視点を自分の真上に置き、その上空から広範囲を見る事も出来る。だが精度は高くなく、おおざっぱな位置把握が出来る程度だ。大きな物なら見つけやすいが、影になっている物は見えない。

 以前沼に落ちた時、綺麗な水を探しても見つからなかったが、実は小さな泉が近くにあった。比較的大きな沼を探す時には役に立ったけれど、木の影になった子供は見つけられない。村の周辺は見通しが悪いのだ。実際に行って探すしかないだろう。


 まだ魔獣が現れる時間ではないし、今日の天気は良い。例の魔獣は現れなくても、外には他の危険もある。協力してサージェイを探す事にした。

 魔獣の目撃情報があった村の西側をアリアが担当。危険の少ないであろう東側を稜真が担当する。


 南には街道もあり、子供が行くような場所はないから除外した。北に、子供が行きそうな場所の心当たりがあると言うので、そちらはアーロンに任せる。




 稜真は岩場を目指しながら、サージェイを探して歩いていた。そらは落ち着かない様子で、稜真の肩に乗っている。

 東側にあって子供が行きそうな場所は、岩場位だとアーロンに聞いたのだ。まだ時期が早いが、子供が好きな木の実がなるらしい。


「クルルッ! キョキョ!!」

 突然、肩に乗っていたそらが、警戒の声を上げて飛び立った。

「どうした!?」

 稜真は飛び立ったそらの後を追う。


 バキバキッと、木の折れる音。続いて「うわぁ!!」と、悲鳴が聞こえた。

 稜真は急いで音の方へ走った。


 ──そこで目にした物は、小山のような赤い猿の魔獣が、今にも子供に手をかけようとする姿だった。




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