51.瑠璃とアリア
温かくて甘いミルクティを飲んで人心地ついたアリアは、焚火の炎を見ながらぼけっとしていた。
そこへ近付く気配を感じた。稜真にしては足音が軽い。
「小娘、さっきは悪かったわ」
少し声が違う気がしたが、アリアを小娘と呼ぶのは瑠璃だけだ。
「瑠璃! それが人に謝る態度な…の? って、……誰?」
ムッとして振り返ったアリアは戸惑う。そこにいたのは、自分よりも小さな幼女だったのだ。瑠璃と同じ色の髪と瞳をしているが、まさか──。
目を丸くしているアリアに苦笑しながら、稜真は説明した。
「アリア。瑠璃って、生まれてまだ5年なんだってさ」
「ええっ!? 嘘ぉ…。だって、え~?」
「主といつも一緒にいる小娘がうらやましくて、やりすぎたわ。…ごめんなさい」
「えっと、どうしよう。あの瑠璃が小さくなって、しかも謝って来るなんて変な感じ~」
「俺は外しているから、2人でしっかり話をして。そらはどうする?」
「クルルゥ…」
考えたそらは、瑠璃の肩に乗った。
(話し合って、少しでも仲良くなってくれればいいけどな…)
稜真は時間をつぶすために、沼をひと回りする事にした。
薄闇が迫る中、沼の花の蕾が白く浮かび上がって見える。前回よりも蕾が多いように感じた。
槍で届かなかった深い場所は、あそこだけだったのだろうか。浅い場所なら地下茎が採れないものか。水の濁りは治まっているが、深さの見当はつかない。
下手な事をして、アリアの二の舞になれば、目も当てられない。残念だが諦めた。
岸辺には、薬草などの様々な植物が生えている。それらを採取しながら、のんびりと時を過ごす稜真であった。
──その頃。
残された者達は、どう話を切り出して良いのか分からず、沈黙が続いていた。これではらちが明かない。ため息をついたアリアが、立ったままの瑠璃に声をかける。
「瑠璃…ここに座ったら?」
隣の地面を叩く。瑠璃は素直に腰を下ろした。そらは並んで座った2人の前に降り、顔を上げる。
「…私は」
瑠璃は重い口を開いた。
「さっきも言いましたけど、いつも主と一緒にいる小娘が…うらやましかったのですわ。私はこの世界に1人なのに、小娘には家族がいて、主にも大切にされていて。寂しくなって主にくっつくと、いつも文句を言われるのですもの…」
アリアと目を合わさないように、瑠璃は真っ直ぐ前を見ている。
せっかくの機会だ。アリアは正直に瑠璃と向き合おうと決めた。
「私もね。瑠璃のあの姿がうらやましかったの。美人だし、胸はあるし。稜真が取られる気がして、怖かったのよね。だから、瑠璃にいつも腹を立てていたの。今思うと、からみすぎたかも知れない。──少しは悪かったと思うわよ? でも、あの長いキスはやりすぎでしょ」
アリアはちろっと瑠璃を見た。
「最初の時は、どうしても必要だったのですわ」
「…2回目は?」
瑠璃はそっぽを向いて、ボソッと答えた。
「……置いて行かれるのが寂しかったのですもの。見せつけてやろうかしら…と、思いましたのよ」
やっぱり、と思ったアリアだが、今の姿の瑠璃にきつく言えない。稜真と何を話したのか、やけに素直である。小さな体でぺたんと座る姿が、可愛らしくてたちが悪い。
「休戦しようよ。いつも私達が喧嘩すると、稜真が困っているものね。屋敷にいる時は難しいけど、野営の時、他の人がいなければ一緒にご飯食べたりしよう」
「いいのですか?」
瑠璃は目を丸くしてアリアを見上げた。
「瑠璃もそらも私も、稜真を守る仲間でしょ? 稜真は押しに弱いし、少し抜けてる所があるから、私達が協力して守らないとね」
「クルル!」
羽を開いて頷くそら。
「主を守る…。頑張りますわ!」
瑠璃は握りこぶしを作って力強く答える。
「それと、いつまで小娘って呼ぶのよ。瑠璃の方が小さいんだから、アリアって呼んで。うふふ~。お姉ちゃんでもいいよ~」
「お姉ちゃん!? 嫌よ。アリアと呼びますわ!」
瑠璃はふっくらした頬を更にふくれて抗議する。
(どうしよう! 瑠璃のくせに、こんなに可愛いだなんて!)
アリアは思わず、瑠璃をギュッと抱きしめた。アリアは昔から妹が欲しかったのである。
「なっ!? ア、アリア! 何をするのですか!」
「だって、可愛いんだもの。うわぁ、髪の毛さらっさら、ほっぺがぷっにぷに。ああん! やっぱり、お姉ちゃんって呼んで欲しいなぁ~」
アリアは瑠璃に頬ずりしながら髪を撫でる。
「呼びませんわよ!? 離しなさい!」
沼をひと回りした稜真が戻って来て見たものは、顔を赤くして照れくさそうに文句を言う瑠璃と、瑠璃を抱きしめるアリアだった。そらはアリアの肩に止まって、楽しそうにバランスを取っている。
「どう? 話は終わった?」
なんとも微笑ましい光景に、笑いがこみ上げた。
「うん。仲良くやっていけそうだよ~」
アリアは瑠璃を抱きしめたまま答える。
「主…助けて下さい…」
なんとも言えない情けない顔で、瑠璃が助けを求める。
「ぷっ…はは。アリア、そろそろ離してあげたら? 夕食にしようよ」
昼食兼夕食だ。マシューに作って貰ったお弁当を開くと、中身はサンドイッチと鳥の唐揚げ、アップルパイが入っていた。
瑠璃が増えた分、少々量が足りない。稜真はアイテムボックスからおにぎりを取り出した。宿で料理をした時、自分達の分は確保しておいたのだ。それに加えてシチューも出す。残り3つだったのでちょうどいい。
「主のご飯、美味しいから大好きですわ」
「稜真、肉巻きおにぎりもある?」
「あるよ」
そらの皿には唐揚げ以外を少しずつ盛り付けて、果物も付ける。
「わ~い、いただきます!」
「いただきます?」
「クルルゥ」
和気あいあいとした食事風景に心が温まる。今までは全員揃うと殺伐としていたのだから。
夜も更けて、稜真とアリアは焚火にあたりながら、お茶を飲んでいた。
周囲の索敵から戻ったそらは、稜真の膝でうとうとしている。隣では、瑠璃が毛布にくるまって、幸せそうに眠っていた。
「精霊も眠るんだね。俺、瑠璃の事、なんにも知らなかったんだな。反省したよ」
「今まであの姿だったんだし、仕方ないって」
「こんなに小さい瑠璃を自分の世界から引き離して、無理させてさ…。俺はそらにも同じ事をしたのにな。本当に俺は…何をやっているんだろうな……」
稜真は瑠璃の顔にかかった髪を、そっと耳にかけてやる。
「ふふ。稜真が私に弱音吐くなんて、初めてじゃない?」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。ね? 嬉しいって言ったら、怒る?」
「別に怒らないけど、さ」
「あのね、稜真。『自分の世界から引き離して無理させて』。それって、私が稜真に感じてた事だよ? 私が悩んでた時、稜真はなんて言ってくれた? どう思ってた?」
「それは……」
稜真はアリアが悩んでいた時の事を思い返した。
「ここに送られたのは女神さんのせいなんだから、アリアには気にして欲しくない、そう思っていたな」
「瑠璃もそらもね? その時の稜真と同じように思ってるよ」
「…そう…か、な…」
「そうだよ。皆、稜真が大好きなんだからね? そんな悩んでる顔見たら悲しくなるよ」
瑠璃の寝顔を2人で眺める。
「俺は、そう思ってくれる気持ちを大事にして、その気持ちに負けないようにしないといけないな」
「それに、瑠璃の召喚は半分私のせいでしょ?」
「そう言えば、そうだったなぁ」
「だから瑠璃に対する責任は、半分こ、ね?」
「はは…、ありがとう」
「なんだか不思議なんだよね。瑠璃が稜真とキスした事、あんなに嫉妬してたのに。今でもキスは許せないけど、な~んか力が抜けちゃった」
お互いに嫉妬しあっていたなんて、5年しか生きていない瑠璃に嫉妬していたなんて、馬鹿みたいだとアリアは思う。
「稜真? 顔色悪くなったけど、どうしたの?」
「…俺…5歳児と何回もキスしたのか…。犯罪じゃない、かな……」
「あ、はは…。瑠璃は大人の姿だったし、そもそも稜真はされた方だし、そこは深く考えなくても良いんじゃないかなぁ? ね?」
(あ~あ。落ち込んじゃった。落ち込んだ稜真って、可愛い…)