199.助力へのお礼
片付けてあったテーブルを出し、稜真が皿に盛ったクッキーを並べると、子供達が歓声を上げた。
「マーシャが皆へのお礼に作ったんだよ」と言うと、「すっげえ」とジェドが、いや全員が感心した。ちなみにこれは、マーシャが包んだ分とは別の分だ。
「リョウマおにいちゃんが、つくりかたおしえてくれた」
「すっげぇ! リョウマ兄ちゃん、料理も出来るんか!?」
稜真に向けられるきらきらの瞳が増えた。どこぞの町の冒険者達と違い、純粋な好意に気恥ずかしくなる。いや、あちらも好意に間違いはないのだが。
村長夫人が飲み物を出してくれ、瑠璃とマーシャ、イネスも座って和気あいあいとした雰囲気に包まれた。
「アリアは座らなくていいの?」
「私はいいや。読み聞かせで胸がいっぱいなんだも~ん」
「アリアの絵本選びには言いたい事があるけどさ。子供達が楽しんでくれたみたいで、何よりだったよ」
「てへへ~。子供だけじゃなかったでしょ~」
「まあね。お金に困ったら、これで稼げそうだなぁ」
あちらでやって来た事が、こちらの世界でも受け入れられると分かり、気恥ずかしくも嬉しかった。
「そんな事されたら、貢いじゃうじゃない!」
「……アリアが貢いでどうする」
「あの、リョウマさん。ちょっといいですか?」
「ああ」
稜真はイネスに呼ばれ、この場を離れた。
「アリアさま。みつぐってなに?」
「へっ? マーシャ、聞いてたんだ。えっと…。好きな人への親愛の証に、お金をかける…事…かな?」
クッキーのお代わりを出して貰おうとやって来たマーシャだったのだが、稜真とすれ違ってしまったのだ。
そこへ戻って来た稜真に、マーシャは抱きついた。
「リョウマおにいちゃん、だいすき」
「ん? ありがとう」
「だから、マーシャもはたらいたら、おにいちゃんにみつぐの」
稜真の頬が引きつった。あわあわとうろたえるアリアを睨む。
「……アリア?」
「すきなひとへのしんあいのあかしに、おかねをかけるって、きいた。ちがうの?」
稜真がアリアに何と言ってやろうか考えている所へ、「あの、アリア様。少しよろしいですか?」と、お母様方が呼びに来てしまった。くれぐれも布教するなと、きっちり釘を刺して行かせる。
稜真は、きょとんとしているマーシャを抱き上げた。
「マーシャ。貢ぐって言葉は、領主様とか偉い人に貢物をするという風に使うんだよ。アリアの使い方は、悪い使い方。真似しちゃ駄目」
「だめ?」
「そう。それに、マーシャが稼いだお金は、自分の物を買うのに使うべきだ。村に戻って果樹園を作ってもいい。町で働いて独立してもいい。マーシャの未来は、将来はなんにでもなれる。その為に使うんだよ」
優しく諭すように言う稜真と、マーシャは視線を合わせた。
「しょうらい…。なんにでも…なれる…? アリアさまみたいに、つよくなれる?」
「ア、アリアみたいに? あ、ああ。修行すればなれると思うけど…。出来れば違う人を目指して欲しいかな」
マーシャは将来を考えた。
以前アリアが、世界は広いと言っていたのを思い出した。
(アリアさまは、ほかのくににも、いってみたいって、いってた。マーシャもいける?)
──未来は広がっているのだ。
マーシャは、そこで初めて、自分が大人になった時の事を考えた。
(……リョウマおにいちゃんみたいになりたいな)
優しくて、側にいるだけで温かくなれる。そんな人になりたい、そう思ったのである。
結局追加は出さなかった。おやつを食べすぎると、夕食が食べられなくなるし、お土産もあるのだから。
皿盛りのクッキーがなくなると、そろそろお開きだ。子供達は、マーシャが1人1人に手渡した包みのクッキーも喜んでくれた。
「良かったね」
稜真がマーシャの頭を撫でると、はにかんだ笑顔を向けた。
村が寝静まっている深夜。
サーッと、雨は静かに降り続いていた。
稜真はレインコートを着ようとしたが、「そのままで大丈夫ですわ」と瑠璃が言う。雨を操り、体に当たらないようにしてくれたのだ。
「助かるよ」
フードを被れば、ただでさえ悪い視界が更に悪くなるので、ありがたい。稜真はこの世界に来てから、多少の夜目は利くようになっていたが、それでも暗すぎるのだ。
ライトを唱え、小さな灯りで足元を照らす。
起きているのは、村の入り口にいる不寝番の男くらいだろう。闇夜と雨で、そしてここから果樹園までは入口から死角になるので、灯りが見つかる事はない筈だ。
稜真達は、尽力してくれた土の精霊にお礼が言いたくて、果樹園に向かっている。精霊にはその旨を、瑠璃が前もって伝えていた。アリアも行きたがったが、マーシャを置いては行けないので、稜真と瑠璃が行く事になったのだ。
果樹園に着くと、大地の精霊とシプレが待っていた。気持ちよさそうに雨に打たれている。
「助力して頂き、ありがとうございました」
稜真が頭を下げる。
「なんの、たいした事はしておらん。礼も貰うたしな」
大地の精霊は、そう言って笑った。どうやら、酒は気に入って貰えたようだ。
足元には土の精霊、小人が群れている。稜真の膝くらいの小人達だ。
稜真は膝をついて話しかけた。ついた地面の水分は、瑠璃がすかさず抜いている。
「君達もありがとう。とても助かったよ。お礼は何がいいかな?」
お菓子とかどうかなと尋ねたが、土の精霊達は口々に言った。
「歌がいい!」
「うた!」
「聞きたい!!」
「歌!」
「大地の精霊様が言ってた歌!」
「う、歌? お菓子じゃ駄目かな?」
「「「「「歌がいい!」」」」」
びっしりと稜真の周りに集まった土の精霊達が声をそろえた。
(まぁ、深夜だし、この場所は家々から離れているから、聞こえない…かな)
「分かったよ」
稜真が言うと、土の精霊達はぴょんぴょんと跳ね回った。ふと気づくと、他にも人影が見えた。足元の灯りだけでは暗すぎたので、稜真は光量を絞ったライトを、幾つか周辺に浮かべる。
人影はシャリウとティヨルだった。
ティヨルが力なく、シャリウに抱かれている姿が気になった。シャリウには極力近づきたくない稜真だが、側に寄ってティヨルに灯りを近づけた。
「…ティヨル、顔色が悪いですよ?」
シャリウに抱き上げられたティヨルは、蒼白だ。表情だけは歓喜に満ちているが。
「リ…、リョウマさん…の歌を聞く為ですもの…。多少の無理…くらいは、なんでもあり…ません。体の力が抜け…て、動かない、程度の事…」
力が回復しないままに、自分の木から離れた為、動けないらしい。立っている事も出来ず、言葉を出すのも辛そうだ。
「シャリウ!? どうして止めないんですか!」
「我の言う事など、聞いてくれぬのだ。シプレからの知らせに喜んだ様は、実に愛らしかった。それに──」
止めなかったと思うのか?と、諦めきった視線で言われた。
「シプレさんが伝えたんですか?」
「ティヨルは、こちらでの作業の進展をずっと気にしていたのです。もしも歌が聞ける機会を逃せば、悲しむのはティヨルですから」
土の精霊達が稜真の歌を聞きたがっていたので、多分歌う事になりそうだと連絡したらしい。
「シャリウ、早く連れて帰って休ませて下さい!」
「嫌で…す…。リョウマさん、の歌を…聞くのです…」
「ティヨル。今から歌う歌は、癒やしの力は籠めません。ただの歌ですよ?」
「そ…れでも…、聞きたいのです…」
その目に宿った意志は、何を言っても無駄と感じさせた。稜真は諦めて、土の精霊達の中央で歌い始めた。
土の精霊達は満足げに、そろって揺れている。大地の精霊とシプレもにこやかだ。そして、瑠璃とティヨルは言うまでもない。
稜真は魔力を籠めないように、気をつけて歌う。精霊への感謝の気持ちを籠めて、優しく。
声を押さえて語りかけるように歌う優しい歌声は、先日の物とは全く違っており、ティヨルはうっとりと耳を傾けた。
アリアは突然目を覚ました。
(…なんで目が覚めたのかな? って、あ、またマーシャを抱き枕にしてた。瑠璃に怒られちゃう。…それはともかく、稜真の歌が聞こえる気がするのよね…)
アリアは遠耳スキルを使った。
スキルは使う程、熟練度が上がる。以前は見える範囲の物音しか聞き取れなかったが、今では見えなくとも方向を意識すれば、聞こえるようになっていた。
入学前に熟練度を上げておこうと、こまめに使っていた成果だろう。
アリアは果樹園の方角へ、意識を集中させた。
微かに稜真の歌声が聞こえ、アリアは更に意識を集中させた。小さく聞き取り辛かったが、徐々にノイズが消え、歌がはっきりと聞こえ始めた。
稜真の事だから、精霊達にお礼をせがまれたのだろうと見当がつく。すぐにでも果樹園に行きたいが、身動きが出来ない。
(ああ~っ!! 聞きに行きたい! でも行けない~~!)
抱き枕にしているマーシャを起こしてしまうのは申し訳ない。1人にして出かけられる筈もない。やむを得ず、更にスキルに意識を集中させた。すると、優しく甘い声が鮮明になった。
(はぅ……。やっぱりいいなぁ。いつもの歌だけど、夜だからか少し声を潜めて、子守歌みたいに優しく響く…)
目を閉じて、聞き逃さないように集中すると、「やはりリョウマが欲しいな…」という、シャリウのつぶやきまで拾ってしまった。
(シャリウまでいるのっ!? ああ~! 稜真の身に危険が! 行かなきゃ! でもマーシャを置いて行かないし、千里眼で確認しようにも、ベッドの上からじゃ無理だし!!)
1人であわあわしている内に、歌が終わってしまった。
(あああっ!? 稜真の歌が堪能できなかった!! それもこれもシャリウのせい…。今度会ったら覚えてろ~~)
ひどい逆恨みである。アリアは瑠璃が付いている事だし、きっと大丈夫だと信じてスキルを切った。
──だが、アリアは悶々として眠れぬ夜を過ごしたのだった。
精霊達は満足して姿を消した。
静かになった果樹園で、稜真はじっと地面を見た。マーシャの家は掘り出したが、この土の下には果樹──リンゴの木が埋まっている。
「瑠璃…。しばらく1人にして貰ってもいいかな」
「でも私がいなくては、主が濡れてしまいますわ」
「少しだけ、雨に濡れたい気分なんだよ。お願い」
「……分かりましたわ。1度湖に戻っていますから、気がすんだらお呼び下さい。いいですか主。もし風邪を引いたら、口から回復しますからね?」
「ふっ…。了解。ごめんね」
薄く笑う稜真に、瑠璃は頬をふくらませた。
「主はずるいのです…」
稜真は、誰もいなくなった果樹園に佇む。
歌った時に意識すれば、この地を回復出来たのだろうか。果樹園を蘇らせる事も出来たのだろうか。ここで地を回復させてしまえば、村人に不審に思われる。だから、回復を意識しないように歌った。せめて鎮魂の思いを籠めたが、それだけだ。──それで、良かったのだろうか。そんな、忸怩たる思いに襲われていた。
雨が髪を、体を濡らしていく。稜真は暗い天を仰いだ。
「リョウマさん」
優しい声がかけられた。シプレだ。
「シプレさん。帰ってなかったのですか?」
「そろそろ湖へ帰ります。ティヨルも落ち着きましたからね。──何を考えているのですか?」
稜真は答えず、目を閉じた。
シプレは稜真に寄り添うと、濡れて頬にかかっている髪を、手でかき上げてくれた。そして、元気づけるように頬に触れた。
「リョウマさん。埋まった木は、まだ若い木々でした。折れ、土に埋もれ、命は無かったのです。先日の木々とは違うのですよ。あの木々達は、折れていても、流されていても、まだ生きていました。だから助けられたのです」
シプレは諭すように言ってくれた。
「そう…ですか…」
全てを助けられるなどと、驕っていた訳ではない。だが、あちらを助けたのに、ここは助けないのか。人目がある、そんな理由で助けないのか。そう自分を責めていた。
目を閉じてうつむいていると、柔らかく温かい物に顔が埋まった。
「ちょっ!?」
「リョウマさんは、何もかも背負い込みすぎですよ。あなたの周りには、手助けしたがっている者がたくさんいるのです。私を含め、ね?」
シプレは稜真を胸に抱いて、頭を撫でているのだ。
頬が熱くなった稜真は体を離そうとしたが、シプレは許してくれない。そうこうしている内に、 少しずつ心が落ち着いて来た。まるで、姉がするような抱擁だったのだ。
──もっとも、実の姉は絶対にしてくれなかっただろうが。
「私は間違いなく、リョウマさんよりも年上です。知識と経験は貴方より豊富です。もっと頼って、甘えてくれていいのですよ」
シプレは、瑠璃が違う世界の精霊であると知っている。稜真の事情も、ある程度は聞いているのだろう。──もっと甘えていい。それはこれまで稜真が、アリアや瑠璃、マーシャに言って来た言葉だ。
「…甘えるような年ではありませんから。それに、シプレさんには色々とお願いしているではありませんか。……もうそろそろ、放してくれませんか」
シプレは、「うふふ」と笑って放してくれない。
気持ちは有り難いが、稜真は少し苛立って来ていた。子供扱いへの反抗心もある。
「……俺よりも知識と経験が豊富なシプレさんは、お幾つなんですか?」
「女性に年を尋ねるなんて、覚悟はよろしいですか?」
「むぐっ!?」
シプレの腕に力がこもり、息がつまった。すぐに緩めてくれたが、敵わないと実感させられた。
「私は人の子が親になり、その子が親になり。──幾度か見守って来ましたよ」
「…そう…ですか。シプレさんを姉のように感じましたが、母と言った方がいいかも知れませんね」
「あら、まだそんな事を言うのですね? うふふ」
可愛らしく笑ったシプレは、渾身の力をこめて稜真を抱きしめた。
「っ!!!」
ばんばんっ!とシプレの背を叩いても、しばらく緩めてくれなかったのである。
ようやく解放された稜真は、荒く息をついた。
「シプレ、そう呼んでくれたら、今の言葉も許しますけど?」
「でも、年上に変わりはないですから」
「呼んでくれたら、許しますよ?」
「呼ばないと、許してくれないのですか…」
にこにこと笑うシプレは、悪戯っぽく笑っている。
「…はぁ。こんな不甲斐ない俺に、女神さんも呆れているんじゃないかな…」
そう言って天を仰ぐと、少し強めに木の実が額に当たった。
「痛っ!」
「ふふっ、馬鹿な事を考えるな、そう仰っているのでしょう」
赤くなった額をさする稜真を見て、シプレは笑う。
「その木の実は、創世樹の実ですね。新たな可能性を目覚めさせると言われている、伝説の実です」
「そんな物を突っ込みに使っているんですね…。あの女神さんは」
稜真は木の実を手のひらに乗せ、まじまじと見つめた。
「愛されていますね、リョウマさんは」
稜真は木の実を握りしめた。
「──シプレ。ありがとう」
「はい。それではお休みなさい、リョウマさん」
シプレは、稜真にある助言を残して姿を消した。
(結局、俺は中途半端だったんだ。イネスは将来を見据えて、しっかり考えている。俺は──)
この世界で生きる覚悟、人を殺す覚悟は出来た。
スキルと、力と向き合って、どこまで使うべきか考えておくべきだろう。全てを1人で背負っているつもりはなかったが、シプレに言われてみると、そんな所もあったかもしれない。
稜真はもう1度天を仰ぎ見て、深々と一礼すると瑠璃を呼んだ。




