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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第9章 マーシャとの旅

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199.助力へのお礼

 片付けてあったテーブルを出し、稜真が皿に盛ったクッキーを並べると、子供達が歓声を上げた。

「マーシャが皆へのお礼に作ったんだよ」と言うと、「すっげえ」とジェドが、いや全員が感心した。ちなみにこれは、マーシャが包んだ分とは別の分だ。


「リョウマおにいちゃんが、つくりかたおしえてくれた」

「すっげぇ! リョウマ兄ちゃん、料理も出来るんか!?」

 稜真に向けられるきらきらの瞳が増えた。どこぞの町の冒険者達と違い、純粋な好意に気恥ずかしくなる。いや、あちらも好意に間違いはないのだが。

 村長夫人が飲み物を出してくれ、瑠璃とマーシャ、イネスも座って和気あいあいとした雰囲気に包まれた。


「アリアは座らなくていいの?」

「私はいいや。読み聞かせで胸がいっぱいなんだも~ん」

「アリアの絵本選びには言いたい事があるけどさ。子供達が楽しんでくれたみたいで、何よりだったよ」

「てへへ~。子供だけじゃなかったでしょ~」

「まあね。お金に困ったら、これで稼げそうだなぁ」

 あちらでやって来た事が、こちらの世界でも受け入れられると分かり、気恥ずかしくも嬉しかった。

「そんな事されたら、貢いじゃうじゃない!」

「……アリアが貢いでどうする」


「あの、リョウマさん。ちょっといいですか?」

「ああ」

 稜真はイネスに呼ばれ、この場を離れた。


「アリアさま。みつぐってなに?」

「へっ? マーシャ、聞いてたんだ。えっと…。好きな人への親愛の証に、お金をかける…事…かな?」

 クッキーのお代わりを出して貰おうとやって来たマーシャだったのだが、稜真とすれ違ってしまったのだ。


 そこへ戻って来た稜真に、マーシャは抱きついた。

「リョウマおにいちゃん、だいすき」

「ん? ありがとう」

「だから、マーシャもはたらいたら、おにいちゃんにみつぐの」

 稜真の頬が引きつった。あわあわとうろたえるアリアを睨む。

「……アリア?」

「すきなひとへのしんあいのあかしに、おかねをかけるって、きいた。ちがうの?」


 稜真がアリアに何と言ってやろうか考えている所へ、「あの、アリア様。少しよろしいですか?」と、お母様方が呼びに来てしまった。くれぐれも布教するなと、きっちり釘を刺して行かせる。


 稜真は、きょとんとしているマーシャを抱き上げた。

「マーシャ。貢ぐって言葉は、領主様とか偉い人に貢物をするという風に使うんだよ。アリアの使い方は、悪い使い方。真似しちゃ駄目」

「だめ?」

「そう。それに、マーシャが稼いだお金は、自分の物を買うのに使うべきだ。村に戻って果樹園を作ってもいい。町で働いて独立してもいい。マーシャの未来は、将来はなんにでもなれる。その為に使うんだよ」

 優しく諭すように言う稜真と、マーシャは視線を合わせた。


「しょうらい…。なんにでも…なれる…? アリアさまみたいに、つよくなれる?」

「ア、アリアみたいに? あ、ああ。修行すればなれると思うけど…。出来れば違う人を目指して欲しいかな」


 マーシャは将来を考えた。

 以前アリアが、世界は広いと言っていたのを思い出した。


(アリアさまは、ほかのくににも、いってみたいって、いってた。マーシャもいける?)


 ──未来は広がっているのだ。


 マーシャは、そこで初めて、自分が大人になった時の事を考えた。


(……リョウマおにいちゃんみたいになりたいな)


 優しくて、側にいるだけで温かくなれる。そんな人になりたい、そう思ったのである。



 結局追加は出さなかった。おやつを食べすぎると、夕食が食べられなくなるし、お土産もあるのだから。

 皿盛りのクッキーがなくなると、そろそろお開きだ。子供達は、マーシャが1人1人に手渡した包みのクッキーも喜んでくれた。

「良かったね」

 稜真がマーシャの頭を撫でると、はにかんだ笑顔を向けた。





 村が寝静まっている深夜。

 サーッと、雨は静かに降り続いていた。


 稜真はレインコートを着ようとしたが、「そのままで大丈夫ですわ」と瑠璃が言う。雨を操り、体に当たらないようにしてくれたのだ。

「助かるよ」

 フードを被れば、ただでさえ悪い視界が更に悪くなるので、ありがたい。稜真はこの世界に来てから、多少の夜目は利くようになっていたが、それでも暗すぎるのだ。

 ライトを唱え、小さな灯りで足元を照らす。


 起きているのは、村の入り口にいる不寝番の男くらいだろう。闇夜と雨で、そしてここから果樹園までは入口から死角になるので、灯りが見つかる事はない筈だ。

 稜真達は、尽力してくれた土の精霊にお礼が言いたくて、果樹園に向かっている。精霊にはその旨を、瑠璃が前もって伝えていた。アリアも行きたがったが、マーシャを置いては行けないので、稜真と瑠璃が行く事になったのだ。




 果樹園に着くと、大地の精霊とシプレが待っていた。気持ちよさそうに雨に打たれている。

「助力して頂き、ありがとうございました」

 稜真が頭を下げる。

「なんの、たいした事はしておらん。礼も貰うたしな」

 大地の精霊は、そう言って笑った。どうやら、酒は気に入って貰えたようだ。


 足元には土の精霊、小人が群れている。稜真の膝くらいの小人達だ。

 稜真は膝をついて話しかけた。ついた地面の水分は、瑠璃がすかさず抜いている。

「君達もありがとう。とても助かったよ。お礼は何がいいかな?」

 お菓子とかどうかなと尋ねたが、土の精霊達は口々に言った。


「歌がいい!」

「うた!」

「聞きたい!!」

「歌!」

「大地の精霊様が言ってた歌!」


「う、歌? お菓子じゃ駄目かな?」

「「「「「歌がいい!」」」」」

 びっしりと稜真の周りに集まった土の精霊達が声をそろえた。


(まぁ、深夜だし、この場所は家々から離れているから、聞こえない…かな)


「分かったよ」

 稜真が言うと、土の精霊達はぴょんぴょんと跳ね回った。ふと気づくと、他にも人影が見えた。足元の灯りだけでは暗すぎたので、稜真は光量を絞ったライトを、幾つか周辺に浮かべる。


 人影はシャリウとティヨルだった。

 ティヨルが力なく、シャリウに抱かれている姿が気になった。シャリウには極力近づきたくない稜真だが、側に寄ってティヨルに灯りを近づけた。

「…ティヨル、顔色が悪いですよ?」

 シャリウに抱き上げられたティヨルは、蒼白だ。表情だけは歓喜に満ちているが。


「リ…、リョウマさん…の歌を聞く為ですもの…。多少の無理…くらいは、なんでもあり…ません。体の力が抜け…て、動かない、程度の事…」

 力が回復しないままに、自分の木から離れた為、動けないらしい。立っている事も出来ず、言葉を出すのも辛そうだ。

「シャリウ!? どうして止めないんですか!」

「我の言う事など、聞いてくれぬのだ。シプレからの知らせに喜んださまは、実に愛らしかった。それに──」

 止めなかったと思うのか?と、諦めきった視線で言われた。


「シプレさんが伝えたんですか?」

「ティヨルは、こちらでの作業の進展をずっと気にしていたのです。もしも歌が聞ける機会を逃せば、悲しむのはティヨルですから」

 土の精霊達が稜真の歌を聞きたがっていたので、多分歌う事になりそうだと連絡したらしい。

「シャリウ、早く連れて帰って休ませて下さい!」

「嫌で…す…。リョウマさん、の歌を…聞くのです…」

「ティヨル。今から歌う歌は、癒やしの力は籠めません。ただの歌ですよ?」

「そ…れでも…、聞きたいのです…」


 その目に宿った意志は、何を言っても無駄と感じさせた。稜真は諦めて、土の精霊達の中央で歌い始めた。


 土の精霊達は満足げに、そろって揺れている。大地の精霊とシプレもにこやかだ。そして、瑠璃とティヨルは言うまでもない。


 稜真は魔力を籠めないように、気をつけて歌う。精霊への感謝の気持ちを籠めて、優しく。

 声を押さえて語りかけるように歌う優しい歌声は、先日の物とは全く違っており、ティヨルはうっとりと耳を傾けた。




 アリアは突然目を覚ました。


(…なんで目が覚めたのかな? って、あ、またマーシャを抱き枕にしてた。瑠璃に怒られちゃう。…それはともかく、稜真の歌が聞こえる気がするのよね…)


 アリアは遠耳スキルを使った。

 スキルは使う程、熟練度が上がる。以前は見える範囲の物音しか聞き取れなかったが、今では見えなくとも方向を意識すれば、聞こえるようになっていた。

 入学前に熟練度を上げておこうと、こまめに使っていた成果だろう。


 アリアは果樹園の方角へ、意識を集中させた。


 微かに稜真の歌声が聞こえ、アリアは更に意識を集中させた。小さく聞き取り辛かったが、徐々にノイズが消え、歌がはっきりと聞こえ始めた。

 稜真の事だから、精霊達にお礼をせがまれたのだろうと見当がつく。すぐにでも果樹園に行きたいが、身動きが出来ない。


(ああ~っ!! 聞きに行きたい! でも行けない~~!)


 抱き枕にしているマーシャを起こしてしまうのは申し訳ない。1人にして出かけられる筈もない。やむを得ず、更にスキルに意識を集中させた。すると、優しく甘い声が鮮明になった。


(はぅ……。やっぱりいいなぁ。いつもの歌だけど、夜だからか少し声を潜めて、子守歌みたいに優しく響く…)


 目を閉じて、聞き逃さないように集中すると、「やはりリョウマが欲しいな…」という、シャリウのつぶやきまで拾ってしまった。


(シャリウまでいるのっ!? ああ~! 稜真の身に危険が! 行かなきゃ! でもマーシャを置いて行かないし、千里眼で確認しようにも、ベッドの上からじゃ無理だし!!)


 1人であわあわしている内に、歌が終わってしまった。


(あああっ!? 稜真の歌が堪能できなかった!! それもこれもシャリウのせい…。今度会ったら覚えてろ~~)


 ひどい逆恨みである。アリアは瑠璃が付いている事だし、きっと大丈夫だと信じてスキルを切った。


 ──だが、アリアは悶々として眠れぬ夜を過ごしたのだった。






 精霊達は満足して姿を消した。


 静かになった果樹園で、稜真はじっと地面を見た。マーシャの家は掘り出したが、この土の下には果樹──リンゴの木が埋まっている。


「瑠璃…。しばらく1人にして貰ってもいいかな」

「でも私がいなくては、あるじが濡れてしまいますわ」

「少しだけ、雨に濡れたい気分なんだよ。お願い」

「……分かりましたわ。1度湖に戻っていますから、気がすんだらお呼び下さい。いいですか主。もし風邪を引いたら、口から回復しますからね?」

「ふっ…。了解。ごめんね」

 薄く笑う稜真に、瑠璃は頬をふくらませた。

「主はずるいのです…」




 稜真は、誰もいなくなった果樹園に佇む。

 歌った時に意識すれば、この地を回復出来たのだろうか。果樹園を蘇らせる事も出来たのだろうか。ここで地を回復させてしまえば、村人に不審に思われる。だから、回復を意識しないように歌った。せめて鎮魂の思いを籠めたが、それだけだ。──それで、良かったのだろうか。そんな、忸怩じくじたる思いに襲われていた。


 雨が髪を、体を濡らしていく。稜真は暗い天を仰いだ。


「リョウマさん」

 優しい声がかけられた。シプレだ。

「シプレさん。帰ってなかったのですか?」

「そろそろ湖へ帰ります。ティヨルも落ち着きましたからね。──何を考えているのですか?」


 稜真は答えず、目を閉じた。


 シプレは稜真に寄り添うと、濡れて頬にかかっている髪を、手でかき上げてくれた。そして、元気づけるように頬に触れた。

「リョウマさん。埋まった木は、まだ若い木々でした。折れ、土に埋もれ、命は無かったのです。先日の木々とは違うのですよ。あの木々達は、折れていても、流されていても、まだ生きていました。だから助けられたのです」

 シプレは諭すように言ってくれた。


「そう…ですか…」

 全てを助けられるなどと、驕っていた訳ではない。だが、あちらを助けたのに、ここは助けないのか。人目がある、そんな理由で助けないのか。そう自分を責めていた。


 目を閉じてうつむいていると、柔らかく温かい物に顔が埋まった。

「ちょっ!?」

「リョウマさんは、何もかも背負い込みすぎですよ。あなたの周りには、手助けしたがっている者がたくさんいるのです。私を含め、ね?」

 シプレは稜真を胸に抱いて、頭を撫でているのだ。


 頬が熱くなった稜真は体を離そうとしたが、シプレは許してくれない。そうこうしている内に、 少しずつ心が落ち着いて来た。まるで、姉がするような抱擁だったのだ。


 ──もっとも、実の姉は絶対にしてくれなかっただろうが。


「私は間違いなく、リョウマさんよりも年上です。知識と経験は貴方より豊富です。もっと頼って、甘えてくれていいのですよ」

 シプレは、瑠璃が違う世界の精霊であると知っている。稜真の事情も、ある程度は聞いているのだろう。──もっと甘えていい。それはこれまで稜真が、アリアや瑠璃、マーシャに言って来た言葉だ。


「…甘えるような年ではありませんから。それに、シプレさんには色々とお願いしているではありませんか。……もうそろそろ、放してくれませんか」

 シプレは、「うふふ」と笑って放してくれない。


 気持ちは有り難いが、稜真は少し苛立って来ていた。子供扱いへの反抗心もある。

「……俺よりも知識と経験が豊富なシプレさんは、お幾つなんですか?」

「女性に年を尋ねるなんて、覚悟はよろしいですか?」

「むぐっ!?」

 シプレの腕に力がこもり、息がつまった。すぐに緩めてくれたが、敵わないと実感させられた。


「私は人の子が親になり、その子が親になり。──幾度か見守って来ましたよ」

「…そう…ですか。シプレさんを姉のように感じましたが、母と言った方がいいかも知れませんね」

「あら、まだそんな事を言うのですね? うふふ」

 可愛らしく笑ったシプレは、渾身の力をこめて稜真を抱きしめた。

「っ!!!」

 ばんばんっ!とシプレの背を叩いても、しばらく緩めてくれなかったのである。



 ようやく解放された稜真は、荒く息をついた。

「シプレ、そう呼んでくれたら、今の言葉も許しますけど?」

「でも、年上に変わりはないですから」

「呼んでくれたら、許しますよ?」

「呼ばないと、許してくれないのですか…」

 にこにこと笑うシプレは、悪戯っぽく笑っている。


「…はぁ。こんな不甲斐ない俺に、女神さんも呆れているんじゃないかな…」

 そう言って天を仰ぐと、少し強めに木の実が額に当たった。

「痛っ!」

「ふふっ、馬鹿な事を考えるな、そう仰っているのでしょう」

 赤くなった額をさする稜真を見て、シプレは笑う。


「その木の実は、創世樹の実ですね。新たな可能性を目覚めさせると言われている、伝説の実です」

「そんな物を突っ込みに使っているんですね…。あの女神さんは」

 稜真は木の実を手のひらに乗せ、まじまじと見つめた。

「愛されていますね、リョウマさんは」


 稜真は木の実を握りしめた。

「──シプレ。ありがとう」

「はい。それではお休みなさい、リョウマさん」

 シプレは、稜真にある助言を残して姿を消した。




(結局、俺は中途半端だったんだ。イネスは将来を見据えて、しっかり考えている。俺は──)


 この世界で生きる覚悟、人を殺す覚悟は出来た。

 スキルと、力と向き合って、どこまで使うべきか考えておくべきだろう。全てを1人で背負っているつもりはなかったが、シプレに言われてみると、そんな所もあったかもしれない。


 稜真はもう1度天を仰ぎ見て、深々と一礼すると瑠璃を呼んだ。



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