197.忘れていた思い出
子供達に囲まれていた稜真は、何故アリアがつつかれていたのか分からなかったが、瑠璃が念話で教えてくれた。
(ははっ! 瑠璃の対抗策は、そらか。効果があるといいけどね)
生暖かくアリアを見ていた稜真に、クリフとフラウが尻尾を振り回しながら突進する。
「きゃあ!」「うわっ!」と、どこか楽しげな声を上げて、子供達が蜘蛛の子を散らすように、稜真から離れた。
瑠璃のお陰で怪我は回復したが、そう何度も押し倒されてはたまらない。
「クリフ、フラウ! 止まれ!」
稜真が命じると、2頭はピタリと止まってお座りした。尻尾はブンブンと振り回し、嬉しそうな顔をしている。
「俺に飛びかかるのと、顔を舐めるのは禁止! いいか?」
「「バウッ!」」と揃って返事をしたので、喉元を撫でてやった。気持ちよさそうな2頭は、しまいにはお腹を出して転がる。
子供達が尊敬のまなざしを稜真に向けた。
クリフとフラウは、子供達が悪戯をしたり、いつまでも遊んでいると叱りに来る、親よりも怖い存在なのだそうだ。稜真からしても大きな犬は、子供の目線で見れば巨大だろう。それは怖いかも知れない。
ジェドは何度も首根っこを咥えられ、強制的に家に連れ戻されたとふくれながら教えてくれた。
「少しくらい大目に見てくれてもいいのにさ!」
フラウがドン、とジェドの腹を突いた。「おわぁ!」と、尻もちをついたジェドの首根っこを咥えて、クリフが引きずる。大きなクリフに咥えられ、ジェドはぶら~んと揺れる。
「やめろ! 俺は、まだ遊ぶんだよ!!」
「クリフ、放してやって」
どうやら稜真に見本を見せてくれたようだ。苦笑した稜真の指示で、クリフは即座にジェフを放した。
稜真を見つめるイネスのキラキラした瞳に拍車がかかり、ジェドも同じ目をして見上げる。気恥ずかしくなった稜真は、頭をかいた。
「あー、イネス」
「はい! なんでしょうか、リョウマさん!!」
「夕食まで間があるし、友達と遊んでおいで」
「──友達?」
「ジェドは友達だろう?」
「もっちろん!! イネス! 皆で鬼ごっこしようぜ!」
手を差し伸べるジェドに、イネスは戸惑っている。
「あ…」
誘ったジェドも他の子達も、イネスを同年代と認識しているのが稜真には分かる。
「ほら」
稜真はイネスの背を押した。
「はい…。行って来ます!」
男の子も女の子も一緒になって、走り出した。瑠璃とマーシャも混じっている。
「そら、もも、俺とアリアは用事があるから、一緒に遊んでおいで」
2匹はうずうずそわそわと、子供達を見ていたのだ。
『はーい』
そらはももに乗って、鬼ごっこに加わった。
空気を含んで少し大きくなったももに乗り、びぃよ~んびょんと飛び跳ねて回る。そんなそらとももを面白がって、子供達が追いかけ始めた。途中から攻守が入れ替わり、そら達が子供たちを追いかける。「きゃあ!」と楽しげな悲鳴を上げて、子供達が逃げ出した。もう、誰が鬼なのか分からない。
クリフとフラウも加わり、楽しそうに駆け回っている。
きさらはあくびをすると、広場の隅で昼寝を始めた。
「アリア、村長さんにマーシャの話をしに行こうか」
「はいは~い」
村長の家で、まずはマーシャの両親の部屋にたどり着けた事。残っている物は、村に寄付したいという、マーシャの意志を伝える。
「そうですか。マーシャが受け取れる物があって良かった」
村長は目を閉じ、思いにふける。
マーシャの父はロブ、母はマイリ。ロブはこの村の出だが、家族はすべて亡くなり、村に親戚はいない。
「マーシャの母は、ロブが突然連れて来たのです。ロブは木工細工師になる為、王都に修行に行っていました。そこで知り合ったのでしょう。詳しくはどちらも誰にも語ろうとせず、故郷から便りが届く事もありませんでした。そしてロブは木工細工師にはならず、村で畑仕事を始めたのです」
マーシャの母、マイリと仲が良かったのは、宿の女将だ。村長が村の者にマーシャの親戚について尋ねたが、情報らしい物は女将しか知らなかった。
「マイリは、旅立つ前に言っていたそうです。王都の実家を頼ってみると。両親は許してくれなくても、他の家族は助けてくれるかも知れないからと」
その口ぶりから女将は、商売をやっている家ではないかと感じたそうだ。
「商売…ですか。王都の商人に知り合いがいます。今度会った時に、尋ねてみます」
稜真が思いついたのはカルロスだ。ピーターに聞いてもいいが、顔の広さから言えば、カルロスが適任だろう。マーシャは親戚に興味なさそうだが、調べておいて悪い事はないだろう。
──マーシャは夢を見た。
馬車で村から旅立った時の夢だ。商人の馬車に揺られて、遠ざかる村を見ながら母が言った。
「もしも…。いえ、無理よね」
「どうしたの? お母さん」
「一応話しておこうかな…。マーシャ、もしも村に帰って家に入れる事があれば、お母さん達の部屋のタンスの1番下の引き出しを開けてみて」
「1番下?」
「そう。タンスが無事かどうかも分からないけどね…。それに、次に村に帰る頃には、マーシャはきっと大きくなっているわね」
母が悲しそうに笑っていた。
「きっとタンスは無事だよ! 王都で成功したら、村でリンゴを作るんでしょ? そしたら、家のあった場所を一緒に掘ってみようよ! お母さんの宝物も、きっと出てくるよ!」
「そうね。頑張ってお金を稼いで、村に帰りましょうね」
「マーシャも働くからね!」
父の大きな手がマーシャの頭を撫でた。
「家族で頑張れば、きっと帰って来れるさ」
(…わすれて、た…)
マーシャが目を開けると、まだ明け方だった。両親の夢を見たのは、あれ以来初めてだ。
アリアはマーシャを抱き枕にしていたが、「う~ん」と寝返りを打って体を放した。瑠璃はもう1つのベッドで、まだ眠っている。そらも、専用の籠ベッドで眠っている。
マーシャは、果樹園に行く事にした。何があるか調べて、すぐに戻って来ればいいだろう。なんとなく1人で行きたかったのだ。
静かに服を着替えてドアに手をかけると、ぴょんとももが肩に乗った。1人で行くつもりだったが、ももの柔らかな感触は心強い。指でつつくと、ふるんと揺れたももと一緒に部屋を出た。
もう少しで日が登るのだろう。まだ薄暗い外は、雨の気配を感じさせた。降り出す前にたどり着きたいと、マーシャは足を早めた。
果樹園に着く頃には、薄明るくなっていた。
マーシャは両親の部屋に入る。稜真が昨日作業を終える前に、窓を綺麗に拭いてくれており、部屋の様子は見える。
(タンスの、いちばんした…)
タンスの1番下は、母の服が入っている引き出しだった。懐かしさに目を潤ませながら、服を避けると、奥に紙包みを見つけた。母が言っていたのはこれだと、マーシャには分かった。
「あれ? マーシャは?」
トイレにもいない。食堂にもいない。
「アリア。今、大地の精霊が教えて下さいました。マーシャは果樹園にいるそうです」
「1人で?」
「ももが一緒です」
「……そっか」
精霊も見守ってくれているなら、危険はない。1人にさせてあげるべきだろう。
「帰って来るまで待とうか。お説教はするけどね~」
ふふふ、とアリアは笑った。
「…ただいま…」
マーシャが包みを抱え、ももを頭に乗せて部屋に戻ると、全員が揃っていた。
「お帰り」
稜真とイネスが言う。
瑠璃はむっとふくれており、「…お帰りなさい」とつぶいく。「クゥ」と鳴いたそらは、マーシャの肩に移動して、髪を引っ張った。
そしてアリアは、腰に手を当てて仁王立ちである。
「お帰り、マーシャ!」
少し怖い顔をしてみせるアリアを、マーシャはおずおずと見上げた。
「アリアさま…」
「心配するでしょ。どこかへ行く時は、必ず誰かに伝えて行かなくっちゃ駄目!」
「ごめん…なさい」
「今回は、1人じゃなくて、ももを連れて行ったからいいけど、もし1人で行ってたら、こわ~いお仕置きが待ってたんだからね!」
「おしおき…? こわいの?」
「そう! 稜真がね!」
「そこでどうして俺に振る!?」
「私にとって、いっちばん怖いのは、稜真のお仕置きだもん!」
「アリアにとっては、そうだろうけどさ」
「リョウマおにいちゃん、…こわい?」
「マーシャに対するお仕置きかぁ。おやつ抜きとか、読み聞かせ抜きしか思いつかないよ…」
マーシャが目をまん丸にして、ふるふると首を振った。
「ごめんなさい。これからはぜったい、だまってでかけません…」
「あれ、効果あり?」
「リョウマさんの読み聞かせ抜きは、俺も嫌です! それくらいなら、なんでも言う事聞きますよ!」
イネスの言葉に、うんうん、とマーシャが頷いた。
「リョウマおにいちゃんのクッキー、おいしかった。また、たべたい。おはなしも、もっときかせてほしい…。ほんとうに、ごめんなさい…」
「反省したなら、それでいいさ」
マーシャは夢を見て、いてもたってもいられなくなって、母に言われた引き出しを開けに行ったと説明した。そして、抱えて持って来た包みを開いた。
中には夏用のワンピースが入っていた。水色の可愛らしいワンピースだった。
去年オルガが着ていた淡い色のワンピース。
マーシャは、ひらひらと可愛い服がうらやましくて、母におねだりした。着て行く所もないし、農作業には向かないと叱られた覚えがある。少しの無駄も節約していた一家には、贅沢だと分かっていながらねだってしまい、後で後悔したものだ。
──それなのに。
ワンピースと共に包まれていたのは、木彫りの髪留めだった。父が作り、金具を購入して仕上げてくれたのだろう。繊細な花と小鳥が彫られていた。その細やかな細工は、どこに出しても恥ずかしくない、立派な物だった。
夏に誕生日を迎えるマーシャの為に、こっそりと準備してくれていたのだ。
マーシャはぽろぽろと泣き出した。
(…アリア、きさらの所へ連れて行くべきかな?)
(きさらよりも、癒せる人がここにいるでしょ~)
(……また俺に振るのか…)
(リョウマさんなら、大丈夫ですよ!)
(アリアお姉ちゃん、イネスお兄ちゃん、食堂へ行って朝食を頼んで来ましょう)
(それがいいね~。そらとももも、行くよ~)
小声で話していた一同は、稜真とマーシャを残して部屋を出て行った。
「…マーシャ」
稜真が声をかけると、マーシャは稜真の胸に飛び込んで来た。寝起きで出かけていたマーシャの髪は、ほどいたままだ。稜真は少しもつれた髪を、手で優しくすいた。
「いっぱいわがまま、いったのに…。わたしに、よういしてくれてた。うれしい…。ありがとうって、いいたい…の。──いいたかったよ!」
泣きじゃくるマーシャを抱き上げ、稜真は椅子に腰かけた。
かけてやる言葉が思いつかない。普通の別れではなく、突然の痛ましい別れだ。その思いはマーシャにしか分からない。
少しでも気持ちが楽になるように祈りながら、しがみつくマーシャを抱きしめた。
「ひっく…、ひっく…」としゃくりあげる間隔が、次第にゆっくりになって行った。
「マーシャ。俺には親の気持ちは分からないけどね。きっと、マーシャが喜んでくれるのを楽しみにして、こっそり用意して、隠していたんだよ」
「ひっく…」
「マーシャが嬉しいと思っている気持ちは、伝わっていると思うよ」
「……そう…かな」
マーシャは稜真の鼓動を聞くように、胸に頭をすり寄せた。そんなマーシャの頭をそっと撫でる。
「俺の故郷では、亡くなった人は天に上る。天から、空から、見守っていてくれるって言われていたな」
「そらから?」
「そう。この国ではどうなのか分からないけどね。きっとマーシャの事を見守ってくれているよ」
この世界には神がいるのだから、その思いを伝えてくれるだろうと思うのだ。
「それに、子供は大人に甘えるのがお仕事だと思うしね。親代わりにはなれないけど、俺やアリアには甘えてよ。先の事は置いといて、この旅の間だけでも、ね」
「アリアさまにあまえる…? リョウマおにいちゃん、にも?」
「たくさん手伝ってくれるマーシャを、甘やかしてあげたいな」
すっかり泣き止んだマーシャが、何やら考えている。
「おねがいしても、いいの?」
「いいよ」
何を頼むつもりなのだろうか。一瞬マーシャの顔が、アリアが稜真にスキルを使わせる時の表情と重なった気がした。
「あのね──」




