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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第9章 マーシャとの旅

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197.忘れていた思い出

 子供達に囲まれていた稜真は、何故アリアがつつかれていたのか分からなかったが、瑠璃が念話で教えてくれた。


(ははっ! 瑠璃の対抗策は、そらか。効果があるといいけどね)


 生暖かくアリアを見ていた稜真に、クリフとフラウが尻尾を振り回しながら突進する。

「きゃあ!」「うわっ!」と、どこか楽しげな声を上げて、子供達が蜘蛛の子を散らすように、稜真から離れた。


 瑠璃のお陰で怪我は回復したが、そう何度も押し倒されてはたまらない。

「クリフ、フラウ! 止まれ!」

 稜真が命じると、2頭はピタリと止まってお座りした。尻尾はブンブンと振り回し、嬉しそうな顔をしている。


「俺に飛びかかるのと、顔を舐めるのは禁止! いいか?」

「「バウッ!」」と揃って返事をしたので、喉元を撫でてやった。気持ちよさそうな2頭は、しまいにはお腹を出して転がる。


 子供達が尊敬のまなざしを稜真に向けた。

 クリフとフラウは、子供達が悪戯をしたり、いつまでも遊んでいると叱りに来る、親よりも怖い存在なのだそうだ。稜真からしても大きな犬は、子供の目線で見れば巨大だろう。それは怖いかも知れない。


 ジェドは何度も首根っこを咥えられ、強制的に家に連れ戻されたとふくれながら教えてくれた。

「少しくらい大目に見てくれてもいいのにさ!」


 フラウがドン、とジェドの腹を突いた。「おわぁ!」と、尻もちをついたジェドの首根っこを咥えて、クリフが引きずる。大きなクリフに咥えられ、ジェドはぶら~んと揺れる。

「やめろ! 俺は、まだ遊ぶんだよ!!」

「クリフ、放してやって」

 どうやら稜真に見本を見せてくれたようだ。苦笑した稜真の指示で、クリフは即座にジェフを放した。


 稜真を見つめるイネスのキラキラした瞳に拍車がかかり、ジェドも同じ目をして見上げる。気恥ずかしくなった稜真は、頭をかいた。

「あー、イネス」

「はい! なんでしょうか、リョウマさん!!」

「夕食まで間があるし、友達と遊んでおいで」

「──友達?」

「ジェドは友達だろう?」

「もっちろん!! イネス! 皆で鬼ごっこしようぜ!」

 手を差し伸べるジェドに、イネスは戸惑っている。

「あ…」


 誘ったジェドも他の子達も、イネスを同年代と認識しているのが稜真には分かる。

「ほら」

 稜真はイネスの背を押した。

「はい…。行って来ます!」

 男の子も女の子も一緒になって、走り出した。瑠璃とマーシャも混じっている。


「そら、もも、俺とアリアは用事があるから、一緒に遊んでおいで」

 2匹はうずうずそわそわと、子供達を見ていたのだ。

『はーい』

 そらはももに乗って、鬼ごっこに加わった。


 空気を含んで少し大きくなったももに乗り、びぃよ~んびょんと飛び跳ねて回る。そんなそらとももを面白がって、子供達が追いかけ始めた。途中から攻守が入れ替わり、そら達が子供たちを追いかける。「きゃあ!」と楽しげな悲鳴を上げて、子供達が逃げ出した。もう、誰が鬼なのか分からない。

 クリフとフラウも加わり、楽しそうに駆け回っている。


 きさらはあくびをすると、広場の隅で昼寝を始めた。


「アリア、村長さんにマーシャの話をしに行こうか」

「はいは~い」






 村長の家で、まずはマーシャの両親の部屋にたどり着けた事。残っている物は、村に寄付したいという、マーシャの意志を伝える。


「そうですか。マーシャが受け取れる物があって良かった」

 村長は目を閉じ、思いにふける。


 マーシャの父はロブ、母はマイリ。ロブはこの村の出だが、家族はすべて亡くなり、村に親戚はいない。


「マーシャの母は、ロブが突然連れて来たのです。ロブは木工細工師になる為、王都に修行に行っていました。そこで知り合ったのでしょう。詳しくはどちらも誰にも語ろうとせず、故郷から便りが届く事もありませんでした。そしてロブは木工細工師にはならず、村で畑仕事を始めたのです」


 マーシャの母、マイリと仲が良かったのは、宿の女将だ。村長が村の者にマーシャの親戚について尋ねたが、情報らしい物は女将しか知らなかった。


「マイリは、旅立つ前に言っていたそうです。王都の実家を頼ってみると。両親は許してくれなくても、他の家族は助けてくれるかも知れないからと」

 その口ぶりから女将は、商売をやっている家ではないかと感じたそうだ。


「商売…ですか。王都の商人に知り合いがいます。今度会った時に、尋ねてみます」

 稜真が思いついたのはカルロスだ。ピーターに聞いてもいいが、顔の広さから言えば、カルロスが適任だろう。マーシャは親戚に興味なさそうだが、調べておいて悪い事はないだろう。






 ──マーシャは夢を見た。


 馬車で村から旅立った時の夢だ。商人の馬車に揺られて、遠ざかる村を見ながら母が言った。

「もしも…。いえ、無理よね」

「どうしたの? お母さん」

「一応話しておこうかな…。マーシャ、もしも村に帰って家に入れる事があれば、お母さん達の部屋のタンスの1番下の引き出しを開けてみて」

「1番下?」

「そう。タンスが無事かどうかも分からないけどね…。それに、次に村に帰る頃には、マーシャはきっと大きくなっているわね」

 母が悲しそうに笑っていた。


「きっとタンスは無事だよ! 王都で成功したら、村でリンゴを作るんでしょ? そしたら、家のあった場所を一緒に掘ってみようよ! お母さんの宝物も、きっと出てくるよ!」

「そうね。頑張ってお金を稼いで、村に帰りましょうね」

「マーシャも働くからね!」

 父の大きな手がマーシャの頭を撫でた。

「家族で頑張れば、きっと帰って来れるさ」




(…わすれて、た…)


 マーシャが目を開けると、まだ明け方だった。両親の夢を見たのは、あれ以来初めてだ。

 アリアはマーシャを抱き枕にしていたが、「う~ん」と寝返りを打って体を放した。瑠璃はもう1つのベッドで、まだ眠っている。そらも、専用の籠ベッドで眠っている。


 マーシャは、果樹園に行く事にした。何があるか調べて、すぐに戻って来ればいいだろう。なんとなく1人で行きたかったのだ。

 静かに服を着替えてドアに手をかけると、ぴょんとももが肩に乗った。1人で行くつもりだったが、ももの柔らかな感触は心強い。指でつつくと、ふるんと揺れたももと一緒に部屋を出た。

 もう少しで日が登るのだろう。まだ薄暗い外は、雨の気配を感じさせた。降り出す前にたどり着きたいと、マーシャは足を早めた。


 果樹園に着く頃には、薄明るくなっていた。

 マーシャは両親の部屋に入る。稜真が昨日作業を終える前に、窓を綺麗に拭いてくれており、部屋の様子は見える。


(タンスの、いちばんした…)


 タンスの1番下は、母の服が入っている引き出しだった。懐かしさに目を潤ませながら、服を避けると、奥に紙包みを見つけた。母が言っていたのはこれだと、マーシャには分かった。






「あれ? マーシャは?」

 トイレにもいない。食堂にもいない。

「アリア。今、大地の精霊が教えて下さいました。マーシャは果樹園にいるそうです」

「1人で?」

「ももが一緒です」

「……そっか」


 精霊も見守ってくれているなら、危険はない。1人にさせてあげるべきだろう。

「帰って来るまで待とうか。お説教はするけどね~」

 ふふふ、とアリアは笑った。




「…ただいま…」

 マーシャが包みを抱え、ももを頭に乗せて部屋に戻ると、全員が揃っていた。

「お帰り」

 稜真とイネスが言う。

 瑠璃はむっとふくれており、「…お帰りなさい」とつぶいく。「クゥ」と鳴いたそらは、マーシャの肩に移動して、髪を引っ張った。


 そしてアリアは、腰に手を当てて仁王立ちである。

「お帰り、マーシャ!」

 少し怖い顔をしてみせるアリアを、マーシャはおずおずと見上げた。

「アリアさま…」

「心配するでしょ。どこかへ行く時は、必ず誰かに伝えて行かなくっちゃ駄目!」

「ごめん…なさい」

「今回は、1人じゃなくて、ももを連れて行ったからいいけど、もし1人で行ってたら、こわ~いお仕置きが待ってたんだからね!」

「おしおき…? こわいの?」

「そう! 稜真がね!」


「そこでどうして俺に振る!?」

「私にとって、いっちばん怖いのは、稜真のお仕置きだもん!」

「アリアにとっては、そうだろうけどさ」

「リョウマおにいちゃん、…こわい?」

「マーシャに対するお仕置きかぁ。おやつ抜きとか、読み聞かせ抜きしか思いつかないよ…」


 マーシャが目をまん丸にして、ふるふると首を振った。

「ごめんなさい。これからはぜったい、だまってでかけません…」

「あれ、効果あり?」

「リョウマさんの読み聞かせ抜きは、俺も嫌です! それくらいなら、なんでも言う事聞きますよ!」

 イネスの言葉に、うんうん、とマーシャが頷いた。

「リョウマおにいちゃんのクッキー、おいしかった。また、たべたい。おはなしも、もっときかせてほしい…。ほんとうに、ごめんなさい…」

「反省したなら、それでいいさ」



 マーシャは夢を見て、いてもたってもいられなくなって、母に言われた引き出しを開けに行ったと説明した。そして、抱えて持って来た包みを開いた。

 中には夏用のワンピースが入っていた。水色の可愛らしいワンピースだった。


 去年オルガが着ていた淡い色のワンピース。

 マーシャは、ひらひらと可愛い服がうらやましくて、母におねだりした。着て行く所もないし、農作業には向かないと叱られた覚えがある。少しの無駄も節約していた一家には、贅沢だと分かっていながらねだってしまい、後で後悔したものだ。


 ──それなのに。


 ワンピースと共に包まれていたのは、木彫りの髪留めだった。父が作り、金具を購入して仕上げてくれたのだろう。繊細な花と小鳥が彫られていた。その細やかな細工は、どこに出しても恥ずかしくない、立派な物だった。


 夏に誕生日を迎えるマーシャの為に、こっそりと準備してくれていたのだ。

 マーシャはぽろぽろと泣き出した。


(…アリア、きさらの所へ連れて行くべきかな?)

(きさらよりも、癒せる人がここにいるでしょ~)

(……また俺に振るのか…)

(リョウマさんなら、大丈夫ですよ!)

(アリアお姉ちゃん、イネスお兄ちゃん、食堂へ行って朝食を頼んで来ましょう)

(それがいいね~。そらとももも、行くよ~)


 小声で話していた一同は、稜真とマーシャを残して部屋を出て行った。



「…マーシャ」

 稜真が声をかけると、マーシャは稜真の胸に飛び込んで来た。寝起きで出かけていたマーシャの髪は、ほどいたままだ。稜真は少しもつれた髪を、手で優しくすいた。


「いっぱいわがまま、いったのに…。わたしに、よういしてくれてた。うれしい…。ありがとうって、いいたい…の。──いいたかったよ!」


 泣きじゃくるマーシャを抱き上げ、稜真は椅子に腰かけた。

 かけてやる言葉が思いつかない。普通の別れではなく、突然の痛ましい別れだ。その思いはマーシャにしか分からない。

 少しでも気持ちが楽になるように祈りながら、しがみつくマーシャを抱きしめた。



「ひっく…、ひっく…」としゃくりあげる間隔が、次第にゆっくりになって行った。


「マーシャ。俺には親の気持ちは分からないけどね。きっと、マーシャが喜んでくれるのを楽しみにして、こっそり用意して、隠していたんだよ」

「ひっく…」

「マーシャが嬉しいと思っている気持ちは、伝わっていると思うよ」

「……そう…かな」

 マーシャは稜真の鼓動を聞くように、胸に頭をすり寄せた。そんなマーシャの頭をそっと撫でる。


「俺の故郷では、亡くなった人は天に上る。天から、空から、見守っていてくれるって言われていたな」

「そらから?」

「そう。この国ではどうなのか分からないけどね。きっとマーシャの事を見守ってくれているよ」

 この世界には神がいるのだから、その思いを伝えてくれるだろうと思うのだ。


「それに、子供は大人に甘えるのがお仕事だと思うしね。親代わりにはなれないけど、俺やアリアには甘えてよ。先の事は置いといて、この旅の間だけでも、ね」

「アリアさまにあまえる…? リョウマおにいちゃん、にも?」

「たくさん手伝ってくれるマーシャを、甘やかしてあげたいな」

 すっかり泣き止んだマーシャが、何やら考えている。


「おねがいしても、いいの?」

「いいよ」


 何を頼むつもりなのだろうか。一瞬マーシャの顔が、アリアが稜真にスキルを使わせる時の表情と重なった気がした。


「あのね──」



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