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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第1章 出会いとスキル

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16.出発の前に

「アリア、いきなり明日? せめて1日は準備させてくれないかな」


 1度冒険者活動に出たアリアは、何ヶ月も音沙汰なく帰って来ないのが常であった。これからは定期的に帰るように言われている。

 もちろん稜真もそのつもりだが、アリアは最低でも2週間は戻らない予定のようだ。冒険者の先輩であるアリアには色々教わらねばならず、スキルの検証も必要である。そのくらいは仕方ないだろう。


 準備と言ったが、稜真の心の準備が1番必要な気がする。それはともかく、正直何を準備すればいいのか分からない。ある程度の食材は必要だろうし、まずは料理長に相談しようと決めた。


「早くスキル検証したかったのにな。それじゃ、明後日からにする」

「アリアは準備しなくていいのか?」

「必要なものは、アイテムボックスに入れてあるもの。中は時間の経過がないし、いつも手ぶらなの」


「アイテムボックスか。荷物が少なくすむのは便利だよね。アイテムボックスのスキルって、珍しい?」

「多少は珍しいけど、50人に1人は持ってるかな? 人によって、入るサイズが違うみたい。私は限界を感じないから、大きいんだろうなって思うよ。──ねぇ、稜真も持ってるんじゃないかなぁ。だってギルドカードに表示されてないけど、女神様の加護を貰ってるでしょ? きっとアイテムボックスも使えると思う」


「女神さんの加護、ね。あると助かるけど、内容を何1つ教えて貰えなかったからな。──能力を付けるつもりで、うっかり忘れてたりして」

 そう言った所で、コツンと木の実が頭に落ちてきた。


(いて! 前にも、こんなことあったな…。あの木の実、どこにやったっけ?)


「試してみたら? あのね、アイテムボックスを私が使う時は、自分の横になんでも入れられる部屋があって、そこに入れてるような感じなの~」

「どんなイメージだよ、それ」


 稜真は、アリアの分かりにくい説明の通りにイメージしてみた。

(何でも入れられる空間が自分の隣にあると思う。そこに物を入れるとイメージする。これでいいのかが分からないけど…)

 試しに木の実を入れてみたら、あっさりと成功した。


「出来た…。これで、色々持って行けるな」

「色々って?」

「調味料とかかな。塩だけだと、味のバリエーションがないし」

「塩があれば、なんでも食べれるよ?」

 アリアはそう言って、不思議そうに首をかしげた


「それって、黒くて生の肉とかか?」

「お野菜だって、塩さえかければ食べれるもんね!」

「へー、アリアは塩だけで食べるんだ。俺が作ったものはいらないと」

「ごめんなさい! 稜真のご飯が食べたいですぅ…」

「はいはい。了解」


「私が持ってる食材は、稜真に渡しとく?」

「そうだなぁ。すぐに食べられる物は、2人で分けて持っておいた方がいいかな。調理前の食材や調理道具は俺が持っておくと、何を作れるか把握出来るね」

「それじゃ、これとこれ、そんでこれ。これもこれも、あとこれも──」

「ちょっと待て!」

 次々に出される物を、稜真は慌てて自分のアイテムボックスに放り込む。


 ──入れた物はどうやって取り出すのだろうか?


 稜真が取り出そうと意識すると、中身がリストとして目の前に表示された。ある程度の分類も自動的にされているようだ。食材リストと調理道具リストは別になっている。これならいざ使う時も、それ程戸惑わなくてすみそうだ。

 以前落ちて来た木の実は、服のポケットから出して、部屋の棚に置いていた。これもアイテムボックスにしまった。






 稜真がアイテムボックスが使えると分かると、料理長は様々な食材を分けてくれた。

「お嬢様には、何が食べられるか知識はお教えしたが、どうしても料理の腕が上がらなくてな…」

 料理長はため息をついた。その苦労が偲ばれる。


「料理長が知識を教えたんですか。お嬢様は、食材の知識はお墨付きをもらったと、自慢していましたよ」

「せめて食材の知識があれば、生で食べられる植物で食いつなげるかと思ってな……。下ごしらえまでは、出来るようになったものの、その後がなぁ。下ごしらえの道のりも遠かったよ」


(確かに手際は良かったっけ。なんだろう、料理長が遠い目をしている……?)


「いつ腹を壊すかと、いつもお帰りになるまで気が気じゃなかった。その心配がなくなって助かるよ。お嬢様のお食事、よろしく頼むな!」

 稜真は背中を、バンバンッと叩かれた。期待が痛い。


「そう言えば…。初めて会った時、お嬢様がお肉を焼いてくれましたが、外は焦げ、中は生焼けでしたっけ……」

「生焼けの肉!? ……お嬢様、よく今までご無事だったな。リョウマに料理が出来て、本当に良かった」


 料理長は、基本的な調味料に加え野菜類も分けてくれた。肉は現地調達出来そうなので、遠慮しておいた。


 稜真は、自分が特に料理上手とは思っていない。1人暮らしが長かったため、ひと通り出来るようになっただけである。貧乏時代の節約は、やはり食費からだったのだ。

 祖父が料理人で色々と教わっていたので、一般的な独身男性よりは知識があると思っている。作る事が嫌いではないし、アリアと共にいる時に自分が食事を作る事も、自然に受け入れていた。




 稜真がアイテムボックスを使えると知って、エルシーも喜んだ。

「アイテムボックスがあるなら、最初に用意していた物以外も渡せるから助かるわ」

 エルシーは、ブラシや香油、化粧水等の身だしなみ用品を次々と出して来た。

「お嬢様にお渡ししても、いつも使って下さらなかったの。直接リョウマ君が持つなら、その心配もなくなるわね」

 そう言って、アリアのお手入れをもう1度おさらいさせられた。

「リョウマ君、頼んだわよ! あなただけが頼りなの!」

 両手を握りしめて、お願いされた。


(うっ、エルシーさんまで…。期待が重い…)




 これまでの勉強で、稜真は生活魔法を教わっていた。教師はエルシーとオズワルドである。

 最初に火を起こす魔法を教わったのだが、魔力というものが中々理解できず、時間がかかった。


 だが、体に流れている魔力の存在が分かると、あっさりと使えるようになる。呪文で発動させる訳ではなく、魔力を行いたい事象に変化させて使用するのだ。生活魔法以外の魔法は、どう発動するのか知らないが。

 髪を乾かすために、温かい風を起こす魔法はエルシーに。液体を温めたり冷やしたりする魔法は、いつでも美味しい飲み物を主に提供できるようにと、オズワルドから教わった。


 今日は旅に必要であろう、水を浄化する魔法を教えて貰った。

「これで基本は覚えましたし、お嬢様と出かけても大丈夫でしょう」

 アイテムボックスがあると知ったオズワルドは、喜々として宿題を積み上げてくれた。

「次に帰宅したら、まずは乗馬ですね。勉強のメニューを組んでおきますから、楽しみにしていなさい」

「……ありがとう…ございます…」




 ──最後は伯爵である。


 最近は伯爵のマッサージは、オズワルドが行うようになっていたのだが、しばらく屋敷を離れるので、今日は稜真が行っていた。

「旦那様は、お嬢様が冒険者活動に戻ってもよろしいのですか?」

「止めても無駄だと分かっているからな。逃げ出されて探し回るよりもいい。今回からはリョウマが共におり、定期的に屋敷に戻る約束が出来ただけでもありがたい」

 つくづく、これまでの苦労が忍ばれる。



 マッサージが終わると、伯爵は体を起こした。

 ゆったりとした姿勢を取り、敷物に座ったまま稜真の顔を見る。何か話があるのだと気づいた稜真は姿勢を正し、伯爵の正面で正座した。


「冒険者の『アリア』が私の娘である事は、隠している訳ではないが、あまり知られていない。もちろんこの町の者は皆知っているし、アリアヴィーテを捕まえたあの町の者も知っているな。ドワーフの町が出来、この先、この領地は発展するだろう。これまでは辺境の地であった事から、王都の貴族からも注目はされて来なかったが──」


 伯爵は考え深げに息を吐いた。


「学園に行く事を考えても、これからは隠した方が良い。冒険者活動の時は、お前は冒険者の『アリア』の従者だ。分かったな」


 ランクの高い冒険者に従者がいる事は、ままある話だそうだ。

 アリアはランクこそ低いが知名度が高い。魔物と戦い続け、領地を救った冒険者のアリアは、領民から崇められており『アリア様』と呼ばれているそうだ。伯爵令嬢のアリアヴィーテよりも知名度は高い。そんなアリアに従者がいても、不思議ではないだろうと言われた。 

「かしこまりました」



 そして伯爵は各村や町の長、ギルドに通達を出したと言った。

 魔物を倒し、領地を救った『冒険者のアリア』と、領地の発展に力を尽くした『伯爵令嬢のアリアヴィーテ』は別人だと思わせるように、と。領地外の者には別人だと認識させるように、知っている者にも口止めをと。

 アリアが王都の貴族に取られる可能性を記載しての通達だ。間違いなく領民は協力してくれるだろう。


 ──領外への情報管理徹底の大切さに気づかせてくれたのは、侯爵夫人のイザベラだった。


 イザベラが冒険者のアリアとアリアヴィーテが同一人物だと知ったのは、髪の色からかも知れない。だがイザベラは伯爵に、王都に知られたらアリアが取り込まれる可能性があると、示唆してくれたのだ。


 アリアが領地の発展に力を貸した事は、王都でも知られている。報告の際に、つい娘自慢をしてしまった事を伯爵は後悔していた。

 だが、これはまだ許容範囲だ。

 この上、剣技が騎士団長とも渡り合える程だと知られてしまえば、確実に取り込まれてしまうだろう。何としても阻止しなくてはならないと伯爵は言った。


「お嬢様は騎士団長とも渡り合えるのですか?」

「スタンリーが間違いないと言っていたよ。多分、圧勝するだろうとな」

「……圧勝」

 スタンリーは王都にいた事もあり、騎士団長と知り合いだそうだ。稜真はアリアが強いのは、初めて会った時に分かっていたし、以前聞いた伯爵の話でもうかがえたが、まさかそこまでだとは思っていなかった。


「心しておきます」

「気にかけておくだけで良い。それよりも心配なのは、アリアヴィーテよりもお前の方だ。ここに来るまで、どんな生活を送ってきたのかは知らんが、争いに縁のない生活だろう。初めて会った時、茶を持ってきた手が荒れていなかった。剣など、これまで握った事もなかっただろう?」

「……」


「アリアヴィーテにあれだけ信頼されているお前だ。詮索せんさくはしない。──スタンリーはひと月の訓練で、一般的な冒険者並みの力はついたと保証していたが、無理はするな。アリアヴィーテは、もしお前に何かあれば、何をしでかすか分からん。それを肝に銘じておきなさい」


 伯爵は心から稜真を案じてくれている、その気持ちが伝わって来た。

「かしこまりました」

「バインズの近くの森に行くのだろう。明日は馬車で送らせる」

「ありがとうございます」




 ──夕刻。


 稜真は練習場で1人、真剣を抜き構える。構えたまま、目を閉じて息を整える。


(剣は、ある程度使えるようになったと思う。だけど、実際に生き物を殺す事が出来るのか? 平和な日常を送っていた自分が魔物と対峙たいじした時、思うように動けるのだろうか?)


 いくら考えても、不安は消えなかった。


 稜真はスタンリーに教わった動きをなぞり、剣を振る。

 暗くなっても、無心になって続けた。





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