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女の子の葛藤

はい!ここから私の華麗なる人生の第二幕が始まります。

私は勝手に自分の二一年間の人生を、大きく三つに分けております。

第一幕は母との暗い、暗い、果てしなく暗い、暗黒期の八年間。お読みいただいて分かる通り、「つらい、痛い、汚い」の見事な三拍子でした。

そこから脱却し、安全地帯に降りたったのかと思いきや、人生そう上手くはいかないぞ!と。イカロスも羽ばたいて、あら、びっくり!「試練、忍耐、たまに愛情」の高校三年生までの約十年間。私が施設を退園するまでのサクセスストーリーを、これから皆さんにお読みいただこうと思っております。

サクセスストーリーなんてちょっと法螺を吹きました。お決まりの笑いあり、涙あり、感動ありなんてことは、一切ありません。「こいつ痛いな…」という失笑あるのみです。だからちょろっと出るであろう、涙をふくハンカチも用意する必要はありません。涙なんか一滴も出やしませんから。大丈夫です。私が保証します。必要なのはただ一つ!馬鹿で阿呆で単純だった私を受け入れる、あなたの大きな熱いハートがあれば十分です。


「ねぇ、ミルクティー作って。」

「そこのティッシュとって。」

私はたけ寮に移り住み、すぐに奴隷となりました。なぜか?私が一番年下だったからです。これぞ理不尽な縦社会!

おいおい、ミルクティーなんて、コップの中にティーパック入れてお湯注ぐだけじゃねぇか!一分で出来るぞ。しかもミルクの濃さで文句を言いやがる。お前の好みなんか知らねぇよ。

ティッシュだと?そんなのあんたが椅子から立って、三メートルもしない所に置いてあるぞ。

「動くのがめんどくさい」って、お前ら全員八十過ぎの老人か。今は八十歳過ぎたって、足腰が達者でみなさんとてもお元気。よく見習え。甘ったれるな。何様のつもりだ。

しかも同い年の小学三年生の勝も、お姉ちゃんが寮を取り仕切っているボスだから調子に乗って、

「俺もミルクティー。お前のいつも甘くねぇから、スプーン大盛りで二杯半入れろ」

と、いけしゃあしゃあと言いやがる。若年性の糖尿病になればいいと、私はいつも大盛り三杯半の砂糖を入れてやりました。それには気づかない馬鹿舌。

何故、私がこのような目に合わねばならない?

私だって学校から帰って、宿題を終わらせたら、夕飯食べて、風呂入って、お前らのように、リビングでお茶でも飲んでテレビを見たいさ。

私が部屋で本を読んでいると、わざわざご丁寧に、

「チャーハン作れ」

とお声がかかるのだ。うるさい、うるさい、うるさい!!

何故、私がこのような目に合わねばならない?


私ともう一人、小学四年生の美代子も奴隷のように扱われていました。でも私よりはましでした。たった一つ歳が違う。それだけの理由です。だから美代子は私をはけ口にしました。自分がやりたくないことは全て私に押し付けてきました。今までは自分が一番年下だったからこそ、それに解放された安堵感が大きかったのでしょう。それでも時には悩みを共有しあう仲でした。何せ、同じ奴隷でしたから。


そこに嫉妬心メラメラの小学五年生、沙織です。

彼女はこの養護施設の小学生女子のリーダー的な存在でした。中高生の男子からは「かわいい」ともてはやされて、本人もかわいいという自信にみなぎった女でした。そしてお姉ちゃんは強くて“たけ寮”のボス。(他寮には年上でバリバリのヤンキーでもっと強い人もたくさんいましたが…)だから私たち小学生女子は、沙織には怖くて逆らえなかったし、私が来た時にはもう「沙織軍団」的なものが出来上がっていました。沙織より一つ年上の小学六年の子も全員所属していたから驚きです。

小学校から帰ると各寮の女子が順々にたけ寮に来て、

「沙織ちゃん遊ぼう!」

と言いに来ます。それで人数が集まってきたら沙織が、

「今日はお母さんごっこをやろう」

と言う。お母さんごっことは、おままごとのことです。必ず沙織は良い役どころです。

「私、お姉ちゃんで、あなたはお母さんで…」

と、好き勝手に決めていくのです。私は何かって?私は犬です。ポチです。ここでも出ました!理不尽な縦社会。

「わんわん!」

「お母さん、この子うるさい。お腹でも空いてるんじゃない?」

「わんっ!」

ああ、思い出しても不愉快極まりない!


他にも、沙織はモーニング娘。の歌が好きだったので、それに合わせて踊るのです。しかも振りを真似るのではなく、自分たちで考えろと意味が分からないことを要求してくる。そして沙織は監督。何だよ、監督って。一人ずつ順番にみんなの前で、自分が考えた振りを発表しなければなりません。それを、

「四十二点!!」

と容赦なく言い放つ。何のオーディションだ?私たちは北朝鮮の喜び組かよ。


「今日は喧嘩ごっこやろう」

という時もありました。喧嘩ごっこ?と首をかしげる方も多いのではないでしょうか。まず二つのグループに分かれます。それで沙織のチームじゃない方が、たけ寮に来てピンポーンとベルを鳴らして、

「おい、沙織いるか!てめぇ、調子のってんじゃねーよ!!」

と喧嘩をふっかけるのです。この時だけは“ちゃん”付けしなくて良くなります。すると沙織を先頭に玄関に出ていき、

「お前らのほうが調子に乗ってるだろうがよ!」

と啖呵を切るのです。それで広場に出ていき、喧嘩というのか、言い合いというか…。馬鹿の応酬が始まるのです。乗り気でない私にいらいらした沙織が、

「黙ってないであやかからも言い返せよ」

と、年上相手に何か言うよう命令されることもありました。私は怖くて上手く言い返すことができず、次の回からは反対側のチームに、入れられるようになりました。私はずっと砂をいじっていました。こんな遊び、心底、どうでもよかった。


こんな傍若無人でワガママな女、沙織と一緒の寮だったのです。寮は住むところではなく、私にとっては牢屋でした。

昼間は沙織のやりたい遊びに付き合わされ、夜は奴隷として仕える、それがようやく終わったら、六畳の狭い部屋で美代子と寝る。私が心からくつろげる場所は、トイレの中しかありませんでした。このような生活が小学六年生まで続くのです。それからも解放されることはなく、もっと、もっと深い闇に落ちていくことになります。寮の職員は我、関せずに徹底している。何が起きても気づかないふりって…、そんなのありですか?その潔さに敬服するわ。


私の唯一の居場所は学校でした。

小学三年生で初めて学校というものを体験しました。勉強は今まで全くしたことが無かったけれど、

「ちゃんと予習するようにと、テストの前に時間をあげたのに、みなさん全然だめでしたよ!森さんだけが百点でした。」

とクラスで褒められるほど、頭が良かったのです。特に国語が得意で、勉強しなくてもいつも百点でした。これには自分でも驚きました。


私は多くの友達を作りませんでした。いつも二、三人の女の子と適当に過ごしました。

休み時間になると、箱に折り紙でドアや壁を作り、お人形の部屋を作って遊んでいました。

秘密基地を作るのも好きでした。体育館の裏の土を掘り進めて地下にお城を作るという、壮大なプロジェクトを企画しました。数か月して「土が思ったより固い」と挫折しました。

友達が熱で学校を休んだら、放課後に友達と学校の裏庭で雑草をたくさんむしって、それをお見舞いのお花として友達の家に届けました。その家はお金持ちで、「うわっ!高そ~」と子供の目にも分かる、車が何台も置いてありました。

「はい!これお土産です!!」

と、しおれた雑草を渡した時の、お母さんの「いらねぇよ」と書かれたご尊顔。今でも忘れませぬ。子どもの度胸は偉大です。私たちは肝が据わっていました。それを無知とも言いますが。

それと通学路とは違う道を探検する。通ってはいけない人の家の敷地をこそこそとすり抜けたり、知らない道を自転車でぶらぶらしながら、小さな駄菓子屋さんを見つけたりしました。子どもは内緒ごとが好きです。

「ここはうちらだけの秘密の場所ね」

が合言葉でした。


だから他の施設の子たちとは違い、学校から帰ったらすぐに宿題をして、毎日外に遊びに出かけていました。ある時美代子に、

「あやかはいつも外で友達と遊んでていいな」

と言われたことがあります。いやいや、この場から逃げ出さなかったら、どんどん頭がおかしくなるぞ、と。私は美代子に言ってあげたかったのですが、沙織にチクられたら、瞬殺!!「沙織軍団」の襲撃を恐れ、何も言わずに、

「そうかなぁ~」

と言葉を濁しました。


「沙織軍団」は学校に友達が少なかったように思います。特に沙織は内弁慶で、学校で友達の後ろを歩いているのを何度も目にしました。だからこそ、施設では束縛しあっていたのだと思います。みんな、ただただ、寂しかったのです。

私はちっとも寂しくありませんでした。

一人は慣れていたし、気楽でした。自由気ままに、猫のような生活が、自分には合っていたし、沙織軍団と遊んでいてもちっとも楽しくなかった。ただのパシリにされるのはごめんだ。


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