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足を踏み入れる

私は海の街に越してきました。

この養護施設は六つの寮に分かれていて、一階、二階、平屋がありました。大体七,八人の子どもが各寮にいます。全て男女別の二人部屋になっていました。寮名は植物で、私は“いちょう寮”でした。いちょう寮は私を含めて三人しかいませんでした。寮に入った瞬間に“治療科”とは違う雰囲気で、何とも言えないじめじめとした暗さを感じ取りました。「何か嫌だなぁ」これが私の第一印象でした。


与えられた部屋で、お風呂に入ればいいのか、何をすればいいのか分からず、とりあえず布団を敷いて、一人でもじもじしていると、若い女の人の声が聞こえてきました。

「マジうけるんだけど~。どんな子なの」

いきなり部屋のドアをガラリッと勢いよく開けられました。

「何、めっちゃ小さいじゃん。うけるわ。よろしくぅ~!!」

風のように女の二人組が去っていきました。唖然…。

「ねぇ、土井さん、あんな小さい子うちらと一緒で大丈夫なの~」

と、リビングでわいわい騒いでいる声が聞こえました。余計に出て行きづらい。これから夕飯の時間だというのに。

当時、浜崎あゆみの絶頂期でした。その女の二人組はまさしくギャル!!髪の毛も黄金色、ミニスカートでルーズソックス。ピアスを開けて、いつも彼氏の話ばかりしている。深夜に帰宅が当たり前で、お泊りもしたい放題。しかも似たような名前で、「由希と沙希」。姉妹と言われていていました。(血はつながってない)そしてすぐキレる。本当に、本当に自由奔放なお姉さまたちでした。

カルチャーショック…。品行方正とは?今までの平穏な日々はどこに?ああ…、泣きたくなりました。天国と地獄。おびえて暮らす日々が始まったのです。


夕飯を食べ終わったら、挨拶参りがありました。

「こんばんは。小学二年生の森あやかです。よろしくお願いします」

という、ありきたりな挨拶をしに各寮に行きました。何と野蛮人がそろった所か。まるで有名人が来たかのごとく、ギャーギャー騒いでうるさい男の子、髪の毛を明るく染めて「オッス!僕たち,不良です!」と自己主張している中高生。小学生女子も意地の悪そうな感じで、標的を射止めるかのごとく「明日から学校?学校は私たちと一緒に行こうね」と、ものの二、三秒で約束を取り付けてきました。

初日にして印象最悪!さらに私は地の底に思いっきりたたきつけられた思いでした。


寮ではギャル二人組は出かけている事が多かったので、いないときはそれなりに安心してご飯を食べ、トイレに行き、お風呂に入り、部屋で本が読めました。安住とはいかなくても、自分のペースで生活ができました。

それよりも厄介だったのが、隣の“たけ寮”の女子軍団でした。

小さい世界の理不尽な縦社会。

この人たちの出会いで、私の人生をめちゃくちゃにされたといっても過言ではない!この数奇な運命のおかげで、私はひどく傷つき、さらに人間不信となり、少しやさしくなれた。それはもう少し先の話であります。


私にはどうしてもやめられない癖が、二つありました。

まず、おねしょです。

おねしょの原因は、母がいつまでたっても、おむつ離れをさせなかったから。あいつの子育ての成功は、「私を死なせなかったこと」くらいでしょう。

私は七歳になっても平気な顔して、おむつをつけていました。だから寝ている間の尿意のことを微塵も考えたことがなく、垂れ流しが当たり前。いつも朝起きると布団がびっちょびちょでした。さすがに「やばい」「まずい」「恥ずかしい」と思い、職員には言い出せなかった。布団は畳んどけば、自然と乾く!ただし、臭い。パンツは洗うとばれるので、勉強机の引き出しの一番下の奥底に隠す!ただし、カビる。まあ、二、三週間でばれましたね。布団は黄色い染みだらけで、部屋中おしっこ臭い。よくそれまでばれなかった、頑張ったよ、自分!

職員はやさしく諭すように、

「恥ずかしいことじゃないんだから、ちゃんと言いなさい」

いやいや、めっちゃ恥ずかしいです。そのやさしさが逆につらい。ここからすぐにでも逃げ出したいです。泣きたい、いや、泣く。泣きました。

「みんなこうやって大人になっていくんだから。あやかも今から練習しましょうね。」

死に物狂いになりました。まず寝る前に念じます。

「漏らさない、漏らさない、漏らさない…漏らしたら私は死ぬ!」

明朝、足元がべたつくように冷たい。布団をめくると黄色い染みができている。

「あああああああ……」

そしてこぶしをグーにして、自分の頭を思いっきり、ぶっ叩きます。何十回も。

ああ、これも癖でした。私は今でも、自分の思い通りに事が進まないと、「何やってるんだ!死んでしまえ!!」と頭を殴るのです。加減なんか一切しません。力任せに自分を自分で怒る。私は自分に厳しいのです。

話はそれましたが、おねしょはすぐに直すことができました。何事も「努力・根性」あるのみ。ネバーギブアップの精神です。


二つ目の癖は、指しゃぶりです。

まあ、乳離れができていなかったのでしょう。ひと肌も恋しかった。私を温めてくれる人なんて、誰もいなかった。いるのはギャルと、うるさい小学生女子だけ。そりゃあ、指の一本や二本しゃぶりたくもなります。いいじゃないですか。しゃぶるのが指なんだから。勘弁してやってくださいよ、ってところに

「こいつ、指しゃぶってるんだけど~」

「……?」

不快な言葉と、笑い声で目が覚めました。

見ると、隣のたけ寮の女子軍団と、それに付いてきた小学生男子が私を見て笑っているじゃないか!現在、朝六時十五分也。おい、ふざけんな。堂々と隣の敷地をまたいで、勝手に人様のドアを開け、安眠妨害、そして、人様の寝相にケチをつける。おい。なんだ、何様だ。どんだけ、暇人なんだよ。ここは動物園じゃねーんだぞ!

私が起きると、奴らは電光石火のごとく、去っていきました。その後のことは、言うまでもありませんよね。ええ、「森あやかは指しゃぶり」と。この上なく痛快な気分でした。その晩、私は握り拳をして床に就きました。

人は切羽詰まると、どうにかなるものです。


私に一つの転機が訪れます。

私が養護施設に来て二,三ケ月のことです。由希と沙希が同時期に高校を退学したのです。養護施設では高校を退学すると、親がいなくて、頼れる親族がいなくても、無慈悲にも「一人暮らしせい!」と容赦なく施設から放り出されます。

いなくなる直前、彼女たちのやさしさが垣間見られる瞬間がありました。緊張しながらも一緒に夕食を食べていると、

「おいしいか?」

と、不器用ながらも私を気遣おうとしてくれている姿がそこにはありました。私もドキドキしながら、

「うん。美味しい」

と頑張って答えました。そうすると彼女たちは嬉しそうでした。

「どうせいなくなるから、私たちのいらない物あげるよ!」

と言って、いきなり浜崎あゆみのポスターを十枚ほど持ってきてくれたり、当時流行っていた羽のようなキーホルダーやアクセサリーをたくさん持ってきてくれたりした。そんなもの興味がなかったし、本当は欲しくなかったけど、彼女たちの気持ちがとても嬉しくて、嬉しくて。私は言われるがままに色々な物を貰いました。私にアクセサリーをつけてみんなで大笑いをして、一緒に私の部屋にポスターを張りました。彼女たちとはお別れだったけれど、最初の「怖い」という気持ちから、だんだん「寂しいな」という感情に変わっていった。見た目は派手な格好をして、強そうに見せているけれど、本当は違う。何かに満たされない寂しさ、やりきれない気持ちがあったからこそ、人一倍やさしさを持った不器用なお姉さまたちでした。風のうわさでは、紆余曲折あったけど、彼女たちは今でも仲良しで、由希は子供がいて元気なママさんで、沙希は「一生独身!!」と決めているらしく、強くたくましく二人とも生きていると風のうわさで聞きました。


いちょう寮は私一人に…。

そこに中学二年生の小太りの男が入ってきました。ゲームボーイのポケモンが大流行していて、私も案の定はまった。その男もゲームやマンガが大好きな、所謂オタクでした。寮は私とこの男しかいなかったので、最初のうちはリビングで仲良くゲームをしていました。

「モンスターボールじゃこれなかなか取れないよ…」

「ああ、こいつにはスーパーボールを使ったほうがいいよ」

「このジムリーダー強くて勝てないっ!!」

「電気タイプのピカチュウがここら辺の草むらにいるから、レベル三十くらいにしとけば余裕でしょ」

など、一緒に攻略本を読んで一日中ゲームをして過ごしていました。

次第にこの男は本能をむき出しにし、化けの皮が剥がれだします。

「ねぇ、パンツの中見せて。そうしたらやってあげる」

と、交換条件を出すようになってきたのです。寮の職員も忙しくてノーマーク。「仲良くゲームをやっているわね」くらいの認識だったでしょう。

「またか…」と思いました。母と同質の人がいる。ただこう思う程度でした。私は職員の目を盗み、その男の要求通りのことを何でもしました。おかしいと思うこともなく、ただ淡々と。もしかしたら快感に似た何かを感じていたのかもしれません。


一、二か月が過ぎ、私は隣の“たけ寮”に移されました。

私たちの行為が明るみになったのです。寮の職員が私を呼び出し、はれ物に触るような顔つきで、

「あなたは明日からたけ寮の子になります」

とだけ言いました。私は涙も流さず、

「分かりました」

とだけ言いました。いやらしいことが露見し、正直恥ずかしくて堪らなかったけど、逃げ出すこともできず、やり過ごすしかありませんでした。


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