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悲しい空

そんな時、母に醜い恋が芽生えます。

それは“H”という男で、デパートの屋上にあるペットショップの店長でした。私が四歳頃に出会ったと記憶しています。顔も背丈も性格も下の下の下。人間の顔をした悪魔。簡単に言えばホストとそれに入れ込む馬鹿な客でした。

幼かったのでどうやって彼らが接近したかは覚えていません。いつも私を使って、

「お母さん、私動物大~好き!早く、早く!!」

がお決まりのフレーズでした。私がどうしても動物を見たいとせがむから、仕方なく私は付いていきますという体です。

その後、熱帯魚などを見ながら“H”が熱心に説明します。その時の母の奥底から滲み出てくる、どろどろした女の顔に、私は身震いしました。くにゃくにゃした厚ぼったい唇も、下品な上目づかいも、鼻先から出す甘ったるい声も、全てが気持ち悪い。

長いときは四,五時間居続けます。私は暇なので、店員のお姉さんと一緒にウサギやカメを触ったり、外にある遊具で一人遊んだりして時間をつぶしました。母はこのペットショップに毎日通ったのです。まさに「異常」「きちがい」「粘着質」。

そして動物大虐殺の幕が開けるのです。


毎回動物を見に行くだけじゃばつが悪かったのでしょう。家には生き残った猫が二匹いたので、小さいものから買い始めました。まずは熱帯魚です。グッピーやエンゼルフィッシュ、ウーパールーパー、アカヒレ…。飼育するには水槽やらヒーター、ろ過機、エサ、いろいろな用具が必要となります。

ミドリガメじゃない、首の長いカメも買いました。そいつは餌が特殊で、冷凍したコンビーフの塊みたいなやつしか食べないので、餌代が多少かかりました。他にも秋になると、鈴虫とコオロギ、イモリ、ウーパールーパー、ヤドカリ、カエル、カブトムシ、クワガタの幼虫…。

犬、猫、鳥以外の生きものを全て網羅したといっても過言でありません。死んだら新しいものを買いに行く口実ができると、母はそんな軽い気持ちだったでしょう。だから死に方も悲惨でした。何せ世話をしない。私もヤモリや首が異常に長いカメは気持ち悪いし、見るだけでも怖い。爬虫類も両生類も大嫌い。イモリは放置していたら、黒い身体ごと溶けて死んでいました。カメも汚い水の中首をのばしたままだらんとして、息絶えていました。ヤドカリも身体が大きくなったら新しい貝に身を移し替える、所謂、引っ越しをするのですが、身体にフィットする、丁度いいサイズの貝がないと死んでしまいます。だから全て死にました。身体はサザエの中身と同じような感じです。それが砂の上に何十匹もあるのです。カエルも押入れの奥のほうから、ケースの中でカラカラに干からびた状態で出てきました。それらを水槽ごと近くの林にぶちまけました。

私が養護施設に入る八歳まで延々とこれが続けられたのです。いったい何百匹の生きものを殺し、いくらのお金を“H”につぎ込んだのだろうか。


母はずる賢い性格で、自分のためには手段を選ばない人でした。

「この子算数の足し算が苦手でぇ~」

と言い、今まで足し算をしたこともなかったし、こんな奴と話したくもないのに、“H”に勉強を教えてもらうことがありました。ここはお店であって、勉強を教えてもらう場ではない。他の客の「何なの?あの親子は」という視線も痛い。明らかに精神疾患でおかしな奴だと分かるのに、それをお客様で、いい金づるだからと、母を相手にする“H”が気味悪く、本能的に信用できない嫌な奴でした。笑顔であれやこれや勧めて、生きものを見殺しにするペットショップの店長。

ある時、私はちょっとした意地悪をしました。お会計の時“H”に、

「ママ、家で私の骨折している足蹴ったんだよ~!」

と、笑顔で言いました。母は焦って、

「なに、冗談言ってんのよ!!まったくこの子は…違いますよ~うふふ」

と、どうにか笑ってごまかそうとしました。“H”も笑っていました。周りの女性スタッフは顔が青ざめて、黙り込みました。これが大人の狡さなのです。分かっていても見て見ぬふり。だって、その時私は脱毛症で左頭部の髪の毛が全て無かったのです。いくらピンクの帽子で隠したって、分かるはずです。見た目だっていつ洗濯したか分からない、汚らしい洋服、骨折した足にまかれた薄汚れた包帯、風呂もまともに入っていなかったので、悪臭も酷かったと思います。ふけと垢だらけ。


私はCDプレイヤーで音楽を聴くことが大好きでした。最大音量にして毎日飽きることなく、モーニング娘。やGray、鈴木亜美、ミスターチルドレンを聴いていました。音楽を聴いていると嫌なことを、その時は忘れられるのです。そして中耳炎になり、初めて西八王子駅にある耳鼻科に行きました。すると耳垢が穴の中で団子状に詰まっていると判明したのです。確かに、私は耳掃除をした経験がありませんでした。生まれてから今日までのカスが木の年輪のように、私の耳の中で歴史を作り上げていたのです。ドリルのようなもので掘られ、終わった時には医者に、

「ほれ、見てごらんなさい。こんなすごいやつは今まで見たことない!」

と新聞紙にくるまれた、私の耳垢を見せてきました。何という屈辱。私は恥ずかしくて、まともに見ることができませんでした。「うわぁ~」と当たり障りないリアクションをして、その場を後にしました。

だから同じ五、六歳児だって、

「ママ~、あの子変だよ。汚い」

と言うでしょう。私が逆の立場だったら、道をよけて歩きます。誰が見たって“虐待”と一目瞭然。


家に帰ったらすぐに、

「ちょっと、“H”の前で変なこと言わないでよね!!」

と怒っていました。でも殴られはしませんでした。また言付けられるのを恐れたのでしょう。私にはこういう流れになる確信がありました。また暴力を振るわれることに慣れっこになっていました。ただ母を困らせたかった。日頃のうっぷんを晴らしたかったのだと思います。だから今でもあの時の母の顔を思い出すと、ニンマリ笑い出したくなり、勝ち誇った気になるのです。

歳を重ねるごとに、母の機嫌を損ねないようにする、やり方が分かるようになりました。子どもにでも操れるほど、単純な面を持った人でした。

万引きをする時は「あれが欲しいね」とヨイショすると、母も乗り気になる。何事においても笑顔を作って、共犯者になってあげれば機嫌が良くなるのです。


“H”との交流はプライベートにも及びます。“H”は三十歳過ぎてもゲームセンターに足しげく通っていました。ガヤガヤした爆音の中で、スロットを打っている姿を親子で何時間も後ろから見続ける。ただのストーカーです。それが終わったら百円寿司にも一緒に行く。いつも必ず同僚が一緒でした。夜の十時過ぎまで彼らと一緒にいる。私にとっては苦痛で耐えがたい時間です。だから今でもゲームセンターと寿司は大嫌いです。ゲームセンターに行く男性を見るだけでも、さぶいぼが立ちます。それだけでその人との交流をシャットダウンさせます。自分勝手に人間性を疑うのです。魚介類は大好きで、生の魚も食べられなくはないけれど、寿司を見ても食欲が全くわきません。私にとって“H”は憎悪の塊でした。


母の心を常に虫食んでいた、寂しさ。求め続けてきた愛情。もう見捨てられたくないという気持ち。“H”は母の心にぽっかり空いた隙間に入り込んだのです。心の琴線に触れる何気ない言動に、母は逃れられなくなっていた。どんな形であれ、自分を受け入れてくれる“H”に見捨てられたくなかった、離れたくなかった。たとえ一瞬でも幸せを感じられるなら、のめり込んで、夢中になっていった。蜘蛛の巣にかかった虫だ。たいていの人は気付く。九十九%ダメな所があったら離れようと。でも寂しさに堪らない人は、どんどんと空しくなるのは実感しているのに、その一%のやさしさにすがるのです。たとえ相手から同じ人間として扱われてなくても。これは愛されてこなかった人の呪縛です。


両目を力いっぱいふさいだ

余計なものが見えないよう、

何も感じないふりをしようと自分を無理矢理ねじ伏せた

でもそれじゃあ、解決しない

時間だけが流れ、問題が置き去り

いや、どんどん悪化して取り返しのつかない事態だ

逃げたくても逃げることができない

直面しなきゃならない事実に目を背けては、ダメだ

自分の首を絞めるだけだから

辛く、苦しく、息がすえなくなっても、

目の前の現実に対峙しよう

それは時に自分を救うから

目を背け続けるのは簡単だ

でもラクな人生はない

幸せになるために自分に負けない


母とは八歳の時に離れました。

後で祖母から聞いた話によると、朝の五時から警察、児童相談所の職員、祖母で二人が離れる一瞬のタイミングを、ずっと息をひそめて待っていたそうです。

あの朝の記憶は今でもはっきりと覚えています。私は玄関の目の前に置かれた、汚いものがごちゃごちゃ置かれている小さな机の端で、コンビニで買った鍋焼きうどんを食べていました。母は黒い大きなゴミ袋を持って、ゴミ捨てに行きました。すると、外から「キャー」と母の泣き叫ぶ声が聞こえてきました。大人達の声がごにゃごにゃ聞こえてきます。突然玄関が開けられて、光が差し込みました。おじさんが「もう大丈夫だからね」と優しく抱きかかえてくれました。母は何人かに取り押えられ、

「私の子に何をするの!離せ!!」

とわめいています。私は児童相談所のおじさんと一緒に黙って黒い車に乗りました。何の感情もわいてきませんでした。ただ冷静に、母と離れられるということは直感しました。車の中でおじさんがおにぎりを二つくれた事しか覚えていません。そのおじさんは児童相談所の人でした。どこに行くのかも分からなかったけど、空がすっきり晴れて見えました。


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