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小学5年生

学校ではいじめ合いの応酬でした。

暗雲が立ち込めてきたのは、小学五年生から。

とにかくバカで、臆病で、強がって、寂しくて。一人で何かに抗い続けていました。何かとは、自分だったのだと、今なら分かります。頑張って、頑張って、弱い自分に負けまいとした。その結果が敗北です。どん底の生活、どん底の人間関係。全てが空回りする。我ながらあっぱれ!見事なまでのどん詰まりでした。

やさしさ、感謝、反省。光を見るまでに、それは長い時間がかかりました。今でも鎧はかぶり続けたままです。でも「こんな自分ではダメだ。」と、少しずつ気づき始めたのは、高校一年生の夏頃でした。

私には約五年間の反抗期がありました。それは思い出したくもない、一番つらかった時期。自分一人の戦いでした。


「弱い犬ほどよく吠える」

その通りです。まさしく私も「キャンキャン」吠えておりました。そのありさまは、他人が閉口してしまうほどでした。ああ、思い出すだけで恥ずかしい。「あれ、狂犬病じゃない?」と、声を潜めては陰口をたたかれ、毛嫌いされていたと思います。


小学五年生、クラス替えがありました。

みんな新しい友達を作ろうと必死でした。スマホはもちろん、ケータイを持っている子のほうが少ない時代でした。そこで、空前の大ムーブメントになったのが、原始的な“交換ノート”でした。仲良しな女子数人で、順番に思ったことを書いて、回覧板のように渡していく、秘密のノートです。

「ねえ、交換ノートやろうよ!」

初日、席が近いというだけの理由で、四人で交換ノートが始まりました。

言い出しっぺの、元気はつらつとした真奈美ちゃんが一番で、私が二番目でした。

次の日には私の番になって、ノートを見てみると「名倉くんと同じクラスになっちゃったね・・・。」と書いてありました。“名倉くん”とは何ぞや?誰だ、それは。私はよく分からなかったので、適当に「これからはよろしくね!」と、当たり障りないことを書いて、次の子に渡しました。

二、三日たって、登校して下駄箱で、靴を上履きに履き替えようとすると

「てめぇ、俺の悪口言ってんじゃねぇーよ!!!!」

と、見知らぬ男子から、太ももに足蹴りを頂戴しました。

「…は?」

突然の襲撃。理解不能・・・。近くにいる子がみんなこっちを見ている。訳分からん。「???」頭の中がハテナでいっぱい。

そのままクラスに行き、ドアを開けると

「こいつだよ!こいつが俺の悪口書きやがって。調子のんじゃねーぞ!」

クラスの中心で何人かと一緒になって、私を睨んできました。

「え、ごめん。何の事だか分からないんだけど…。」

「おめぇ、交換ノートに俺の悪口書いてんだろ!こっちは見て知ってんだよっ!」

「はぁ…。」

もう息しか出てきませんでした。まずこいつが名倉で、女子の交換ノートを盗み見るチキン野郎だってこと、私を蹴るために朝から下駄箱で待機していたこと、私の天敵になる予感だけは、しっかりと分かりました。「てゆーか、書いたの私じゃねーよ!!!!!」


「あの子かっこよくない?」と異性を気にしだし、自我が芽生え、心と体が急に変わりだしていく、大切な思春期。甘酸っぱいトロピカルな、青春の第一歩を、今、踏み出そう!!とクラウチングスタート待ちをしていました。

でも私は名倉との出会いで、何度も崖から突き落とされるのです。這い上がろうとしても、崖には粘着テープが張ってあって、私はゴキブリホイホイのようにがんじがらめになる。名倉との運命の出会いがなければ、私の人生はもう少し平坦な道のりだったのでは?と思えてならない。絶対にこんな陰気な人間にはならなかったはずだ!!


それはきっと名倉も同じでしょう。

私たち二人は、似た者同士だったからこそ、お互いの心が手に取るように分かった。常に意識しあう存在で、忌み嫌い、傷つけあった。水と油。プラスとマイナス。

でも抱えていた不安、孤独は一緒だった。私たちは双子のようでした。


あの子にはこの世界が何色に見えていたのだろうか


私は放送委員会に入っていました。

自分の声が学校中に響き渡るのは、なんとも愉快なことです。

「あー、あー、あー、マイクテスト中…」

「みなさん、始まりました。どうも、こんにちは!えー、今日は四年三組のマルヤマさんから、リクエストいただきました。どうもありがとうございまーす!それではこの曲からスタート!!!」

と、ラジオDJになりきって、放送室は私の独擅場でした。

演劇部にも入っていて、私が脚本をつとめた“なんちゃって不思議の国のアリス”を放送し、あまりにも内容が下世話だとクレームが来たり、リクエストを無視して、私の大好きなaikoの曲ばかり流してクレームが来たり。私は目立ちたがり屋でしたので、聞き手のことなんか一切考えず、やりたい放題やって遊んでいました。


お昼の放送も終わって、ルンルン気分で教室に帰ると、クラスが異様な雰囲気に包まれていました。

まず机とイスが全てきれいに後ろに移動している。

教室の中央部分に真奈美が一人座っている。

その周りをクラス全員で囲んでいる。

水筒から湯気が立っている。

それを名倉が真奈美の頭にかける。

背中を蹴りつける。

真奈美がよろける。

無音。

「ああ、お前、いいところに来た!森もこいつのこと殴れ」

「え…」

「何ビビってんの。みんなやってるから。なあ?」

「うん。俺も殴ってやったし」

「いや…、私は…」

「だって、こいつ調子乗ってんじゃん。クラス全員に嫌われてるし。お前も早くやれよ」

私には出来なかった。でもやらないと、今度は私がいじめられる番になる。

「よーし!授業始まるぞぉー」

担任がクラスに入ってきました。良かった。ひとまず終わった。

みんな何事もなかったかのように、机とイスを戻し始めました。真奈美は顔を隠して泣いていました。みんなはそれに気づかないふりして、笑っています。取り繕ったクラスの光景。あるのは重苦しい空気だけ。


クラスは異常でした。まさに学級崩壊。いじめのターゲットは名倉が決めます。そこに疑問は生まれません。みんな麻痺していました。「おかしい」と思っても言えない。自分がいじめられたくない。だから見て見ぬふりをするか、いじめに加担する。みんな自分の身を守るために必死でした。極限の状態に行き着くと、サバイバルゲームです。「自分さえよければいい」。みんなでグルグルと、長いものには積極的に巻かれる。息が苦しい。クラスに妙な一体感が生まれました。


私も友達と真奈美をいじめました。放課後、トイレに呼び出して、

「まじキモい」

「調子に乗んな」

「うざいから学校来んじゃねぇよ」

といちゃもんをつけて、

「明日学校であんたの顔見たくないから、今すぐトイレの水飲んで、腹、壊せ」

と言いました。真奈美は泣いたまま、動く気配を見せないので、

「早くやれよ!出来ねーなら、手伝ってやろうか?」

と言って、真奈美の頭を思いっきりつかんで、便器に思いっきり顔をこすりつけてやった。

「二度とその面、見せんじゃねーぞ!」

と笑いながら、私たちはその場を後にしました。


真奈美は保健室登校になりました。

鹿島アントラーズと小泉今日子が大好きと、豪語していた担任も五年生の三学期の途中で、どこかに消えてしまいました。風のうわさでは、“うつ病”になったとか。

真奈美が消えて、次はだれがターゲットになるのか。みんな黙ってうつむいていました。


私のあだ名は「ゴリラ」でした。

まず男子よりも握力が強かった、腕相撲でも、相撲取りのような体形をして、細木数子の信者だった男の子以外には、負けたことがありませんでした。そして私はクラスメイトの男子たちに、ムカつくことを言われたり、されたりすると、暴力をふるいました。脛を思いっきり蹴り、背中に手形ができるほど強く叩きました。

私はゴリラと言われることが嫌じゃありませんでした。給食の時に、デザートにバナナが出ると、「おい、ゴリラ!バナナだぞ。」と言って、みんな私に渡してくる。それが一つの恒例行事でした。このあだ名を通して、みんなにからかわれて、繋がれている。そして自分は強いという錯覚に陥っていました。だから男子たちに暴力をふるうのも快感だったし、相手も痛がってはいるけれど、面白がっているのだと、大きな勘違いをしていました。


「小島、お前がすねを蹴ったせいで、ヒビ入ったんだぞ。だから、サッカーも今、出来てない。全部お前のせいだ。まあ、お前は何も知らないだろうけど」

私は呆然としました。それから怖くてたまらなくなりました。そして全てを悟りました。「ああ…。みんな言わないだけなんだ」

怖い。その子と会うのも、今までやってきたことも、全てなかったことにしたい。

私が今まで気づかなかっただけで、クラスメイトだけじゃなく、保護者からも「どうしようもない子」だと思われて、「養護施設だから」と偏見の目を向けられているんだ。

その日は、食事がのどを通りませんでした。つらい、居場所がない。どうしていいのか分からない。


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