第八話 初まりの場所
第八話 初まりの場所
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「エレノアさん、場所が決まりました」
「……えっ? 決まった……んですか?」
翌朝、俺がそう告げるとエレノアさんは驚いたのか言葉に詰まっていた。聞くとこの早さは過去最速らしい。実際の所はカテゴリー5の制約により悩む余地が無かったとも言えるが、それでもあの五ヶ所からの選別にはかなり骨が折れた。
「そ、その場所は?」
「はい、ここと同じく大森林のなかですが、この世界最大の一枚岩、アスラガルドの南端、ジュール大森林との境界に当たる場所にしました」
するとエレノアさんはジッと地図を見たあと、俺をその吸い込まれそうな碧眼で心の奥底まで見透す様に見据えて来た。その目に場所少し疑念の色も伺える。
無理も無い。本来は今日迷宮に関する説明があるはずだったのだから。まさに寝耳に水とはこの事だろう。しかし、俺にも根拠はある。そしてちゃんとカトリーヌにも説明して了解もとってあるのだ。
「……その理由をお聞かせ願いますか」
その瞳にはさらに怒りの色も見え始めた。俺はかなりエレノアさんの自尊心を傷付けたようだ。これは少しやり方を失敗したかもしれ無いな。
「理由の一つは地脈と龍脈の存在です。この場所がもっとも人の存在するエリアに近い上に重合点が幾つも存在します。カトリーヌもマナを効率良く集められる上に、人の流れも作り易い。もう一つは周辺環境です。ジュール大森林はそれほと難易度の高い魔境ではありませんが生息する生き物が魔獣や動物や亜人、獣人を問わず大変多いし、多数の希少植物の宝庫でもある。その点においてもかなり有利です。自前で揃える宝物にも限界がありますし、全てを召喚獣やダンジョンクリーチャーでまかなうのは負担が大きいし、周辺に魔獣が多いのは有利です。さらにここは強国三つの国境を接する小国の領土であり、陸の回廊と呼ばれる地政学的に迂闊に兵を集める事の出来無い危険な領地であり、恐らくここは冒険者ギルドや商業ギルドの力が強いエリアだと推察出来ますから冒険者には事欠か無いでしょうし、正規の軍が侵攻して一気に制圧される心配もまずありません。そして周辺には大小様々な迷宮がすでに存在し、小さな開拓村も出来ていますから、じっくりと腰を据えて迷宮の開発、管理ができると判断しました」
すると、エレノアさんはジッと考え込み始めた。そして数分の後、俺にこう告げる。
「ここは我々も地脈や龍脈の観点から一押しではありましたが、幾つかの指摘は我々の判断とは違う大変興味深い意見でした。しかし、お聞きしたいのはまだ誰からも迷宮管理の指導を受けてい無い筈の椎葉さんが何故そこ迄深い洞察をお持ちなのか教えて頂けませんか? 大変興味があります」
そう言ってエレノアさんは俺に問いかけて来た。そう、確かに俺に迷宮の知識は無い。しかし俺は社会行動学や地政学などの人の社会を対象にした数字も扱う統計学の知識がある。果たしてそれが伝わるかどうかは疑問だ。だか答えねばなら無い。エレノアさんとはこれからも共同で迷宮管理を行う仲間なのだから。
「エレノアさん、コレは統計学や地政学、社会行動学や文化人類学などの知識を総動員して考えたんですが、基本的には利便性の高い迷宮を目指しています。全てはそこから始めるつもりです」
「というと?」
「つまり多くの人や魔獣、亜人や獣人にとって必要とされれば、例えば迷宮が必要とする維持コストに必要な犠牲も減らせるんです。死亡率が少なく、利益率の高い迷宮には多くの冒険者が集まるでしょう。しかし利便性の高さはそれだけ正規軍の一斉侵攻の危険にも晒されるのです。だからそれを阻止するための地政学的要件を満たす場所を考えたら、此処に行き着いてのです。それに、俺はこの迷宮を、単に地下百階層の大魔宮にもするのではなく、周辺の大森林も取り込んだ大魔境も併せて整備し、迷宮魔境混合型にするつもりなのです。その方が効率良く最低限の犠牲で迷宮運営が出来ると判断しています。具体的には死亡率は一割以下を目指します。そして、冒険者の判断によりその死亡率もある程度コントロール出来る様にして、初級、中級、上級とそれぞれのレベルに応じて効率良く利用出来る様に仕向けたいと判断しています。さらにブレアの力を使い、キャンペーンも行いますから期待して下さいね」
「……キャンペーンですか?」
エレノアさんは再度考え込んでしまった。そして重い口を開いて来た。
「申し訳ありませんが、私では椎葉さんの戦略の全てを理解する事は出来かねる様です。しかし、カテゴリー5は我々ですら殆ど経験の無い領域です。それに我々の選んだ候補地からの選定ですので異論はありませんが、この候補地の決定は会議のち、正式に決定したいと思いますので、数日お待ち頂きたく思います。こちらとしても椎葉さんが言われる様な迷宮ならその国の財産となるでしょうし、戦争を起こすよりも随分被害の少ない資源の確保が可能な様です。細かい数字はまだ未知数でしょうから、その辺は場所の決定後に、私も直接乗り込みお手伝いしたいのですがよろしいしょうか?」
なるほど、自由に場所は認めても管理はさせて貰うと言う事か。中々に懸命な判断だ。対立するばかりでなく規制するばかりでなく相互の利益を模索するのは正解だろう。相手取っても悪くは無いだろうしな。さすがエレノアさんだ。美貌だけでは無いようだ。
俺はニコリと微笑みこう切り返した。
「結構です。力を合わせ、この世界最大最強最高の大迷宮を目指しましょう。では会議の決定をお待ちします。それまでは迷宮の設計や建設計画を立ててお待ちしております。それでよろしいですか?」
エレノアさんは手を差し出し
「ではよろしくお願いします」
と握手を求めて来た。当然俺もそれに答える。そうか、エレノアさんも中々の遣り手なのだろう。相手に取って不足判断無い。きっちり仕事をして貰おう。
そして二人は合意し握手を交わした。その手は柔らかく少し熱かった。
そしてエレノアさんは部屋を後にして報告に向かった様だ。会議は恐らく今日、もしくは明日には行われるだろうから、着々と準備を進めてその時を待つ事になる。
後ろからカトリーヌが心配気に話し掛けて来る。遣り取りの激しさは伝わっていたようだ。
「……椎葉…大丈夫?」
「……カトリーヌ、問題は無い。後は現地で計画通りに開発と管理がバランス良く進むかどうかだが、それこそやってみなければ分からない事だ。ベストを尽くすのみだな」
そう言って頭を撫でてやると身体を預けて来る。これはどうやらカトリーヌの癖の様だ。肩を抱いてやると少し熱っぽいのはキッと俺と繋がっているPASSの所為だろう。ダンジョンコアメンタルとダンジョンマスターを繋ぐ契約の証しが、二人を深く結び付けていた。