第五十五話 デオホルト家の使命
第五十五話 デオホルト家の使命
☆水晶の迷宮
蒼天騎士団がジュール大森林に送り込んだ騎士の中で、最も爵位の高いのは紛れも無くブルーム-デオホルトだろう。デオホルト公爵家長男である彼は当然の様に最も階層が深く、貴石と希少鉱物を発見した水晶の迷宮に派遣される事になった。
それは実力だけでは無い。
その事をブルーム自身もよく理解していた。
この国の上位貴族の子息は例外なく蒼天騎士団に入るのが習わしとなっていたので、ブルームも例外無く入団したのではあるが、彼は無能な者では無かった。
ジェラルドには一歩譲るものの、王家との血縁もある彼はまさにサラブレッドと言うに相応しい男である。
だが、彼は野心があった。
その為には是非手柄が欲しかった。その為に自ら名乗りを上げてまでこのジュール大森林にやって来たのだ。何も無く手ぶらで帰る事など出来無い相談だった。
しかし、現実はそう簡単に行かない。
そして伝え聞く情報は良く無い事ばかり。
(一体どうなってるんだ⁈)
苦々しい思いで水晶の迷宮の入り口を睨み付けるブルーム。
既に数度、斥候を迷宮に放ち情報を集めているが──その結果は意外なものだった。
その事もブルームを悩ませる。
「……本当にそんな事が有るものだろうか?」
それは少し時を遡る。
♦︎♦︎♦︎
「何い? それは本当か!」
「はい…斥候に入った三隊全てが同じ結果でした」
「……つまり…」
「つまり、この迷宮から貴石や希少鉱物が見つかるなど説明がつきません。少なくともここは活性迷宮では無い。つまり枯れた迷宮から──」
「分かった。もう良い」
副隊長からの報告を受け、ブルームは「やはりか」と溜息を吐く。
(元々怪しいとは思っていたが)
斥候の持ち帰った情報を統合すると、水晶の迷宮はやはりダンジョンコアの破壊された迷宮のままだった。
(星読みの言う異変がこの事だと思っていたんだが)
父親の命により水晶の迷宮の調査に乗り込んだのではあったが、どうやら空振りの様であった。
「どうやら違う迷宮だった様だな。岩の迷宮と沼の迷宮のどちらかだったか」
星読みの言う異変
その詳細が不明なのだから手の打ちようが無い。
そして
カツンッ
「!!! ……またかっ!」
嫌がらせの様に続く森の中からのドングリでの攻撃ーーいや攻撃ともつか無いものではあるが。
それでも兵士を疲弊させるには十分だった。
「……一体何の意図があるんだ?」
そしてギリギリになって押し込まれたガザムの事や配置変更もブルームを悩ませる。
(ジェラルドの奴、何か知っているのか)
この時点ではあまりにも情報が少な過ぎ、難しい判断は不可能だった。
しかし、何時までもこのままにはしておけ無い。
(……やはり探索を行うしか無いのか)
ブルームは迷宮探索を指示する事になる。先ずはそれを片付け、その後に意見具申を行う他無い。ブルームはそう結論付ける。
「一応他の探索隊には最大限の注意を払う様にさせるのが手一杯だな」
この水晶の迷宮だけが今の所平静を保っているのだが、それもいつ迄続くのは未知数だった。
そして水晶の迷宮は地下五層の迷宮である。如何に枯れた迷宮とは言えここは魔境であるジュール大森林の中だ。当然自然定着したモンスターはいるのだから簡単には踏破出来る訳では無い。
(急がねばならんな)
ブルームは副隊長に命じ準備を急がせる。
そして自らも乗り込み全てを明らかにする事を誓うのだった。
(このジュール大森林は危険な場所だ。兵力を展開するだけでも隣国に挑発と受け取られても仕方の無い場所だ。そこへ偽りの事件をでっち上げこの国一の蒼天騎士団など送り込めば何が起こるか分かったモノでは無い!)
この大陸に古くから続く王家の系譜とは言え、この国は小国でしか無い。
何度となくこの国は亡国の危機に晒されて来た。この一連の事態には、父親の集めた情報からもかなりきな臭い謀の影がチラつく。
「手遅れになる前に……いや、もう手遅れなのかもしれんな」
ブルームは水晶の迷宮の入り口をジッと見つめながら、深い溜息を吐いた。
既に蒼天騎士団はこのジュール大森林に遠征する気満々なのは明白だ。それはこの国の中枢にこの事態を仕掛けた者がいる事を暗に示唆している。
当然我らが王も
そしていずくかの大国と組んでこの国の立ち位置を積極的に変えようとする急進派はいつの時代も、良きにつけ悪しきにつけこの国を動かし続けて来た。
「……また彼奴らが動いているのか」
デオホルト家は古くからの忠臣であり保守派の中枢を担う一族だ。
その父親ですら事の全容が掴めてい無い。
ブルームは暗澹たる気持ちになるのを隠せ無いでいた。
だが自分はこの国とこの国の王に使える騎士──この国とこの国の民を守る事こそが使命なのだと自らに言い聞かせ、父親より賜わりし剣をそっと撫でる。
それは魔を払うと言われ、神代の時代に創造されたと言われるデオホルト家に伝わる家宝の騎士剣だった。
その昔、此の地より闇を払ったとされる守護者の剣
デオホルト家はその力を引き出す事の出来る古き血筋に繋がる一族だと言われて来た。それが此の国でのデオホルト家の立場である。
だからこそ選ばれたのだ。
ただ、あくまでも伝承でありこの騎士剣も家督を継ぐべき者が代々証として帯剣していたに過ぎ無い。
高名な魔法使いや鍛治師もこの騎士剣に秘められている力を探る事は出来無かった。
(まさかこの騎士剣に秘められたと言う力を頼る事態にだけはならぬ様に祈る他無いとはな)
ジッとその不思議な光をたたえている剣を見つめるブルームの元に伝令兵が走り寄って来る。
「隊長! 開拓村本部からの緊急連絡です!」
「……分かった(緊急? 何事だ⁉︎)」
ブルームは伝文に目を通すと天を仰ぐ。
様子の変化に副隊長が思わず声を掛けた。
「ブルーム隊長、如何なされました?」
少しの沈黙の後
ブルームは吐き出す様に答える。
「岩の迷宮の第一陣が壊滅したそうだ。その上沼の迷宮でも瘴気が溢れ出て大変な状態らしい。既に増援が送られているそうだ」
「まさか一日経たずにですか!」
ブルームはこの時、この水晶の迷宮は注目を集める為の囮役だったのでは無いかと悔しい想いに支配されていたのだが──事はそう簡単では無かった。
運命の連鎖はデオホルト家の嫡男にその携える系譜にふさわしい役割を与える事になる。
が──それはまだ暫くの時を擁するのだった。
そしてブルーム-デオホルトは何か確信めいたものを感じ、必ず自らにも何らかの役割が与えられる事を予感する。
「だが先ずは──」
視線の先には水晶の迷宮
ブルームは拳を握り締め迷宮に挑む決意を固める。




