第五十話 皆歩き続ける
第五十話 皆歩き続ける
☆ジュール大森林 北西部
「ちぃっ! 何て濃いい森なんだ!」
岩の迷宮への増援部隊であるグレアムは道を阻む深い森に悪戦苦闘していた。
開拓村を出て四時間、道はほぼ無いに等しい。
先行する地元の冒険者が居なければ迷い込んでしまう可能性すらあった。
「ガザムが苦戦する訳だ」
同じく部隊を率いるグレアムはジェラルドと共に古参であり、同じく兵学校時代からの仲間でもある。
一刻も早く着きたいのは間違い無いが、ジェラルドから聞いた情報を考えると憂鬱にならざるを得無い。
(あのお嬢さんも何を考えてるんだか。命あっての物種だぜ?)
何やらきな臭い策略に監察官でもあるアンネローゼが関わっていると聞き、つまり自分にも死地に赴けと言う事なんだなと理解してはいるが、やはり簡単には割り切れ無い。
(怪しいってだけで始末する訳にもいかねぇし、さて、どうしたもんかね)
既にガザム達が岩の迷宮に辿り着いてから一日が経っている。何もせず手をこまねいいている筈が無い。
そして事実岩の迷宮は大混乱に陥っていた。その中へグレアムは飛び込んで行く事になる。
「ろくなもんじゃねえな!」
グレアムは吐き捨てる様に言い放ち、重い脚に力を込める。
♢
「……おかしいです」
前衛を務める三人
その一人である獣操士スピカは何時もと違う森の中に違和感を抱いていた。
従魔であるロビンを放ち、銀狼シルヴェンと共に気配を探っても、殆ど感じ取る事が出来無いでいた。
そしてまるで逃げ出す様に移動する鳥達
(何かあったの?)
そしてミアもその変化を感じ取っていた。
狩人のスキル、ロングレンジスィープでの反応は今迄に感じた事が無いものだった。
(全部同じ方向に動いてるなんて)
そう、普通森の中では迷宮と違いありとあらゆる方向に移動して行く者なのだ。その中から望む獲物を見つけ出すのが狩人の腕でも有るのだが……
「これって…全部岩の迷宮から逃げ出してるんじゃ無いの?」
「タニヤ、やはりおかしいです」
スピカはリーダーであるタニヤに進言するがこれは契約なのだ。
怪しいだけでは放棄する訳にはいかない。
「……でも今更帰れ無いからね。スピカ、なるべく範囲を広げて探索してくれないか? ミア、方向を前にだけ集中してみて。たしか感知範囲が伸びる筈だろ?」
二人にも簡単に逃げ出せない事はよく分かっている。
今は少してもリスクを減らすしかないのだ。
♢
「……隊列が伸び切っているな」
ヨシュアはアンネローゼを庇いながら必死で森の中を進んでいた。
(これでは遅れる訳だな)
鍛え抜かれた騎士とは言えど重装備での魔境踏破は並大抵の事では無い。既に隊列は伸び切り始めている。
事前の報告で危険なモンスターは少ないと言われていた所為で、危機意識に油断が入り込んでいるのは明白だった。
(こいつら、もしモンスターの襲撃でも受けたらどうするつもりなんだ?)
しかし、部隊の兵士達はそんな事を考える余裕は無い。兵士の殆どが限界まで物資を担いでいるのだ。岩の迷宮に辿り着く事にだけ意識を集中し辛うじて歩き続けていた。
ヨシュアは手勢を集め周囲への警戒を強めている。
それは険しい森の所為だけでは無い。
(恐ろしく魔素が濃いいんだ)
森全体を覆い尽くす様な濃密な魔素は強力なモンスターを呼び寄せる。
それだけでは無い。
既存のモンスターを凶暴化させ、さらには上位種、希少種を発生させる温床となる。
それはヨシュアの仕えるアンネローゼの主家が治める領地でも起こった出来事だった。
たまたま森の中で見つかった迷宮の暴走
それにより普段なら迷宮の外に出る事など稀なダンジョンモンスターが溢れかえったのだ。
その時に多くの家臣を失い、多くの資産を失う事になり、没落の切っ掛けとなった出来事
(まさか又アレが起ころうとしているのか)
ヨシュアは魔導士モリスを呼ぶ。
『魔法感知に引っ掛かるモノは無いか?』
『それが…魔素が濃すぎて上手く捉えれれ無いのです。今の所まだ何かが接近する気配はありませんが』
(まだ危機的では無いのか? だがこの魔素は魔道災害でも起こしかねんレベルだぞ!)
開拓村を出発して既に四時間
だが、岩の迷宮まで最低でもあと八時間は掛かる筈だ。
♢
「……おかしい」
森の中を開拓村に向けて急ぐガザムは、余りに少ない獣の気配足を止め、周囲を見回していた。
(来る時とは違い過ぎるぞ? 何が有ったんだ?)
減っている獣の気配とは逆に、感じる魔素は濃くなる一方だった。
この時、ガザムはアンネローゼと入れ替わる様に森の古い道にやっと辿り着いた所である。
グレイウルフの群れを打ち倒し、ゴブリンの追撃を振り切り、激しく消耗しながらもガザムは森の中を突破していた。
ここからは道も良くなり後数時間で開拓村に辿り着ける筈だ。
(あと少しだ)
♢ジュール大森林東部
「う〜ん、よく寝た〜」
女勇者エイリアスはマジックテントの中で目を覚ます。
召喚された王国から幾つかの国宝級のマジックアイテムを貸与されていたが、マジックテントもその一つだった。強力な結界と隠蔽効果が付与されている所為で近寄るどころか気が付く事すら出来無い逸品である。
そしてテントの中で周囲を伺う。
(昨日より魔素が濃くなってるな)
女勇者も敏感に森の異変を感じ取っていた。
この森を縦横に移動している女勇者はこの変化の最も顕著なのは、あのバルログを倒した岩の迷宮である事に気が付く。普通に考えればそこに何らかの原因があると気が付くのは当たり前の事だ。当然女勇者も気が付いているのだがーー
「……でもあそこは人が多過ぎるんだよね〜」
保存食を齧りながら頭を掻く。
未だ目星い成果には至っては居無い。
ただ、あのバルログは異質だった。おいそれと主物質界に現れてよい悪魔では無いのだ。
岩の迷宮にはやはり何かが隠されている可能性がある。
「……でも問題になるからバレない様にっていわれてるし、どうしようかな…」
召喚に応じこの世界の住人となった女勇者には、敵対する魔族や獣人ならいざ知らず、同じ人間に対して無理な事をしてまで目的を達成する意識は希薄だ。
それが召喚者と言うものなのだが──
「……一旦帰ろうか? 姫にも逢いたいしな〜 でも……」
この濃くなり続けている魔素が気に掛かっていた。
(……やっぱりこの秘密だけは調べてから帰ろうかな)
女勇者はマジックテントから顔を出すと、ジッと森の中を見詰める。
そして再び森の中を動き始めるのだった。
♢ジュール大森林南西部
森の中を一人彷徨う少女は座り込んだままだった。
フワフワと浮かぶウサギを抱えた生き物に勇気を出して声を掛けたのだが──
「あなたはだあれ?」
「…………」
少し間を空けてまた飛び去ってしまったのだ。
(せっかく勇気を出したのに)
少女は逡巡する。
どうしよう
このままここに座り続けていれば死ぬ事は明白だ。
もう動く事は億劫でしか無い。
でも動け無い訳では無い。
そしてさっきの生き物
(……何だが可愛い女の子みたいだったんだけどな)
奴隷だった少女に友達など居無い。ましてや女の子の知り合いなど皆無だ。大人に絶望している少女は人になど逢いたくは無い。だが、あのフワフワと浮く可愛いらしい少女は別だった。それはサキュバスの魅了の所為かも知れ無いのだが
「……あっちに飛んでいったんだっけ」
その時
再び目の前にあのフワフワと浮く少女が現れた。
「!!! ……」
驚く少女
しかし
今度は驚きの余り声が出ない。
今まで少女は何一つ願いが叶う事は無かった。
それが、逢いたいと想っていた存在が突然目の前に現れた所為で思わず息を呑んでしまったのだ。
それでも必死に少女は声を紡ぐ。
「……あ、あの……」
しかし
またフワフワと浮く少女はフイッと飛んでいってしまう。
ただ、さっきと違うのは、ポイッと何かを投げて来たのだ。
思わず受け止めた少女の手の中には何か固くて細長い物か残った。
「……いっちゃったか」
しかし、その残された物からは何やらいい匂いがする。ロクな物を食べさせられた事の無い少女が初めて嗅いだその匂い。
グウウウッ
その匂いに反応する様に少女のお腹が鳴った。
(食べられるよね?)
パクリッ
少女は思わずかぶり付く。
恐る恐るではあるが
モグモグと噛み締める口の中にフルーツの酸味と香ばしいパンの様な味がじんわりと広がっていく。
「美味しいっ!」
今まで食べた事の無い美味しさに少女は歓喜する。
ハグバグハグッハグッ
あっという間に少女は食べ切った。
(……美味しいかった……)
そしてコレをくれたフワフワと浮く可愛らしい少女が飛んで行った方をじっと見る。
暫くぶりの食べ物にありつき、少しだけ余裕の出来た少女は、少しだけ興味が湧いて来た。
「……あの娘、彼方から来たのよね」
それは奇しくも少女が向かっていた方向と同じ。
山々へ
少しの間
少女は思い悩んだ。
しかし
意を決して立ち上がると、その重い足を踏みしめ、また森の中を歩き始める。
何かの確証がある訳では無い。
それでも少女はフワフワと浮く少女にもう一度逢う為に森の中を歩き始めるのだった。




