第三十八話 女勇者の使命
第三十八話 女勇者の使命
☆迷宮カトリーヌ
全員でモニターを注視する。
侵入者は一人
ジュール大森林を単独で突破
エルフレンジャーの監視網を突破
そして大剣を背負った女
「もしかしてーー女勇者なのでは?」
俺はモニターを見ながらジッと観察し、その答えに辿り着いていた。
「……可能性はかなり高いですね」
湯上りでホコホコしているエレノアさんが少し赤らんだ顔で答える。中々に魅力的だな。
「ふえ〜初めて勇者様を見ました〜」
湯上りでホコホコしているブレアは興味津々のようだ。モンスターだけど敵対している訳では無いんだな。様とか付けてるし
「……天敵…」
湯上りでホコホコしている弾丸すら弾き返すカトリーヌが苦々しい顔でモニターを睨む。
迷宮運営マニュアルによれば勇者の様に単独で乗り込んで来る奴が一番タチが悪いと書いてあったな。ダンジョンコアを躊躇いも無く破壊する始末に負えない奴だとも
これは幸運だと言えるのではないか? もしも騎士団が来ていなければ、そろそろこのダンジョンにはゴブリンやグレイウルフが犇いて居たはずだ。
その時に乗り込まれていたらーー恐らくカトリーヌとの一気打ちになっていただろう。そして女勇者がパーティでも組んでいて、しかも高位の賢者でも連れていたら目も当てられ無かった筈だ。
今ならこの迷宮カトリーヌはただのネズミの多い洞窟でしかない。
「カトリーヌ、この迷宮の存在を察知されると思うか?」
「…それは無い。今はまだ作動するオブジェクトが一つも無いし、モンスターも配置してい無い。それに結界はマナに作用するけど、それは地脈や龍脈の発達しているパワースポットなら当たり前だから」
やり過ごすのが得策か
明日ならまずかったのかも知れないが、まだ女勇者なら救いがある。冒険者なら徒党を組んでとなるが、基本的にスペックが違い過ぎる女勇者は冒険者ギルドに所属する必要が無い。
気になるのは誰に呼び出された勇者なのかと言う所だが、それを調べる方法は今の所無い。
「静観するしか無いか」
四人はジッとモニターを睨む。
♢フロア01エントランスホール
「う〜ん、ただの洞窟っぽいんだけどな〜」
女勇者エイリアスは洞窟を覗き込み、様子を探っていた。
「王宮の星読みに言われて探りに来たけど、ここじゃ無かったみたいだな」
青い髪をたくし上げながらフロア01を探しているが、どうもここには大ネズミ位しか感じられなかった。
世話になっている仲の良い姫君のたっての願いでジュール大森林の異変を調べに来たが、ここまで収穫は無い。
もともとスペックが違い過ぎる勇者は何よりその単独行動能力が武器なのだ。一人でなら魔王城ですら突破するその卓越したペネトレイション能力はこの様な魔境や迷宮探索に特化しているといっても過言では無い。
それがこの世界よ勇者と言う存在である。魔王とはまた違うその固有能力ゆえに、抜けも多いのだが、それが救いとなった様だ。
単独行動を選んだせいで、余りにも細やかな迷宮カトリーヌは見過ごされる事になる。ただ、一つ重要な問題を残して
一頻り探し回った侵入者は、そのまま夜の大森林に去って行った。
それはこの大森林に特別な任務を帯びている可能性を指し示している。出なければこの真夜中に単独で魔境を移動する必要は無い。
モニターを見つめる四人は言葉も無い。敢えて余計な事はせず静観していたのが正解かどうかは分からないが、万が一マーキングしたりモニタリングしようとして察知されれば、本気で踏破される可能性もある。
まだ騎士団ならそれでも生き延びる可能性があるかも知れないが、いくら何でも女勇者は相手が悪すぎるのだ。
そして、椎葉が危惧しているのは、何よりこの大森林に多くの注目が集まり初めている事である。この戦略的に問題を放置し難い立地が、逆に過剰に人を集め始めている事を椎葉は察知し、ジッとモニターを見つめながら戦略の見直しを考えていた。
「これで暫くはこの迷宮は放置されるでしょう。明日には岩の迷宮に異変が起こり、そちらに注目が集まる事になる。それまでに迷宮カトリーヌを仕上げていきましょう」
椎葉は三人を振り返ると、そう言ってニコリと笑った。
「エルフレンジャーをほぼ完璧に突破されました。女勇者かどうかは判断出来ませんが、間違い無く途轍もない能力の持ち主です」
エレノアはジッとモニターを見ながら女勇者を見送ると、重い口調で椎葉に伝える。これは、つまりこれからもあの女勇者は素通りだという事を意味しているのだ。
「…戦っても勝てる見込みは無かったと思う。ただ、まだレベルそのものは低かったかも知れない」
カトリーヌにとっては天敵である女勇者に、やはり最大限の注意を払っているようだ。もっとも合口の悪い相手なのだから油断は死を意味する。
「……レベルか、確かに少し行動が杜撰だったかも知れないな」
実際には、女勇者エイリアスが星読みから聞いた情報と余りにも差があり過ぎた所為でもある。その情報とはもっと深刻なものだったのだから。
「よし、後はまた警戒を自動に戻す。アラクネの様子を見てから今日は休もう。また明日からダンジョンの拡張を行うからな」
椎葉そう言って迷宮マニュアルを見直しながらTABLETを開き、新たな対策を立てる事にした。このジュール大森林は今や危険な魔境に様変わりしているのだ。しかも人間の手によって。
そして、ノートパソコンに向かう椎葉の背後にそっとエレノアが立つと、こう囁いて来た。
「……椎葉…」
「!!! は、はい!」
「温泉がモニターされていた理由を教えて頂けますか?」
「!!!!!」
ニコリと微笑むエレノアは目しか笑っていなかった。
「…………」
「……椎葉……ちゃんと答えてくれませんか……」
語尾が尻上がりに怒気を孕み、コントロールルームに平手打ちの音が響く事になるが、その時エレノアの顔が赤く染まっているのに気が付いた椎葉は、逆に懇々と温泉における混浴の有効性を説き語り、何故モニターしていたのかを堂々と説明してのけた!
そして再度打撃音が響いて、真っ赤な顔をしたエレノアがコントロールルームから走り出したのを確認して、その背後からブレアがフワフワとフォローに向かって行く。
そう、椎葉はこの事態を読んでいたのだ。
用意周到にして転んでもただでは起きぬ近江商人の様な椎葉の奮闘は始まったばかりであり、エレノアの受難はこれからが本番だったりなんかする。
そして、事の顛末をモニターしていたカトリーヌは溜息を一つ吐き「…椎葉のバカ……」と呟いてアラクネの体を撫でてやりながら、そっと寄り添う様に側に身体を寄せている。
カトリーヌにとってこのアラクネはもはや仲間であり、エレノアもブレアも同じなのだ。
そして今日もまた皆んなで一つのベッドで眠れる喜びを噛み締めていた。今迄は暗い地下の遺跡に与えられた部屋の中で、迫害される事は無かったがそれでも畏怖の目で見られ続けて来たカトリーヌに、やっと出来た仲間は何よりも貴重な存在なのは間違い無い。ともすれば自分よりも。
初めて椎葉と結ばれた時、カトリーヌは誰にも言えない決意をしていた。
その時が来れば決して躊躇は済まい。そしてその時を決して来させない。そう念じながらカトリーヌはそっとアラクネを撫でいた。
そしてブレアに連れられてフリールームAに来たエレノアと共に、こっそり三人で秘蔵のフルーツ牛乳を飲み干した。
また明日は何が起こるのか分からない。




